日野原 重明
2.日野原重明先生 インタビュー

いろんな地震とか災害とか戦争とかいろんなことが起こった場合には、多くは不意に突然に起こるんで、それに準備ができてないから、国が、あるいは地方団体がそういうことが起こっても命が切りつけられないような予防的な処置をこれはすべきでありますけれども、戦争などは、急に起こったりなんかするんで、なかなかその処置ができないっていうことでうまくいかないんですが、少なくとも戦争でない平和の社会では、起こりうることは、自然の変化とかいろんなことだから、その時に対応するシステムをやはり作っていくことがこれは公の、あるいは国家や地域の責任だと思うんですが、その時に私たちは命ということを考える時には、命を安泰なことを予防するやり方と、それからこの命が切りつけられた時に、それを癒すようなひとつの組織、病院とかお医者さんとか看護師さんの働き、それでいよいよですね、病気で亡くなる時に、最期のお世話をするっていうような3つの方法があると思うんですよ。

私は長い間にほとんど全部経験したんですよ。第2次世界大戦を経験して、この東京はですね、ひどい爆撃があったわけですよ。そして、この終戦のあの年の昭和20年の2月とか8月にはどんどん爆撃して患者さんが聖路加病院にみんな逃げて来る。そうして火傷、ひどい火傷をして来る。そういうふうな人を入れました。病室はもう一杯で、チャペルの礼拝堂に入れて、そうしてそこを病棟として、もうあらゆる空間に患者を入れた。そうして私はですね、若い時に結核をやったために徴兵検査では丙だったので、召集がなかったので、この東京でそういうですね、この空襲下の住民を私は守ったんですけれども、その経験があったんで、私はこの新しい聖路加病院を今から11年前に作ったわけです。

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