審議会

小規模雑居ビルの防火安全対策に関する答申

平成13年12月26日
消防審議会


 平成13年9月26日付けで諮問のあった「小規模雑居ビルの防火安全対策」について、別紙のとおり答申する。

平成13年12月26日

消防審議会会長 菅原 進一

消防庁長官 中川 浩明 殿


別紙

小規模雑居ビルの防火安全対策について

 平成13年9月1日の新宿区歌舞伎町ビル火災は、延べ面積500m²程度の小規模なビルで発生したにもかかわらず、44名の尊い命を奪い、昭和57年のホテル・ニュージャパン火災(死者33名)を超える大惨事となった。この火災がかかる大惨事となった要因としては、次のような消防法令違反があった等の事実が指摘できる(資料1 参照)。
① 階段室の物品存置、避難訓練の未実施、消防用設備等の点検未実施等防火管理が不適切であったこと
② 自動火災報知設備のベルが停止されていた可能性が高いこと等により、火災の発見が遅れ、初期消火、通報、避難誘導等の初期対応を的確に行うことができなかったこと
③ 直通階段(屋内)が一本しかなく、当該階段からの出火であったため、避難経路を効果的に確保することができなかったこと
④ たて穴区画を構成する防火設備(防火戸)が閉鎖しなかったため、急激に火煙が店舗内に流入したこと
この火災を踏まえ、緊急に実施された全国の小規模雑居ビルの一斉立入検査の結果、何らかの消防法令違反があるものが9割を超える等の事実が判明しており、これらの問題がこのビルに特有のものではなく、同種の小規模雑居ビルにおいて共通の問題であることを示している(資料2 参照)。

 このような小規模雑居ビルの防火安全対策に係る課題に鑑みれば、消防機関による違反是正の徹底、防火対象物の関係者による防火管理の徹底及び避難・安全基準の強化を図ることが必要である。

【違反是正の徹底】

 「国民の生命、身体及び財産を火災から保護する」(消防組織法第1条)ことをその任務とする消防庁及び消防機関は、かかる消防法令違反等について有効な対策を講じることができないままに、今回の大惨事が発生したことを重く受け止める必要がある。
 消防機関は、消防法令違反等に対しては、改修計画提出の指示や警告等の行政指導、消防法による措置命令や使用停止命令、刑事告発等の手段を活用して違反処理を行うことができるが、現実には、防火対象物の関係者の自発的な違反是正を促す行政指導をその中心としてきている。しかし、今後は、個別の違反事案の火災予防上の危険性の程度、防火対象物の関係者の違反是正の意思や能力の有無、違反処理のための代替手段の可能性等に応じて、消防法による措置命令や使用停止命令、刑事告発等をより積極的に発動し、迅速かつ効果的な違反処理を進めるべきである。

 また、消防機関には、消防法により、防火対象物等の実態を把握し、防火対象物の関係者に対して火災予防上必要な指導を行うとともに、万一の出火に際しても被害を最小限度に止め得るよう立入検査の権限が付与されているが、この立入検査は全ての防火対象物について画一的に実施するのではなく、迅速かつ効果的な違反処理の実施という観点から、消防機関が有する防火対象物に関する情報をもとに火災予防上の危険性が高い防火対象物を重点的に実施していくべきである。そのためにも、立入検査を補完する仕組みが必要である。
 さらに、防火対象物における火災予防上の危険性は、防火対象物の管理権原者のみが認識するだけでは十分でない。かかる大惨事の再発を防止するためには、火災による被害を受ける可能性がある防火対象物の周辺の住民や利用者が、自らの生命、身体及び財産を守るために、当該防火対象物の火災予防上の危険に関する情報を知ることができるような仕組みが必要である。

【防火管理の徹底】

 そもそも防火対象物における火災の発生を防止し、火災による被害の軽減を図ることは、それぞれの防火対象物の管理権原者等の一義的な責任において行うべきものである。
 これら防火対象物の管理権原者等が遵守すべき防火管理や消防用設備等の設置維持などの義務は、火災の予防等のために重要な役割を果たすものであるが、一般に、日常的にその効果が発揮されるものではなく、火災等の非常時にのみその効果が発揮されるものであること等のため、他の分野における法令と比較してその遵守の意識が低い傾向にあるとの指摘もある。加えて、防火対象物が、その使用形態を含めて多様化、複雑化し、また、科学技術の発達を踏まえて設備等が多様化、高度化する中で、消防法令を遵守して防火対象物の防火管理を行うためには火災予防に関する高度な知識や経験を必要とするようになっており、これらが適切な防火管理の実施を困難にしている。
 これらの状況を踏まえれば、地域において火災予防に取り組む自治会、商工関係団体、料理飲食業組合、消防団、自主防災組織等を活用して消防法令に基づく防火管理や消防用設備等の設置維持などの義務が遵守されていない防火対象物の火災予防上の危険性についての啓発活動を行うほか、防火管理について責任を負うべき防火対象物の管理権原者等を明確化し、罰則の強化を含めてその責任を強化するとともに、火災予防に関する知識や経験を有する民間の専門家を活用しながら、火災予防に関する専門的な観点からの防火管理の実施を補強するための仕組みを設けるべきである。

【避難・安全基準の強化】

 このほか、新宿区歌舞伎町ビル火災では、直通階段が1で、かつ、火災の早期発見・報知がなされなかったことから有効な避難ができなかった。このような直通階段が1の防火対象物については、火災が発生した場合に人命に危険が及ぶ可能性が高いため、火災を早期に発見・報知し、避難を迅速に行うことが必要である。
 また、防火対象物の使用形態が多様化、複雑化する中で、例えば、飲食を伴わない風俗店等、新しい形態の防火対象物の用途の出現に対して消防法令の防火安全対策の基準が的確に対応できていない状況にあると考えられる。
これらの点を踏まえて、避難・安全基準の強化のために消防法令の改正など所要の措置を講ずるべきである。

 以上の観点から、消防庁においては、下記の対策について、速やかに消防法令の改正や地方財政措置を含む所要の措置を講じ、また、消防機関に対し違反是正を徹底するように指導することなどにより、その具体化に努めるとともに、小規模雑居ビルの関係者においては、防火管理責任を全うするように強く求めるものである。

第1 違反是正の徹底
 違反是正を徹底するために、違反処理の推進及び違反情報の公開と罰則の強化を図るとともに、違反是正体制整備のため所要の措置を講ずる必要がある。
1 違反処理の推進
 (命令発動要件の明確化)
 消防法第5条の防火対象物に関する火災予防措置命令については、その発動要件が具体性を欠いており、使用停止命令等の発動要件として火災予防上重要な命令に違反した場合を列挙する等によってその明確化を図る必要がある。
 (消防吏員の命令権限の拡大)
 消防法第5条の防火対象物に関する火災予防措置命令については、命令権者が消防長又は消防署長に限られているが、防火対象物について火災の予防上危険であると認める一定の場合には、消防吏員もみだりに存置された物件の除去を命ずることができることとする等火災予防上危険な状況への迅速な対処ができるよう所要の措置を講ずる必要がある。
 (マニュアルの作成)
 立入検査を的確かつ効率的に行うため、小規模雑居ビルにおける火災危険性等を踏まえた立入検査の優先順位の考え方、検査項目のポイント、防火対象物の関係者への指導要領等を盛り込んだ小規模雑居ビルに係る立入検査マニュアルを作成する必要がある。
 また、法令違反に対する各種命令の発動件数が少ない現状に鑑み、使用停止命令等の発動に当たっての判断を迅速かつ的確に行うため、火災の危険性、違反の悪質性等を勘案した命令発動要件の具体事例を示すとともに、併せて告発要領等を盛り込んだ小規模雑居ビルに係る違反処理マニュアルを作成する必要がある(資料3 及び資料4 参照)。
 (立入検査の時間的制約・事前通告の見直し)
 立入検査については、消防法第4条で、原則として公開時間又は日出から日没までの時間に行わなければならず、また、日出から日没までの時間(公開時間を除く。)に立入検査を行う場合には事前通告を必要とすることが定められているが、夜間営業の風俗店、飲食店等に対しては日没後の公開時間の前に立入検査を行うことが必要な場合があり、また、事前通告を行わないことが必要な場合もあることを踏まえ、この立入検査の時間的制約及び事前通告に係る規定を見直す必要がある。
2 違反情報の公開と罰則の強化
 (命令を受けた防火対象物の公示)
 火災の危険性が高いこと又は火災予防上重要な命令に違反したことにより使用の禁止、停止等の命令を受けた防火対象物については、当該防火対象物の利用者等にその旨を明らかにするため、当該防火対象物に標識を設置する等の方法により公示を行うこととする必要がある。
 (罰則の強化)
 法令違反等に対する抑止力を高めるため、両罰規定において法人に対する罰金を強化する等、罰則の強化を図る必要がある(資料5 参照)。
3 違反是正体制の整備
 (予防要員の確保)
 立入検査及び違反処理を的確に実施するため、消防機関においては予防要員について所要の増強を図ることが望ましく、このための地方財政措置を講じる必要がある(資料3 参照)。
 (違反処理支援体制の整備)
 違反処理に関する専門的な知識、技術を有する担当者を常時必要数配置することは多くの消防機関において困難と考えられるため、違反処理に係る技術的助言を行う等、全国の消防機関が行う違反処理を側面的に支援するための体制を整備する必要がある。
 また、緊急地域雇用創出特別基金事業を活用することによる立入検査及び違反処理を支援する要員の確保を図る必要がある(資料6 参照)。
 (関係部局との連携)
 小規模雑居ビルのテナントの変更等については、警察部局による風俗営業の許可等、食品衛生部局による飲食業の許可等、建築部局による建築確認等の際に情報を入手することが可能であることから、このような情報を消防部局を含めた各部局が共有するための地方レベルの枠組みを設ける等関係部局との連携を図るための措置を講ずることによって、小規模雑居ビルのテナントの状況を的確に把握するよう努める必要がある。
 また、各部局が行う許可等に合わせて違反是正指導を行うとともに、必要に応じて関係部局と合同で立入検査を行うことができるよう、関係部局と連携を図る必要がある(資料7 参照)。
 (消防庁の組織・体制の整備)
 違反是正に係る施策をはじめとした防火対象物の安全対策を推進するため、消防庁の組織・体制の整備を図る必要がある。
第2 防火管理の徹底
 防火管理を徹底するために、防火管理責任の強化及び点検報告制度の拡充のため所要の措置を講ずるほか、小規模雑居ビルの防火安全に係る啓発の推進を図る必要がある。
1 防火管理責任の強化
 (管理権原者の明確化)
 小規模雑居ビルの階段等の共用部分については、防火管理について責任を有する管理権原者が必ずしも明確にされていない場合もあることから、その選任に係る指導基準を示すとともに、共同防火管理の協議事項の中で当該責任者を明示させる必要がある。
 (共同防火管理の明確化)
 共同防火管理協議会の代表者については、必ずしも複数の管理権原者を取りまとめるのにふさわしい立場の者が選任されていない場合もあるため、代表者は、所有権を有する者等の主要な管理権原を有する者とする旨を明確にする必要がある。
 (防火管理に係る命令違反等に対する措置の強化)
 防火管理の重要性に鑑み、消防法第8条第4項に定める防火管理に係る措置命令違反に対し使用停止命令も含めた強力な是正措置を行うことができることとするとともに、当該違反に対する罰則を強化する必要がある。
 (防火管理者養成体制の整備)
 防火管理者講習の実施頻度が少ないことなど、防火管理者が防火管理講習を十分に受けられる体制にないことが防火管理者の選任率が低い一つの理由になっているとの指摘がなされていることから、消防機関が共同で講習を外部に委託することなどにより、講習を受ける機会の確保に努める必要がある。また、防火管理者講習の内容を再検討し、その充実を図る必要がある。
2 点検報告制度の拡充
 (防火対象物の総合点検報告制度(仮称)の導入)
 消防法に基づく点検報告制度は、現在、消防用設備等の機能等に係るものに限られており、防火管理に係る事項はその対象となっていない。しかし、小規模雑居ビルのみならず全防火対象物に防火管理関係の違反が多い現状にあるほか、用途変更に伴って消防法令の基準に適合しなくなる場合も多く、現在の消防機関の体制では、その実態を十分に把握できる状況ではない。
 このため、現行の消防用設備等の機能等に係る点検に加えて、一定の防火対象物については、消防法令、火災予防等に係る専門知識を有する者が、用途の実態や消防計画に基づいた防火管理の実施状況等の火災予防に係る事項も含めて総合的に点検し、その結果を消防機関に報告するとともに、防火対象物の利用者に分かるよう点検済である旨等の表示を行うことができることとする必要がある。なお、この制度の導入に当たっては、一定期間にわたって違反実績がないなどの優良な防火対象物については十分に配慮するなど合理的な制度とする必要がある。
 また、消防機関は、この報告結果を踏まえて、立入検査の効率化、重点化を図る必要がある。
 (消防用設備等の点検報告制度の充実)
 上記の消防法令に基づく点検報告制度の総合化に併せて、消防用設備等の信頼性を確保するため、消防用設備等の点検制度について、消防設備士又は消防設備点検資格者に点検させなければならない防火対象物の範囲(現行では、特定防火対象物で延べ面積1,000m²以上のもの、その他の防火対象物は延べ面積1,000m²以上のもののうち消防長又は消防署長が火災予防上必要があると認めて指定するもの)を拡大する必要がある。
 また、点検報告率の向上を図るため、点検業務の支援を行う要員の確保を図る必要がある(資料6 参照)。
3 小規模雑居ビルの防火安全に係る啓発の推進
 (地域社会との連携)
 小規模雑居ビルの火災危険性について当該ビルの関係者に十分理解してもらうため、自治会、商工関係団体、料理飲食業組合、消防団、自主防災組織等と連携して、小規模雑居ビルの防火安全上のポイントを記載したパンフレット等を配布するなどの啓発活動を行う必要がある。
 (国民への周知)
 避難経路の確保、新たな形態の風俗店等への対応、火災の早期発見・報知などの観点から、避難・安全基準の強化のため所要の措置を講じる必要がある。
1 避難経路の確保
 (二方向避難など避難経路の確保)
 火災時の避難については、二方向の避難経路(階段、バルコニー等)の確保、たて穴区画における防火設備(防火戸等)の的確な作動が極めて重要であることに鑑み、防火対象物における二方向の避難施設の確保方策、たて穴区画において的確に作動する防火設備の開発及び設置促進について、国土交通省と調整を図って推進する必要がある。
 (避難施設及び防火設備の管理の強化)
 避難施設(階段等)や防火設備(防火戸等)の付近における物件の存置が、今回の火災で多数の死者が発生した大きな要因と考えられることから、避難施設及び防火設備の管理について、消防法において明確に位置付けるとともに、違反に対して命令規定を置き、命令違反に対して使用停止命令を含めた強力な措置を行うことができることとする必要がある。
 (避難器具の設置基準の見直し)
 直通階段が1の防火対象物においては、階段室から出火した場合、多数の者が室内に取り残され、避難に際して混乱状態となる可能性があることから、直通階段が屋外避難階段であるものを除き、簡単な操作で連続的に避難可能な避難器具を設置することとするほか、避難器具の設置場所の明示等によりこれが的確に利用されるよう設置基準を見直す必要がある(資料8 参照)。
 (階段室用の消火設備機器の開発・設置促進)
 階段室火災の消火について検討を行い、その火災性状を十分解明するとともに、効率的に消火を行うことができる消火設備機器の開発を推進し、その開発を待って設置を促進する必要がある。
2 新たな形態の風俗店等への対応
 現行では、いわゆる風俗店のうち、飲食を伴わない営業形態の場合には、非特定防火対象物とする用途指定の運用がなされ、特定防火対象物(旅館、ホテル、飲食店、物品販売店など不特定多数の人々によって利用されることが想定される防火対象物)と比較して防火管理や消防用設備等の設置維持等について、より緩やかな義務を課されるにとどまっている。このように飲食の有無により用途指定が異なることは風俗店の実態からして著しく均衡を失しており、飲食を伴わないものであっても逃げ遅れによる人命危険性の高さに鑑みて特定防火対象物として同等の義務を課すよう基準を改正するべきである。
 また、防火対象物の使用形態が多様化、複雑化していく中にあっては、今後も、新しい形態の用途の防火対象物が出現することが予想され、これに対して、消防法による防火安全対策の基準の適用については的確かつ機動的な対応を行うべきであり、防火対象物の用途指定の方法について所要の見直しを行う必要がある(資料9 参照)。
3 火災の早期発見・報知
 (自動火災報知設備の設置対象の拡大)
 複合用途防火対象物のうち、その一部が特定用途に供されているもの(消防法施行令別表第1(16)項イ)について、他の特定防火対象物と同様な火災危険性を有することに鑑み、自動火災報知設備を設置しなければならない範囲を拡大する必要がある。
 また、直通階段が1の特定防火対象物(直通階段が屋外避難階段のものを除く。)で3階以上のもの又は地階を有するものについて、階段室から出火した場合の危険性に鑑み、自動火災報知設備を設置しなければならない範囲を拡大する必要がある(資料10 参照)。
 (再鳴動機能付きの自動火災報知設備の設置)
 火災報知の遅れが今回の火災で多数の死者が発生した要因の一つと考えられることから、直通階段が1の特定防火対象物に設置されている既存の自動火災報知設備については、再鳴動機能付きのものに改修を義務づけるとともに、室内の音響が大きいテナントについては、自動火災報知設備により的確に在館者に報知することができるよう措置を講じる必要がある。
 (階段室における感知器設置基準の見直し)
 直通階段が1の防火対象物の階段室から出火した場合には、避難の困難性等に鑑みればできるだけ早く火災を感知することが必要であるため、階段室における煙感知器等の設置のあり方について検討し、階段室における感知器設置基準を見直す必要がある。

<資料編>
■資料1
新宿区歌舞伎町ビル火災概要
・・・・・・・・・・P10
■資料2
小規模雑居ビルの一斉立入検査の結果とりまとめ
・・・・・・・・・・P22
■資料3
立入検査実施率の推移
・・・・・・・・・・P32
■資料4
命令件数の推移
・・・・・・・・・・P33
■資料5
消防法における防火対象物の火災予防関係の命令・罰則一覧
・・・・・・・・・・P34
■資料6
消防防災支援要員
・・・・・・・・・・P35
■資料7
風俗営業行政との連携(報道資料)
・・・・・・・・・・P36
■資料8
避難器具設置基準
・・・・・・・・・・P37
■資料9
用途の指定
・・・・・・・・・・P38
■資料10
自動火災報知設備設置基準
・・・・・・・・・・P39