地震編-1 発生から24時間まで
4.地震発生から24時間

次に、発災から24時間以内の場面を考えましょう。 この時点では、正式に災害対策本部を立ち上げ、集約した情報をもとに、さまざまな情報発信を行うことが重要な活動になります。この情報発信には、応援要請、避難勧告のほかに、市町村長から住民の方々へのメッセージなども含まれます。  また加えて、医療機関への支援、避難所の立ち上げ、高齢者や障害のある方々など要配慮者の状況把握なども、市町村にとって重要な活動になります。  しかし、これらの重要な活動は、さまざまな要因によって阻害されることが少なくありません。どのような阻害要因があるのかを、活動別に見てみましょう。 地震発生からしばらくすると、電話などによる問い合わせが殺到し始めます。住民からの救助要請や避難先に関する問い合わせもありますし、関係機関や報道機関などから被害情報を求める連絡もあります。

 また、被害状況がテレビなどで報道されるようになると、親戚や知人の安否を知るために、日本各地から問い合わせの電話も殺到するようになります。  大きな地震が発生した際、市町村の職員は、自らが与えられた業務のほかに、かかってくる電話への対応に忙殺されることになるのです。  2000年(平成12年)鳥取県西部地震に見舞われた町では、問い合わせに対して「しばらくお待ちください」としか言えない状況が続き、住民から感情的な言葉をかけられて苦労したという経験談も残っています(島根県伯太町,2002)。 問い合わせが増えるのと併せて、少しずつですが、情報が入ってくるようになります。それらの情報は、関係機関からの公式な報告のみならず、職員が参集途中で見聞きした情報や、消防や警察の活動報告の中から上がってくるものなどです。  しかし、これらの情報は、その種類、詳しさの度合い、対象地区もさまざまな「断片情報」で、必要な情報が含まれているとは限りません。  また、情報が集まりすぎたために発生する問題もあります。例えば、FAXで送られてきた多くの情報の中に、重要な情報が埋もれて放置されてしまうということもあります。また、電話やFAXの殺到ですべての回線がふさがって、重要な情報を知らせる電話を受け取れなかったり、情報発信ができなかったり、ということもあるでしょう。  このような理由で、この段階で得られた情報から、被害や必要な対策の全体像を知ることは、非常に困難なのです。 災害発生直後に被害情報を集約する目的の1つには、必要に応じて外部への救援要請を出すということがあります。しかし、過去の災害では、これに時間を要した例も少なくありません。  救援要請が遅れてしまう最大の理由は、情報が集約できず、被害の全体像が把握できないことです。被害の全体像が把握できなければ、どこに、どれだけの要請をすればよいのかが把握できません。また、情報伝達が混乱する中では、応援要請そのものも、発信することは容易ではありません。  これにより、緊急消防援助隊や自衛隊などへの救援要請が遅れることは、一分一秒を争う消火・救出活動を大きく阻害する要因となります。 災害対策本部が行うべき情報発信は、応援要請だけではありません。二次災害を防止するための避難勧告・指示も重要な情報発信の1つです。  殺到する問い合わせの中には、「危険物が漏洩している」「堤防が決壊する可能性がある」「裏山が崩れそう」などの二次災害発生の予兆を知らせるものが含まれている可能性があります。  当然のことながら、住民の安全を守るためには、これらの情報に早急に対応することが必要です。しかし、正確な状況が把握できない段階で、むやみに避難勧告や指示を出すことは、かえって住民の不安をあおり、混乱の原因にもなりかねません。  適切な避難勧告・指示のためにも、情報の集約が必要なのです。 大地震では、負傷者の治療を担う医療機関が、大きな被害を受けることが予想されます。また、停電や断水などによって、診療に大きな障害が発生することも予想されます。大地震が発生した場合、市町村は、管内の医療機能がマヒしてしまうことを想定しなければなりません。  市町村としては、まず、医療機関の被害状況や稼働状況を早急に把握し、水の優先供給、入院患者の避難場所の確保など、必要な支援を行うことが必要です。そして、必要に応じ、都道府県、医師会、消防本部などと連携して、医療救護班の派遣、救護所の設置、重症患者のヘリコプターによる後方搬送手段の準備などを行う必要があります。  このとき懸念されるのが、医療機関と連絡が取れないということです。医療機関との間には、移動系の防災行政無線など、災害用の通信手段が設置されていない場合が多いため、電話や携帯電話がマヒしていると連絡がつきにくくなることが予想されます。 地震発生後24時間以内には、避難所の立ち上げも重要です。しかしここにも、それを阻害するさまざまな要因があります。  地域防災計画で指定されている避難所のうち、最も多くの割合を占めるのが公立学校です。しかし実際には、指定されている学校が被災し、避難所として使えない可能性もあります。  文部科学省の調査によると、全国の公立小中学校の耐震化率は、約(およそ)49%にとどまり、半数以上の小中学校で、耐震性が十分ではないという結果が得られています(文部科学省,2004)。震度6強クラスの地震が発生した場合、避難所となる施設が被害を受け、使用できなくなる可能性もあります。 避難所の立ち上げには、さまざまな活動が必要になります。施設の鍵を開け、収容する部屋を定め、避難者の人数・氏名などを把握することなどがその代表例です。これらの活動には、市町村職員や学校教職員、住民組織の代表者などのリーダーシップが不可欠です。しかし、災害直後の混乱の中では、適切なリーダーに恵まれず、うまくいかないという例も数多くあります。  特に深刻な問題は、避難所スペースの確保です。避難者が非常に多い場合には、体育館や教室だけではスペースが足りず、廊下や玄関ホールなど条件の悪い場所まで避難者があふれます。このような場合でも、高齢者や乳幼児がいる世帯は、優先的によい環境を得ることが理想ですが、リーダーシップをとれる人がいない状況では、これは容易ではありません。避難が遅れた高齢者や、周囲の人に気兼ねしながら寝起きせざるを得ない小さな子供がいる家族など、弱い立場の人たちが劣悪な環境に置かれてしまうのです。 弱い立場の人々が不利な状況に置かれるのは、避難所の中だけではありません。  車いすで生活する人や視覚などに障害のある人にとって、がれきのあふれる被災地の町を歩くことは困難です。その結果、避難所にも来られず、水も電気もない被災した自宅で生活することを余儀なくされる人がいるかもしれません。また、聴覚に障害のある人や言葉がわからない外国人などは、避難勧告などの重要な情報を入手できないかもしれません。  日常の業務の中では、これら社会的に弱い立場におかれる人々への支援を専門に受け持つ部署があります。しかし、阪神・淡路大震災が発生した神戸市では、その専門部署である福祉事務所の職員が、地域防災計画上で定める遺体の対応を最優先で行わざるを得ませんでした。その結果、災害直後には、支援を必要とする人々への対応は、十分ではありませんでした(1.17神戸の教訓を伝える会,1996)。  日常の生活で弱い立場にいる人たちは、災害時にはより困難な立場に置かれる可能性が高く、まずはこうした方々の状況を把握する必要があります。

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