令和7年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、土砂災害、南海トラフ巨大地震等の大規模地震及び大津波といった大規模災害に備えるとともに、火災や危険物の事故の防止、消防活動時の安全確保のため、以下に掲げる8つの課題について研究開発を行っている(第6-1表)。これに加えて、令和7年度からは、グリーントランスフォーメーション(GX)関連物質及び石油類が石油タンクの腐食劣化へ及ぼす影響に関する研究や大規模林野火災への対応に資する課題解決についての研究を開始した。

第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

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第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

 

(1)災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

ア 自然災害時の現場対応型情報収集システムと情報分析・評価手法の開発

(ア)背景・目的
災害時の救助活動においては、速やかに被害の全容を把握するとともに、時間の経過により変化する状況を適切に評価して隊員の安全を確保することが必要であり、それに資する情報の収集及び分析は重要である。本研究では、土砂災害現場を主な対象として、詳細な地形データを用いた二次災害危険場所の抽出と評価方法の開発、新技術を用いた情報収集システムの開発及び人員・通信手段等に制約がある現場環境で運用できる情報分析・評価手法の研究を行う。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
レーザースキャナを搭載したドローンを用いた夜間でも地形を計測できる仕組み及び飛行中のドローンの画像から写真地図を作成する仕組みについて、運用試験を行うとともに、データ検証を行い、いずれの仕組みについても一定の精度を持った地図ができることを確認した。
令和7年1月28日埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故の救助活動現場において、安全性等に関する技術的助言を行うとともにドローン空撮を実施した。第6-1図は同年2月3日にドローン空撮画像から作成したオルソ画像と、翌2月4日に撮影した空撮画像(斜め写真)である。研究成果の社会実装へ向けた取組として、令和6年度救助技術の高度化等検討会において、「土砂災害時における消防機関の救助活動マニュアル」作成のための資料提供等を行った。

第6-1図 八潮市道路陥没事故におけるドローンの利活用事例

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第6-1図 八潮市道路陥没事故におけるドローンの利活用事例

 

ドローン空撮画像より作成したオルソ画像(作成日:令和7年2月3日)(左)
ドローン空撮画像(斜め写真)(撮影日:令和7年2月4日)(右)

 

イ 自力避難困難者の避難に関する研究

(ア)背景・目的
地震、津波、水害等の災害が発生し、迅速な避難が必要となる場合、人口減少や高齢化の進展に伴い、自力避難困難者の安全を確保する重要性が高まっている。また、平成23年の東日本大震災では281人の消防団員及び消防職員が犠牲となったが、ここで得られた教訓を救助業務に当たる職員の被害防止に活かすことが重要である。
そこで本研究では、自力避難困難者による避難開始時間や避難行動時間の予測高精度化を行うとともに、避難困難区域図の作成に必要な基礎資料の提供を行うことを目的としている。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
a 地域住民による津波避難訓練を計測することによって、屋内及び屋外の避難行動を一連として捉え直すことによる避難行動時間の予測高精度化に資する時間及び速度データを取得した。特に、近年計測した夜間訓練及び昼間訓練のデータについて分析している。地震発生から津波到達までの時間が短い地域において、津波避難ダイヤグラムを作成することにより、避難行動の時間経過を明らかにするとともに、当該訓練条件下での避難成否を判断する材料とした(第6-2図)。

第6-2図 津波避難ダイヤグラム

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第6-2図 津波避難ダイヤグラム

(備考)地震後8分、9mの津波が想定される地域での計測結果から、3人の避難者の行動が、第一波を表す桃色の領域と重なるため、安全に避難完了しない可能性があることが明らかになった。

b 車椅子等の避難支援器具について、避難時間の短縮化及び救助者の高齢化を見据えた省力化の検討を行うため、地域における日常的な保管方法及び平面、傾斜、垂直(階段)の避難経路における活用の実態を把握した。その結果、急勾配避難路における支援者交替時に困難性が見られたことから、既存製品にはなかった、津波避難と日常生活に併用できる、後退防止切替機能付き電動車椅子を開発している(第6-3図)。

第6-3図 開発中の後退防止切替機能付き電動車椅子

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第6-3図 開発した後退防止切替機能付き電動車椅子

 


(2)市街地火災による被害を抑制するための研究開発

ア 超高齢・人口減少社会の火災発生予測と対策

(ア)背景・目的
今後想定される更なる高齢化と人口減少は、同時に空き家の増加やダウンサイジング、日中ほぼ高齢者のみとなる地域や自力避難困難者の増加などの社会変化をもたらし、火災の発生や被害の様相も変化することが懸念される。そこで、本研究では、火災の変化を予測するとともに、社会変化に適した初期火災対応技術の開発を行い、消防機関や地域住民が自ら考え、備えるのに役立つ情報と技術を提供することを目的としている。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
都道府県を4つのグループに分類し、火災発生件数の将来推計モデルの構築を行った。また、住宅火災死者数の将来推計をより詳細な地域区分で示すため、住宅火災死者の発生状況の特徴から市町村をグループ化した。
初期火災対応技術の開発のため、ウルトラファインバブルの有無による水の消火効果の差違を把握することを目的として、小型火災模型に少量の消火用水を散布する消火実験を行った。

イ 消防力と消防水利の変化が延焼被害等に及ぼす影響の評価

(ア)背景・目的
消防本部が管轄内で発生する火災に十分に対応するためには、火災予防の推進によって火災の発生と拡大を抑制するとともに、地域の状況に合わせて十分な消防力と消防水利を確保しておくことが重要である。
本研究では、消防本部による消防力と消防水利の整備に資することができるよう、市街地火災の延焼阻止に必要な消防水利の評価手法を開発するとともに、消防力運用シミュレーションに基づく火災被害推定手法の開発を行う。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
消火に必要な水量を推定する手法を開発するため、放水量データの回帰分析を行った。その結果、説明変数として焼損床面積の合計と筒先口数の合計を用いた場合に、重相関係数、重決定係数が比較的大きくなることが判った。
また、令和5年度に開発した消防力運用シミュレーションに対して、消防力運用シミュレーションを行う際に、消防隊を火災付近の消防水利に配置するアルゴリズムや、1部隊あたりの筒先数など消防隊の活動に関する条件を任意に変更できる機能などを追加した(第6-4図)。

第6-4図 改良した消防力運用シミュレーションのパラメータ設定画面

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第6-4図 開発した消防力運用シミュレーションの画面例

 

さらに、既開発のネットワーク対応型市街地火災延焼シミュレーションシステムに対して、アニメーション表示の描画速度を向上するとともに風向風速の時間変化に対応できるよう改良を施した。
その他、消防本部等24機関に対してシミュレーションソフトウェアや延焼経路データを新たに提供したほか、2機関に対して更新したソフトウェアを提供し、2機関に対して更新データの提供を行った(令和7年3月現在、合計143機関へ提供済み)。

ウ 火災旋風の発生予測

(ア)背景・目的
市街地で同時多発火災が発生すると猛烈な風を伴う火災旋風が発生して被害を格段に大きくする可能性がある。一旦火災旋風が発生してしまうと被害を防ぐことは極めて難しい。しかし、同時多発火災発生時に消防力が不足して全火災を消せない場合でも、死傷者を出すほどの強風を伴う火災旋風が今後どの火災で発生する可能性があるかを特定できれば、その火災が小さいうちに優先的に消すことでこのような火災旋風の発生が防げる。本研究の目的は、火災の規模がどれくらい大きくなれば死傷者を出すほどの強風を伴う火災旋風が発生し、その強風域がどれくらいの範囲に及ぶかということを予測するモデルを開発することである。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
火災旋風発生予測モデル構築のためには、火災旋風内の速度場が高さ方向にどのように変化するかを知る必要がある。そこで、実験で再現した火災旋風内の複数の高さにおける水平面内速度場を解析し、高さごとの渦の性質を調べた。その結果、渦の強さを示す循環という量と渦の半径は、床面から離れるにしたがって増加し、ある高さの範囲である程度一定の値となり、さらにその上方では上に行くほど減少することが分かった。
モデルを実規模の火災旋風向けに拡張するためには、自然界で発生する大規模な火災旋風の性質と発生時の状況を知る必要がある。そのため、野焼きの機会を利用して大規模な火災旋風の観測を行っている。観測で得られたデータの分析を行い、直径16m、高さが90m以上ある大規模な火災旋風の発生から消滅までの様子や、火災旋風発生前・発生時の延焼状況などを明らかにした(第6-5図)。

第6-5図 野焼き時に発生した火災旋風(左)・火災旋風の移動経路と発生時の延焼状況(右)

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第6-5図 野焼き観測時に発生した火災旋風と火災前線の位置

 


(3)火災原因調査と火災避難の高度化に関する研究開発

ア 火災原因調査の高度化に関する研究

(ア)背景・目的
火災を減らすためには、火災原因を明らかにし適切な予防対策を講じることが必要である。信頼性の高い原因判定には、現場残さ物の分析手法と同定手法、噴出した油類のミスト爆発の性状などの専門性の高い分野での現場で使える情報やデータを提示する必要がある。このため、本研究では、現場残さ物の物質同定手法を開発することや引火性液体に着目し着火と爆発に関する現象を明らかにすることを目的とした研究を行っている。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
a 現場残さ物の同定に関する研究
火災現場残さ物の材質同定を目的に、光劣化をした綿とポリエステルの混紡布を加熱劣化させた後に熱分解ガスクロマトグラフィ(GC)分析(試料を熱的に分解して生成する揮発成分を分析する手法)を行った。光劣化による新たなピークは見られず、通常の試料との直接的な比較により材質同定が可能であるが、光劣化をした試料では成分によっては熱分解温度の低下がみられるため、熱分解GC分析では誤判断の可能性が高まることが確認できた。このことから、熱分解GCだけではなく、複数の分析機器による多角的な分析が必要であると示唆される。
火災現場で見つかる電気配線・電気部品等の溶融痕の生成が出火原因に関係するものか、出火後の熱影響等によるものかを判別する方法の確立を目的として、電流や電線被覆の有無の条件を変えて溶融痕試料を作成し、X線CT(X線を用いたコンピューター断層撮像)で内部形状を観察した。電線被覆がある状態で作成した溶融痕試料には、大型のボイド(溶融痕中の空洞部分)の生成が確認できた。また、銅線間の隙間に由来すると考えられる直線的に並ぶボイドが確認できた(第6-6図)。このことは、溶融痕のボイド解析による溶融痕の生成要因の判別においては、まずこれらの内部形状の判別が必須であることを示している。ただし、生成要因の判別は今後の課題として残された。

第6-6図 溶融痕中のボイド

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第6-6図 溶融痕中のボイド

大型のボイド(左)直線的に並ぶボイド(右)

b 引火性液体の燃焼性状に関する研究
接地を取っていない金属板に電気を通しやすい水道水と電気を通しにくい灯油を衝突させ、液体に発生する電荷量を計測する実験を行った。液体を金属板に衝突させる際に用いるノズルの径は1.2~2.0mmの範囲で変化させ、液体の流速は、水道水では約3~4.5m/s、灯油では約2.4~6.5m/sの範囲で変化させた。その結果、流速が同じであれば、ノズル径が大きくなるほど電荷発生量が増加することなど、液体の電気の通しやすさやノズルの径の違いによる、液体の金属板衝突時の液体の帯電状況の違いを把握することができた。
引火性液体のミスト爆発の観察を目的に、密閉容器内においてミストの生成と電気火花による着火が可能な実験装置を製作した。内容積8Lの密閉容器において、デカンのミストを注入し、容器中央付近の電気火花で着火したところ、球状の火炎ができ、時間とともに大きくなる様子が観察できた(第6-7図)。ミストを容器中に分散、浮遊させた場合の火炎伝ぱの挙動は、可燃性気体中を伝ぱする火炎と同様であった。

第6-7図 ミストの着火の様子

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第6-7図 ミストの着火の様子

 

イ 高層建築物の順次避難における避難順序算定方法

(ア)背景・目的
消防法に基づき、防火管理者は消防計画の提出と避難訓練の実施が義務付けられている。一般的に、設計時における火災安全のための避難計画では各階から流入する避難者による階段室内での合流と混雑は考慮されていない。火災時における避難時間の長期化、逃げ遅れ等を防ぐためには、階段室内の混雑緩和とリスクの高い階からの優先的避難を目的とした順次避難を行う必要がある。本研究は順次避難における具体的な避難方法を明らかにすることを目的としている。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
令和5年度に実施した階段において異なる階の群集が合流する状況を把握する実験では、開口部と上階それぞれから階段踊り場に流入する群集の流入順序等、実験条件の組み合わせにより合流状況を変化させ、この際の被験者群集の階段降下状況を記録した。令和6年度は、この記録映像をもとに、階段を降下する群集の歩行データを収集し、階段室内における通過人数を計測するとともに、通過人数をもとに流動量の算出を行った。加えて、各計測箇所において得られた流動量に基づき、階段室内で合流する降下群集の流動性状として、流入順序が流動に与える影響や滞留が伝ぱする状況を分析した。その結果、踊り場において上階からの流入が開口部からの流入よりも優位となる傾向、及び複数階から一斉に階段室に流入する場合における両群集の合流率を確認し、順次避難方法の作成に活用するための群集の流動性状を把握することができた。

(4)消防職員の消火活動時における殉職・受傷事故を防止するための研究開発

ア 放水や建物構造を考慮した火災シミュレーション技術

(ア)背景・目的
建物の構造や用途の多様化による火災現象の複雑化に対応するための現場経験が消防隊員には必要だが、出火件数の減少とともに消火活動を経験する場面が少なくなってきている。
そこで、本研究では、現場経験を補い消防隊員の消火活動時における状況認識能力と予測能力の向上を目的として、実験及びシミュレーションを通して消火活動を検証する技術を研究開発する。この検証技術により、どのような消火活動が最適であったかを消火条件を変えることにより消火活動後に確認することができる。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
a 受傷・殉職事故の実態調査と分析
受傷事故について分析した結果、過去30年間で踏抜き事故が137件発生していたことが明らかになった。靴底の踏抜き防止板の保護範囲の外側から斜めに鋭利な突起物が貫通することが原因であったため、その対策として踏抜き防止材を靴底だけではなく足首より下の全面に施した防火靴の試作を行った(第6-8図)。

第6-8図 防火靴の試作品(カットモデル)

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第6-8図 防火靴の試作品(カットモデル)

 

従来品は踏抜き防止板が底面に入っているが、その範囲を外れた外力(釘)には穿孔が認められた(左)。それに対して、研究開発した踏抜き防止繊維を全面に施した踏抜き防止防火靴の場合は、全方向からの外力(釘)に耐性を示した(右)。

b 火災シミュレーションを用いた消火活動検証技術の研究開発
消防用ガンタイプノズルを用いたストレート放水実験で実測された散水密度分布について、実験に比べ放水シミュレーションでは過大評価していたが、放水モデルの設定パラメータのうち、水滴を代表する大きさ、噴霧角度、放水速度に対してパラメータスタディを実施し、加えてノズル先端から一定の距離までは水滴に空気抵抗を作用させない工夫をすることによって、放水シミュレーション結果の散水密度分布を実験結果とおおむね一致させることができた。
消防用ガンタイプノズルを用いた噴霧放水実験の散水密度分布について、放水モデルのストレート放水の設定パラメータから噴霧角度を大きくし、ノズル近傍の空気抵抗を作用させることによって、噴霧放水の場合についても、放水シミュレーション結果の散水密度分布を実験結果とおおむね一致させることができた(第6-9図)。

第6-9図 消防用ガンタイプノズルを用いた噴霧放水時の放水の様子と床面の散水密度分布(実験とシミュレーションの比較)

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第6-9図 消防用ガンタイプノズルを用いた噴霧放水時の放水の様子と床面の散水密度分布(実験とシミュレーションの比較)

 

c 消火実験による消火活動時の危険回避に資する技術
12フィートコンテナを改造した実大規模の実験模型における火災実験に対して、公設消防機関で使用されている大手のメーカー2社の消防用ガンタイプノズルを使用して、その放水に関する性状と放水の効果を定量的に調べ比較した。実験では、温度と熱放射を測定するとともに、熱画像と360度周囲の可視画像を撮影した(第6-10図)。その結果、実験模型内で燃焼する木材クリブに噴霧放水した場合とストレート放水した場合では、噴霧放水した場合のほうが区画内の温度低下が大きかった。放水開始前は、模型内部の上方にあった煙の層が、噴霧放水を行った場合は、煙の層が降下し、煙が床面近くまで降りてきたことにより、模型内部の様子が見えなくなったのに対し、ストレート放水を行った場合は、そのような現象は観察されなかった。このように、放水方法の違いによる火災状況の違った変化を映像でも記録することができ、消防職員の消火活動の経験不足を補うことに資するデータ・情報を取得することができた。

第6-10図 熱画像と360度周囲の可視画像

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第6-10図 熱画像と360度周囲の可視画像

 


イ 火災状況に応じた消防隊の放水方法

(ア)背景・目的
消防活動の放水技能には教育訓練の内容や消火活動経験が影響すると考えられる。火災件数は全国的に減少傾向であり、このことは活動経験の減少につながるため、それを補う教育訓練の内容は重要なものとなる。消防職員に火災状況に応じた放水方法に関する情報及び放水による火災室の環境変化に関する情報を共有することは適切で安全な活動のために必要である。
そこで、本研究では火災状況に応じた適切な放水方法を明らかにするため、実験的な検証を行い整理し、それらを教育資料として役立てることを目的としている。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
先進的と呼ばれる新たな放水技術について消防本部の取組と実状を把握するため、複数の消防本部等へ聞き取りを行った。少量の水を間欠的に繰り返し放水する技術を消防本部として活動に取り入れたり、消防職員が自発的に新たな放水技術の活用を検討したりする等の取組が見られた。
実験等で得られた成果を活用して火災性状に関する消防職員向け資料を作成し、消防大学校警防科及び予防科の学生に対して講義を行った。牛乳パックを用いた簡易な燃焼実験から木造建築と耐火建築での火災状況の違いを示し、長さ約12mの実大燃焼区画での実験からストレート放水と噴霧放水による冷却効果の違いを説明した。また、令和5年度に試作した講義資料を改良し、消防大学校警防科の学生に対し、これを用いて熱画像直視装置の活用に関する講義を行った。


(5)危険物施設における火災等事故・地震災害を抑止するための研究

ア 石油タンクの地震被害予測高精度化のための研究

(ア)背景・目的
危険物施設における地震災害を抑止する上で、石油類の貯蔵・取扱量が多く、危険性が他の施設よりも大きな大型石油タンクの地震時の被害予測を高い精度で行うことは重要である。石油タンクの地震被害を高精度に予測する上での課題には、入力地震動の予測精度向上と、石油タンクの地震動応答評価精度向上の2つがある。本研究では、入力地震動については、石油タンク上部からの油の流出やタンク火災につながるタンク内の液面揺動の原因となる周期数秒から十数秒の長周期地震動の予測の高精度化に向けて、石油タンクサイトに対する経験的長周期地震動予測式の改良に取り組んでいる。また、石油タンクの地震動応答評価については、タンク底部からの大量の油の流出につながる短周期地震動によるタンク底部の浮き上がり現象(第6-11図)につき、浮き上がり量計算法の改良に取り組んでいる。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
石油タンクサイトに対する経験的長周期地震動予測式の改良版の考案のため、令和3年度までに収集・整理した岩盤上で観測された長周期成分を含んでいる地震動の観測記録を用いて、震源における長周期地震動の励起の強さと震源深さの関係の分析を引き続き行った。その結果、経験的長周期地震動予測式は、長周期の地震波の射出強度の震源深さ依存性を考慮するような見直しを行うことにより、予測精度が向上する可能性があることが分かった。タンク浮き上がり量計算法の改良については、タンクの浮き上がりに抵抗する内容液の質量の評価のしかたを見直すことにより、計算精度をある程度向上させることができた。また、タンクの浮き上がりに抵抗する内容液の質量の評価は、底板の浮き上がり範囲の形状を表現したモデルに基づいて行われるが、このモデルをより適切なものにすることにより、さらに計算精度が高まる可能性があることも分かった。

第6-11図 地震動によるタンク底部の浮き上がり現象の模式図

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第6-11図 地震動によるタンク底部の浮き上がり現象の模式図

 


イ 化学物質等の製造・貯蔵工程における火災危険性の評価方法の研究

(ア)背景・目的
現代社会において、科学技術の発達及び社会環境の変化に伴って、膨大な種類の火災危険性を有する化学物質等が製造・使用されている。さらに、化学物質等の火災危険性は取扱い方法によって異なる。化学物質等を取り扱う施設等が、一旦、火災となると多大な人的被害、経済的損失及び環境破壊をもたらすことから、化学物質等の火災予防が特に重要である。
本研究では、化学物質等の製造・貯蔵中における火災危険性に焦点を当て、取扱い方法に即した火災危険性を評価するための方法を提言することを目的としている。本研究成果は火災に対する予防・被害軽減対策に役立てることができる。また、火災原因調査においても化学物質等が火災となる温度条件等を検討することにより火災原因を特定する手法として有効である。

(イ)令和6年度の主な研究開発成果
製造・貯蔵中に濃縮によって反応暴走を起こす有機過酸化物について、試料からの発熱を熱損失がない状態で測定可能な断熱型熱量計を用いて濃度と発熱速度の関係を測定することによって、火災危険性が評価できることを示した。有機過酸化物の一つである過酸化ジ-tert-ブチル(DTBP)をトルエンに溶かした溶液を試料として、DTBP濃度と分解の激しさに関する測定結果から、DTBP濃度が80wt%以上になると最大発熱速度が急激に上昇し、分解の激しさが増加することが分かった。また、貯蔵中に発酵により自然発火を起こす木質ペレットについて、混合によって発生する熱を測定可能な反応熱量計を用いて水を添加した試料から発生する湿潤熱(水が固体に接触したときに発生する熱)及び発酵熱を測定することによって、火災危険性が評価できることを示した。木質ペレットの30°Cにおける測定結果において、水を添加した直後に湿潤熱が測定され、約50時間後に自然発火を起こす可能性が高い発熱量を有する発酵熱が観測された。


(6)地下タンクの健全性診断に係る研究開発

ア 背景・目的

ガソリンスタンド等で用いられている鋼製一重殻地下タンクで老朽化の進んだものに対しては、腐食防止のため、内面にガラス繊維強化プラスチックを施工する(ライニング)事例が増加しているが、ライニングは長期間の使用により防食性を損なうおそれがあることから、その経年劣化の状況(健全性)を点検により確認することが危険物流出事故防止のために重要である。しかし、現状のライニングの点検方法は主に目視による定性的なものであり、健全性を詳細に把握することができない。こうしたことから、本研究では、長期間使用された鋼製一重殻地下タンクの内面ライニング鋼板(ライニングが施工された鋼板)の健全性の定量的診断手法の確立を目指して、ライニング鋼板に対する非破壊計測により得た測定値と防食性の観点から見た劣化・腐食状態との関係を明らかにする研究開発に取り組んだ。

イ 令和6年度の主な研究開発成果

様々な石油燃料を貯蔵した実機の地下タンクから、ライニング鋼板サンプルを複数入手し、それらに対する付着性試験(ライニングの表面に固定した治具を強制的に引き剥がした際の破断状況・付着力(引き剥がしに要した力)から防食性能を評価する破壊検査)とライニング内部を伝わる超音波の速さ(音速)の非破壊計測を行った。まず、付着力と使用年数の関係を整理することで、防食性の劣化速度の推定を試みた。その結果、ライニングの付着力が一般に不良とされる数値に至るまでの時間は早いもので約10年、すなわち、内面ライニングの平均寿命は安全側にみると約10年であることを示した(第6-12図左)。さらに、付着力と音速値の関係を整理した結果、音速は非破壊かつ比較的簡易なライニングの防食性劣化度の定量的な指標になる可能性を示した(第6-12図右)。つまり、音速を用いることで、将来的に定量的なライニング鋼板の健全性診断が行える可能性を見いだした。

第6-12図 平均付着力に対する使用年数(左図)と音速(右図)の関係

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第6-12図 平均付着力に対する使用年数(左図)と音速(右図)の関係

 


(7)消火活動困難な火災に対応するための消火手法の研究開発

ア 背景・目的

大規模倉庫等の施設で火災が発生した場合、現行の消防用設備等を用い適切に消火又は延焼阻止できるように消防訓練等が行われているが、倉庫等の特徴である高い火災荷重(単位面積当たりの可燃物の重量)や各物品の可燃性の違い等が要因で初期消火に失敗した場合、急速な延焼拡大により大量の濃煙熱気が発生する。また、倉庫の構造上、外壁開口部が少ないため、外部からの消火活動及び消防隊が内部進入できない等により消火活動は極めて困難となる。
本研究は、近年多発している消火活動困難性が極めて高い倉庫火災等に対し、安全で有効な消火手法及び消火戦術の検討を行うことを目的としている。

イ 令和6年度の主な研究開発成果

(ア)倉庫模型を用いた水蒸気消火手法の検討
倉庫火災に対する新たな消火手法として、水蒸気の活用可能性について検証を行った。昨年度までのラボレベルの小規模実験において、水蒸気は、他のガス系消火剤(窒素、二酸化炭素)と同等の消火性能を有することが示された。令和6年度は、容積62m3の倉庫模型を用いた中規模実験(第6-13図)を行い、n-ヘプタン火炎に対し、水蒸気により消炎可能であることを実験的に示した。スケールアップした中規模実験でも水蒸気消火手法の活用可能性を示すことができた。

第6-13図 倉庫模型内で実施した水蒸気によるn-ヘプタン火炎の消炎時の様子

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第6-13図 倉庫模型内で実施した水蒸気によるn-ヘプタン火炎の消炎時の様子

 

(イ)冠泡消火手法の性能評価に関する検討
倉庫等の障害物が多い区画火災に有効である、高い膨張率*1の泡(膨張率250倍)を用いた冠泡消火手法について、積泡速度*2及び火源の規模を変化させた実験を実施した。その結果、積泡速度が速い場合(1.3m/min)には、火源の規模にかかわらず消火が可能であった。一方、積泡速度が遅い場合(0.5m/min)は、火源の規模が大きい条件下では消火が困難となった。これにより、大きな火源を消火するには、積泡速度を大きくしなければならないことが確認された(第6-14図)。

第6-14図 高膨張率(250倍)の泡を用いた冠泡消火実験の様子

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第6-14図 高膨張率(250倍)の泡を用いた冠泡消火実験の様子

 


(8)救急搬送における感染症対応に関する研究開発

ア 背景・目的

救急隊員は、基本的に全ての傷病者に対して感染防止策を講じているが、常に感染リスクにさらされている。また、救急出場件数に関しては感染症拡大期や今後の高齢化に伴い増加する可能性があり、救急業務の効率化が求められる。
そこで、救急隊員の感染リスクをより下げるために救急隊員が暴露されるウイルス量を低減する気流制御方法の研究及び変化する救急需要に応じて望ましい位置に救急隊の待機場所を変更することにより平均現場到着所要時間を短縮する手法の研究を行う。

イ 令和6年度の主な研究開発成果

救急隊員が暴露されるウイルス量を低減する研究では、開発した気流制御装置(第6-15図)の除去性能実験を行い、気流制御装置内の横たわった傷病者の口元から発したスモーク濃度を100%とした時、気流制御装置外では5%未満になることを明らかにした。
現場到着所要時間の平均を短縮する手法では、実用化を見据えた汎用性の高い手法とするために、これまでの平坦な地形の地区に加え山間地や入江を含む地区での検証を行い、北九州市消防局において現場到着所要時間の平均が0.25分短縮する(救急隊0.66隊の増隊に相当する効果と考えられる)こと等を明らかにした。また、研究成果の消防機関における利活用を推進するためのオンライン説明会を開催し308の消防機関が参加した。現在、複数の消防機関において今後の導入を検討中である。

第6-15図 気流制御装置

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第6-15図 気流制御装置

 

 

*1 泡の密度に対する泡水溶液の密度の比
*2 泡が可燃物を覆う際の単位時間当たりの積み上がる距離