寺田 寅彦
寺田 寅彦 Torahiko Terada

寺田寅彦(てらだとらひこ)
1878年(明治11年)-1935(昭和10年)
 「天災は忘れられたる頃来る」誰でもが一度は聞いたことのあるこの警句。この警句を言ったとされるのが寺田寅彦先生です。寺田先生は、明治から昭和初期にかけ、東京帝国大学の物理学者として活躍される一方、今も色あせないさまざまな随筆を遺されました。

 防災・危機管理の視点からも、現在に活かされるべき数多くの著作があります。たとえば、「函館の大火について」(1934年(昭和9年))の中では、関東大震災での大火災について振り返り、火災が猛威をふるった原因として、水道が止まった上に同時多発的に出火し消防機関の能力を超えてしまったことと合わせ、「東京市民が明治以来のいわゆる文明開化中毒のために徳川時代に多大な犠牲を払って修得した火事教育をきれいに忘れてしまって、消防のことは警察の手にさえ任せておけばそれで永久に安心であると思い込み、警察のほうでもまたそうとばかり信じ切っていたために市民の手からその防火能力を没収してしまった。」ことを挙げています。さらにそれに続けて、「それらの直接の原因の根本に横たわる重大な原因は、ああいう地震が可能であるという事実を日本人の大部分がきれいに忘れてしまっていたことに帰するべきであろう。むしろ、人間というものが、そういうふうに驚くべく忘れっぽい健忘性な存在として創造されたという、悲しいがいかんともすることのできない自然科学的事実に基づくものであろう。」とも記しています。

 これ以外にも、現代に生きる私たちにとって大変示唆に富む著作があります。主なものをいくつか抜粋してご紹介しますが、e-カレッジでの学習などを通じて私たちの防災力が高まり、そして、寺田先生が警告される、自然に対して畏敬の念を持ち続けることができれば、寺田先生の時代から一歩進んだ時代がやってくるのではないでしょうか。

(その他の主な著作(防災・危機管理関係))
「地面の脈動と津波」(1921)
「地震の予報はできるか」(1922)
「吉岡君の思い出」(1923)
「関東地方の地形と今度の地震」(1924)
「地震雑感」(1924)
「火山の名について」(1931)
「烏瓜の花と蛾」(1932)
「火事教育」(1933)
「天災と国防」(1934)
「災難雑考」(1935)
「颱風雑俎」(1935)
「静岡地震被害見学記」(1935)
「震災日記より」(1935)

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