平成29年版 消防白書

5.救急業務を取り巻く課題

(1)救急車の適正利用の推進

平成28年中の救急自動車による救急出動件数は、過去最高の620万9,964件に達し、増加傾向を続けている。平成28年度に行った将来推計(第2-5-10図)によると、高齢化の進展等により救急需要は今後ますます増大する可能性が高いことが示されており、救急活動時間の延伸を防ぐとともに、これに伴う救命率の低下を防ぐための対策が必要である。

第2-5-10図 救急出動件数・救急搬送人員の推移とその将来推移(2000年~2026年)

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第2-5-10図 救急出動件数・救急搬送人員の推移とその将来推移(2000年~2026年)の画像。搬送人数及び出場人数とも、増加する予想となっている。

救急自動車による出動件数は、10年前と比較して約18.6%増加しているが、救急隊数は約6.5%の増加にとどまっており、消防庁では、地域の限られた救急車が緊急性の高い傷病者にできるだけ早く到着できるようにするため、電話相談窓口「救急安心センター事業(♯7119)」の全国展開を推進しているところであり、住民による緊急度判定を支援する全国版救急受診アプリ「Q助きゅーすけ」を作成したところである。
また、全体の救急出動件数に与える影響が大きい転院搬送については、平成28年3月に、「転院搬送における救急車の適正利用の推進について」(消防庁次長及び厚生労働省医政局長通知)を発出し、ガイドラインの策定が進められているところであるが、作業がすすんでいない都道府県が散見されることから引き続きフォローアップを行っていく必要がある。
消防庁では、関係機関との連携として搬送困難事例(精神疾患関係)に対する効果的な取組として平成28年12月に「精神科救急における消防機関と関係他機関の連携について」を発出し精神科救急医療体制の更なる整備を促した。また、高齢者福祉施設等との連携として、全国の先進的な取組を収集し紹介した。
さらに、適正利用には国民全体への「緊急度判定体系」の普及が欠かせないことから、消防庁ホームページに「救急お役立ちポータルサイト」を作成し、適正利用に係るツールや救急事故防止に役立つ様々な情報を提供している。

(2)心肺機能停止傷病者の救命率等

消防庁では、平成17年1月から、救急搬送された心肺機能停止傷病者の救命率等の状況について、国際的に統一された「ウツタイン様式」に基づき調査を実施している。
平成28年中の救急搬送人員数のうち、心肺機能停止症例数は12万3,554件であり、うち心原性(心臓に原因があるもの)は7万5,109件(A)であった。
(A)のうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された件数は2万5,569件(B)であり、このうち1か月後生存率は13.3%、1か月後社会復帰率は8.7%となっている(第2-5-11図)。

第2-5-11図 心原性かつ一般市民による目撃のあった症例の1か月後の生存率及び社会復帰率

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第2-5-11図 心原性かつ一般市民による目撃のあった症例の1か月後の生存率及び社会復帰率の画像。1か月後生存率は、平成27年で13.0%、平成29年で13.3%。1か月後社会復帰率は、平成27年で8.6%、平成29年で8.7%。

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータを除いた数値により集計している。

(B)のうち、一般市民により応急手当が行われた件数は1万4,354件(C)であり、このうち1か月後生存率は16.4%となっており、応急手当が行われなかった場合(9.3%)と比べて約1.8倍高い。また、1か月後社会復帰率についても応急手当が行われた場合には11.7%となっており、応急手当が行われなかった場合(4.9%)と比べて約2.4倍高くなっている(第2-5-8表)。

第2-5-8表 一般市民による応急手当の実施の有無

(各年中)

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第2-5-8表 一般市民による応急手当の実施の有無の画像。詳細は、Excelファイル、CSVファイルに記載。

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

(C)のうち、一般市民によりAEDを使用した除細動が実施された件数は1,204件であり、1か月後生存率は53.3%、1か月後社会復帰率は45.4%となっている(第2-5-12図)。

第2-5-12図 一般市民により除細動が実施された件数の推移

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第2-5-12図 一般市民により除細動が実施された件数の推移の画像。一般市民により心肺機能停止の時点が目撃された心原性の心肺停止症例のうち、一般市民により除細動が実施された件数は、平成28年で1,204件。この中で、1か月後生存率は、53.3%。また、1か月後社会復帰率は、45.4%。

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

一般市民による応急手当が行われた場合の1か月後生存率及び1か月後社会復帰率は増加傾向にあるが、一般市民による応急手当の実施は生存率及び社会復帰率の向上において重要であり、今後、一層の推進を図る必要がある。
消防庁では、平成27年8月に、「自動体外式除細動器(AED)設置登録情報の有効活用等について」(消防庁救急企画室長通知)を発出し、各消防本部における、日本救急医療財団全国AEDマップを用いた情報提供の推進並びにAEDの設置場所に関する情報の通信指令システムへの登録及び口頭指導における当該情報の活用の推進並びにAEDの設置登録情報の適正化及び有効活用の環境整備の3点について、更なる取組を促しているところである。

(3)感染症対策

救急隊員は、常に各種病原体からの感染の危険性があり、また、救急隊員が感染した場合には、他の傷病者へ二次感染させるおそれがあることから、救急隊員の感染防止対策を確立することは、救急業務において極めて重要な課題である。
消防庁では、「消防学校の教育訓練の基準」において、救急隊員養成の講習項目として、参考とするものの中に救急用資器材操作法・保管管理・消毒についても定めている。また、各種感染症の取扱いについて、感染防止用マスク、手袋、感染防止衣等を着用して傷病者の処置を行う共通の標準予防策等の徹底を消防機関等に要請している。
新型インフルエンザ対策としては、平成21年2月に「消防機関における新型インフルエンザ対策のための業務継続計画ガイドライン」を策定し、消防機関に業務継続計画の策定を促した。平成25年4月13日には、病原性が高い新型インフルエンザや同様な危険性のある新感染症に関して、「新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号)」が施行され、同年6月7日には、同法第6条第4項の規定に基づき、「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」が閣議決定された。消防庁では、新型インフルエンザ発生時に、この計画に基づき、適切に対応できるよう政府の訓練に参加している。
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)」において、平成26年に西アフリカを中心に流行したエボラ出血熱が一類感染症に指定されており、流行時、救急要請時に発熱等を訴えている者には、流行国への渡航歴の有無を確認する等、消防機関における基本的な対応を定めた。また、同法において、エボラ出血熱の患者(疑似症を含む。)の移送については、都道府県知事(保健所設置市の場合は市長、特別区の場合は区長)が行う業務とされているが、保健所等の移送体制が十分に整っていない地域もあることから、消防庁は厚生労働省と協議を行った上で、保健所等が行う移送に対する消防機関の協力のあり方について、平成26年11月28日に通知で示した。

(4)熱中症対策

平成19年8月、埼玉県熊谷市及び岐阜県多治見市において最高気温40.9℃が記録され、熱中症に対する社会的関心が高まったことを契機に、消防庁では、平成20年から全国の消防本部を調査対象とし、7月から9月までの夏期における熱中症による救急搬送状況の調査を開始した。平成27年からは調査期間を5月から9月までに拡大し、その結果を速報値として週ごとにホームページ上に公表するとともに、各月の確定値を公表している。
平成29年5月~9月における全国の熱中症による救急搬送人員は5万2,984人となっており、平成28年と比較すると約5%増加している。年齢区分別にみると、高齢者(満65歳以上)が2万5,930人(48.9%)で最も多く、次いで成人(満18歳以上満65歳未満)が1万8,879人(35.6%)、少年(満7歳以上満18歳未満)が7,685人(14.5%)となっている。初診時における傷病程度別にみると、軽症(外来診療)が3万4,382人(64.9%)で最も多く、次いで中等症(入院診療)が1万7,199人(32.5%)、重症(長期入院)が1,096人(2.1%)、死亡が48人(0.1%)となっている。
平成29年度から新たに追加した発生場所ごとの項目別にみると、住居が1万9,603人(37.0%)で最も多く、次いで公衆(屋外)が7,351人(13.9%)、道路が7,131人(13.5%)、仕事場<1>が5,648人(10.7%)となっている。(第2-5-9表)

第2-5-9表 熱中症による救急搬送状況の年別推移(平成24~29年)

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第2-5-9表 熱中症による救急搬送状況の年別推移(平成24~29年)の画像。詳細は、Excelファイル、CSVファイルに記載。

(備考)
1 平成24年~26年は6月~9月、平成27年~29年は5月~9月の搬送人員数。
2 年齢区分は次によっている。
 (1) 新生児 生後28日未満の者
 (2) 乳幼児 生後28日以上満7歳未満の者
 (3) 少年 満7歳以上満18歳未満の者
 (4) 成人 満18歳以上満65歳未満の者
 (5) 高齢者 満65歳以上の者
3 初診時における傷病程度は次によっている。
 (1) 死亡 初診時において死亡が確認されたもの
 (2) 重症(長期入院) 傷病の程度が3週間以上の入院加療を必要とするもの
 (3) 中等症(入院診療) 傷病程度が重症または軽症以外のもの
 (4) 軽症(外来診療) 傷病程度が入院加療を必要としないもの
 (5) その他 医師の診断がないもの及び傷病程度が判明しないもの、その他の場所へ搬送したのもの
 ※ なお、傷病程度は入院加療の必要程度を基準に区分しているため、軽症の中には早期に病院での治療が必要だったものや通院による治療が必要だったものも含まれる。
4 発生場所度は次によっている。
 (1) 住居 敷地内全ての場所を含む
 (2) 仕事場<1> 道路工事現場、工場、作業所等
 (3) 仕事場<2> 田畑、森林、海、川等(農・畜・水産作業を行っている場合のみ)
 (4) 教育機関 幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、専門学校、大学等
 (5) 公衆(屋内) 不特定者が出入りする場所の屋内部分(劇場、コンサート会場、飲食店、百貨店、病院、公衆浴場、駅(地下ホーム)等)
 (6) 公衆(屋外) 不特定者が出入りする場所の屋外部分(競技場、各対象物の屋外駐車場、野外コンサート会場、駅(屋外ホーム)等)
 (7) 道路 一般道路、歩道、有料道路、高速道路等
 (8) その他 上記に該当しない項目

熱中症に関する取組としては、平成19年度から、熱中症対策に関係する省庁が緊密な連携を確保し、効率的かつ効果的な施策の検討及び情報交換を行うことを目的として、熱中症関係省庁連絡会議が設置されている。 また、平成25年度から、熱中症に関する普及啓発等の効果をより一層高いものにするため、熱中症による救急搬送人員数や死亡者数の急増する7月を「熱中症予防強化月間」と定めている。消防庁では、熱中症予防のための予防啓発コンテンツとして消防庁ホームページの熱中症サイトに、予防啓発ビデオ、予防啓発イラスト、予防広報メッセージ、熱中症対策リーフレットを提供している。今年度は、全国消防イメージキャラクター「消太」を活用した熱中症予防を呼びかけるポスターを作成した。全国の消防機関をはじめ、熱中症予防を啓発する関係機関等に対して、このコンテンツを積極的に活用していただけるよう呼び掛けている(参照URL:http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList9_2.html)。

【参考】熱中症予防啓発ポスターの画像
【参考】熱中症予防啓発ポスター

(5)救急隊の編成をより柔軟に行うための政令改正

近年の人口減少や厳しい財政状況などにより、過疎地域や離島においては、救急隊が配置できない地域や時間帯が生じるなど、救急業務の空白が生じつつある。
消防庁では平成28年12月に消防法施行令の一部を改正する政令(平成28年政令第379号)を公布し平成29年4月1日から過疎地域及び離島において、市町村が適切な救急業務の実施を図るための措置として総務省令で定める事項を記載した計画(実施計画)を定めたときには、救急隊員2人と准救急隊員1人による救急隊の編成が可能となった。
准救急隊員は、救急業務に関する基礎的な講習の課程(92時間)を修了した常勤の消防職員等とされており、例えば、常勤の消防職員と併任され上記課程を修了した役場職員などを想定している。また、同課程の講習を受けた者以外に、上記課程修了と同等以上の学識経験を有する者についても准救急隊員とすることができることとしており、医師、保健師、看護師、准看護師、救急救命士及び救急科(250時間)を修了した者としている。(第2-5-13図)

第2-5-13図 政令改正の概要

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第2-5-13図 政令改正の概要の画像。救急業務の空白地帯を解消するため、救急隊員2人のほか、准救急隊員(救急業務に関する基礎的な高尾州の過程(92時間)を終了した者等)1人による救急隊の編成を可能とする。

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