令和4年版 消防白書

2.消防防災分野におけるDX

令和4年6月7日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下、本特集において「骨太の方針2022」という。)においては、「DXの推進などによる(中略)消防団を含む消防防災力の拡充・強化」が掲げられており、消防防災分野におけるDXの推進が求められている。

(1)マイナンバーカードを活用した救急業務の迅速化・円滑化

ア 背景

近年のICT技術等の目覚ましい進歩を背景に、最新の技術を救急業務に積極的に取り入れることで、救急業務を取り巻く諸課題に対応することが求められている。そのような中で、令和3年10月からは、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が開始され、オンライン資格確認が可能となることで、マイナンバーカードを用いた本人確認と本人同意の取得により、医療機関や薬局において特定健診等の情報や薬剤情報等を確認できるようになり、よりよい医療を受けられるための環境整備が進んでいる。また、骨太の方針2022では、2022年度末に、ほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡ることを目指すとともに、オンライン資格確認について、保険医療機関・薬局に、2023年4月からの導入を原則として義務付けることとされている。
そこで、より迅速で円滑な救急活動を目指し、オンライン資格確認等システムを救急現場でも活用することにより、救急隊員が救急業務に資する傷病者の医療情報等を、正確かつ早期に把握し、傷病者の搬送に活かすための検討を開始した。

イ 現在の取組

令和4年度は、「令和4年度救急業務のあり方に関する検討会」の下に、有識者等から構成されるワーキンググループを設置し、実証実験を実施するとともに、事業効果や課題等について、多角的な視点から本格運用に向けた検討を行うこととしている。
実証実験を実施する消防本部については、公募の結果、管轄する市町村の規模、マイナンバーカードの普及状況、市長部局や医療機関との連携体制等を踏まえて、ワーキンググループで意見を伺い、6つの消防本部に決定し実証実験を行っている。

ウ 期待される効果

現状の救急活動においては、救急隊が傷病者の搬送先医療機関の選定等に必要な情報を傷病者本人又は家族等の関係者から直接聴取している。
付近に関係者がいない場合では、症状に苦しむ本人から聴取する必要があるほか、複数の基礎疾患を有する高齢者の救急事案等の場合では、本人が病歴や受診した医療機関名を失念していることや、関係者が傷病者の情報を把握していないことも想定される。そのような状況下において、タブレット等の資格確認端末に接続されたカードリーダーに、傷病者の保有する健康保険証利用登録済みのマイナンバーカードをかざし、ICチップ内の電子証明書を読み取ることで、ネットワークを介してオンライン資格確認等システムへ情報照会し、受診医療機関や薬剤情報等の傷病者の救急業務に資する情報を正確かつ早期に把握することができれば、傷病者への負担を軽減しつつ、傷病者の搬送先医療機関の選定が行いやすくなることや、より適切な応急処置を可能とすることなど、救急業務の迅速化・円滑化につながることが期待される(特集4-1図)。

特集4-1図 事業イメージ図

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特集4-1図 事業イメージ図

エ 今後の取組方針

本事業の検討結果については、令和4年度内を目処に報告書としてとりまとめることとしており、当該検討結果を踏まえ、マイナンバーカードを活用した救急業務のデジタル化の全国展開に向けた取組を進めることとしている。

(2)消防法令における各種手続の電子申請等の導入促進

ア 背景

防火管理者選任届出や防火対象物点検報告など消防本部に対して行う消防法令関係の申請・届出等は、これまで主として書面の提出によりなされてきた。
また、これらの各種手続に関する業務は、法令、国等が整備したガイドライン等に基づいて、個々の消防本部で実施されているが、電子申請の円滑な導入や業務の効率化等の観点から、業務プロセス・システムの標準化が必要となっていた。
こうした状況を踏まえ、消防庁では、「行政手続のオンライン化の推進、業務プロセス・システムの標準化」といった課題への対応を行い、各消防本部における電子申請の導入を促進してきた。

イ 現在の取組

令和3年中に、火災予防分野の手続のうち19手続(10様式)について、市町村共通の電子申請基盤であるマイナポータル「ぴったりサービス」(以下、本特集において「ぴったりサービス」という。)を活用した電子申請等の標準モデル(各手続の標準的な業務プロセスや様式を定めたモデルをいう。以下、本特集において「標準モデル」という。)を作成するとともに、ぴったりサービスに様式の登録を行った(特集4-2図)。また、各消防本部が標準モデルに対応した電子申請等を円滑に導入できるよう、「火災予防分野の各種手続における電子申請等導入マニュアル(第1.0版)」を作成した。
さらに、各消防本部における電子申請等の早期導入を目指すため、令和4年3月に、都道府県及び消防本部に対して説明会を開催し、標準モデル対応の電子申請等の導入方法、消防庁による導入支援策等について周知を行った。また、令和4年5月には、標準モデル対応の電子申請等の導入を希望する消防本部を支援するためのアドバイザーを設置し、消防本部における電子申請等の積極的な導入を促進している。
このような取組により、火災予防分野における各種手続の電子申請等を導入済みの消防本部は、令和2年9月1日時点の53本部(7.3%)から令和4年6月1日時点の72本部(10.0%)に増加している。これに加え、同日時点で、令和4年度中の導入を目指している消防本部が263本部(36.4%)と、各消防本部における取組が着実に進められており、消防庁としても引き続き必要な支援を継続していく。

特集4-2図 マイナポータル「ぴったりサービス」を活用した電子申請等のイメージ

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特集4-2図 マイナポータル「ぴったりサービス」を活用した電子申請等のイメージ

ウ 期待される効果

電子申請等の導入のメリットとしては、窓口訪問等の負担の軽減、書類の電子化による紙の削減・書類管理の効率化、申請データの再利用による再申請時の入力負担の軽減等が期待される。

エ 今後の取組方針

令和3年度に標準モデルを作成した19手続(10様式)以外の火災予防分野の手続や、危険物保安関係及び石油コンビナート等災害防止法関係の手続については、消防本部や申請者のニーズ、年間の手続件数等を踏まえ、今後、標準モデルを作成するとともに、ぴったりサービスに様式の登録を行う予定である。また、手続自体や様式の見直しについても検討を行っており、令和4年9月には、省令改正を行い、消防用設備等(特殊消防用設備等)設置届出書及び工事整備対象設備等着工届出書に添付する書類を削減したところである。今後、ぴったりサービスに登録済みの様式についても、操作性の向上等の観点から、適宜見直しを実施していくこととしている。

(3)危険物施設におけるAIやIoT等の新技術を活用したスマート保安等の推進

ア 背景

我が国の危険物施設は高経年化が進み、腐食・劣化等を原因とする事故件数が増加するなど、近年、危険物等に係る事故は高い水準で推移している。他方で、危険物施設においても安全性、効率性を高める新技術の導入により効果的な予防保全を行うことが期待されている。

イ 現在の取組

令和3年度から「危険物施設におけるスマート保安等に係る調査検討会」を開催し、プラントにおける屋外貯蔵タンク周囲の可燃性蒸気の滞留範囲について調査検討を行い、防爆構造(可燃性蒸気内でも発火源とならないように対策した技術的手法)を有しないドローン等の可搬式の電子機器を屋外貯蔵タンク周囲で使用できる条件について明確化し、各都道府県消防防災主管部長等に周知した(令和4年8月4日付け通知)。その結果を踏まえ、令和4年度からは、ドローンを活用した屋外貯蔵タンクの効果的な予防保全に関する調査検討も行っている。
また、電解液量の総量が指定数量未満のリチウムイオン蓄電池を収納するキュービクル(鋼板で作られた外箱にリチウムイオン蓄電池と制御機器を収納したもの)について、キュービクルごとの危険物の量を合算しないで貯蔵することができる条件(耐火性を有する布で開口部を十分に覆う場合)を明確化し、各都道府県消防防災主管部長等に周知したところである(令和4年4月27日付け通知)。
さらに、セルフ式ガソリンスタンドにおけるAI等による給油許可監視支援に関する事項についても、令和3年度から引き続き調査検討を行っている。

ウ 期待される効果

新技術の導入・普及が促進され、危険物施設の維持管理について省力化及びコスト削減が図られ、事業者等の負担が低減するとともに安全性の向上が期待される。

エ 今後の取組方針

令和4年度は、セルフ式ガソリンスタンドにおけるAI等による給油許可監視支援について実証実験を踏まえてガイドラインを策定するとともに、屋外貯蔵タンクの定期点検等におけるドローンの効果的な活用方法についても実証実験を踏まえてガイドラインの策定を行うこととしている。

(4)消防指令システムの高度化等に向けた検討

ア 背景

多くの消防本部では、119番通報の受理から消防署所への出動指令の一連の消防指令業務を支援する「消防指令システム」と、警防や予防、水利、要援護者情報といった様々なデータの管理や消防本部の業務に必要な各種機能を一括して提供する「消防業務システム」が整備されており、これらのシステムにより消防職員の活動が支えられている。
従来、各々の消防本部では、パッケージ製品をベースとしつつも、必要に応じて機能が追加された独自のシステムを整備・運用しているため、調達・維持コストがベンダーロックイン*1により高止まりしているほか、外部システムやサービスとの接続等が困難などの課題がある。
令和6年度から令和8年度にかけて迎えるシステム更新のピークを機に、前述の課題や近年の情報通信技術(ICT)環境の変化に対応する必要がある。

イ 現在の取組

こうした背景を踏まえ、消防庁では、まず消防指令システムを検討対象とし、令和3年1月以降、「消防指令システムの高度化等に向けた検討会」を開催している。
令和4年7月には、消防指令システムの基本的な機能を整理するため、通信指令業務の標準的な業務フローを整理したほか、音声電話以外の緊急通報手段・サービスを消防指令システムに接続するためのインターフェイスについて、基本設計書や要件定義書の素案を作成し、これらを中間とりまとめとして策定した。
また、消防業務システムについては、仕様の標準化やクラウド化に向けた分析・整理に着手した。

ウ 期待される効果

119番通報について、音声にとどまらず画像、動画、データ等の活用が可能となるほか、消防指令システム及び消防業務システムの整備や維持管理におけるベンダーロックインの解消により調達時の競争性向上やコストの低減が図られ、さらに、他の消防本部から通報が転送されたときの位置情報の共有や外部システム・サービスとの接続が容易になるといった効果が期待される。

エ 今後の取組方針

今後、緊急通報に係るデータ通信のためのインターフェイスについて詳細を定めるため実証実験等を行うとともに、消防業務システムの標準化・クラウド化に向けた検討を進め、令和5年度末までにこれらに係る標準仕様書を策定することを目指す。

(5)消防教育訓練等におけるDXの推進

ア 背景

近年、火災件数等の減少により実災害での活動経験が少ない若手職員が増加傾向にあることや、豊富な災害経験を有する団塊世代の退職により組織として教訓の共有機会が減少することで、経験不足を背景とした災害現場における受傷事故等が増加することが懸念される。
また、都市構造の進展や異常気象により、災害の様態が激甚化・頻発化している中、あらゆる災害に安全かつ適切に対応できる人材が求められている。
こうした受傷事故の発生防止や高度な災害対応能力を有する人材育成を推進する観点から、DXの推進による災害経験や教訓を共有するための手段を整備する。

イ 現在の取組及び期待される効果

(ア)消防共有サイトの構築
各消防本部や消防学校等が作成した現場活動における活動マニュアルや初任教育における教材など、独自性に富む様々な取組や情報等について、相互共有を図り、それぞれの団体等において自由にデータを活用できるツールとして、令和4年度中に「消防共有サイト」を構築することとしている。
こうした資料や事例の共有を通じた業務の効率化や、新たな取組の速やかな横展開が図られることにより、消防体制の強化が期待される(特集4-3図)。

特集4-3図 消防共有サイトの構築イメージ

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特集4-3図 消防共有サイトの構築イメージ

(イ)VRを活用した訓練コンテンツの作成
一般的な火災から、近年の大雨等による大規模な豪雨災害・土砂災害、今後発生が予測される首都直下地震や南海トラフ地震等の発生も見据え、直面する危険を仮想空間で擬似的に体験、習得できるツールとして、VRを有効活用した以下の3つの訓練コンテンツを作成し、令和4年度中に全国の消防学校に配備することとしている。
①一般住宅火災対応訓練
②震災対応訓練
③風水害対応訓練
これらのコンテンツにおいては、訓練実施者に対してVRゴーグルを着装させ、主観視点による没入感の高い映像を通じて、災害様態を擬似体験させることにより、災害対応能力の向上が期待される(特集4-4図)。

特集4-4図 VRコンテンツ

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特集4-4図 VRコンテンツ

※VRゴーグル着装時の画像はイメージである。

ウ 今後の取組方針

「消防共有サイト」については、掲載カテゴリの追加要望など各消防本部等の意向を把握し、利便性の向上に取り組んでいく。
また、「VRを活用した訓練コンテンツ」については、全国の消防学校から映像の印象や使用感等のユーザー目線での意見を聴取するなど、きめ細かくニーズを把握し、教育現場での一層の有効活用に取り組んでいく。

*1 ここでは、現行の事業者に依存する傾向が強く、競争入札を実施しても特定の事業者のみが受注を繰り返す状態のことをいう。