4-1

和歌山市の場合

 

 

耐震予算化優先順位の検討方策 和歌山市における具体事例

海老剛行、天野玲子、林省吾、目黒公郎、植松浩二

 

 

 

1.背景及び目的

 

近年我が国では多くの巨大地震発生が危惧されている。国・自治体・民間企業など多くの関係者はその被害低減に向け様々な方策を計画・実施している。地震災害の軽減・減災に有効なものは被災後の対策よりも、いかに被害を少なくするかの事前対策が有効であると言われ、特に建築物や構造物の耐震化は最も有効な減災施策との報告がある(参考文献1)。しかし多くの自治体では限られた予算の中、多くの保有施設に対し耐震化を進めるのは容易なことではないため、地域の防災拠点ですら耐震化が遅れているのが実情である。

そこで本件は平成16年度に取りまとめた地方公共団体担当者のための「防災拠点の耐震化促進資料」に基づきその具体的な事例として、東南海・南海地震の被災が懸念される和歌山市の防災拠点の耐震化促進について検討した。実際に和歌山市が保有する多くの防災拠点に対し、その構造及び地震ハザードを考慮し耐震化施策の優先順位付けをする方法について検討したものである。

これは平成16年度の研究を踏まえ、林客員教授(総務省)、東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター(ICUS)及び天野客員教授(鹿島建設)がタイアップして行った産−官−学の三者連携事業である。

 

. 和歌山市の概況

 

和歌山市は紀伊半島北西部、大阪府との県境に位置し、北は和泉山脈、西は紀淡海峡に面した和歌山県の県庁所在地である。

市の中心部は一級河川紀ノ川の河口周辺に広がり、臨海部や紀ノ川沿いは低地となっている。市の面積は約210 ku、人口は2006101日現在約37.6万人で、1982年の約40.3万人をピークに人口はやや減少傾向にある

図 2-1 和歌山市位置図(参考文献2

 


3.和歌山市の地震

 

(1)過去の地震災害

和歌山市周辺での既往の地震発生分布を図3-1に示す。和歌山県およびその周辺海域に大小数多くの震央が分布しており、地震が多発する地域となっている。

歴史的にも近畿・四国地区は多くの大規模地震に見舞われており、特に地震に伴う津波被害も含めて、1707年宝永地震(M8.4)、1854年安政南海地震(M8.4)、1944年東南海地震(M7.9)、1946年南海道沖地震(M8.0)等は数千〜数万人の死傷者などの被害があったことが記録されている。

 

図 3-1 和歌山市周辺震央分布(New-SEIRA出力図)

(参考文献4


(2)将来の想定地震

和歌山市では今後の地域防災計画などを策定する上で、平成17年に2地震の被害想定調査を実施している(参考文献5)。一つは国の中央防災会議でも検討されている「東海・東南海・南海地震」、もう一つは和歌山市直下を走る「中央構造線」に起因する地震である。両者の概要と被害想定を以下に示す。

 

 

3-1 和歌山市の想定地震の概要(参考文献5

 

 

東海・東南海・南海地震同時発生

中央構造線の地震

 

地震の規模

8.6相当

8.0相当

 

震源断層の位置

駿河トラフ〜南海トラフ

中央構造線

(淡路島南東端〜

和泉山脈東端付近)

 

震源断層の深さ

1030km

414km

 

震度

6強〜5

76

 

液状化

埋立地や平野部を中心に

危険性が高い

埋立地・平野部に加え、

山脈の谷部でも危険性が高い

 

急傾斜地・山腹崩壊

72箇所

311箇所

 

津波

来襲津波最大高1.053.89

発生しない

 

建物倒壊

全壊4,071

全壊33,483

 

死傷者(冬18時)

2,659

9,094

 

一時的住居制約者

(冬18時)

36,834

201,334

 

水道被害

135箇所

1,305箇所

 

今後30年間の

地震発生確率

南海地震50%程度

東南海地震6070%程度

ほぼ05

 


 

図 3-2 東海・東南海・南海地震想定震源域図(参考文献7

 

 

図 3-3 中央構造線の地震想定震源域図(参考文献5


4.防災拠点施設耐震化施策のための優先順位の検討

 

防災拠点施設の耐震補強を行うにはまず施設の耐震診断を実施し、その施設の健全度を把握する必要があった。しかし施設の詳細な耐震診断には多額の予算と時間が必要であり、数多くの防災拠点施設を保有する和歌山市が一時期にそれを実施することは困難であった。そこで今後各年ごとに詳細耐震診断を実施するための予算付けの優先順位を決めることが求められた。そこで以下のフローにより検討することにした。

 

4-1 検討フロー

 

(1)防災拠点施設の簡易耐震診断

 

1)防災拠点施設の抽出

和歌山市の防災拠点施設のうち、主に避難施設として利用が想定されている学校施設などについては、すでに耐震化事業が進められていた。よって今回それ以外の防災拠点施設のうち、耐震診断が必要と考えられる165の施設を抽出した。

 

(連絡所)

(消防署)

(ポンプ場)

 

4-2 和歌山市防災拠点施設の一部

 

 

2)アンケート形式による「簡易耐震診断」の実施(参考文献8

本簡易耐震診断は多くの詳細耐震診断の結果実績をもとに開発されたツールであり、建築従事者であれば記入可能な26の簡単なアンケートに回答することで簡易耐震診断が行えるものである。しかし和歌山市全域に配置された165の防災拠点全てをICUS側担当者がアンケートに回答することは困難であったため、和歌山市地域の事情にも精通した和歌山市建築技術者約25名に対し、「簡易耐震診断」の講習会を開き、記入要領を理解してもらった。その後、講習会受講者が現地施設調査を約1ヶ月で行い回答してもらうことにした。

なお主なアンケート内容を以下に示す。

  建物の階数、延床は?

  着工または竣工した年代は?

  建物の構造種別は?

  ピロティはありますか?

  建物の平面形状は?

  壁や窓の大きさは?

  敷地周辺の地盤状況は? 

4-3 「簡易耐震診断」アンケート(一部)

4-4 「簡易耐震診断」講習会

 

 

これら質問が分かり易い図とともに多くが選択式で記入できるようになっている。

和歌山市建築技術者によるアンケートには施設の写真も添えてもらい、回答に迷う質問についてはアンケート結果受領後にICUS技術者がその写真を確認することで、診断の精度を上げることに努めた。

 

 

アンケート結果はICUSにてデータの入力・分析を実施した。分析結果は165の各施設について5段階評価で敷地状況、建物平面形状、建物立面形状、耐震規準対応状況、劣化状況と総合評価の6指標に加え、耐震性能が劣ると推定された建物については、現行の建築基準法で求められている耐震性能レベルまで補強を行うための、類似建物データから推測された概算耐震補強工事費の算出を行った。

4-5 簡易耐震診断結果例

 

 

 

(2)被害想定の検討

3で述べたとおり、和歌山市における被害想定地震は東海・東南海・南海地震と中央構造線の地震の2地震を取り上げている。一定のシナリオに基づいて詳細耐震診断の優先順位を検討するにはどちらか一方の地震に絞り込んだ方が好ましい。中央構造線地震は和歌山市の直下型地震であり、被害こそ大きいが今後30年間の地震発生確率はほぼ05%である。一方、東海・東南海・南海地震は5070%と発生確率が非常に高い。そこで関係者で議論した結果、防災拠点施設の耐用年数や予算配分の平準化などを考慮し、東海・東南海・南海地震の被害想定により優先順位を検討することになった。

実際に利用した被害想定は和歌山市が「和歌山市津波ハザードマップ等作成業務委託 地震被害想定調査結果報告書(平成173月)」(以下「和歌山市被害想定報告書」)にて作成されたGISを用い、ICUSにてデータ抽出を行った。

 

 

(3)詳細耐震診断優先順位策定方法の検討

 

1)防災拠点の役割分類

防災拠点はそれぞれ被災時の役割が異なり、例えば和歌山市では「消防署」は対策の指揮・実行、情報の発信・収集、救援・救助活動などを行うが、「保健所」では情報の発信・収集と応急復旧活動の役割、また「避難所」は被災者の避難場所であり、「支所・連絡所」や「備蓄倉庫」にもそれぞれの役割がある。前出の165の防災拠点はこれらが区分されておらず、これらを同じ視点で優先順位を付すことは得策ではない。そこで今回は役割の中でも災害時に特に機能を保持する必要がある施設『災害時拠点施設』(役割:A対策の指揮・実行、B情報の発信・収集、C救援・救助、D応急復旧活動)のいずれかの役割を担う施設61施設を対象とした。なお本61施設の中にはすでに耐震化事業が進められている保有施設も含んだ。これはこれら施設が地域をカバーする配置状況とその被害に対する健全性を把握するためである。

 


4-1 和歌山市における防災拠点の役割分類

 

防災拠点(役割)

消防局・署

本庁舍

支所・連絡所

保健センター

避難所学校

避難所学校

以外

備蓄

倉庫

 

対策の指揮・実行

 

 

 

 

 

情報の発信・収集

 

 

 

 

救援・救助活動

 

 

 

 

 

 

 

応急復旧活動等

 

 

 

 

 

被災者

 

 

 

 

 

 

負傷者

 

 

 

 

 

 

救急告示医療機関26ヶ所

1

食料

 

 

 

 

 

 

2

その他

 

 

 

 

 

 

 

ライフ

ライン

電気

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2)ハザードの種類                                     

「和歌山市被害想定報告書」には自然・社会条件に加え、自然現象予測や物的・人的被害まで様々な被害想定がGIS化されていた。本検討では東海・東南海・南海地震で各災害時拠点施設の構造に直接被害を及ぼす危険度を測定することで評価することとした。具体的には震度、津波、土砂災害の3種類のハザードを用い、液状化PL値注)については被害規模が不明確なため参考値として併記することにした。

注)道路橋示方書(日本道路協会)で液状化危険度を判定する手法。15<PL:液状化危険度極めて高い、5<PL15:液状化危険度高い、0<PL5:液状化危険度低い、PL=0:液状化危険度かなり低い

 

 

3)評価方法

津波または土砂災害の危険性が高い施設については、施設自体の耐震性を向上させても防災拠点としての機能は果せないと考え、優先順位の検討対象から除外することとした。これら除外された施設では別途そのハザードの影響を軽減または回避する方策とともに耐震化についても考慮することが望まれる。

優先順位検討対象施設については、地震動と「簡易耐震診断」の総合評価点Xにより各施設の耐震危険性Zを算定し優先順位を付与した。

以上による具体的評価算定手順を下記に示す。

 

@      「和歌山市被害想定報告書」のGIS情報を用い、今回対象施設61施設の各位置における震度、津波、土砂災害、液状化の数値データを抽出する。

A      津波及び土砂災害の危険性が高い施設については、検討対象から除外する。液状化については参考値として併記する。

B      各対象施設位置における震度から、補正係数αを導く。

 

ここで、外力である地震動を考慮して耐震性を評価する場合、震度は外力を直接表していない。そこで今回は震度に対応した加速度を想定し、現行の建築基準法耐震レベル相当の震度6弱に対応する加速度を基準として定め、各シナリオ震度を震度6弱(基準値)に対する加速度の比から求めた。この比を補正係数αとする。

 

    

C      補正係数αを「簡易耐震診断」総合評価点Xで除し、耐震危険性Zを算定する。

耐震危険性Z=α/X

D      算定した耐震危険性Zの数値が大きい施設順に優先順位を付与する(数値の大きい  ものほど優先順位が高い)。

 

 

(4)検討・分析結果

 

1)ハザード図との重ね合せ

GISの出力図に今回対象となった施設の位置・名称をプロットした図を示す。これにより施設の配置とハザードの分布が認識でき、これ以後のアクションプラン策定業務などに役立つと考えられる。

2)災害時拠点施設優先順位検討結果

 

(省略)

 
4-2 優先順位検討結果

 

4-2に東海・東南海・南海地震を想定した場合に算定された災害時拠点施設優先順位の検討結果を一部示す。

結果的には土砂災害の影響が懸念される施設は無く(表4-2では「0」と表示)、津波の影響が懸念される施設は2施設(M消防署、T支所)であった。この2施設以外の59施設について耐震危険性Zの数値が大きい順に並べた。

また同規模同形式の建築物から類推した各施設の概算詳細耐震診断費についても併記した。

なお、アンケート形式による「簡易耐震診断」を実施していない施設については、もともとその診断をする必要が無かった施設と見なし、診断の総合評価点Xを一律3.5注)として算定した。

(注:総合評価点X=5.0は免震建物、X=4.5は制震建物または60m超ビル、X=4.045m超ビル相当の評価である)

 

この検討結果を参考に地域の状況、市の予算などを加味し耐震化のための詳細耐震診断予算化計画を策定することとなった。

 

5.おわりに

 

今回検討した優先順位はハザードと施設の耐震性から求めた優先順位であり、構造体として維持できるかという観点から評価したものである。しかし防災拠点としての重要性は構造体の健全性だけでなく、アクセス性やライフライン機能の維持、周辺の人口密度や木造率など様々な地区の特徴・要因によっても重要性は評価されるべきである。これは今回の耐震危険性Zによる評価が一軸の評価とすれば、例えば避難所の耐震危険性Z×夜間人口などをニ軸グラフ上にプロットすることで人口集中地区かつ耐震性不十分な施設が浮かび上がってくる。この方法は施設の役割によっても評価方法は異なってくると考える。

本検討では和歌山市が平成17年に調査した「和歌山市被害想定報告書」を活用することができた。しかし被害想定は繰り返しやっても被害は全く減らない(参考文献1)。被害想定は本検討のように減災施策のために活用することによってはじめて役立つのである。本検討によって得られた成果については、さらに必要に応じて和歌山市の地域防災計画の修正やアクションプラン策定に活用していただく予定である。

最後に本検討を行うにあたり多大なるご協力、ご助言をいただいた和歌山市総合防災室の皆様ならびに、鹿島建設株式会社に心より御礼申し上げます。

 

 

参考文献:

1.         「地震防災上の最重要課題である既存不適格建物の耐震改修を推進するために」目黒公郎(消防防災:2006年春季号vol.5 No.2

2.         Mapion HP(株式会社サイバーマップ・ジャパン)

3.         和歌山市HP(和歌山市)

4.         「リスクマネジメントのための地震危険度解析システム」右近八郎、永田茂、宮村正光(アーバンテクノロジー推進会議第18回技術研究発表会 2006.11.9.)

5.         和歌山市津波ハザードマップ等作成業務委託「地震被害想定調査結果報告書」(平成173月、和歌山市・国際航業株式会社)

6.         和歌山市地域防災計画 平成17年度修正(和歌山市防災会議)

7.         中央防災会議HP(内閣府)

8.         鹿島建設鰍gP KAJIMAダイジェスト20059月号 

   http://www.kajima.co.jp/news/digest/sep_2005/tokushu/index-j.htm

9.      道路橋示方書・同解説 V耐震設計編(平成143月、日本道路協会)