水害対策(監修:片田敏孝 群馬大学教授)
5.過去の水害体験と避難行動

 災害とは予想もしない事態を指す言葉であり、裏を返せば、予想だにしないことが生じるから災害なのです。災害現場からのテレビ中継では、地域の古老が「生まれてこの方こんなことは初めてだ」と言うのが常であるように、災害とはまさに予想だにしないことが住民の身の回りに生じることを意味します。


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しかし、災害が生じようとしている現場の住民にすれば、これからの事態の展開に対して、状況想定ができないことは不安が過ぎて受け入れることができません。それ故、何らかの状況想定を探し求めることになります。それは時に過去の水害経験であったり、ハザードマップに示される状況であったりします。この時危惧されることは、過去の水害経験やハザードマップに示される状況が、住民にとっては想定し得る状況の最大値になってしまう可能性があることです。その想定を越える規模の災害が生じた場合には、住民に対応の遅れが生じることが懸念されるのです。


 1998年(平成10年)8月末北関東・南東北豪雨災害における郡山市においてもその傾向は見られています。この水害に先立つ1986年(昭和61年)水害時に5メートル近く浸水した地域、図に示しますブロックDの住民は、この水害では浸水被害を免れたにも関わらず、他地域との比較で著しく高い避難率となっています。これは、ブロックDの住民がこれから起こる事態について、1986年(昭和61年)洪水の経験を想定したことが避難を促したためと思われます。その一方、1986年(昭和61年)洪水時に1メートル未満の浸水を経験した地域、図に示しますブロックEとFの住民は、この水害でも同程度の浸水を受けたにも関わらず避難率は高くありません。これは、過去の洪水経験が住民に避難の必要性を感じさせなかったからであり、住民が想定する事態の最大値となったからだと思われます。過去の洪水経験は住民の避難行動を促進すると考えがちですが、被害程度が軽微な場合は、それが逆に避難の妨げになる可能性もあります。こうした地域では、災害は必ずしも過去に経験した規模に収まらないということを繰り返し教育する必要があると考えられます。

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