水害対策(監修:片田敏孝 群馬大学教授)
8.自動車と避難行動

 洪水時の避難は、徒歩を原則として、車の利用は控えるべきとされています。

 1982年(昭和57年)の長崎水害では、車を利用した避難が人的被害の拡大を招いたことや、放置車の流出が流木などとともにダム化して被害を大きくしたこと、救急救援活動の妨げになったことなどが報告されるなど、洪水時の交通管理に多くの問題点を投げかけました。

 1998年(平成10年)8月末北関東・南東北豪雨災害において、大規模な住民避難が行われた郡山市においても、徒歩による避難が原則とされていました。
しかし、郡山市においては図に示すように、二度にわたって発令された避難勧告・指示において、住民の大半が車を利用して避難を行っており、結果として郡山市当局の徒歩を原則とした避難計画は住民に受け入れられませんでした。


第一回目の避難勧告・指示発令時には、徒歩による避難が11%となっており、それ以外のほぼすべてが何らかの形で車利用の避難を行いました。
しかし、市内各所では、道路の冠水箇所を始点とした激しい渋滞が発生し、自宅から避難所までのわずかな距離に、5~6時間も要した事例が見られるほどでした。

ちなみに同市では、自宅から避難所までの距離を最大2Kmとして計画されていました。
この渋滞の最中に万一破堤という事態を迎えていたら、その被害は極めて大きなものになったと考えられます。

一方、第二回目の避難勧告・指示発令時には、徒歩による避難が6%に減少し、避難率が大きいことも相まって、車利用の避難はさらに増加しました。
しかし、この二回目の住民避難においては、ほとんど渋滞は発生しませんでした。
住民へのヒアリング調査によれば、その主たる理由は、第一回目の避難において、住民は道路の冠水箇所を把握しており、そこを外した避難経路を選択したからです。

このような事実は、洪水時の浸水箇所を交通情報として提供すれば、交通渋滞の緩和に大きな効果を持つ可能性を示唆するものだと言えるでしょう。
日常生活における車依存の傾向は特に地方都市において顕著であり、避難勧告発令時においては、足元が悪く、強い雨のなか傘をさし、非常持ち出し品を抱えての徒歩による避難は、住民にすれば余りに非現実的な要求と受け取られており、それが車利用の避難の基本的背景となっています。
さらには、車による避難は、人の避難であると同時に、家財としての車の保全行動であることも見逃せない要因です。
避難勧告・指示の発令時に、住民の多くは浸水に備えた被害軽減行動を取ることが知られており、その中でもまず最初に、車を高所に移動する行動が多く見られます。

また、このように高所に移動し駐車された車が、緊急車両の走行障害になったり、渋滞を助長する要因になったりする問題も洪水時の交通管理としては重要な問題になることも指摘しなければいけません。
洪水時の住民避難は、今後においても車が多用されるものと思われ、それを前提にした避難計画の策定や交通管理のあり方を検討する必要があります。

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