今村 明恒
『『稲むらの火』の教方に就て』(抜粋)

『地震』(第1輯)第12壱第8号、昭和15年(1940年畑月
・今町明慍『鯰のざれごと』三省重1941年にも所収
・一部略。また漢字の一部は現代表記とした。

 尋富小学校第五学年用国語読本巻十第十課に「稲むらの火」なる一名文が載せてあるのは周知の事実である。回没前霞の二三時内に起った事件を其の椎移のまゝこ簡潔に綴った叙事文であるが、其の内容は五兵衛なるー老人が自己の財産を犠牲にして400人の町民の生命を教ったといふ感銘すぺき物語である。事倉卒に属し、村と村人とは将に大津浪にー呑にされんとする危険が目睫に迫ってゐるのに、彼等は之を気づかずにゐる。他の方法では救はれない。彼は断然決意して、自家の稲叢に放火したのである。山寺は早鐘を撞く。

先ず駆けつけたのが壮丁で、之に続くは老幼婦女子。人々は庄屋の行動と、海面を見較べ、事の推移に依って始めて真相を掴むことが出来、期せずして老人の町に跪き彼を拝んだのであった。此の間五兵衛の終始緊張した気分は其のまゝ紙面に躍出で、一言半句の緩みなく書き出されてゐる。一面には文学的価値の高き作品であり、他方、志士仁人は身を殺しても仁を成すことにあるを救へる一大文章だと言はうばならぬ。
 此の一篇は単に上砲の二特色を注意して講ずるだけでも、教科としての価値は十分であらう。併し乍ら、若しそれに添えるに、此の物語の出典と実話とを以てしたならば、効果は更に倍?すぺく、教方の如何によりては児童をして終生忘れ難い感銘を覚えしめることも不可能ではあるまい。
 (以下、記述内容の地震学からの解説、出典(ラフカディオーハーン「生ける神」(ALlvlngGo))、実話の回介がされている。)

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