審議会

大規模地震等に対応した自衛消防力の確保に関する答申

平成19年2月7日
消防審議会


 平成17年11月24日付けで諮問のあった「今後の消防体制のあり方」のうち、「大規模地震等に対応した自衛消防力の確保」について別紙のとおり答申する。

平成19年2月7日

消防審議会会長 菅原 進一

消防庁長官 _部 正男殿


(別紙)

大規模地震等に対応した自衛消防力の確保に関する答申

第1 現状と課題
1 大規模地震に対する事業所の応急活動
 近年、東海地震、東南海・南海地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震や首都直下地震の発生の切迫性が指摘されており、社会全体の災害対応力の強化を図る観点から、事業所においても自衛消防力を確保することが喫緊の課題となっている。
 しかしながら、事業所の防災に関する計画の作成や訓練の実施等は、現状において行われていないか、内容が不十分なところが多い。また、実際の災害でも、例えば平成17年7月の千葉県北西部を震源とする地震において、エレベータ停止時の避難手段の確保や閉じ込められた利用者の救出等をめぐり多くの防火対象物で混乱が生じ、消防機関も対応に追われることとなるなど、事業所における対策の不備が多く見られるところである。
 大規模地震に対し必要となる応急活動を勘案すると、従来対策が講じられている火災との比較において、通報連絡、避難誘導等の主な活動項目や、これを実施する組織体制は共通する点が多いと考えられるものの、想定される被害の形態や影響範囲の違い等に起因して、具体の活動内容には異なる点が存する。
 応急活動上考慮すべき主なポイントとしては、強い揺れに対する即時の安全行動の指示とパニック防止、防火対象物全体における被災状況の確認とこれに即した活動方針の決定、落下物・転倒物や閉込め等に伴う被災者の救出・救護、出火した場合の急激な延焼拡大に備えた迅速な初期消火活動、構造・設備の損壊・機能停止や停電・断水を考慮した活動要領、万一に備えた円滑な全館避難等が必要となる。また、当該防火対象物周辺の被災地域では、火災や倒壊建物からの救出事案等が多数発生するとともに、通信や交通にも障害が発生することが考えられ、平常時のように消防機関等による迅速な対応が必ずしも期待できないことから、事業所の自助体制を確立しておく必要がある。
 以上のことから、在館者の生命・身体の保護、被害の拡大防止を図るため、消防防災上のリスクが大きい大規模・高層の防火対象物をはじめとして、大規模地震に対する事業所の的確な応急活動を確保することが必要である。
2 大規模・高層化等の状況に対応した消防防災上の組織編成
 防火対象物の大規模・高層化等の高度利用が急激に進展しており、全国の高層建築物(高さ31メートルを超える建築物)が平成8年度から平成17年度の10年間にかけて1.5倍以上となるなど、不特定多数が利用する大規模・高層の防火対象物の数が増加している。これとともに、新たに建設される高層ビルや大型商業施設等の規模は、より大きなものへと近年シフトしている。
 このような大規模・高層の防火対象物では、地上とのアクセスが構造上大きく制限されること、避難時の移動距離が非常に長くなること、群集心理によりパニックを生じやすいこと等から、適切な対策が施されていない場合の消防防災上のリスクは極めて大きい。また、その応急活動は高度・複雑なものとなるため、防火対象物全体の状況に応じた組織的対応が不可欠となるが、事業所の組織体制や活動計画にはなお未整備の部分が多い。
 以上のことから、大規模・高層の防火対象物において、応急活動に係る組織編成が適切に確保されるよう措置を講ずることが必要である。
3 制度的な課題
 こうした現状の制度的な背景として、大規模地震等の発生時における避難誘導や応急対策等の計画を定めることとされていないこと、災害時の初動対応を行う自衛消防組織の設置は各事業所の自主的取組みに委ねられていることがあげられる。
 現行制度上、消防防災上の応急活動に関する計画及び組織編成については、事業所において選任された防火管理者が自ら消防計画を作成し、これに従って応急活動を行う組織を整備する仕組みとなっている。
 この消防計画の作成の根拠条文となる消防法第8条は、同法第2章「火災の予防」に位置付けられており、また、消防計画の作成そのものについても、防火管理者の行うべき「防火管理上必要な業務」の一環として位置付けられている。
 このように、現行制度では、消防計画は火災を主眼とした計画であり、火災以外の災害については、消防計画の作成事項を規定する消防法施行規則第3条において、応急活動上の対象として地震が例示されている(同条第1項第1号リ)にとどまっている。また、災害時の応急活動を行う組織の編成については、「自衛消防の組織」として計画事項の一つに位置付けられている(同条第1項第1号イ)にとどまっている。
 以上のとおり、現行制度は、上記1及び2で述べた課題への対策、例えば大規模地震時における全館避難や構造・設備の損壊等に係る応急対策、大規模・高層化に対応した応急活動上の組織編成等が全国的に確保される仕組みとはなっておらず、見直しが必要である。
第2 対応の考え方
 不特定多数の者が利用し、円滑な避難誘導が求められる大規模・高層の防火対象物について、消防防災上のリスクに伴う社会公共への責任の観点から、大規模地震等に対応した自衛消防力を確保するため、消防法及び同法に基づく政省令等を改正し、以下に掲げる措置を講ずることが必要である。
1 必要な措置
(1) 大規模地震等に対応した消防計画の作成
 不特定多数の者が利用し、円滑な避難誘導が求められる大規模・高層の防火対象物については、その消防防災上の基本方針である消防計画において、大規模地震等への対応事項を定めることとする必要がある。
 また、この消防計画に基づく業務の適正な執行を確保するため、防火管理者の選任、共同防火管理に関する協議及び防火対象物点検報告についても制度的な措置を講ずる必要がある。この場合において、火災に関する業 務の執行と、大規模地震に関する業務の執行が一元的に行われるよう配慮する必要がある。
 このほか、第1・1で整理した応急活動上のポイント、民間における企業防災や事業継続に関する取組み、その中で導入が進められている被害想定の手法やリスクマネジメントの仕組み、高層建築物の大規模地震対策や緊急地震速報等の新技術等を踏まえ、実効性ある計画内容とすることが重要である。
 なお、事業所における消防計画の作成を支援するとともに、消防機関における当該事務の適切な運用を図るため、次のような地震特有の対応事項を中心として、消防庁においてガイドライン作成や情報提供等を行うことが必要である。
  • ○ 避難誘導~救出・救護
  • ○ エレベータ停止に伴う閉込め事案への対応、移動手段の確保等
  • ○ 避難施設や消防設備の損壊への対応
  • ○ 停電、断水、通信障害、交通障害等への対応
  • ○ 同時多発的な被害発生への対応
  • ○ 災害発生時の身体保護、火気使用停止等の安全行動や減災対策 等
(2) 自衛消防組織の設置
 不特定多数の者が利用し、円滑な避難誘導が求められる大規模・高層の防火対象物については、その管理権原者に対し、次のような自衛消防組織の設置を義務づけることが必要である。
ア 自衛消防組織の業務
 防火対象物における火災又は地震等の災害による被害を軽減するための応急活動を業務とする。具体的には、在館者の生命・身体の保護、被害の拡大防止を目的として、消火活動、通報連絡、避難誘導、救出・救護等を実施する。
イ 自衛消防組織の編成
 自衛消防組織は、応急活動上必要な人員及び装備をもって編成する。

(ア) 防火対象物全体として、統一した指揮命令系統の下、建築構造・設備と整合した応急活動を実施することができるよう組織を編成する(例 防災センターを中心に全体を統括する本部を置き、階や防火区画ごとに活動上の班を編成する等)。また、管理権原が分かれている防火対象物にあっては、共同防火管理上の協議事項として一体的な編成を確保する。

(イ) 自衛消防組織の要員のうち、当該組織において全体の中枢的な役割を担う者(自衛消防組織の指揮者、自衛消防組織本部隊の消火班長、通報連絡班長、避難誘導班長、救出・救護班長等)、防災センター要員(防災センターでの監視・操作や現場への指揮命令に従事する者)等については、応急活動に関し一定の講習を受けている資格者を配置する。
 なお、当該講習における訓練等の実施体制の整備について配慮する必要がある。

(ウ) 全体の情報収集と応急活動を統括するための防災センター機能と各隊員の活動資機材・装備を確保する。

2 対象とする防火対象物
 災害時における人命危険の大きさにかんがみ、組織的かつ計画的な応急対策が必要なものとして、おおむね次の用途及び規模に該当する防火対象物を対象とすることが必要である。
  • ○ 用途:百貨店、旅館、病院、地下街、複合用途防火対象物など、不特定多数の者や自力避難が困難な者の利用に供するもの等
  • ○ 規模:大規模・高層のため全体の状況把握や応急活動が困難となることを勘案し、消防法令の防火安全対策において、防災センターの総合操作盤等を中心に一元的な消防防災システムの構築が図られてきたもの。具体的には、①延べ面積5万m²以上、②階数5以上かつ延べ面積2万m²以上、③階数11以上かつ延べ面積1万m²以上、④地下街で延べ面積千m²以上のもの等

-資料-
大規模地震等に対応した自衛消防力の確保
・・・・・・・・・・P6
大規模地震への事業所の対応状況等
・・・・・・・・・・P7
防火対象物における急激な環境変化の状況
・・・・・・・・・・P8
大規模地震等に対応した自衛消防力の確保(イメージ)
・・・・・・・・・・P9
火災及び大規模地震発生時の被害事象等の相違点
・・・・・・・・・・P10