平成28年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、平成23年度からの5年間を一つの研究期間として、第6-2表に掲げる四つの課題について研究開発を行ってきた。これらの研究内容には、東日本大震災で浮き彫りとなった消防防災の科学技術上の課題や、原子力発電所の事故の影響によるエネルギー事情の変化など、震災後の状況変化を見据えた課題が盛り込まれた。ここでは、各研究課題の背景・目的と、平成27年度に得られた主な研究開発成果について述べる。

第6-2表 消防研究センターにおける平成23年度からの研究開発課題

また、近年増大しつつあるコンビナート事故や、南海トラフ等の大規模地震、大津波といった従来の想定を超える大規模災害に備えるため、新たな消防用ロボットのニーズが高まってきており、平成26年度から災害対応のための消防ロボットの研究開発を実施している。
さらに、平成28年度から新たな5年間の研究開発課題として、今後発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震への対応を念頭に、存在する消防防災の科学技術上の課題を解決するための研究開発を開始している。

(1) 次世代救急車の研究開発

ビッグデータ、G空間情報等の最新技術を救急車や指令運用システムに活用し、現場到着時間・病院収容時間の延伸防止や救急車の交通事故防止を図るため、次の研究開発を行っている。

ア 救急車運用最適化
近年、救急車の現場到着時間・病院収容時間が延伸している。この延伸防止のため、救急車の需要分析(通常時、災害時)、最適ルート分析、傷病者情報分析等により救急車の運用体制を最適化するソフトの開発を目的としている(第6-16図)。また、ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)の技術などを用いて、走行時間短縮の技術開発を行っている。
第6-16図 運用最適化ソフトのイメージ
イ 乗員の安全防護
救急車の交通事故が例年発生しており、これを効果的に防ぐ手立てが必要である。また、万一の衝突時も傷病者等を安全に防護することが必要である。そこで、救急車の走行情報(車車間通信など)を用いた事故防止技術の開発、及び衝突時の安全防護に必要な構造・強度等の安全仕様を作成することを目的としている。

(2) 災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

南海トラフ巨大地震・首都直下地震や台風・ゲリラ豪雨等の災害時における、大規模延焼火災や土砂崩れ等への効果的な消防活動を行うため、次の三つのサブテーマを設け研究開発を行っている。

ア サブテーマ「大規模延焼火災対応」
南海トラフ巨大地震や首都直下地震の事前の被害想定や発生時の活動計画策定に資するため、消防用大規模市街地火災延焼シミュレーションの改良および火災旋風・飛び火に関する研究を行っている。現状のシミュレーションでは火災の拡大に影響を与える土地の傾斜が考慮されておらず、傾斜地を多く有する地域では精度が低いため、これを解決するための改良を行っている(第6-17図)。火災旋風・飛火は大規模火災時の被害拡大要因であるが、いまだ未解明な点があるため、これらを明らかにするための研究を行っている。火災旋風・飛火の出現を左右する火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究も行っている。
第6-17図 シミュレーション画面
イ サブテーマ「災害現場対応の消防車両」
地震や津波によるがれきにより消防車両のタイヤがパンクし、消防活動に支障があることが想定される。そこで、一般の消防車両用の耐パンク性タイヤの研究開発を行うことを目的としている。この研究成果は、災害現場対応の消防車両開発に活用する予定である。
道路上のがれき
ウ サブテーマ「土砂災害対応」
平成26年広島土砂災害、平成28年熊本地震等では、要救助者の位置推定、がれきの取除きに伴う二次崩落のおそれ等から救助に時間を要した。そこで、ドローンなど上空からの画像情報を活用した要救助者の位置推定技術の開発や、救助現場での安全ながれき取除き手法の開発を目的としている。これにより、要救助者の位置の迅速な絞り込みや、救助活動に伴う二次災害の防止を行うことが可能になる。
土砂災害救助活動

(3) 危険物施設の安全性向上に関する研究開発

本研究課題では、南海トラフ巨大地震、首都直下地震等の大地震が切迫している中で、東日本大震災の経験から、地震発生後の早期復旧・復興の実現において、石油タンクなどエネルギー産業施設の強靭化による被害の未然防止、火災等災害発生時の早期鎮圧と徹底した拡大抑止が極めて重要視されていること、火災危険性に関して知見が少ない物質や一旦火災が発生すると消火が困難な物質が普及し、石油コンビナート地域等の危険物施設における火災・爆発事故の発生が後を絶たないなど化学物質に関する防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険物施設の安全性の向上を目指して、次の三つのサブテーマを設けて研究開発を行っている。

ア サブテーマ「石油タンクの入力地震動と地震被害予測の高精度化のための研究」
南海トラフ巨大地震や首都直下地震の発生時には、石油コンビナート地域をはじめとする大型石油タンク立地地点も、極めて大きな短周期地震動及び長周期地震動に見舞われるおそれがあることが予測されており、これらの大きな揺れによる石油タンクへの影響が懸念される。
一方、東日本大震災等過去の地震時の事例は、石油タンクに対する実効性のある地震被害予防・軽減対策や災害拡大防止のための地震時応急対応の基礎となる石油タンクの地震時の被害予測が、現状では十分な精度でできないことを示唆している。
本研究では、石油タンク地震時被害予測の高精度化を目指して、[1]石油タンク被害発生条件と相関の高い短周期地震動の性状を探求するとともに、[2]石油コンビナート地域の長周期地震動特性のピンポイント把握のための実務的手法を開発し、長周期地震動の短距離空間較差をもたらす地下構造中の支配的要因を解明することを目的としている。
イ サブテーマ「泡消火技術の高度化に関する研究」
石油タンク火災や流出油火災時の消火対応としては、泡消火が最も有効であるが、その泡消火過程は、燃料の種類、泡の投入方法、泡消火薬剤の種類、泡性状が関与する極めて複合的な現象であるため、泡消火性能の定量的な評価は、極めて難しく、大規模石油タンク火災等に対する詳細な消火戦術や、より効率的な泡消火技術の開発まで至っていないのが現状である。また、国際的動向により、泡消火時の環境負荷低減も考慮しなければならず、早期火災鎮圧および環境負荷が低いフッ素フリー泡消火薬剤における適切な使用方法等の課題が残されている。
本研究では、これまで検討を続けてきた、フッ素含有およびフッ素フリー泡消火薬剤の泡性状に対する消火効率の検討に加え、石油タンク内の油種の違いや泡の投入方法、また石油タンク火災規模に対する、各消火効率の検討も併せて行い、フッ素フリー泡消火薬剤代替時の泡供給率を定量的に示すことを目的としている。
ウ サブテーマ「化学物質の火災危険性を適正に把握するための研究」
化学物質の火災を予防するためには、多岐に及ぶ化学物質の火災危険性を適正に把握し、火災予防・被害軽減対策を立案しておくことが重要である。しかしながら、消防法等を含む従来の火災危険性評価方法では、加熱分解、燃焼性、蓄熱発火及び混合等に対する危険性評価が困難で不十分な場合がある。
本研究では、化学物質および化学反応について、現在把握できていない火災危険性を明らかにするために、適正な火災危険性評価方法を研究開発することを目的とする。熱量計等を用いて得られる温度及び圧力等を指標として、分解、混合及び蓄熱発火危険性を定量的に評価する方法を検討し、開発する。また、燃焼速度、燃焼熱及び発熱速度等を指標とした燃焼危険性を評価する方法を研究開発する。

(4) 火災予防と火災による被害の軽減に係る研究開発

我が国における火災件数は年間5万件前後で推移し、死者数は年間1,500人を超える被害となっている。火災による被害の軽減のためには、建物からの出火防止や出火建物からの逃げ遅れの対策、特に自力避難困難者の出火建物からの迅速な避難が重要である。これらのことを踏まえ、次の二つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。

ア サブテーマ「火災原因調査の能力向上に資する研究」
効果的に火災を予防するためには、消防機関が火災原因を調査し、その結果を予防対策に反映していくことが必要である。しかしながら、火災現場では経験的な調査要領に基づくことが多く、静電気着火や爆発、化学分析等のように専門的な知見や分析方法を必要とする分野では、消防機関が利用可能な技術マニュアルの整備がなされていない。このことから、有効な火災予防対策が行えるよう、[1]着火性を有する静電気放電の特性の把握、[2]不良部品、不適切な取り扱いによる電気火災発生危険性の分析、[3]火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成、[4]煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定、[5]火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルを作成することを目的とした火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行っている。
イ サブテーマ「火災時における自力避難困難者の安全確保に関する研究」
火災における人的被害を軽減するためには、火災が発生した建物からの迅速な避難が必要であり、特に、自力避難困難者が在館するグループホームなどの施設においては、建物個々の構造や設備、在館者の状態に応じ、きめ細かく避難対策を講じていくことが重要である。これら施設における自力避難困難者の安全確保のために、火災時避難計画の策定に資する避難方法の分析や避難介助行動、避難を補助する機器の開発を目的とした研究開発を行っている。

関連リンク

平成28年版 消防白書(PDF)
平成28年版 消防白書(PDF) 平成28年版 消防白書(一式)  はじめに  特集1 熊本地震の被害と対応  特集2 平成28年8月の台風等の被害と対応  特集3 消防団を中核とした地域防災力の充実強化  特集4 消防における女性消防吏員の活躍推進...
はじめに
はじめに 昨年は、気象庁による震度観測開始以降、初めて震度7を観測した平成7年(1995年)の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)から20年に当たる節目の年でした。そして、本年4月14日には、平成16年の新潟県中越地震、平成23年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に続き、4例目の震度7の地震が熊本...
1.地震の概要
特集1 熊本地震の被害と対応 1.地震の概要 平成28年4月14日21時26分、熊本県熊本地方の深さ11kmを震源として、マグニチュード6.5の地震が発生し、益城町で震度7を観測した(特集1-1表)。 さらに、28時間後の4月16日1時25分、熊本県熊本地方の深さ12kmを震源として、マグニチュード...
2.災害の概要
2.災害の概要 一連の地震により、激しい揺れに見舞われた地域では、多くの建物が倒壊したほか、道路、電気、通信設備等のインフラ施設にも多大な被害が生じた。また、南阿蘇村では、地震の影響により発生した土砂災害によっても、人的被害、住家被害、道路損壊等の甚大な被害が発生した。 さらに、梅雨前線等の影響によ...