審議会

大規模地震に備えた当面の消防防災対策のあり方に関する答申

平成20年2月15日
消防審議会


 平成19年12月13日付けで諮問のあった「大規模地震に備えた当面の消防防災対策のあり方」について別紙のとおり答申する。

平成20年2月15日

防審議会会長 吉井 博明

消防庁長官 荒木 慶司殿


(別紙)

大規模地震に備えた当面の消防防災対策のあり方に関する答申

1.基本的な考え方
 近年、我が国においては、東海地震、東南海・南海地震、首都直下地震等の大規模地震の発生の切迫性が指摘されている。政府の地震調査研究推進本部によれば、今後30年以内にマグニチュード8程度の地震が発生する確率は、東海地震で87%、東南海地震で60~70%程度、南海地震で50%程度と予想されている。
また、阪神・淡路大震災で教訓が得られたように、我が国には、陸域において約2,000もの活断層が確認されており、こうした活断層の活動によって引き起こされる強い地震が、全国いつ、どこで起こるかわからない状況にある。もはや我々は、こうした地震を「万が一」のものではなく、まさに目の前に迫りつつある危機として受けとめなければならない。
 そして、これらの大規模地震が発生した場合には、国家予算を超える規模もの甚大な被害が予測されている。例えば首都直下地震の被害については、中央防災会議が、死者数11,000人、全壊85万棟、経済損失112兆円と試算しているが、こうした大地震が発生した場合に被害の最小化を目指すという観点から、消防防災体制のさらなる強化が不可欠である。
 これまでも、本審議会においては、平成17年度の「市町村の消防の広域化の推進に関する答申」、平成18年度の「大規模地震等に対応した自衛消防力の確保に関する答申」により、大地震等の大規模災害に対応しうる消防防災体制の強化を求めており、これを受けて消防庁においては消防組織法あるいは消防法の改正により着実に対策を講じているところである。
 しかしながら、第169回国会における総理大臣施政方針演説に「自然災害時の犠牲者ゼロを目指す」とあるように、国民の安心・安全の確保は国家の基本的な責務であり、今後もなお一層の充実を図るべき最優先の課題であると言っても過言ではない。本審議会においても、安心で安全な生活を求める国民の要請が高まっている今、切迫する大規模地震に備えるため、各般にわたり、なお一層の消防防災体制の強化が必要であると考えているが、当面の緊急課題として消防庁長官から諮問があった危険物施設の事故防止対策のあり方、及び緊急消防援助隊の効果的な運用等のあり方について審議してきたところ、大要以下の結論に達したのでここに答申する。
2.危険物施設の事故防止対策のあり方について
【現状と課題】
(1)危険物事故の動向について
 危険物施設における危険物の流出事故は平成6年までは減少傾向を示していたものの、この年を境に増加傾向に転じ、平成18年中に発生した火災・流出事故件数は、平成6年と比べると火災が約2倍、流出事故が約2.2倍となっており、特に危険物が大量流出する可能性がある500KL以上の大型屋外タンク貯蔵所に限定するとその流出事故は6倍となっている。
 こうした危険物施設の事故が発生する原因は、腐食等劣化によるものが流出事故全体の3割強を占めており、近年の増加傾向は、施設の老朽化の進展に大きく関係しているものと考えられる。特に、流出事故が著しく増加している500KL以上の屋外タンク貯蔵所の約8割は昭和52年以前に設置されたものであり、また給油取扱所の地下貯蔵タンクについては、その多くが設置後30年以上経過している実態にある。
 このように危険物施設の劣化が進む中、近年切迫性が指摘されている大規模地震が発生した場合には、危険物施設から危険物が流出する事故や屋外タンク貯蔵所の浮き屋根が破損する事故が起こり、さらにはそれに起因する大火災や大爆発が発生する可能性が高まっているといえる。
 現に、危険物施設の事故の記録をさかのぼれば、昭和53年の宮城県沖地震において、屋外タンク貯蔵所から石油類が大量流出した事故が発生したほか、最近においては、平成15年の十勝沖地震において、屋外タンク貯蔵所の浮き屋根の破損・沈下を契機に44時間にもわたり燃焼する火災が発生した。また、阪神・淡路大震災の際の兵庫県における流出事故発生率は、平成18年一年間の全国の流出事故発生率の約10倍となっている。
 これまで消防庁においては、こうした地震時における被害実態も踏まえ、危険物施設の技術基準の改正などを行い、施設の耐震強化など安全対策を講じてきたところであるが、昨年発生した新潟県中越沖地震にあっても、柏崎市内の約1割にも及ぶ危険物施設で流出・破損等の事故が発生している。
大地震の発生が避けられない状況にあって、危険物施設に起因する大災害発生の可能性を少しでも低減させるとともに、仮に何らかの災害が発生してしまった場合の被害を最小限に抑えるため、一歩間違えば大火災につながりかねない流出事故や破損事故などの芽をあらかじめ摘むための対策を平時から講ずることが必要と考えられる。
(2)危険物事故に対する調査体制について
 事故防止対策の第一歩は、それぞれの事故原因を精確に調査し、その結果を踏まえて、危険物施設の技術基準の見直しや施設点検技術の向上など、的確な事故防止対策につなげることである。しかしながら、現行の消防法においては、消防機関による火災原因調査の制度はあるものの、火災に至らない危険物施設における流出等の事故に対する原因調査の制度がない。
 こうした中において、現状は、それぞれの消防機関において、火災予防を目的とした一般的な調査権限(資料提出命令権、立入検査権等)を行使することで、事実上事故原因の概要の把握に努めてはいるものと思われるが、火災の場合に実施されているような科学的見地からの原因究明に必要な措置、例えば、事業者に対して、事故の原因となったと思われる部材の提出を求めることや、事故発生時の状況の写真やビデオ映像の提出を求めることなどについては、法的な根拠が明確になっていないため、正確な原因調査を行うことが困難な実態にある。
 また、火災原因調査については、各消防機関の調査技術を高めるため、消防大学校や各都道府県等の消防学校において消防職員向けの研修講座を設けるとともに、各種の書類作成要領、調査実施要領等をまとめたマニュアル類も整備されているが、危険物施設における流出等の事故については、専門的知識を備えた消防職員を育成するための取組が十分ではない状況にある。もちろん、このことは、法制度が整備されていないがゆえに、取組の動機が働かないということも大きな要因であろう。
 さらに、危険物の流出量や負傷者の発生状況等により、危険物施設における流出等の事故調査は、消防機関のみならず、都道府県、警察機関、労働基準監督署等の関係行政機関も実施する場合があるが、事業者側からは、効率的な事故調査を実施するため、関係行政機関の連携の強化が求められている。
【対応の考え方】
 上記の現状と課題を踏まえ、危険物施設における流出等の事故及びそれに伴う火災発生の未然防止、あるいは大地震発生時における減災を図るため、危険物施設における流出等の事故の原因を効果的・効率的に究明できるような制度及び体制を整備することが必要である。
 この際、調査制度の仕組みとしては、火災原因調査の制度を参考として考えることが適当である。具体的には、事故原因の調査を行うための、関係のある者への質問権、事故関係者への資料提出命令権、事故関係者からの報告徴収権及び関係のある場所への立入検査権といった権限を調査主体に付与することが妥当である。
また、調査主体として、原則は日常的に消防活動を行っている消防機関が行うこととするものの、要請があった場合には、消防庁長官が調査を行うことができるようにすることが必要である。
火災原因調査においても、産業の高度化に伴い、大規模・複雑な火災が頻発する中にあって、その原因究明は高度の科学的知識が必要とされ、またこれらの火災が人心に与える影響も少なくないことから、国の責務として、消防庁長官が調査を実施できることとされており、実際にここ近年、調査結果が技術基準等の見直しに直結する例は多い。危険物施設における流出等の事故についても、技術基準への速やかな反映等が期待される事情は同様であると考えられる。
また、こうした制度改正とあわせ、消防庁及び消防機関は、調査の体制についても整備を図ることが必要である。中でも、全国の消防機関に対する教育のあり方として、効果的・効率的な調査が確実に実施できるよう事故原因調査マニュアルを整備するとともに、消防大学校及び各都道府県等の消防学校は、消防職員の調査能力・調査技術の向上を図るため、上記マニュアルを活用した教育カリキュラムの整備・充実を図ることが必要である。
併せて、消防機関が調査を実施するに当たっては、事業者の経済活動にも十分配慮することが望まれる。消防庁及び消防機関は、事故原因調査マニュアルを有効に活用することで効果的・効率的な調査を行うとともに、関係行政機関との連携についても、日頃から留意すべきである。
さらには、調査結果をその後の対策に活かすためには、関係機関間の情報共有も重要である。現在、消防庁において整備されている危険物事故データベース(注1)について、内容の充実を図り、消防庁、消防機関、危険物保安技術協会等の関係団体、業界及び学会が一体となって活用できる仕組みを構築し、産官学が一体となった事故防止策を講じて、切迫性が指摘される大規模地震に備えるべきである。
3.緊急消防援助隊の効果的な運用等のあり方について
【現状と課題】
(1)緊急消防援助隊の機動力について
 緊急消防援助隊は、平成7年に発生した阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、迅速で効果的な消防の広域応援のために創設された仕組みである。平成16年4月からは、消防組織法の一部改正により、法律に基づく部隊として位置づけられている。緊急消防援助隊は、消火、救助、救急、後方支援、航空等の10種類の部隊から構成され、平成19年4月現在で、3,751隊が登録されているところであるが、現在、大規模災害等への対応力を一層強化するため、平成20年度までの登録目標を4,000隊規模として計画的な増強を図っている。
 これまで、平成8年12月の蒲原沢土石流災害を始め、平成12年3月の有珠山噴火災害、平成15年9月の十勝沖地震、平成16年7月の新潟・福島豪雨災害、福井豪雨災害、同年10月の新潟県中越地震、平成17年4月の兵庫県尼崎市列車事故、さらに昨年は、3月の能登半島地震、7月の新潟県中越沖地震と2度の大規模地震を含めて4回出動している。これら災害への出動回数は、現在まで計20回を数え、人命救助活動等において大きな成果を上げている。
 一方、緊急消防援助隊の制度面に目を向けてみると、緊急消防援助隊は、消防組織法の規定により、原則として、災害発生市町村の属する都道府県知事が消防庁長官に対して消防の応援を要請した場合に、消防庁長官が他の都道府県の知事又は市町村長に対して指示又は求めを出すことにより出動することとされている。そして出動後は、受援市町村長の指揮の下に行動することとされている。このため、緊急消防援助隊が被災市町村をまたがって移動して活動することは現行の法制度上想定されていない。
 しかしながら、実際に、過去の災害では、迅速な救助活動を実施するため、平成16年の新潟県中越地震において、長岡市妙見堰の土砂災害現場において母子の乗車した車両が生き埋めになっていることが判明した際、小千谷市において警戒活動等を行っていた部隊が長岡市に移動して救助活動に従事した例がある。また、同年の新潟・福島豪雨災害においても、見附市や中之島町で活動していた部隊が、三条市に移動して活動を行っている。ただし、先述のとおり、こうした部隊移動に関する仕組みは現在、法制度上整備されておらず、部隊を移動させる権限の所在が明確でなかったのが実情である。今後の災害において、このような曖昧な形で緊急消防援助隊の部隊移動を続けることは、部隊の移動に関する責任の所在が不明確であるだけでなく、危険性の高い被災地で活動する緊急消防援助隊の安全確保の面からも大きな問題があり、早急に対応を行う必要がある。
また、都道府県内の部隊移動について消防庁長官を通すこととなれば迅速・円滑な移動という観点から支障があること、東海地震等の大規模災害の発生を想定した場合、投入できる部隊の数には限りがあることから、緊急消防援助隊を同一都道府県内、あるいは都道府県をまたいで適切に移動させ、効果的・効率的に活動に従事させられるような制度を整備しておく必要はさらに高いと考えられる。
(2)消防庁長官による出動指示の要件について
 平成16年に緊急消防援助隊の法制化を行った際、大規模災害への国家的な対応の必要性から、消防庁長官の緊急消防援助隊に対する出動の指示の規定が設けられた。消防庁長官が出動指示を出せる災害の種類として、大規模な自然災害の場合と毒性物質発散等の特殊な災害(NBC災害)の場合があるが、このうち自然災害については、東海地震等特定の大規模地震であって、二以上の都道府県に及ぶものに要件が限定されている。
 1. で述べたとおり、我が国は、活断層の活動によって引き起こされる強い地震に見舞われる危険性は、全国のいたるところにあるということができる。こうした活断層を含む地震被害想定が既にいくつかの活断層において行われているが、この中には、一の都道府県内において局地的に甚大な被害が発生すると想定されているものもある。
 こうした現状に置かれている中で、被害が二以上の都道府県にまたがらない限り、緊急消防援助隊の出動を指示することができない現行の仕組みが妥当かどうか検討する必要がある。
【対応の考え方】
(1)緊急消防援助隊の機動力について
 災害状況の変化に応じて各被災市町村に応援消防力を迅速・的確に投入する場合、新たな応援部隊の出動を求めることが適切な状況であればこれによるが、これにより難い場合も想定されることから、既に出動し被災市町村で活動中の部隊を、別の被災市町村に移動させる法律上の仕組みを整備すべきである。このことにより、部隊運用の選択肢が増え、迅速・的確な応援消防力の投入による効果的な消防活動が期待できる。
 その際、部隊配備(注2)の主体は、都道府県内の市町村をまたぐ部隊配備については、都道府県内の広域的な災害対応責任を有し、かつ、都道府県内の災害状況を詳細に把握することができる都道府県知事とすることが適当である。都道府県知事にあっては、現行制度においても、災害等の非常事態が生じた場合、都道府県内の市町村長等に対して災害防御のための必要な指示を出す権限を有しているが、他の都道府県の消防職員等から構成される緊急消防援助隊が市町村をまたがって移動するような場合には、こうした権限も及ばないと考えられるため、部隊配備のための新たな権限が必要になるものであろう。なお、都道府県をまたぐ場合にあっては、二以上の都道府県に及ぶ調整となることから消防庁長官とすることが適当である。
併せて、部隊配備の手続きの検討に当たっては、市町村長の指揮権との調整を図ること、現場活動中の消防職員が混乱しないように明確なものとすること、応援市町村長の意見が反映できる仕組みとすることなどが必要である。
また、こうした被災地間の部隊配備を迅速かつ円滑に行うためには、都道府県知事の権限行使を支える体制の整備も必要と考えられる。緊急消防援助隊が出動する現場では、活動に関する具体的な調整を被災市町村消防本部、県内相互応援消防本部及び緊急消防援助隊の間で行うことが必要となる。さらには、緊急消防援助隊が出動するような大規模災害の場合には、自衛隊・警察・医療機関などの関係機関が同時に活動することが多いが、活動箇所が重複しないようにするなど効率的に人命救助活動等を行うためには、これらの機関との情報交換も行わなければならない。
 こうした点を踏まえれば、緊急消防援助隊の活動に当たって、被災地の情報収集や関係機関との連絡調整などを効率的に行うことができるよう、消防関係機関の窓口を担うような組織を設置することが妥当であろう。
(2)消防庁長官による出動指示の要件について
 先に述べたとおり、日本国内には多くの活断層があり、強い地震に見舞われる危険性は全国いたるところにあることから、自然災害の被害の及ぶ範囲が一の都道府県に限られる場合であっても、消防庁長官が緊急消防援助隊の出動を指示できるようにするため、その要件を緩和することが必要である。
4.おわりに
 以上、平成19年度の消防審議会としては、大規模地震に備えた消防防災体制を整備するための方策として、危険物流出等の事故原因調査をより効果的に実施できるようにすること、及び緊急消防援助隊の機動力の強化を図ることを目的とした制度改正等を求めることとしたい。
今日、行政の対応が後手に回った結果、国民に大きな損害を与えてしまうような事案が後を絶たない。言うまでもなく、消防防災行政の目的は、国民の生命や財産を守ることにある。一旦大災害が起こり、多くの命が失われてしまってから対策を講じても、失われた損失を取り戻すことはできない。災害や事故など事案が発生する前に対処するという姿勢が、こと消防防災の分野には必要である。
 消防庁においては、関係機関との連携にも十分留意しながら、できるだけ速やかに関係法令の改正や予算措置を含む所要の措置を講じ、この答申の実現に努めるよう要望する。
注1:
危険物事故データベースは、各消防機関が管内で発生した危険物事故の発生日時や事故概要等を専用端末から半年ごとに入力し、該当データを消防庁が管理しているもので、消防機関等が類似事故の検索や統計資料等として活用している。データベースへのアクセスは、事業所情報等も含まれていることから、現在、都道府県及び消防機関に限定しているところである。
注2:
ここでいう部隊配備とは、市町村をまたがって部隊を移動させることを指し、移動後における当該緊急消防援助隊の部隊は、現行制度に従って受援市町村長の指揮の下に行動することとなる。

-資料-
資料1
  • 発生が懸念される主な大規模地震
  • ・・・・・・・・・・1
  • 日本の主要な断層
  • ・・・・・・・・・・2
  • 危険物施設における事故の傾向
  • ・・・・・・・・・・3
  • 流出事故の原因の推移
  • ・・・・・・・・・・4
  • 屋外タンク貯蔵所から大量の危険物が流出した事例
  • ・・・・・・・・・・5
  • 地震による危険物施設の事故発生状況
  • ・・・・・・・・・・6
  • 危険物施設における地震時の流出事故の現状
  • ・・・・・・・・・・7
  • 危険物流出等の事故原因調査についての考え方
  • ・・・・・・・・・・8
  • 危険物施設に係る事故調査制度を導入することによる効果
  • ・・・・・・・・・・9
  • 緊急消防援助隊の概要
  • ・・・・・・・・・・10
  • 緊急消防援助隊登録部隊の推移
  • ・・・・・・・・・・11
  • 緊急消防援助隊の出動事例
  • ・・・・・・・・・・12
  • 緊急消防援助隊の出動スキーム
  • ・・・・・・・・・・13
  • 被害市町村をまたぐ部隊移動の事例
    (平成16年新潟・福島豪雨災害)
  • ・・・・・・・・・・14
  • 被害市町村をまたぐ部隊移動の事例
    (平成16年新潟県中越地震災害)
  • ・・・・・・・・・・15
  • 緊急消防援助隊の機動力について
  • ・・・・・・・・・・16
資料2
  • 関係規定集
  • ・・・・・・・・・・17