令和4年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、土砂災害、南海トラフ地震等の大規模地震、大津波といった大規模災害に備えるとともに、火災や危険物の事故の防止、消防活動時の安全確保のため、令和3年度から新しい中期研究計画を実施しており、以下に掲げる8つの課題について研究開発を行っている(第6-1表)。

第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

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第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

(1)災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

ア 自然災害時の現場対応型情報収集システムと情報分析・評価手法の開発

(ア)背景・目的
平成30年北海道胆振東部地震、令和元年東日本台風災害、令和3年7月静岡県熱海市土石流災害など自然災害が多発している。これらの災害時の救助活動においては、速やかに被害の全容を把握するとともに、時間の経過により変化する状況を適切に評価して隊員の安全を確保することが必要であり、それに資する情報の収集及び分析は重要である。本研究では、土砂災害現場を主な対象として、詳細な地形データを用いた二次災害危険場所の抽出と評価方法の開発、新技術を用いた情報収集システムの開発及び人員・通信手段等に制約がある現場環境で運用できる情報分析・評価手法の研究を行う。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
レーザースキャナを搭載したドローンを用いて、夜間でも地形を計測できる仕組みを構築し、判読の精細さと物体の移動を検出する精度について調べた(第6-1図)。図の右下の3つの図は、物体を移動させなかった場所、10センチメートル移動させた場所及び20センチメートル移動させた場所の3つの場所についての地形の断面を表し、赤い点は物体の移動前の地形、白い点は物体の移動後の地形を表している。この違いから、物体の移動を検出した。検出精度の向上のため、計測方法及び計測後の処理手法の改良について検討した。その他、ドローンを用いた画像収集とリアルタイムでの画像分析の仕組みの構築を目指した開発を実施した。

第6-1図 ドローンを用いた夜間の地形計測手法の開発のための実験の様子(左上)と物体を移動させた前後の地形の変化(右下)

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第6-1図 ドローンを用いた夜間の地形計測手法の開発のための実験の様子(左上)と物体を移動させた前後の地形の変化(右下)

イ 自力避難困難者の避難に関する研究

(ア)背景・目的
地震、津波、水害等の災害が発生し、迅速な避難が必要となる場合、人口減少や高齢化の進展に伴い、自力避難困難者の安全を確保する重要性が高まっている。また、平成23年の東日本大震災では281人の消防団員及び消防職員が犠牲となったが、ここで得られた教訓を救助業務に当たる職員の被害防止に活かすことが重要である。
そこで本研究では、要配慮者や要支援者を含む自力避難困難者による避難開始時間や避難行動時間の予測高精度化を行うとともに、避難困難区域図の作成に必要な基礎資料の提供を行うことを目的とする。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
a 避難開始時間について、平成30年7月豪雨時の行動を分析した結果、自家用車を移動手段とした要配慮者については、他の手段(親類の車、避難バス、近隣の人の車等)に比べ、避難開始時間が遅くなる傾向にあることがわかった。その原因としては、自家用車は家族のみの運用であるのに対し、それ以外の手段はいずれも家族以外が介在するため、避難開始時間に影響した可能性がある。避難開始時間は、負傷した場合や日常生活自立度(寝たきり度)の程度が重い場合に長くなる傾向にあり、避難情報を認識した数が多い場合や家庭内で過去の被災歴を語り継いでいる場合に短くなる傾向があることがわかった。
b 地域住民による津波避難訓練を計測することによって、屋内及び屋外の避難行動を一連として捉え直すことによる避難行動時間予測の高精度化に資する時間及び速度データを取得した。
c 車椅子等の避難支援器具について、避難時間の短縮化及び救助者の高齢化を見据えた省力化の検討を行うため、地域における日常的な保管方法及び平面、傾斜、垂直(階段)の避難経路における活用の実態を把握した(第6-2図)。

第6-2図 傾斜の急な避難経路における要配慮者の避難支援

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第6-2図 傾斜の急な避難経路における要配慮者の避難支援

(2)市街地火災による被害を抑制するための研究開発

ア 超高齢・人口減少社会の火災発生予測と対策

(ア)背景・目的
今後想定される更なる高齢化と人口減少は、同時に空き家の増加や社会インフラの老朽化とダウンサイジング、日中ほぼ高齢者のみとなる地域や要救助者の増加などの社会変化をもたらし、火災の発生や被害の様相も変化することが懸念される。そこで、火災の変化を予測するとともに、社会変化に適した初期火災対応技術の開発を行い、消防機関や地域住民が自ら考え備えるのに役立つ情報を発信することを目的とする。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
初期火災対応技術の開発として、火災の早期発見のための火災警報の共有と消火器の使用訓練方法に関する実験を行った。
火災警報の共有では、住宅用火災警報器の発報を屋外に知らせる屋外警報装置等の技術基準ガイドラインを踏まえ、屋外での警報音の可聴範囲の予測を目的として、各種の暗騒音下での警報音の可聴性に関する実験を行った。
また、超高齢社会では、高齢者自らが安全で効果的に初期消火を行うことができれば被害低減につながるが、新型コロナウイルス感染症対策の状況を踏まえ、集合せずとも実施可能な消火器訓練として、映像教材等による教育効果の測定と評価を行った。

イ 消防力と消防水利の変化が延焼被害等に及ぼす影響の評価

(ア)背景・目的
消防本部が管轄内で発生する火災に十分に対応するためには、火災予防の推進によって火災の発生と拡大を抑制するとともに、地域の状況に合わせて十分な消防力と消防水利を確保しておくことが重要である。
本研究では、消防本部による消防力と消防水利の整備に資することができるよう、市街地火災の延焼阻止に必要な消防水利の評価手法を開発するとともに、消防力運用シミュレーションに基づく火災被害推定手法の開発を行う。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
本研究は、3つのサブテーマから構成される。
サブテーマ「市街地火災の延焼阻止に必要な消防水利の評価手法に関する研究」では、放水量に関連するデータを収集するための調査内容の検討を行った。
サブテーマ「消防力、消防水利の要素を考慮した市街地火災延焼シミュレーションソフトウェアの開発」では、消防隊員が消火に用いる消防水利を選定する際の考え方に関する調査内容の検討を行った。また、実火災における消防水利の選定ルールとは別に、計算モデルとして限定された条件下で最適な消防水利の選定アルゴリズムについて検討した。さらに、今後の検討に用いるため、初動時消防力最適運用システムの一部機能、道路ネットワークデータの読込機能及び編集機能(道路の加除修正や消防署所及び消防水利の追加)をソフトウェアに追加した。
サブテーマ「市街地火災延焼シミュレーションソフトウェアの改良」では、ソフトウェアを東京消防庁の開発した延焼速度式(東消式2001)にも対応させたほか、都市データの高精度化、指定した建物群の各建物から出火するシミュレーションを順次行う機能(第6-3図)の実装、指定した建物群に対する延焼被害を集計する機能の実装等を実施して、機能を向上させた。
その他、4消防本部の依頼に対してシミュレーションソフトウェアや延焼経路データを新たに提供した(令和4年3月現在、合計104機関へ提供済み)ほか、既に提供していた消防本部や地方公共団体の防災部局5機関に対して、更新した延焼経路データの追加提供を行った。

第6-3図 指定した建物群から出火するシミュレーションを順次行う機能の例

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第6-3図 指定した建物群から出火するシミュレーションを順次行う機能の例
(左:入力画面 右:出力結果)

ウ 飛び火に対する防御

(ア)背景・目的
広域火災(地震後の市街地同時多発火災、市街地火災、林野火災等)では、「飛び火」が発生して被害を極端に大きくすることがある。飛び火とは、火の粉が飛んで来て出火することで火災を急速に広域化させる現象で、特に有風下(又は強風下)においては火災の急激な拡大を招く場合がある。本研究課題では火の粉発生装置による実験を通じて既往の延焼防止手法に対する飛び火被害防止の効果確認に加え、新たな防御手法を開発する。開発した技術を用いることにより、消防活動における強風下での飛び火警戒の指針作成を目指す。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
消防本部における飛び火関連の文書に関して、どのような情報が具体的に必要とされているのかを確認するため、アンケート調査を行った。飛び火関連での消防戦術に関する情報を得ることを目的とし、全国724消防本部を対象として、アンケートの回答及び飛び火関連文書の提供を依頼した。アンケートでは、一般的な警防文書に加えて、飛び火警戒内容が含まれる可能性の高い強風下における火災に関わる文書・大規模火災に関わる文書・木造密集地域火災に関わる文書・林野火災に関わる文書の4種類を対象とし、飛び火警戒内容についての記述の有無に関しての調査を実施した。
また、日本で一般的な瓦(日本瓦)は、波形であるため、火の粉が瓦の下に潜り込みやすく、着火に至る可能性が高いことから、予備注水を対象とした火の粉に対する防御実験を行った。風速は6m/sと8m/sとし、日本瓦6枚(2列×3段)を用いて実験を行った。予備注水の量は300g及び600gとし、予備注水から実験までの時間を2種類(予備注水終了後1分後、11分後)変化させて実験を行った。火の粉は瓦上の水分によって消炎することがわかった。予備注水の効果はみられるが、水の量によって効果に変化があるわけではないことがわかった。余分な水は全て流れてしまい、瓦の上に残る水分量に変化がないためであると思われる。また、実験開始から時間が経過すると水分が蒸発してしまうため、予備注水による防御効果が減少した。

エ 火災旋風の発生予測

(ア)背景・目的
市街地で同時多発火災が発生すると、猛烈な風を伴う火災旋風が発生して被害を格段に大きくする可能性がある。一旦火災旋風が発生してしまうと、被害を防ぐことは極めて難しい。しかし、同時多発火災発生時に消防力が不足して全火災を消せない場合でも、死傷者を出すほどの強風を伴う火災旋風が今後どの火災で発生する可能性があるかを特定できれば、その火災が小さいうちに優先的に消すことで火災旋風の発生が防げる。本研究の目的は、火災の規模がどれくらいになれば、死傷者を出すほどの強風を伴う火災旋風が発生し、その強風域がどれくらいの範囲に及ぶか、ということを予測するモデルを開発することである。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
過去に発生事例の多い「火災域風下に発生する火炎を含まない火災旋風」の発生予測モデルの作成を進めた。また、細長い火源周辺に発生する火災旋風の可視化実験を行った結果、2種類の性質の大きく異なる渦が異なる場所で発生しており、このことが火災旋風の渦の強さの風速依存性に大きな影響を与えていることを明らかにした(第6-4図)。さらに、野焼き時に発生する大規模な火災旋風の風速や延焼状況の観測を試みた。

第6-4図 煙で可視化した火災旋風

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第6-4図 煙で可視化した火災旋風

(3)火災原因調査と火災避難の高度化に関する研究開発

ア 火災原因調査の高度化に関する研究

(ア)背景・目的
火災を減らすには、火災原因を明らかにし適切な予防対策を講じることが必要である。信頼性の高い原因判定には、現場残さ物が何であるかの分析手法と同定手法、噴出した油類のミスト爆発の性状などの専門性の高い分野での現場で使える情報やデータを提示する必要がある。このため、現場残さ物の物質同定手法を開発すること、引火性液体に着目し着火と爆発に関する現象を明らかにすることを目的とした研究を行っている。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
a 現場残さの物質同定に関する研究
加熱前後の綿とポリエステルの混紡布を試料とし、熱分解ガスクロマトグラフィーにより分析すると、綿が熱による影響を受けやすく、ポリエステルと誤判断が起きやすい可能性を見いだした。また、綿とポリエステルは加熱による分解がそれぞれ単独で進行し、相互に反応しないことがわかった。
通常環境下で電気的なショートで作成した電気溶融痕に対し、電子顕微鏡により表面観察と元素分析を行った。表面観察では滑らかに溶けている部分と小さなくぼみのある部分が認められ、表面の元素分析では放電前のほぼ銅のみである電線の表面よりも酸化銅の生成による酸素の増加を確認できた。
b 引火性液体の燃焼性状に関する研究
液体の衝突帯電を計測するための実験装置の仕様検討と設計を行い、水やアルコール、灯油などを扱える防爆仕様の液体噴射装置と衝突板を内部に設置可能な帯電を測定するための容器(ファラデーケージ)からなる装置を試作した。
引火性液体のミスト爆発を観察できる、ミスト生成と電気火花で着火させられる実験装置を製作した(第6-5図)。

第6-5図 ミスト発生と着火が行える実験装置

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第6-5図 ミスト発生と着火が行える実験装置

イ 高層建築物の順次避難における避難順序算定方法

(ア)背景・目的
消防法に基づき、防火管理者は消防計画の提出と避難訓練の実施が義務付けられている。一般的には、設計時の避難計画では各階から流入する避難者による階段室内での合流と混雑は考慮されていない。避難時間の長期化、逃げ遅れ等を防ぐためには、階段室内の混雑緩和とリスクの高い階からの優先的避難を目的とした順次避難を行う必要がある。本研究は順次避難における具体的な避難方法を明らかにすることを目的とする。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
高層建築物において避難経路となる階段における降下状況の観測方法を検討し、階段降下状況を観測するための映像記録機器の動作検証を行った。観測を行う施設の実地調査を行い、降下状況の映像を記録するための撮影箇所、これを満たす撮影機の設置方法を検討した。
上記観測機器を用いて高層建築物における階段降下状況の観測実験を行った。実験は、被験者が実際に高層建築物の階段を降下する様子を観測し、この際の被験者の階段降下状況を記録した。この記録映像を元に、階段降下時の歩行データとして、歩行座標の抽出を行った。抽出した座標は、実験実施前の実地調査時に実測した実地寸法等の空間情報に基づき修正し、当該座標を用いて単独と集団における階段降下時の歩行軌跡を得ることができた。

(4)消防職員の消火活動時における殉職・受傷事故を防止するための研究開発

ア 放水や建物構造を考慮した火災シミュレーション技術

(ア)背景・目的
建物の構造や用途の多様化による火災現象の複雑化に対応するための現場経験が消防隊員には必要だが、出火件数の減少とともに消火活動を経験する場面が少なくなってきている。
そこで、現場経験を補い消防隊員の消火活動時における状況認識能力と予測能力の向上を目的として、実験及びシミュレーションを通して消火活動を検証する技術を研究開発する。この検証技術により、消火活動後にどのような消火活動が最適であったかを消火条件を変えることにより確認することができる。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
a 受傷・殉職事故の実態調査と分析
消防隊員の受傷・殉職事故に関する統計調査を47消防本部を対象として行い、以下の発生傾向を把握した。
受傷について、火災件数当たりの発生が多い時間帯は20時から8時の夜間早朝であり、重症率が最も高いのは0時から2時である。重症率が高い原因は転倒、墜落である。若年層ほど熱中症や破壊活動中の割合が高い一方、年齢が上がると転倒、墜落、過負荷、踏み外しが増加する。
殉職は、「夜間、焼損率が8割以上の住宅、建物の崩落、消防士、20代から30代」において発生する傾向が高い。50代は外的要因だけでなく、循環器系疾患・脳卒中などの内的要因にも注意が必要であることが明らかになった。
b 火災シミュレーションを用いた消火活動検証技術の研究開発
消火活動の放水を火災シミュレーションで模擬するための予備計算として、種々の水滴の粒径分布を計算条件とした放水シミュレーションを実施した(第6-6図)。粒径が大きい水滴ほど遠くに飛ぶことなど定性的な水滴の運動について把握した。
c 消火実験による消火活動時の危険回避に資する技術
火災シミュレーションに活用するための放水特性データを取得するための放水実験の準備として消防用ノズル、ホース等、測定に使用するセンサー類、記録用のカメラからなる実験計測環境を構築した。

第6-6図 ノズルからの放水により散水される様子(放水シミュレーション)

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第6-6図 ノズルからの放水により散水される様子(放水シミュレーション)

イ 火災状況に応じた消防隊の放水方法

(ア)背景・目的
消防活動の放水技能には教育訓練の内容や消火活動経験が影響すると考えられる。火災件数は全国的に減少傾向であり、このことは活動経験の減少につながるため、それを補う教育訓練の内容は重要なものとなる。消防職員に火災状況に応じた放水方法に関する情報及び放水による火災室の環境変化に関する情報を共有することは適切で安全な活動のために必要である。
そこで、本研究では火災状況に応じた適切な放水方法を明らかにするため実験的な検証を行い整理し、それらを教育資料として役立てることを目的とする。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
放水実験用の実大燃焼区画(長さ約12m)を製作し、火災実験で木材を燃焼させる場合の実験条件を検討した(第6-7図)。模型を使った燃焼性状把握のため、容積8㎥(高さ2m)の区画を用いて燃焼時の開口部条件と区画内温度の変化を調べ、開口部に垂れ壁を設けて熱気流の区画外流出を抑えることで区画内の上部に高温層が形成されることがわかった(第6-8図)。また、区画内部の環境変化を身近な材料で説明する試みとして牛乳パックを使った簡易燃焼区画を製作し、開口部の有無により煙や火炎の動きが変化する状況を示した(第6-9図)。

第6-7図 放水実験用の実大燃焼区画

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第6-7図 放水実験用の実大燃焼区画

第6-8図 容積8㎥の区画内での燃焼

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第6-8図 容積8m3の区画内での燃焼

第6-9図 牛乳パックを使った簡易燃焼区画

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第6-9図 牛乳パックを使った簡易燃焼区画

ウ 火炎上空の気流計測のための無人機の飛行制御技術

(ア)背景・目的
日本全国の消防機関でドローンの導入が増加してきており、多様な現場活動の支援に用いるためには機体の飛行安定性やシステムの信頼性の向上が必要である。最近では火災現場での偵察活動や消火支援活動としての運用も検討されはじめており、火炎上空での飛行に関する知見の蓄積や安定した飛行制御技術の開発が特に必要である。
本研究では、火災現場上空を自律的に飛行し、現場上空の気流計測を行うための機体システムと、その飛行制御システムの研究開発を行う。火災現場上空の風況分布を知るための要素技術の開発を進めるとともに、火炎上空での飛行についての知見を蓄積していくことで、火災現場で運用する際の機体の安全性の向上や、安全な運用マニュアルの作成に役立てることを目的とする。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
研究に用いる実験用機体システムの設計を行い、ベースとなる機体と、機体に搭載する計測機器類の仕様を決定した。
実験用機体システムの開発の第一段階として、慣性航法センサと超音波風向風速計測装置を機上で動作させるためのプログラムを構築し、地上での動作確認を行うとともに、超音波風向風速計測装置単体の計測精度の検証実験を実施した。
併せて、時刻同期させた計測値を複合して飛行中の風況分布を推定するための技術の開発も行った。
今後実施予定の「野焼き上空での飛行計測実験」の実施候補地において野焼き観測(第6-10図)を行い、実験計画案の具体化も実施した。

第6-10図 飛行計測実験実施候補地での野焼き観測の様子

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第6-10図 飛行計測実験実施候補地での野焼き観測の様子

(5)危険物施設における火災等事故・地震災害を抑止するための研究

ア 石油タンクの地震被害予測高精度化のための研究

(ア)背景・目的
危険物施設における地震災害を抑止する上で、石油類の貯蔵・取扱量が多く、危険性が他の施設よりも大きな大型石油タンクの地震時の被害予測を高い精度で行うことは重要である。石油タンクの地震被害を高精度に予測する上での課題には、入力地震動の予測精度向上と、石油タンクの地震動応答評価精度向上の2つがあるが、本研究課題では、入力地震動、とりわけ石油タンクに液面揺動(スロッシング)を生じさせる周期数秒から十数秒の長周期地震動の予測の高精度化に取り組む。本研究課題では、石油コンビナート地域等大型石油タンクが立地する場所における長周期地震動の予測の高精度化を目的として、①石油タンクサイトに対する経験的長周期地震動予測式(全体的な地震動レベルの予測に関わる部分)の改良版の考案、②石油タンクサイトにおける長周期地震動のピンポイント予測のための地震動増幅特性評価手法(局所的な地震動レベルの予測に関わる部分)の考案に取り組んでいる。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
令和3年度は、石油タンクサイトに対する経験的長周期地震動予測式の改良版の考案のため、岩盤上で観測された長周期成分を含んでいることが期待される地震動の観測記録を収集し、波形描画、スペクトルの計算、震源分布等の検討によりデータの品質を調べ、解析に使用できるデータとそうでないものとの選別を行った。

イ 化学物質等の製造・貯蔵工程における火災危険性の評価方法の研究

(ア)背景・目的
現代社会において、科学技術の発達及び社会環境の変化にともなって、膨大な種類の火災危険性を有する化学物質が製造・使用されている。さらに、化学物質の火災危険性は取扱い方法によって異なる。化学物質を取り扱う施設等が、一旦、火災となると多大な人的被害、経済的損失及び環境破壊をもたらすことから、化学物質の火災予防が特に重要である。
本研究では、化学物質の製造・貯蔵中における火災危険性に焦点を当て、取扱い方法に即した火災危険性を評価するための方法を提言することを目的とする。本研究成果は火災に対する予防・被害軽減対策に役立てることができる。また、火災原因調査においても化学物質が火災となる温度条件等を検討することにより火災原因を特定する手法として有効である。
(イ)令和3年度の主な研究開発成果
製造・貯蔵中に反応暴走及び自然発火を起こす化学物質について、熱量計を用いて得られた発熱挙動を基に反応暴走及び自然発火による火災危険性に関する評価方法を開発した。

(6)地下タンクの健全性診断に係る研究開発

ア 背景・目的

ガソリンスタンド等で用いられている鋼製一重殻地下タンクで老朽化の進んだものに対しては、腐食防止のため、内面にガラス繊維強化プラスチックを施工する(ライニング)事例が増加しているが、ライニングは長期間使用により防食性を損なうおそれがあるため、その経年劣化の状況(健全性)を点検により確認することが危険物流出事故防止のために重要である。しかし、現状のライニングの点検方法は主に目視等における定性的なものであり、健全性を詳細に把握することができない。こうしたことから、長期間使用された鋼製一重殻地下タンクの内面ライニング鋼板の健全性の定量的診断手法の確立を目指して、ライニングと鋼板の劣化・腐食状態に関する各種非破壊計測により得た測定値と防食性の観点から見た劣化・腐食状態との関係を明らかにする研究開発に取り組んでいる。

イ 令和3年度の主な研究開発成果

内面ライニングの劣化について、鋼製一重殻地下タンクにおけるライニング鋼板サンプルを入手し、その長期使用に伴う特性の変化を詳しく調べた。非破壊計測手法である電気化学インピーダンス(電気の流れにくさ)測定を行った結果、長年油と接触したライニングでは、電気抵抗が低下することがわかった。電気抵抗の低下は、防食性の劣化を意味する。電気抵抗が低下する要因は、ライニング樹脂の深層部に油の成分が入り込むことで、樹脂を膨張させる現象(膨潤)に起因することが、フーリエ変換赤外分光法(分子構造の詳細解析手法)により示唆された。膨潤は、機械的性質である硬さとも関連し、その硬さは、超音波の音速(膜内部を音波が伝わる速さ)により、非破壊でインピーダンスよりも比較的簡易に評価することができた。以上の検証に基づき、超音波の音速を用いて、ライニングの防食性を現場で推定できる実用的方法を提案した。
鋼板の腐食量を測定する一般的方法として、超音波板厚測定法があるが、腐食が進行すればするほど、精度よく腐食量を計測することが難しくなる傾向がある。そこで、腐食が進んだ鋼板について、超音波板厚測定法により計測した腐食量と実際の腐食量との関係を調べることにより、実際の腐食量を精度よく推定するための計測手順の検討を行った。その結果、腐食部では、鋼板の表面に接触させる超音波の送受信センサを回転させながら、腐食形状に依存する超音波の反射特性を注意深く解析することにより、実際の腐食量を比較的精度よく推定できることを見いだした。

(7)消火活動困難な火災に対応するための消火手法の研究開発

ア 背景・目的

大規模倉庫等の施設で火災が発生した場合、現行の消防用設備等により適切に消火又は延焼阻止できるように消防訓練等が行われているが、倉庫等の特徴である火災荷重(単位面積当たりの可燃物の重量)が高いこと、さらに各物品の可燃性の違い等が要因で初期消火に失敗した場合、急速な延焼拡大により大量の濃煙熱気が発生する。また、倉庫の構造上、外壁開口部が少ないため、外部からの消火活動及び消防隊が内部進入できない等により消火活動は極めて困難となる。
本研究は、近年多発している消火活動困難性が極めて高い倉庫火災等に対し、安全で有効な消火手法及び消火戦術の検討を行うことを目的とする。

イ 令和3年度の主な研究開発成果

倉庫火災の事故事例調査や大規模物流倉庫の構造、また、消防用設備等の実態、倉庫内の取扱い物品やレイアウト等の調査を行い、大規模倉庫火災時の問題点や課題等を抽出した。また、調査結果を基に、次年度から行う消火手法及び消火戦術の検討のため、実験用の倉庫模型の設計・製作も行った(第6-11図)。

第6-11図 倉庫模型の外観

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第6-11図 倉庫模型の外観

(8)救急搬送における感染症対応に関する研究開発

ア 背景・目的

救急隊員は、基本的に全ての傷病者に対して感染防止策を講じているが、常に感染リスクにさらされている。また、救急出場件数に関しては感染症拡大期や今後の高齢化に伴い増加する可能性があり、救急業務の効率化が求められる。
そこで、救急隊員の感染リスクをより下げるために救急隊員が暴露されるウイルス量を低減する気流制御方法の研究及び変化する救急需要に応じて望ましい位置に救急隊の待機場所を変更することにより平均現場到着時間を短縮する手法の研究を行う。

イ 令和3年度の主な研究開発成果

救急隊員が暴露されるウイルス量を低減する研究においては、研究に必要な情報を得るため実験用救急車(第6-12図)の気流計測(第6-13図)を実施するとともに、ウイルスを除去する気流制御装置の試作(第6-14図)を行った。
平均現場到着時間を短縮する手法では、救急隊の待機場所(消防署所)を10分ごとに望ましい位置に変更した場合の短縮効果についてシミュレーション(シミュレーションでは時間を距離に置き換えて計算)を行い、平均現場到着時間が短縮されることを確認した。

第6-12図 実験用救急車

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第6-12図 実験用救急車

第6-13図 気流計測場所例

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第6-13図 気流計測場所例

第6-14図 気流制御装置の試作機

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第6-14図 気流制御装置の試作機