寺田 寅彦
『竜巻の話』 Tatumaki no Hanasi (抜粋)

(大正5年1月『ローマ字世界』)

昔の人は自然界に起こるいろいろな現象のうちで、地震とか雷とかいうような勢いの激しい恐ろしいものに出会うたびに、ただ訳もなく恐れおののいた。その恐ろしさはただ自分の命が惜しいという利害の考えからばかりでなく、現象の起こる訳が分からないための頼りなさと心細さを一倍感じたに相違ない。それで、おのずから神とか恐ろしい動物などとか思い浮かべて、これらの現象を、そういうものの仕業と決めて、ともかくも安心のならぬ安心を求めたものと思われる。竜巻などもやはりその類いであろう。竜巻の水を巻き上げる様はまことに竜が昇天するかと思われるようである。馬琴の小説『八犬伝』の初めの巻に、里見義実が、三浦の浜辺で竜を見る条りなどを読んでみると、竜巻の有様が巧みに写されていて面白い。

この現象の起こる初めに雲から垂れ下がってくる紐のようなものを、西洋人は象の鼻に譬えているが、東洋人の目から見れば竜の尾とも見られないことはなかろう。

『寺田寅彦全集』第九巻 1997年8月 岩波書店

続きを読む