水害対策(監修:片田敏孝 群馬大学教授)
2.住民に伝わらなかった行政の危機感

 1998年(平成10年)8月末北関東・南東北豪雨災害に見舞われた郡山市では、水位の高い状態が6日間にわたったため、阿武隈川の堤防が水を含み、いつ、どこで破堤しても不思議ではない危険な状態に陥りました。市内の堤防では、各所でパイピング現象やボイリング現象が見られ、郡山市当局は、破堤の危険を強く意識して、住民に対して二度にわたって避難勧告・指示を発令しました。


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 このような郡山市当局の危機感を背景に発令された避難勧告・指示ではありましたが、この間の住民の避難行動を見ると、郡山市当局の危機意識は、住民に必ずしも十分に伝わらなかったようです。

 まず、二度の避難勧告・指示についての避難率を見ると、8月27日から28日にかけて発令された第一回の避難勧告では、ピーク時で対象者全体のおよそ25%の避難率、また、第二回の避難勧告・指示では、同様におよそ50%の避難率と、 避難が適切に行われたとは言い難い状況となっています。さらに、避難した住民について避難行動の開始時刻の分布をみても、避難勧告や指示の発令後、概ね10時間程度の幅をもって分布しており、この間、住民は浸水に備えて家財を二階に上げるなどの被害軽減行動を取っていたことが水害直後の調査で明らかになっています。避難率については、一般的に言って洪水時としては極めて高い値と言えます。しかし、いつ破堤してもおかしくない緊迫した状況の下で、半数以上の住民が避難を行わなかったり、避難したとしても発令後相当の時間が経過した後の避難であったりと、住民の避難行動に危機迫る切迫感が伝わった形跡はほとんど認められません。

 避難勧告・指示発令時の住民の危機感についての住民の回答をみると、第一回目の発令時に危険だと思った人は27%、第二回目の発令時では52%でした。これらの値が、全体の避難率のピーク値に概ね一致していることは偶然ではありません。危険だと思った人が避難をしているのです。第二回目の発令時の避難率が第一回目より高い理由も、より多くの人が本当に危険な状態にあることを知ったからです。このような住民の避難行動と危機意識の関係に基づくならば、洪水時の住民避難は、住民が感じた危機意識が行動として具体化することであり、住民避難を促すためには、住民に自らが置かれている危機を正しく感じさせることが本質的に重要と考えられます。

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