令和元年版 消防白書

4.救急業務高度化の推進

(1)救急業務に携わる職員の教育の推進

平成3年(1991年)8月15日に、我が国のプレホスピタル・ケア(救急現場及び搬送途上における応急処置)の充実と救命率の向上を図るため、救急救命士法が施行され、現場に到着した救急隊員が傷病者を病院又は診療所に搬送するまでの間、医師の指示の下に一定の救急救命処置を行うことを業務とする救急救命士の資格制度が新設された。
救急救命士の資格は、消防職員の場合、救急業務に関する講習を修了し、5年又は2,000時間以上救急業務に従事したのち、6か月以上の救急救命士養成課程を修了し、国家試験に合格することにより取得することができる。資格取得後、救急救命士が救急業務に従事するには、病院実習ガイドラインに従い、160時間以上の病院実習を受けることとされており、その後も2年ごとに128時間以上(うち、病院実習は最低でも48時間程度)の再教育を受けることが望ましいとされている。
消防庁としては、都道府県等の消防学校において、応急処置の内容の拡大を踏まえた救急課程の円滑な実施や、救急救命士の着実な養成が行われるよう、諸施策を推進してきている。なお、救急救命士の資格を取得するための教育訓練については、その内容に高度かつ専門的なものが含まれていること、救急医療関係の講師の確保を図る必要があること、教育訓練の効率性を考慮する必要があること等から、救急救命士法の成立を受け、消防機関の救急救命士の養成を目的として全国47都道府県の出資により一般財団法人救急振興財団が平成3年(1991年)に設立され、救急救命士の養成が行われている。
平成30年度には、一般財団法人救急振興財団の救急救命士養成所で794人、指定都市等における救急救命士養成所で397人の消防職員が養成課程を修了し、国家試験を受験した。
救急救命士法の施行から30年近くが経過し、他の救急救命士を指導する人材の育成が図られてきたことを背景に、救急現場という病院内と異なった環境で行う現場活動に関する教育を、経験豊富な救急救命士が行うことで、救急業務の質の向上と国民からの信頼の確保につながるほか、消防本部や医療機関の教育負担軽減に資するという考えから、指導的立場の救急救命士(以下「指導救命士」という。)に求められる役割は高まっている。
平成25年度に消防庁が開催した「救急業務のあり方に関する検討会」において、指導救命士の要件及びその養成に必要な教育カリキュラムを示したことから、平成26年5月から救急救命九州研修所が、同年9月から消防庁消防大学校救急科が、指導救命士として認定を受けるために必要な教育を開始した。また、一部の消防学校において、独自に指導救命士の養成が行われている。
さらに、消防庁では指導救命士の更なる養成の促進と全国的な運用に向けて、カリキュラムをより具体的な教育内容へと展開した全国統一の基準となる「指導救命士の養成に係るテキスト」を平成27年11月に作成した。
そのほか、全国救急隊員シンポジウムや日本臨床救急医学会等の研修・研究機会を通じて、救急隊員の全国的な交流の促進や救急活動技能の向上が図られている。

(2)救急救命士の処置範囲の拡大

救急救命士の処置範囲については、(3)に述べるメディカルコントロール体制の整備を前提とした上で、【処置範囲拡大の経過】〔1〕から〔4〕に示すように、順次拡大されてきた。
直近の救急救命士の処置拡大事例は〔4〕であり、その経緯については、次のとおりである。

  • 平成23年度から、「救急救命士の処置範囲に係る研究」において、傷病者の救命率の向上や後遺症の軽減等を図るため、<1>血糖測定と低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与、<2>重症喘息患者に対する吸入β刺激薬の使用、<3>心肺機能停止前の静脈路確保と輸液、の3行為について、臨床効果、安全性及び実効性に関する検証が、全国129消防本部で実施された。
  • この実証研究における分析・考察の結果、平成25年8月に厚生労働省より公表された「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」の報告書において、3行為のうち、<1>及び<3>については、救急救命士の処置範囲に追加することが適当であるという結論が示された。これを受けて、平成26年4月1日から心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液、血糖測定並びに低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与が、救急救命士の処置範囲に追加された。

【処置範囲拡大の経過】

〔1〕除細動
平成3年の救急救命士法の施行以来、医師の具体的指示の下に救急救命士が実施していた除細動については、平成15年4月から、プロトコルの作成及び普及、講習カリキュラムに沿った必要な講習の実施、プロトコルに沿った処置の実施等に関する事後検証体制の整備など、事前及び事後におけるメディカルコントロール体制の整備を条件に、医師の包括的指示の下で実施することが可能となった。
〔2〕気管挿管
気管挿管については、平成16年7月から、事前及び事後のメディカルコントロール体制の整備を条件に、一定の講習及び病院実習を修了し、認定を受けた救急救命士に認められることとなった。平成31年4月1日現在、救急救命士の資格を有する救急隊員のうち、気管挿管を実施することのできる者は1万5,137人となっている。
また、気管内チューブによる気道確保を実施する場合に、ビデオ硬性挿管用喉頭鏡を使用すると、気道確保の安全性や確実性が高まることから、平成23年8月より、一定の講習及び病院実習を修了し、認定を受けた救急救命士はビデオ硬性挿管用喉頭鏡の使用が可能となっており、今後も、地域メディカルコントロール協議会等で運用について検討されることが期待されている。平成31年4月1日現在、救急救命士の資格を有する救急隊員のうち、ビデオ硬性挿管用喉頭鏡を実施することのできる者は5,480人となっている。
〔3〕薬剤投与(アドレナリン)
薬剤投与については、平成18年4月から、事前及び事後のメディカルコントロール体制の整備を条件に、一定の講習及び病院実習を修了し、認定を受けた救急救命士に認められることとなった。平成31年4月1日現在、救急救命士の資格を有する救急隊員のうち、薬剤投与(アドレナリン)を実施することのできる者は2万6,230人となっている。
さらに、平成21年3月から、アナフィラキシーショックにより生命が危険な状態にある傷病者があらかじめ自己注射が可能なアドレナリン製剤を処方されている者であった場合には、救急救命士がアドレナリンの投与を行うことが可能となった。
〔4〕心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液、血糖測定並びにブドウ糖溶液の投与
心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液、血糖測定並びに低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与については、平成26年4月から、事前及び事後におけるメディカルコントロール体制の整備を条件に、一定の講習を受講し、認定を受けた救急救命士に認められることとなった。平成31年4月1日現在、救急救命士の資格を有する救急隊員のうち、心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液を実施することのできる者は2万2,891人、血糖測定並びにブドウ糖溶液の投与を実施することができる者は2万2,924人となっている。

(3)メディカルコントロール体制の充実

プレホスピタル・ケアにおけるメディカルコントロール体制とは、医学的観点から救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を保証する仕組みをいう。具体的には、消防機関と医療機関との連携によって、〔1〕医学的根拠に基づく、地域の特性に応じた各種プロトコルを作成し、〔2〕救急隊が救急現場等から常時、迅速に医師に指示、指導・助言を要請することができ、〔3〕実施した救急活動について、医師により医学的・客観的な事後検証が行われるとともに、その結果がフィードバックされ、〔4〕再教育等が行われる体制をいうものである。消防機関と医療機関等との協議の場であるメディカルコントロール協議会は、各都道府県単位及び各地域単位で設置されており、令和元年8月1日現在において、各地域単位のメディカルコントロール協議会数は251となっている。メディカルコントロール協議会においては、事後検証等により、救急業務の質的向上に積極的に取り組んでおり、救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を向上させ、救急救命士の処置範囲の拡大など救急業務の高度化を図るためには、今後もメディカルコントロール体制のより一層の充実強化が必要である。
なお、消防庁においては、厚生労働省とともに、全国のメディカルコントロール協議会の充実強化、全国の関係者間での情報共有等を目的として、平成19年5月に設置された「全国メディカルコントロール協議会連絡会」を定期的に開催している。
また、平成21年に改正された消防法に基づく、実施基準に関する法定協議会について、メディカルコントロール協議会の活用も可能となっている。
さらに、昨今、メディカルコントロール協議会に求められる役割は多様化してきている。例えば、高齢者の救急要請が増加する中、救急隊が傷病者の家族等から心肺蘇生の中止を求められる事案が生じている。こういった背景を踏まえ、「平成30年度救急業務のあり方に関する検討会」において「傷病者の意思に沿った救急現場における心肺蘇生の実施に関する検討部会」を設置の上、消防本部等の取組状況の実態調査、課題の整理及び検討を行った。検討部会においては、有識者から、救急現場等で、傷病者の家族等から、傷病者本人は心肺蘇生を望んでいないと伝えられる事案について、「本人の生き方・逝き方は尊重されていくもの」という基本認識が示された。そして、救急現場等は、千差万別な状況であることに加え、緊急の場面であり、多くの場合医師の臨場はなく、通常救急隊には事前に傷病者の意思は共有されていないなど時間的情報的な制約があるため、今後、事案の実態を明らかにしていくとともに、各地での検証を通じた、事案の集積による、救急隊の対応についての知見の蓄積が必要であると結論付けた。検討部会の中では、メディカルコントロール協議会等の場を利用し、十分に議論した上で、かかりつけ医等と連絡し、心肺蘇生中止の指示を受けた場合、心肺蘇生を中止する方針としている地域の事例も紹介され、改めてメディカルコントロール協議会の果たす役割が非常に重要であることが認識された。

(4)救急蘇生統計(ウツタインデータ)の活用

我が国では、平成17年1月から全国の消防本部で一斉にウツタイン様式*10 を導入しているが、全国統一的な導入は世界初であり、先進的な取組となっている。消防庁では、ウツタイン様式による調査結果をオンラインで集計・分析するためのシステムも運用しており、平成17年から平成30年までの14年分のデータが蓄積されている。このデータの蓄積が適切かつ有効に活用されるよう、申請に基づき、関係学会等にデータを提供しており、救命率向上のための方策や体制の構築等に活用されている。
なお、従来、ウツタイン様式については、「ウツタイン統計」及び「心肺機能停止傷病者の救命率等の状況」として公表していたが、救急搬送された心肺機能停止傷病者に関する統計であることをより分かりやすくするため、平成21年から「救急蘇生統計」へと名称の変更を行っている。

*10 ウツタイン様式:心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(1か月後の生存率等)を記録するための調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際会議において提唱され、世界的に推奨されているものである。

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