平成28年版 消防白書

[消防研究センターにおける研究開発等]

消防研究センターでは、消防の科学技術に関する様々な研究開発のほか、消防法の規定に基づく消防庁長官による火災原因調査及び危険物流出等の事故原因調査も行っている。また、これらの研究開発及び調査により蓄積してきた知見を活用して、消防本部に対する技術的助言や緊急時の消防活動支援にも積極的に取り組んでいる。

(1) 消防活動の安全確保のための研究開発

ア 背景・目的
本研究課題では、消防活動により一人でも多くの命を救うことができるよう、安全かつ効果的な消防活動を実現する上での技術的課題の解決を目指して、次の三つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。
(ア) サブテーマ「消防ヘルメット等の装備及び個人防護技術の研究」
平成9年(1997年)以降の消火活動中の消防職員の受傷等の状況をみると、平均して1年間に約2名が殉職し、約300名が負傷しており、消火活動には依然として高い危険が伴うことを示している。また、近年の省エネルギー指向の建物は、可燃性のプラスチック断熱材等を使用していること及び高い気密性を有していることから消火活動中に急激に火勢が拡大することがあり、このような建物の増加により、今後、消火活動における危険性は更に高まるおそれがある。このサブテーマでは、これまでの消防防護服に関する研究開発成果を踏まえて、消防隊員が消防ヘルメット等を含めた防護装備を着用した状況の下で、その防護装備全体に求められる安全性能を明らかにするとともに、より安全かつ効果的に消火活動を実施できるようにするための活動基準を考案することを目的としている。
(イ) サブテーマ「津波浸水域における消防活動用車両等の研究」
東日本大震災では、津波で浸水した地域に消防隊員が進入することが極めて困難であったことなどから、津波浸水域における消火・救助活動が難航した。このため、今後我が国に起こり得る大震災への備えとして、津波浸水域にも進入できる消防用車両等や津波浸水域における要救助者を速やかに発見する技術などが必要と考えられる。このサブテーマでは、〔1〕津波で浸水し、がれきが堆積しているような地域においても、消火・救助活動を安全かつ円滑に実施することを可能とする消防用車両等が有すべき機能・性能を具体的に示すこと、〔2〕要救助者を速やかに発見するため、無人ヘリコプター等により周囲の状況を把握する技術を開発することを目的としている。
(ウ) サブテーマ「がけ崩れでの活動における二次災害防止機器の研究」
豪雨や地震を契機としたがけ崩れは、我が国では避けることのできない災害であり、万一の生き埋め者の発生に備えることは重要である。がけ崩れによる生き埋め者の救助活動では、更なるがけ崩れが起きて救助隊に二次災害が生じるおそれがある。現在、がけ崩れの前兆があるかどうかを素早くかつ広い範囲にわたって監視する方法はない。このため、このサブテーマでは、無人ヘリコプター等を活用してがけの変形を素早く広範囲に監視するシステムの開発を目的としている。
イ 平成27年度の主な研究開発成果
(ア) サブテーマ「消防ヘルメット等の装備及び個人防護技術の研究」では、消防ヘルメットの遮熱性を向上させるための、シミュレーションを行い、遮熱メカニズムの基礎的な解明を行った。
(イ) サブテーマ「津波浸水域における消防活動用車両等の研究」では、平成27年度までに開発したプロトタイプ車両をベースに、実用化にむけて導入コストを踏まえた仕様の検討を行った。その結果、放水装置の開発は終了し既に配備を行った。また、パンク対策も研究が終了したので平成28年度中の実用化を予定している。
一方、偵察用の無人ヘリコプターについては、運用実験、飛行デモ及び意見交換を行い、消防機関による活用に必要な仕様及び運用方法についてとりまとめた。
(ウ) サブテーマ「がけ崩れでの活動における二次災害防止機器の研究」では、平成27年度に開発した無人ヘリコプターからがけの変形を監視する仕組みの精度試験及び精度向上方法の研究を行い、小規模な崩壊を事前に検知することはできないが、大規模な崩壊は事前に検知できる精度を実現した。
放水装置付き水陸両用バギー
偵察用無人ヘリコプターの運用実験の例(広島市安佐北区)

(2) 危険性物質と危険物施設の安全性向上に関する研究

ア 背景・目的
本研究課題では、東日本大震災において石油類等の危険物の貯蔵・取扱いを行う危険物施設が津波や地震動で多数被災したこと、我が国では今後もなお大地震の発生が危惧されていること、環境保護への取組が進められる中で、火災危険性が少ない物質やいったん火災が発生すると消火が困難な物質が普及するなど防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険性物質と危険物施設の安全性の向上を目的として、次の四つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。
(ア) サブテーマ「石油タンクの津波による損傷メカニズム及び発生防止策の研究」及びサブテーマ「巨大地震による石油コンビナート地域における強震動予測及び石油タンク被害予測の研究」
東日本大震災では、数多くの石油タンクや配管が津波で押し流されたり、損傷したりする甚大な被害が発生した。このような石油タンク等危険物施設の大規模な津波被害は、我が国では初めてのことである。また、危険物の大量流出や火災には至らなかったものの、地震動の影響で石油タンクが損傷する被害も発生した。
地震・津波発生時の危険物施設の健全性の確保は、被害拡大の視点からのみならず、被災地における災害救助活動、避難生活に必要となる石油類等エネルギーの供給維持にも不可欠であることが、東日本大震災でも示された。石油タンク等危険物施設の津波・地震動被害の予防・軽減対策の確立は、南海トラフ巨大地震や首都直下地震等の発生が危惧されている状況の中で、なお一層その重要性を増している。
このようなことから、サブテーマ「石油タンクの津波による損傷メカニズム及び発生防止策の研究」では、津波による石油タンクの被害発生メカニズムの解明、それに基づく被害予防・軽減対策の考案及び対策による効果の評価を目的としている。また、サブテーマ「巨大地震による石油コンビナート地域における強震動予測及び石油タンク被害予測の研究」は、石油タンクの揺れによる被害を予防・軽減するためのより的確な対策案を立てられるよう、石油コンビナート地域等における強震動の予測をより精度よく、きめ細かに行えるようにすることを目的としている。
(イ) サブテーマ「再生資源物質の火災危険性評価方法及び消火技術の開発」
環境保護に向けた取組がますます盛んになる中、資源再利用の取組の一環として、廃木材や再生資源燃料等の再生資源物質の利用が進められているが、これらの再生資源物質に関係する火災が発生するなど、防火安全上の課題も生じている。今後安全を確保しつつ再生資源物質の利用を促進する上で、このような火災を予防するための知見・方策を研究開発することが必要不可欠なものになってくると考えられる。
再生資源物質は、山積みの状態で貯蔵されている場合が多く、そこでの火災は蓄熱発火で発生するものが多い。東日本大震災の後には、震災で発生した山積みのがれきから火災が発生しており、これらの火災もまた蓄熱発火によるものと考えられる。再生資源物質が蓄熱発火する危険性をどの程度有しているかを適正に評価することは、火災予防上重要であるが、その評価手法は確立されていない。
また、山積み状態の再生資源物質の火災は、一般的に消火が困難であり、とくに金属スクラップの火災については、消火方法が確立されていない。
このようなことから、このサブテーマでは、再生資源物質の蓄熱発火の危険性の評価手法と火災になった場合の消火方法の開発を目的としている。
(ウ) サブテーマ「フッ素化合物の使用禁止が泡消火薬剤の消火性能に与える影響評価と対応策に関する研究」
石油タンク等の火災の消火に用いられる泡消火薬剤には、消火性能を向上させるためにPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)と呼ばれる物質が添加されているものがある。しかし、世界的な環境保護に向けた取組として、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に基づいて、平成22年、我が国でもPFOSの製造と使用が原則としてできなくなったことから、PFOSを含まないフッ素フリー泡消火薬剤の消火性能の評価など、今後の対応策が必要になってくるものと考えられる。
このようなことから、このサブテーマでは、PFOSを含まない泡消火薬剤のより効果的な使用方法とその消火性能をより適切に評価する方法の考案を目的としている。
イ 平成27年度の主な研究開発成果
(ア) サブテーマ「石油タンクの津波による損傷メカニズム及び発生防止策の研究」では、東日本大震災時の津波による石油タンクの移動被害(流されたり、元の場所からずれてしまったりする被害)を詳細調査し、津波で動いた屋外タンクの諸元や津波時の原位置及び移動先を把握した。その結果、石油タンク津波移動被害予測式の予測精度が高いことを確認し、将来の地震津波にも適用可能な予測手法であることを示し、予測式の確立に寄与した。
また、サブテーマ「巨大地震による石油コンビナート地域における強震動予測及び石油タンク被害予測の研究」では、石油コンビナート地域における強震観測の利用方法の一つとして開発を進めてきている「石油コンビナート等特別防災区域地震動観測情報システム」(第6-1図)について、高機能化・利便性の向上を図るための改良を行った。具体的には、<1>国立研究開発法人防災科学技術研究所との共同研究により、同研究所の強震観測網(K-NET, KiKnet)のデータを利用することで石油コンビナート地域における強震動をより正確に把握できるようにしたこと、<2>大型石油タンクにスロッシング被害(地震の揺れに伴う石油タンクの中の内容液の揺動により発生する油の溢れ、浮き屋根の損傷、タンク火災など)をもたらすおそれのある長周期地震動に関する情報をユーザに対して速やかに電子メールで配信できるようにしたこと、<3>消防機関等が地震時応急対応を行う上で即座に必要となる情報をよりわかりやすく簡潔に伝達できるようにするために、短周期地震動、長周期地震動それぞれについて揺れが大きかった順に石油コンビナート地域を並べ、それらの観測値等を列記したリストを作成する機能を追加したこと等である。本システムは、消防庁における地震時応急体制下で実施される石油コンビナート地域に関する被害情報収集活動等において利活用されている。
第6-1図 「石油コンビナート等特別防災区域地震動観測情報システム」の画面表示例

(イ) サブテーマ「再生資源物質の火災危険性評価方法及び消火技術の開発」では、液体系再生資源物質を含む種々の試料について測定を行ったところ、自然発火温度と高感度熱量計及び開発した蓄熱発火試験装置による発熱検知温度の間に良い相関関係があることがわかった。これによって簡便に自然発火温度の推定をすることが可能となる。また、固体系再生資源物質として有機系燃料及び石炭等について、高感度熱量計を用いて測定を行った結果、有機系燃料は水の添加により常温から微少な発熱をし、石炭については常温からの微少な酸化発熱が検知され蓄熱発火を起こすことがわかった。
(ウ) サブテーマ「フッ素化合物の使用禁止が泡消火薬剤の消火性能に与える影響評価と対応策に関する研究」では、発泡倍率(消火薬剤と空気の比率)と還元時間(泡が消滅する時間)のコントロールが可能な大流量用のノズルを開発し、フッ素含有泡およびフッ素フリー泡消火薬剤の性能評価実験を行った。結果として、フッ素フリー泡で石油タンク火災等の消火を行う場合において、フッ素含有泡と同等な消火性能を得るための泡性状(発泡倍率、還元時間)に対する泡供給率算出式を示すことができた。

(3) 大規模災害時の消防力強化のための情報技術の研究開発

ア 背景・目的
本研究課題では、消防職員が大地震や大雨による洪水などの未経験かつ未曾有の大規模災害に直面することとなった場合でも、被害推定シミュレーション等を活用した情報技術を用いて、適切な意思決定とそれに基づく迅速・的確な応急対応を可能とすることを目的として、次の三つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。
(ア) サブテーマ「広域版地震被害想定システムの研究開発」
東日本大震災における災害対応の初期段階では、広範囲にわたる被害と通信の途絶などによって、全体的な被害規模の把握ができず、特に、甚大な被害を受けた地域での緊急消防援助隊の活動に係る意思決定が容易でなかった。地震発生後に被害の様相がなかなか把握できない状況下では、被害の規模や分布を推定する仕組みが応急対応に係る意思決定を支援するものとなり得る。このような仕組みの一つとして、震源に関する情報に基づいて被害分布や被害量を推定するシステムを開発し、消防庁において運用を行ってきた。しかし、平成23年の東日本大震災のような巨大地震では、気象庁から地震直後に発表される震源に関する情報のみからでは、正確な推定ができなかった。そこでこのサブテーマでは、震度情報などを活用することにより、巨大地震に対しても確度の高い地震・津波被害推定結果が得られるようなシステムの開発を目的としている。
(イ) サブテーマ「水害時の応急対応支援システムの開発」
大規模水害時においては、地方公共団体の災害対策本部が行う応急対策の項目は非常に多い。さらに、対策実施の判断条件、優先順位、対応力の限界などが複雑に絡み合うこと、災害の様相は時々刻々と変化し得るものであることなどから、どのような対策を、いつ、どのように実施するかを迅速かつ的確に判断することは極めて困難であり、場合によっては避難勧告発出に遅れが生じることも懸念される。加えて、大規模水害は頻繁に発生するものではないため、災害対策本部で応急対応にあたる担当者全員が必ずしも経験豊富ではないということも考えられる。こうしたことから、災害対策本部における水害時の応急対応を支援するための情報を提供するシステムの必要性は極めて高いといえる。
このサブテーマでは、〔1〕これまでの水害における住民の避難行動を雨量や河川水位等の防災・気象情報や避難勧告などの発令状況とともに調査し、それらの結果に基づいてわかりやすく緊迫感のある避難広報が可能な「避難広報支援システム」を研究開発すること、〔2〕災害時に災害対策本部が行うべき応急対策項目を時系列で管理し、避難勧告発令等の意思決定を支援可能な「水害時の応急対応支援システム」を開発することを目的としている。
(ウ) サブテーマ「同時多発火災への対応を訓練するためのシミュレーターの開発」
首都直下地震などの大地震が発生した場合は、多数の火災がほぼ同時に発生することが危惧される。このような場合には、消防本部の指揮指令担当者には、限られた消防隊を被害が最小になるように火災現場へ出動させることが求められる。しかし、消防職員であっても、同時多発火災に対応した経験を有する者は少ないことから、判断・指示を的確に行うことは必ずしも容易ではないと考えられ、地震時の同時多発火災への消防の対応力を強化するためには、そのような火災を想定した図上訓練が重要である。そこで、本サブテーマでは、〔1〕東日本大震災における火災発生事例に基づく地震直後の火災発生件数の予測式の検討、〔2〕複数の出火点の延焼予測を高速で実行可能なシステムの開発、〔3〕同時多発火災対応のための効果的な消防戦術の検討を行い、これらの結果を活用して、同時多発火災対応訓練シミュレーターを開発することを目的としている。
イ 平成27年度の主な研究開発成果
(ア) サブテーマ「広域版地震被害想定システムの研究開発」では、被害推定精度や処理時間などの機能検証のための試験運用において、平成28年4月16日に発生した熊本地震をはじめ、震度5強以上を観測した地震については、もれなく被害推定が実施され、その結果が電子メールなどで共有された(第6-2図)。また、津波情報・大津波情報から津波被害を簡易的に予測する機能をシステムに追加するとともに、操作性を向上させるためのユーザーインタフェースの改良を行うなど、機能向上を図るための改良・開発を実施した。
第6-2図 広域版地震被害想定システムによる震度分布推定結果の表示例(震度7を記録した平成28年4月16日に発生した熊本県熊本地方を震源とする地震)

(イ) サブテーマ「水害時の応急対応支援システムの開発」では、山形県南陽市において2年連続で水害に見舞われた地区の住民に対して、防災広報の伝わり方や、避難のきっかけになった情報の変化を調査した。避難を決断する理由として、区長や近隣知人の避難勧誘、役所、消防、警察等の戸別訪問が高い割合を占め、次いで、過去に経験のない大雨、避難勧告のエリアメールや電話が契機となっていることが分かった。さらに、応急対応支援支援システムに、河川の水位情報を取り込めるようにするなどのシステムの高度化を行った。
(ウ)サブテーマ「同時多発火災への対応を訓練するためのシミュレーターの開発」では、任意の出火点や風向・風速などに基づいて市街地火災の延焼を予測することが可能なソフトウェアを開発し、システムの高度化を行った(第6-3図)。開発されたシステムは、京都市などの消防本部のシステムに活用されるとともに、自主防災組織が地域の防火力向上のために実施した防災講演会や、地方自治体が実施する地域住民向けの火災リスクへの意識啓発事業に活用された。

第6-3図 火災延焼シミュレーションの動作画面例

(4) 多様化する火災に対する安全確保に関する研究

ア 背景・目的
本研究課題では、東日本大震災で発生したような地震・津波火災、社会環境の変化などにより多様化している火災、再燃火災などに関係する様々な防火安全上の技術的課題を解決することを目指して、次の五つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。
(ア) サブテーマ「東日本大震災における火災分析と防火対策」
a 東日本大震災において発生した火災の発生原因や延焼要因の究明
東日本大震災では、市街地広域火災に拡大した火災や避難所に延焼した火災など、地震・津波火災として重大な問題を含むものが発生しているが、これらの火災の中には、実態がよくわからないものがある。また、津波で浸水した自動車から出火する事例が多数あったことが、目撃談やビデオ映像などからわかっているが、その出火メカニズムは明らかでない。このようなことから、このサブテーマでは、今後の地震・津波火災を防いだり、延焼・拡大を抑えたりするための技術的方策を見いだすため、東日本大震災において発生した火災の発生原因や延焼要因を究明することを目的としている。
b 再生可能エネルギー関連設備・装置の火災危険性把握
環境指向の高まりとともに、太陽光など再生可能エネルギーを利用した家庭内発電装置やメガソーラーなどの発電所の数が増加している。このような再生可能エネルギー関連設備・装置は、東日本大震災における原子力発電所の事故の影響による電力不足や被災地復興のための需要などの要因から今後ますます増えていく可能性がある。しかしながら、太陽光発電装置が設置された住宅における火災の消火活動中に消防隊員が感電するという事案が報告されており、このような太陽光発電装置は消火活動中の危険要因となり得る。このサブテーマでは、太陽光発電装置などの再生可能エネルギー関連設備・装置の火災予防上の安全な使用方法と、そのような設備・装置が設置されている火災現場において、安全に消火活動を行えるようにするための方策を見いだすため、〔1〕設備・装置自体が有する火災危険性と、〔2〕設備・装置が火災に巻き込まれた時に発生する危険性を評価することを目的としている。
(イ) サブテーマ「火災の実態把握と課題抽出」
近年、個室ビデオ店のような消防法令上想定されていなかった新しい業態や建物の使い方の出現、新しい素材や物質などの普及、高齢化の進展、一人暮らし世帯の増加などにより、火災の原因や現象、被害の生じ方も変化している。
このサブテーマでは、火災予防のための施策と啓発活動への反映や、実施すべき新たな研究課題の提起などを通じて、火災による人的・物的被害の軽減につなげられるよう、年々変化する火災の実態を分析し、その傾向・要因を把握することを目的としている。
(ウ) サブテーマ「火災の促進要因と燃焼性状の実験と数値計算による分析」
a 様々な可燃物の燃焼・消火に伴う生成物及び燃焼に伴う諸現象の把握
低反発素材、金属混合樹脂、建物内外の断熱材などの新しい材料・素材の中には、火災時の燃焼性状や燃焼中・消火中の有毒ガス等の危険性など、正確な火災感知・消火、安全な避難、効果的な消防活動にとって必要不可欠な情報が得られていないものがある。このサブテーマでは、こうした可燃物の燃焼・消火に伴う生成物及び燃焼に伴う諸現象を主として実験的に把握することを目的としている。
b 火災に伴って発生する旋風の発生メカニズム・発生条件の解明
大規模市街地火災、林野火災などでは、「火災旋風」と呼ばれる竜巻状の渦が発生して、多くの被害が引き起こされることがあり、首都直下地震においてもその発生が危惧されている。これまでの研究により、火災域の風下に発生する旋風の発生メカニズムや構造が徐々に明らかになってきたが、依然不明な点が多い。そのためこのサブテーマでは、火災域の風下に発生する旋風の発生メカニズム・発生条件の解明に加えて、無風下で発生する火災旋風の発生条件の解明を目的としている。
c コンピュータシミュレーションによる火災再現技術の研究開発
火災の調査や消防用設備の設置の効果の検討を行う目的で、火災実験が行われる場合があるが、そのような実験には大規模な設備が必要である。また、実験の準備・実施には多くの時間、費用が必要であることから、実験条件を変えたいくつものケースについて実験を行うことは困難である。このような火災実験の代わりとなり、かつより効率的な手段として、コンピュータシミュレーションによる火災再現技術が期待されており、その有効性も示されつつある。しかし、そのようなシミュレーションを行うには高価で高性能なコンピュータが必要であるため、消防本部等においては導入しにくい状況にある。このようなことから、このサブテーマでは、パソコンでも火災再現のコンピュータシミュレーションを実施可能にするような高速な計算手法の研究開発を目的としている。
(エ) サブテーマ「生活に密着した建物等での警報伝達手段に関する研究」
住宅用火災警報器や自動火災報知設備が設置されていない小規模店舗が多いアーケード街や市場では、ひとたび出火すると延焼拡大する事例がある。このような火災における安全で確実な避難を可能にする方法として、火災警報を火災が発生した建物の中にいる人のみではなく、その周辺の建物の中にいる人にも伝達することが考えられる。このようなことから、このサブテーマでは、小規模建物群において、住宅用火災警報器により近隣建物に警報を伝達し、共助体勢を構築する技術の開発を目的としている。
(オ) サブテーマ「熱画像を活用した再燃火災の発生防止に関する研究」
火災がいったん鎮火した後に再び燃える再燃火災は、二次的な被害を生じるだけでなく、市民の消防に対する信頼を損なうおそれのある問題であるが、現状では、再燃火災を完全に防止する手法はない。鎮圧後の火災現場において、再燃火災の原因となる壁や天井裏などの構造内の残火を探し出すための手法は、今のところは、目で見て、手で触って温度を確認するなど、消防隊員の感覚や経験に依存している。そこでこのサブテーマでは、再燃火災防止のための技術として赤外線カメラを利用するなどして、消火後の火災現場の温度管理が行えるよう、温度場を定量的に監視・記録できる手法を開発することを目的としている。
イ 平成27年度の主な研究開発成果
(ア) サブテーマ「東日本大震災における火災分析と防火対策」では、再生可能エネルギーのひとつである太陽光発電装置について、太陽電池パネル構成部材の分析及び燃焼時発生ガスに対する化学分析の実施と太陽電池パネルの発電抑制技術の開発を行った。
太陽電池パネルに使用される数種類の樹脂素材を加熱や燃焼させると、可燃性のある酢酸や灯油やガソリンなどの成分である炭化水素などのほかに、フッ化水素などが検出された。フッ化水素は少量でも有害であるため、消防活動時には注意を要することを明らかにした。
消防隊員が消防活動中に感電することや、放電や漏電により再出火することの危険性を排除するために、太陽電池パネルの表面に遮光剤を噴射し定着させて発電を抑制する装置を試作した。消防本部の意見も取り入れ、片手操作ができるノズルであること、遮光剤がパネル表面を流れ落ちないこと、遮光剤タンクを地上置きにしてホースを延長する方式で放射できること等の仕様を実現した(第6-4図)。
第6-4図 試作した遮光剤噴射(背負い式)で遮光剤を噴射している状況

太陽光発電システムの安全性を高める活動として、太陽光発電の直流電気安全基準策定委員会に参加し、「太陽光発電火災発生時の消防活動に関する技術情報」と「太陽光発電の直流電気安全のための手引きと技術情報」を策定した。
(イ) サブテーマ「火災の実態把握と課題抽出」では、社会情勢の変化に留意しつつ分析を行い、住宅火災が減少する中で10棟程度が焼損する小規模な延焼火災の割合が増加していることが判明した。特に、防火地域に指定された密集市街地において、木造住宅から出火した火災による延焼規模が大きくなる傾向があった。2例の小規模延焼火災の現地調査を行ったところ、いずれも火元は木造住宅で高齢者の一人暮らし世帯であり、密集地域のため消防活動も困難であった。今後、超高齢化社会を在宅介護などで地域で支えていくに当たり、地域が引きうける火災リスクについても考慮する必要性を指摘した。
(ウ) サブテーマ「火災の促進要因と燃焼性状の実験と数値計算による分析」
a 「火災に伴って発生する旋風の発生メカニズム・発生条件の解明」では、有風下で風に対する火源の向きが火源風下に発生する旋風のふるまいに与える影響を調べるために、平成26年度まで室内実験を行ったが、平成27年度は引き続きその解析を行った。その結果、燃焼容器の長辺が風と平行な場合、火源内の風下部に火炎を含む旋風が発生するが(第6-5図)、燃焼容器の長辺が風と直交した場合は発生しないことが分かり、その原因について考察した。また、木造密集市街地を模擬した小型の木造住宅19棟を用いた野外実験において、火災旋風の観測を試み、火災周辺気流などの測定も行った。その結果、小規模な火災旋風、上昇気流の大規模な旋回を観察し、火災旋風、旋回気流発生時の気象状況や発生した旋風の速度を求めることができた。

第6-5図 火源内の風下部に発生した火炎を含む旋風 a:上方から撮影.b:側面から撮影.燃料はメタノール.燃料容器は151cm×60cm.
模型木造住宅(床面積3.6m×3.6m)を19棟用いた市街地火災の模擬実験

b 「コンピュータシミュレーションによる火災再現技術の研究開発」では、火災シミュレータを高速に計算処理するために、コンピュータ内のメモリを効率的に使用するプログラムを作成し、処理速度が向上することを確認した。また、平成27年5月に発生した川崎市簡易宿泊所火災の原因調査において、火災シミュレータを活用し、建物玄関から出火することで建物内に拡散していく煙の様子を再現し(第6-6図)、各室の避難経路となる廊下について濃煙熱気により避難限界となる時間が30秒~1分程度と避難行動を取るには非常に短い時間であったことを確認した(第6-7図)。

第6-6図 発災建物内に拡散していく煙の様子(着火30秒後)
第6-7図 廊下中央断面の温度分布

(エ) サブテーマ「生活に密着した建物等での警報伝達手段に関する研究」では、木造市場を対象とした無線連動式住宅用火災警報器による地域警報ネットワーク構築のフィールド実験を継続実施した。また併せて、市場関係者の火災警報の共有等の地域ぐるみの共助体制構築に関するヒアリング調査を行い、無線通信障害による誤作動復旧の負担が大きいことから、複数店舗間での火災警報共有には通信障害の防止策が必要であることや、モデル実験での住警器と消火装置の設置や自店舗での火災対策実施による安心感の向上と過去の市場火災の記憶の希薄化などによる防火意識の変化が見られたことから、防火に対する油断が生じないための工夫が必要である等の知見が得られた。また、新潟県燕市で発生した木密地域火災(平成27年10月)の調査を行い住警器による地域警報ネットワーク普及に資する検討資料の収集を行った。
(オ) サブテーマ「熱画像を活用した再燃火災の発生防止に関する研究」では、再燃着火の危険性が高い、天井裏の木製部材の接合部(木組み)が長時間燃焼した想定での実験を行った。木組みを木材クリブによる裸火で下方から加熱しながら、熱画像カメラ、通常のビデオカメラ、通常のデジタルカメラで観察した(第6-8図)。加熱後、少量の散水を行い、外からは、赤熱する部分が見えず、煙もほとんどでない状態、「鎮圧」とみなせる状態にした(第6-9図)。時間が経過すると、接合部付近から白煙が出始め、その後、接合部から火炎が出るのが見え、再着火した(第6-10図)。外見では残火が見えなくても、熱画像カメラでは、高温の部分を見つけることができた。これまでの実験結果等をまとめ、「赤外線カメラの活用による再燃火災防止のためのガイドライン」を作成した。

第6-8図 実験の様子
第6-9図 「鎮圧」と見なせる状態を実験的につくった様子
第6-10図 再着火の様子

(5) 消防ロボットシステムの研究開発

ア 背景・目的
東日本大震災において、千葉県市原市の石油化学コンビナートで大規模な爆発が発生した。平成24年9月には、兵庫県姫路市において石油化学プラント爆発火災事故が発生し、消防職員1人が殉職し、消防職員を含む36人が負傷した。このように、石油化学コンビナートにおける大規模・特殊な災害時には、消防隊員が災害現場で活動することは危険と隣り合わせで、極めて困難である。しかしながら、災害の拡大を抑制できないと、危険な領域が拡大し、近隣地域へ影響を及ぼす。さらには、石油化学プラントは社会的基盤として重要な施設であるので、災害発生後の復旧の遅れにより、石油化学製品の供給が滞り、市民生活に影響を及ぼすことにもなる。
危険な災害において消防活動を行う手段として、ロボットの利用が考えられる。これまでに研究開発されてきた消防ロボットは、遠隔操縦により稼働し、また、1台で完結しているタイプであった。遠隔操縦によってロボットを稼働させるには、操縦者とロボット間の距離に限度があり、危険な災害においては安全な距離の確保が難しいという問題があった。また、大規模な災害では状況の把握と対応を1台のロボットで対応することは難しかった。
そこで消防庁では、このような災害においても、自律技術により安全な場所からロボットを稼働させることができ、また、複数のロボットが協調連携し大規模災害にも効率的に対応できる消防ロボットシステムを、ドラゴンハイパー・コマンドユニットの資機材として研究開発を進めてきている。
イ 消防ロボットシステムの概要と想定事案
研究開発している消防ロボットシステムの活動イメージが第6-11図である。消防ロボットシステムは、飛行型偵察、走行型偵察、放水砲及びホース延長の計4機のロボットと、指令装置で構成されている。また、コンテナにそれら全てのシステムを収容し搬送する。まず、飛行型偵察ロボットと走行型偵察ロボットが自律的に飛行あるいは走行し、上空及び地上から偵察、放水監視等の情報収集を行う。偵察ロボットからの情報を基に、放水砲ロボット及びホース延長ロボットが連携し、自律的に走行し、放水を行う。放水砲ロボットには、放水及び泡放射するノズルを備え、1分間に4,000リットルの容量を圧力1.0MPaで放射する。災害現場でロボットを稼働させるため、予想できない状況や判断が難しい局面もあると考えられる。そこで、活動の各段階において指令装置から消防隊員に判断を求める。消防隊員は指令装置を介してロボットに指令を送る。なお、全てのロボットは電動としている。偵察ロボットは稼働時間中にバッテリィの交換を行い、ロボットシステム全体として10時間以上の連続稼働を目標としている。
第6-11図 研究開発する消防ロボットシステムの活動イメージ

想定している事案は、延焼拡大阻止のための冷却、発災施設の倒壊防止のための冷却及び一定規模の石油タンク等の火災の抑制・消火活動とした。冷却活動を行う際には、非常に高い放射熱環境下で安定して動作できる必要がある。火炎に最も近接する放水砲ロボットをはじめ各ロボットは、現時点で国内において想定できうる最大の火災に対応できる耐熱性能を有している。

ウ 研究開発の状況
研究開発を平成26年度に開始し、5年計画で進めてきている。まず、平成26年度に設計を行った。
平成27年度には、設計した機構などを部分的に試作し、その性能を検証するとともに、設計を修正した。飛行型偵察ロボットは、研究開発の仕様において風速12mの定常風下で運用可能と指定しており、第6-12図が、その性能検証実験の様子である。実験の結果、飛行制御可能であることが確認された。部分試作した走行型偵察ロボットの走行機構の性能確認試験の様子が第6-13図である。走行型偵察ロボットは走行する路面の状況を探査するためのものであり、路面の状況に応じて車輪及び履帯の2つの走行モードで移動できる。第6-13図は走行型偵察ロボットが車輪走行モードの状態を示している。この部分試作を利用して性能を確認し、平成28年度の単体ロボットの試作への改良等への基礎データを得た。第6-14図は、部分試作した放水砲ロボットの走行機構である。配備後の維持管理をより容易にするために、放水砲ロボット及びホース延長ロボットは同一の走行機構を採用した。放水砲ロボットのノズルについては、泡放射の放射距離を考慮し「セミアスピレート方式」を採用し、企業との共同研究にて、新たに開発を行った。また、小型ノズル(1,500リットル毎分、1.0MPa)を試作し、性能検証実験にてその有効性を確認した。第6-15図はホース延長ロボットのホース繰り出し機構の性能検証実験の状況である。検証実験の結果から、最小回転半径5.0mでの繰り出しが可能と確認できた。また、高放射熱環境下でホースを延長するため、耐放射熱性能の高いホースが必要となり、新たに開発した。自律走行技術の研究開発については、実現可能性を検証するために屋外で自律走行実験を行い、基礎的な技術を確立した。
第6-12図 飛行型ロボットの強風検証実験
走行型ロボットの走行機構
放水砲ロボットの走行機構
第6-15図 ホース繰り出し機構検証実験
エ 今後の研究開発計画
平成28年度は、消防ロボットシステムを構成する各単体ロボットの試作を進めている。高度な機能は備えてないものの、遠隔操縦等で動作させ、その機能を検証する。単体ロボットの遠隔操縦で十分対応可能な災害現場であれば、この試作機を運用可能なレベルで完成させることとしている。さらに平成29年度には、単体試作機での評価結果、「自律」及び「協調連携」という高度なロボット技術を導入した実戦配備型の開発を開始し、平成30年度に完成させる計画である。

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