濱口 梧陵
濱口 梧陵 Goryou Hamaguchi

濱口梧陵(はまぐちごりょう)
1820年(文政3年)-1885年(明治18年)
 幕末から明治初期を生きた濱口梧陵先生は、津波防災教育の教材として有名な「稲むらの火」*のモデルとなった人物です。
 1854年(安政元年)12月(旧暦では11月)、日本列島は二つの大地震に襲われました。安政東海地震と安政南海地震です。わずか32時間の間に発生した二つの大地震は、揺れや津波によって甚大な被害を広い範囲にもたらしました。
 安政南海地震では、紀伊国広村(現 和歌山県広川町)も5mほどの大津波に襲われました。この際、醤油醸造業7代目当主として当地の有力者であった濱口先生(当時35歳)は、率先して救出・救助活動に当たる中、野に積んであった稲むらと呼ばれるワラの山に火を放つことによって流され逃げ惑う人々への道しるべとしたのです。

こうした機転の利いた行動は、地震の後には津波が襲ってくることを熟知していたことで導かれたものと推測されます。
 やがて、この事実にヒントを得た小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が"A Living God"という小説を著しました(1896年(明治29年))。その後、1933年(昭和8年)、文部省による教科書教材の公募が行われ、濱口先生の故郷で小学校の教鞭を執っていた中井常蔵氏が"A Living God"を基に教材文を作成してこれに応募しました。1937年(昭和12年)、それが小学校5年生の国語の教科書に「稲むらの火」として採用されることとなりました。安政南海地震から83年、小泉八雲、中井常蔵氏を経て、濱口先生の行動が全国の子ども達に語り継がれることになったのでした**。
 濱口先生の防災上の功績はこれだけではありません。1854年(安政元年)の震災の後、将来襲ってくる津波から子孫やふるさとが守られるよう、私財を投じて堤防の建設に取り組んだのです。堤防の建設は、短期的には災害で疲弊した村民の仕事と生活を保証するものでもありました。投じた私財は今の価値で5億円程と言われています。家業である醤油醸造業が1855年(安政2年)に起きた安政江戸地震によって大きな被害を受けるなど、資金確保には相当の苦難があったものと推察されます。こうした苦難を乗り越え、そして、地元の人々の懸命な働きもあって堤防は、1858年(安政5年)に完工しました。それは、高さ5m、幅20m、長さ670mに及ぶもので現存しています。
 さて、堤防の完成から88年後の1946年(昭和21年)12月、広村を再び津波が襲いました。昭和南海地震による津波です。先生が完成させた堤防は、予期していたとおりの効果を発揮しました。集落の大部分が浸水を免れたのです。堤防は「住民百世の安堵を図る」という濱口先生の強い信念の下で建設されましたが、まさしくその信念が数世代後の人々を救ったのでした。そして、将来再び必ず襲って来る津波からも、多くの人々を守ることになるでしょう。
 先生の功績を振り返ると、災害についての正しい知識、知識を活かした適切な行動、非常時のリーダーシップ、そして長期的な視野に立った防災対策の立案・実施と、防災リーダーとしての条件を全て兼ね備えた人物だったと言えます。むろん、先生の時代からは既に1世紀以上を過ぎ、社会環境は大きく変わっています。しかし、津波の襲来という自然現象は、日本の沿岸ではどこでも起き得ます。全ての条件を備えることは難しいかもしれませんが、先生の功績を心得た防災リーダーが数多く生まれることが期待されます。


 *大地震の後津波の危険を察知したお年寄りの庄屋が、それに気づいていない村人達に津波の襲来を知らせるため、自分の貴重な財産である稲むらに火を放って多くの人々を救ったという物語。
 **その後、「稲むらの火」は一時期教科書から姿を消しました。しかし、日本海中部地震(1983年(昭和58年))やインドネシア・スマトラ島沖地震に伴うインド洋津波(2004年(平成16年))などを契機に見直され、今再び、国内的にも国際的にも注目される防災教材となっています。


(参考資料)
今村明恒,「地震漫談(其の四の一) 南紀廣村の防浪堤、漫談(其の四の二)浜田梧陵」,『地震』第1輯第5巻7号,1933年 *原典ではタイトルを「浜田」と誤記。
今村明恒,「「稲むらの火」の教方に就て」,『地震』第1輯第12巻8号,1940年
宇佐美龍夫,『資料 日本被害地震総覧』,東京大学出版会,1975年
杉村広太郎,『濱口梧陵小傳』,広川町文化財保護審議委員会・広川町教育委員会,2005年 (現代語訳版)
津村建四朗制作監修,『「稲むらの火」と史蹟広村堤防』,西太平洋地震・津波防災シンポジウム(事務局:気象庁),2003年
戸石四郎,『津波とたたかった人―浜口梧陵伝』,新日本出版社,2005年
府川源一郎,『「稲むらの火」の文化史』,久山社,1999年
防災まちづくり学習支援協議会((社)再開発コーディネーター協会・(社)日本建築家協会・NPO日本都市計画家協会),『戦前版「教育紙芝居『稲むらの火』復刻に伴う解説及び資料集」,(財)都市防災研究所・損保ジャパン・都市環境デザイン会議協力,2005年
矢守克也,『<生活防災>のすすめ 防災心理学研究ノート』,ナカニシヤ出版,2005年
「歴画浜口梧陵伝」編集委員会監修,『歴史マンガ 浜口梧陵伝 津波から人びとを救った稲むらの火』,環境防災総合政策研究機構企画・制作,文渓堂,2005年
和歌山県広川町,『稲むらに燃ゆ-海嘯と闘った男・浜口梧陵の軌跡』,1998年
渡辺偉夫,『日本被害津波総覧』,東京大学出版会,1985年


(参考ホームページ)
 「稲むらの火」ホームページ
  http://www.inamuranohi.jp/
 ヤマサ醤油株式会社ホームページ
  http://www.yamasa.com/history/sevens.html
 内閣府防災部門ホームページ(稲むらの火と津波対策)
  http://www.tokeikyou.or.jp/bousai/inamura-top.htm
 広川町ホームページ
  http://www.town.hirogawa.wakayama.jp/

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