平成20年版 消防白書

1 消防防災に関する研究

21世紀は、多様な危機の時代だといわれている。地球環境や社会環境、さらには技術環境の変化が、これまでの経験だけでは対処しきれないような新しい火災や災害を増大させる状況にある。こうした状況にあって、消防防災に関する科学技術への期待は飛躍的に増大している。この期待に応えるために、消防研究センターでは災害の動向と安全のニーズの把握を心掛け、被害の軽減に資する消防防災に関する研究の発展に努めている。
そこで、被害の軽減に資する目的で、以下に示す5項目の研究を行っている。

(1)主な研究紹介

ア 過密都市空間における火災に対する安全確保

近年、米国ニューヨークの超高層ビルへのテロ攻撃、韓国大邱(テグ)市の地下鉄放火火災など、消防がこれまでに経験したことのない規模や様態の火災が発生している。これらの想定を超えた大規模で特殊な火災では、多数の人々の避難や救助に困難を極めたばかりでなく、消火・救出活動に当たる消防隊員も危険にさらされ被害の拡大を招いた。また、近い将来に発生のおそれが高いと考えられている東海地震、首都直下地震等では、大規模な市街地延焼火災が発生し、従来の想定を超えた被害の拡大が危惧されている。
地下施設、超高層ビル、大規模市街地等、過密都市空間での火災時の被害軽減のためには、火災性状の理解と各々の特徴に応じた消防戦術の構築が不可欠である。しかしながら、こうした空間での火災の性状は複雑で未解明な点が多く、これまでの経験や知識だけでは、効果的かつ安全な消防活動を行うことは困難である。
この研究では、消防隊員等が大規模で特殊な火災発生時に消防活動を迅速かつ安全に実施する上で必要な、火災の性状を予測できるコンピュータによる支援ツール及び消防隊員のナノ技術を利用した新たな消防防火服の開発を目指している。

1)火災燃焼性状データベースの構築と整備
主として地下空間、高層ビル等での火災時における燃焼性状及び有毒ガスについて、小型燃焼実験装置を使用し、素材レベルでの火災性状予測につながるデータ収集のための基礎実験を行った。
2)大規模市街地火災における旋風・火災旋風の実験・解明
火炎の発熱量、発熱速度、規模などが旋風の発生に与える影響を調べるために、現在の低速風洞の乱れをより少なくするための改造を行った。
3)消防活動支援のための火災進展等の予測手法の開発
二層ゾーンモデルと呼ばれる既存の数値モデルを基に、短時間に入力条件が設定でき、かつ結果が容易に把握できる新たな入出力プログラムの開発を行った。
4)消防活動、戦術向上のための高性能装備の開発
消防防火服にナノ技術を活用する場合の性能要素を明確にする必要がある。本研究では、将来を見込んだ消防服のニーズ調査、現有サーマルマネキン装置の改造、「ナノテク防火服」開発グループが試作した防火服生地の快適性能の評価、耐熱性能評価シミュレーションの開発などを実施した。

イ 化学物質の火災爆発防止と消火

近年、地球環境に配慮して廃棄物などを再利用する取組が進められて、ごみ固形化燃料(以下「RDF」という。)等の多くの再生資源燃料が誕生している。しかし、これらの中には大量に貯蔵した場合に、燃料内部で熱が発生し火災に至る場合もあることが分かってきた。
実際に、平成15年8月に三重県のRDFの貯蔵施設で発生した火災において、消火作業中の消防隊員2人がRDFの爆発によって吹き飛ばされ死亡する事故が発生した。この原因は、RDFの爆発危険性を十分把握していなかったことにある。また、平成15年9月に発生した北海道苫小牧市のタンク火災においても、それまで経験したことがない大規模な火災となり、44時間にわたり火災が続いた。
この研究では、今後このような災害が発生しないよう、これらの災害に至るプロセスを解き明かすとともに、その特性に応じた予防策と消火システムの開発を行っている。

1)化学物質の危険性評価の研究
消防法第五類危険物(自己反応性物質)の熱分解について赤外分光光度計を用いて熱分解開始の兆候を観測する危険性評価手法を提案した。水との混合によって微少な発熱を発生させる金属粉について等温型高感度熱量計を用いて熱流束の経時変化及び反応熱を指標とすることによって、定量的な危険性評価が可能であることを示した。
2)廃棄物、リサイクル物の研究
大量堆積廃棄物の発熱発火機構解明のため、国立環境研究所等と共同で千葉県内の不法投棄現場において、堆積物内部の温度測定、生成ガスの分析等の屋外実験を行い、表面付近が比較的高温であることが分かった。バイオガソリン(ETBE7%含有ガソリン)、バイオディーゼルの火災危険性について、最大で直径0.9m容器による火災実験を行い、火災性状を明らかにした。
3)化学物質の消火に関する研究
粘弾性計測器を使用し、泡消火剤ごと、また同一泡で、発泡倍率を変化させた時の、定量的な流動評価を行った。その結果、各泡の流動性は、水成膜系とたん白系の泡では大きく異なることが分かった。また、泡性状(還元率)に対する耐油性評価に着目し、発泡倍率を一定にして泡の還元率を変えた時のガソリン油面に対する泡のシール性能を調べた。その結果、油温、油種、泡消火剤にも依存するが、還元率の低い泡は、シール性が高いことが分かった。

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ウ 石油タンクの地震防災と経年劣化対策

石油タンクに関連した災害として、平成15年の十勝沖地震により発生した鎮火まで44時間を要した火災や昭和53年の宮城県沖地震により発生した油流出事故などがある。これらの災害の原因は、非常に強い長周期の地震動による揺れであったことや、強い地震動に伴う石油タンクの被害を経年劣化を加味して予測する手法が確立されていなかったことである。
この研究では、今後予測される石油タンクの受ける特殊な地震による揺れを想定し、石油タンクの経年劣化や地域により異なる地盤条件等を考慮に入れて、その揺れに伴う被害を予測・評価可能なシステム(石油タンク損傷被害推定システム)を研究開発する。

1)地震時における浮き屋根式石油タンクの溢流実験
今後発生する可能性のある大地震に対して、適切な消防力を算定するために、防油堤内火災の規模に関係する漏洩危険物の量の把握が重要となる。直径7.6mの大型模型タンクの揺動実験により、地震時における石油タンクからの溢流量を簡易に算定する方法を確立した。

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2)地震によるスロッシング時の浮き屋根損傷形態の推定手法の検討
一次モード及び二次モードにおける浮き屋根の挙動を大型模型タンク及び実タンクを用いた実験により把握した。
3)強風時における浮き屋根の変形計測
強風時に石油タンクが受ける強度的影響を明確にするため、実タンクに風速風向計、デッキの変形観測用ビデオカメラ及びデッキ上の発生ひずみ計測等の装置を設置し、強風時の浮き屋根挙動を解明するためのデータを収集した。
4)石油タンク損傷被害推定システムの開発
18年度に作成したN-N(ニューラルネットワーク)によるAE源位置評定ソフトウェアを改良し、計測データから直接、AE源位置評定ができるように改良した。
5)石油コンビナート地域における強震動の予測・推定に関する研究
神戸、静岡、宮崎、松山の各気象官署の1倍強震計記録を収集・数値化した。

エ 大規模自然災害時の消防防災活動

発生が懸念されている東海地震、東南海・南海地震、首都直下地震などでは、火災、地震動、斜面災害、津波などの災害が複合的に絡み合った激甚・広域災害となり、その対応は混乱を極めるおそれがある。例えば、平成7年の阪神・淡路大震災では、地震により多数の火災が発生し、長時間にわたり火災を鎮火することができなかった。その理由として、既存の消防隊員、消防団員や消防車などでは、その消防力が十分でなかったことと、消火に対する適切な情報収集及びその情報に基づいた予測や消防隊の運用などが行えなかったことなどが主な要因と考えられる。
このような大規模災害に対して、国及び地方公共団体が適切に連携し、国民への情報伝達、被害情報の収集、避難誘導・消火・人命救助等の現場における消防活動等を迅速かつ円滑に実施するためには、住民への情報伝達の高度化、緊急消防援助隊等の迅速な展開、災害現場での消防活動の円滑化及び安全確保等の消防防災活動や地方公共団体の応急対応等を支援するための総合システムの研究開発が不可欠である。
この研究では、様々な大規模自然災害に対して、有効な消防防災活動を実現するために必要な総合システムの研究開発を行っている。

1)災害時要援護者等も考慮した警報伝達システムの開発
住民向けに避難勧告・指示のタイミングと広報文案を作成し、これを用いた災害対策本部での意思決定の支援が可能な、防災情報文章作成支援システムの試作を行った。
2)広域応援部隊消防力最適配備支援システムの開発
消防力最適運用プログラムを、対象エリアの広域化並びに100件程度の同時多発火災件数に対して迅速に延焼予測計算できるようプログラム改良を行った。また、消防力最適運用支援システムの試用版を全国消防本部に提供した。
3)アドホックネットワーク技術を用いた広域消防援助隊用災害情報共有システムに関する検討
広域応援ナビゲーションシステムの試作のためユーザインタフェイス部を極力簡素化し、データ共有部を中心とした部分的試作を行った。
4)斜面崩壊現場の消防活動の安全性向上に関する研究
地表変形に基づく崩壊時間予測手法の開発を目的として、前駆的変形と地下内部の変形との関係について検討を行った。
5)119番通報に対する救急業務の高度化に関する研究
コールトリアージを行う場合の救急隊平均待ち時間の検討を、仙台市をモデル地区として行った。コールトリアージプロトコルの作成に関してバイタルサインを基準とした緊急度判断基準を用いて行った。
6)災害対策本部における応急対応支援システムの構築
応急対応計画における実施業務における発災後の実施時間、実施項目、連関項目等の調査結果を、平成19年度に一部試作した情報管理システムに反映させた。19年度一部試作したシステムの評価を大学、自治体に依頼し、その結果判明したプログラムの不具合について改修を行った。
7)地震火災時の消防活動の高度化に関する研究
レーザー測距技術を応用した火点覚知手法の検証を、京都市において実施した。

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オ 特殊災害に対する安全確保

平成7年の地下鉄サリン事件での救急隊員の被災や、平成11年のJCO臨界事故における救急隊員の放射線被ばく、平成15年の三重県ごみ固形化燃料(RDF)発電所爆発事故における消防職員の殉職等、特殊災害において消防職員が被害を受けている。これらの特殊災害に対しては、これまでに消防職員が対応した経験がなく、危険性が未知数であったため、その対応が十分でなかった。消防職員は、これら対応経験がない火災や災害に対しても、現場へ迅速に駆け付け、災害の拡大防止と火災の早期鎮圧に努めなければならない社会的責務を負っているため、今後このような特殊災害による被害を減らすためには、消防隊員自身の被災を防ぎ、効果的な消防活動を可能にする技術を開発することが必要である。
この研究では、特殊災害発生時において現場の状況を活動前に把握する手法や消火技術の確立、消防隊員の安全を確保し負担を軽減する技術の開発を行う。

1)リサイクル資源化施設の爆発対策研究
負圧管理された大空間内において、木材を燃焼させた場合の温度分布計測などを行った。
2)消防活動を支援するロボット技術・救助技術の開発
複数の小型移動ロボットによる連携協調動作の消防防災活動支援への応用とし空間認識を利用した移動経路認識ロボットを試作し自律帰還実験を行った。実用化に向けた改良開発として、消防機関に配備した試作ロボットの改良を行った。

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(2)国際的な研究の協力と交流

火災や地震などの災害は我が国固有のものもあれば、多くの国々が同様な災害に遭遇しているものもある。このため、それぞれの災害を受けている国において研究をより効率的に進めるためには、各国が保有する災害の情報や研究の成果等を相互に共有していく必要がある。そこで、消防研究センターでは、火災研究所長国際会議などの様々な国際会議や国際共同実験に参画し、日本における研究成果の公表を行ったり、外国人研究者の受け入れにより諸外国への情報提供などを行ったりしている。

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