今村 明恒
『地震に対して武装されたる町村と武装なき町村』(抜粋)

『地震』(第1輯)第1巻第3号、昭和4年(1929年)3月
・一部の漢字は現代表記とした。
 地震と震災とは全然別物であることは著者が繰返し述べるところであるが、地震の活動が如何に繰返されても、人の努力の如何によりては、震災は防止さるぺき性質のものである。但し吾人の文化建設が地震に対して無関心に進行するならぱ、震災は非常な勢を以て増加すべき筈のものである。 震災防止の第一義は、吾人の町村を耐震構造を以て武装することにある。斯くすることによりて、如何に獰猛な強敵が襲撃して来ても、吾々の造営物は無難であらう。火災を起すこともなからう。さうして吾々の生命も妥全であらう。
 然しながら吾々の町村が耐震的に武装されることは、一朝―夕に行はるぺきことでない。或―町或は一封を然かすることさへ容易でないのであるから、将来大地震に見舞はれさうな地方の町村全部を斯くすることは殆んど不可能なことに属する。

然し假令町村が地震に対して、如何に赤裸々の状態にあっても、ある術を以てすれぱ夫の強敵を挫くこと、左程困難な業でもなからう。恰も武道の達人が赤手を以て能く暴漢を制服する様に。
 何をか術といふ、地震知纎これである。地震知纎の普及、これ即ち此術の普及である。これ即ち震災防止の第二義である。
 地震多知問題の解決、これも亦震災防止につき大切な役回りを勤めるに相違ない。然し著者は之を震災防止上の第三義に置きたいものである。何となれぱ右の第一義或いは第二義が行はれて居ないのに、第三義だけが行はれたとしたならば人命損失を少くするには幾分の効力があるにしても、造営物の破壊は依然として変りがないであらう。亊によれぱ安寧秩序を維持するに却て弊害を伴ふかも知れない。併し若し第一二羲が能く行はれた上に、更に加ふるに第三義を以てしたならぱ、其処に始めて、完全な震災防止が出来るであらう。さうして地震によりて破壊されることのない眞の文化が建設せられるであらう。
 著者は来るべき敵襲に応ずる為め、前記の如き三段の備へを以て之に当たらんとするものである。

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