令和元年版 消防白書

特集1 最近の大規模自然災害への対応及び消防防災体制の整備

1.令和元年8月の前線に伴う大雨の被害と対応

(1)災害の概要

ア 気象の状況

令和元年8月26日に華中から九州南部を通って日本の南にのびていた前線は、27日に北上し、29日にかけて対馬海峡付近から東日本に停滞した。また、この前線に向かって暖かく非常に湿った空気が流れ込んだ影響等により、東シナ海から九州北部地方にかけて発達した雨雲が次々と発生し、線状降水帯が形成・維持された。
これにより、九州北部地方では同月26日から29日までの総降水量が長崎県平戸市で626.5ミリ、佐賀県唐津市で533.0ミリに達するなど、8月の月降水量の平年値の2倍を超える大雨となったところがあった(特集1-1、1-2図)。特に、福岡県及び佐賀県では、3時間及び6時間降水量が観測史上1位の値を更新する地域があるなど、記録的な大雨となった。
この大雨に関し、気象庁は、同月28日5時50分に福岡県、佐賀県及び長崎県に大雨特別警報を発表し、最大級の警戒を呼びかけた。

特集1-1図 1時間降水量(解析雨量)(期間:8月28日0時~9時)

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特集1-1図 1時間降水量(解析雨量)(期間:8月28日0時~9時)

(備考)気象庁提供

特集1-2図 期間降水量分布図(期間:8月26日0時~29日24時)

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特集1-2図 期間降水量分布図(期間:8月26日0時~29日24時)

(備考)気象庁提供

焼き入れ油が流出した佐賀県大町町(熊本県防災消防航空隊提供)
焼き入れ油が流出した佐賀県大町町
(熊本県防災消防航空隊提供)
イ 被害の状況

この記録的な大雨により、各地で河川の氾濫、浸水や土砂崩れ等が発生し、佐賀県を中心に4人の死者のほか、6,600棟を超える住家被害が発生するなど甚大な被害となった。
この大雨により九州北部の多くの市町村において、避難指示(緊急)及び避難勧告等が発令され、ピーク時における避難者数が5,400人超に達した。
また、停電、断水等ライフラインへの被害や鉄道の運休等の交通障害が発生した。
このほか、佐賀県大町町の鉄工所において、河川の氾濫により、鉄工所内の金属加工用装置のオイルピットから大量の焼き入れ油が流出し、下流域に広く拡散するなど、住民生活に大きな支障が生じた。
なお、今回の大雨による各地の被害状況は、特集1-1表のとおりである。

特集1-1表 被害状況(人的・建物被害)
(令和元年12月5日現在)

特集1-1表 被害状況(人的・建物被害)

(備考)「消防庁とりまとめ報」により作成

(2)政府の主な動き及び消防機関等の活動

ア 政府の主な動き

政府においては、出水期を迎えるに際し、5月20日に「令和元年出水期の大雨」に関して官邸内に情報連絡室を設置し警戒に努めてきたが、大雨による警戒を強化するため、8月28日、「令和元年8月の前線に伴う大雨」に関する官邸対策室を設置した。
また、同日、内閣総理大臣から関係省庁に対し、<1>国民に対し、避難や大雨・河川の状況等に関する情報提供を適時的確に行うこと、<2>地方自治体とも緊密に連携し、浸水が想定される地区の住民の避難が確実に行われるよう、避難支援等の事前対策に万全を期すこと、<3>被害が発生した場合は、被害状況を迅速に把握するとともに、人命最優先で、政府一体となって災害応急対策に全力で取り組むこと、との指示が出された。
これを受け、同月28日、29日及び30日に関係閣僚会議が開催され、政府一体となった災害対応が進められた。
これらの対応と並行して、被災地の状況を把握するため、同月31日に内閣府特命担当大臣(防災)を団長とする政府調査団が佐賀県を訪問し、被災現場を視察した。
また、「令和元年八月十三日から九月二十四日までの間の暴風雨及び豪雨による災害」(令和元年8月から9月の前線等に伴う大雨(台風第10号、第13号、第15号及び第17号の暴風雨を含む。))を激甚災害に指定(10月11日閣議決定、10月17日公布・施行)し、激甚災害に対処するための特別の財政援助等の対策を講じることとされた。
このほか、「被災市区町村応援職員確保システム*1」に基づく被災自治体への応援職員の派遣が行われ、総務省職員を佐賀県に派遣して情報収集を行ったうえで、8月30日から佐賀県大町町の災害マネジメントを支援するため、大分県及び熊本県からなる延べ21人の総括支援チーム*2を派遣し、災害対策本部の運営支援等を行った。

イ 消防庁の対応

消防庁においては、記録的な大雨により、重大な災害の起こるおそれが著しく高まったことから、8月28日5時41分に国民保護・防災部長を長とする消防庁災害対策本部を設置(第2次応急体制)し、さらに、同日7時00分には消防庁長官を長とする消防庁災害対策本部へ改組(第3次応急体制)し、全庁を挙げて災害応急対応にあたった。
対応にあたっては、被災自治体から緊急消防援助隊*3の派遣要請があることを想定し、事前に関係県に対して出動準備を依頼したうえで、消防庁長官は、同日、熊本県知事に対して、佐賀県への緊急消防援助隊の出動を求めた(緊急消防援助隊の活動等の詳細については、オに記載)。
あわせて、被災自治体の災害対応を支援するとともに、緊急消防援助隊の円滑な活動調整、さらには政府の災害対応に必要となる情報を収集するため、同日、佐賀県及び杵藤(きとう)地区広域市町村圏組合消防本部にそれぞれ消防庁職員2人を派遣した。
このほか、同月31日に政府調査団の一員として消防庁の職員を佐賀県へ派遣した。
また、石油等の危険物を取り扱う全国の関係事業者に対し「危険物施設における風水害対策の徹底について」(令和元年8月29日付け消防危第124号消防庁危険物保安室長通知)を発出して、各危険物施設における風水害対策を徹底するよう周知した。

ウ 被災自治体の対応

この大雨により、三重県、広島県、福岡県及び佐賀県に災害対策本部が設置され、甚大な被害に見舞われた佐賀県から自衛隊に対し災害派遣が要請されるとともに、緊急消防援助隊の応援が要請された。
また、被災市町村では、住民に対し、大雨による家屋の浸水や土砂災害への警戒を促すとともに、順次、避難指示(緊急)及び避難勧告等を発令し、早期の避難を呼びかけた。
このほか、佐賀県においては、20市町に対し、災害救助法の適用を決定するとともに、3市町に対し、被災者生活再建支援法の適用を決定した。

エ 消防本部及び消防団の対応

(ア)消防本部
河川の氾濫や土砂災害等の発生により、福岡県及び佐賀県の被災地域を管轄する消防本部には多数の119番通報が入電し、直ちに救助・救急等の活動にあたったほか、福岡県及び長崎県では被害状況を把握するため、消防防災ヘリコプターによる情報収集活動を行った。
また、佐賀県の被災地域では、地元消防本部が、消防団や県内消防本部からの応援隊と協力し、450人を救助するとともに、浸水地域での戸別訪問による安否確認や鉄工所から流出した油の除去活動を行った。

救命ボートを活用した救助活動(杵藤地区広域市町村圏組合消防本部提供)
救命ボートを活用した救助活動
(杵藤地区広域市町村圏組合消防本部提供)
鉄工所から流出した焼き入れ油の除去活動(杵藤地区広域市町村圏組合消防本部提供)
鉄工所から流出した焼き入れ油の除去活動
(杵藤地区広域市町村圏組合消防本部提供)

(イ)消防団
福岡県や佐賀県内の市町村をはじめ、甚大な被害に見舞われた多くの市町村において、消防団は、大雨に備え、住民に対して早期の避難を呼びかけるとともに、家屋等の浸水を防止するための土のう積み等を実施した。また、ボートによる救助活動や住民の避難誘導等を実施したほか、用水路等に流入した土砂等の除去活動、動力消防ポンプによる排水活動等を実施した。

動力消防ポンプによる排水活動(佐賀県白石町消防団提供)
動力消防ポンプによる排水活動
(佐賀県白石町消防団提供)
オ 緊急消防援助隊

8月28日に佐賀県知事からの要請に基づき、消防庁長官から出動の求め*4を受けた緊急消防援助隊(熊本県大隊及び航空小隊)は、武雄市等に向けて出動した。
熊本県大隊は、8月29日、武雄市内の浸水していた地域において、警察や自衛隊、地元消防団と連携して安否確認を実施するとともに、隣接の大町町内の浸水している地域において孤立者の救助活動を実施した。同日武雄市内での活動がおおむね終了したが、大町町では一部地域が依然浸水しており、鉄工所から広範囲に流出した焼き入れ油が排水活動の妨げになっていた。そのため、翌30日には、自衛隊、地元消防本部及び県内消防本部からの応援隊と連携して流出した焼き入れ油の除去活動を実施した。同日夕方には水位が下がり、大町町内の孤立地域は解消したため、熊本県大隊は活動を終了した。
広範囲に浸水した地域においては、上空からの情報収集のためのドローンや水陸両用バギー、救命ボート等も活用した。
航空小隊は、8月28日、関係職員を同乗させ、上空からの被災状況に関する情報収集活動を実施するとともに、ヘリサットシステム*5を活用して消防庁等に最新の情報を提供した。
緊急消防援助隊は8月28日から31日までの4日間にわたり活動し、出動隊の総数*6は43隊、146人(延べ活動数*7172隊、583人)となった。この活動により11人を救助した。

現場指揮所(熊本市消防局提供)
現場指揮所
(熊本市消防局提供)
孤立者の救助活動
孤立者の救助活動
焼き入れ油除去活動
焼き入れ油除去活動
ドローンによる情報収集活動
ドローンによる情報収集活動
消防防災ヘリコプターによる上空からの情報収集活動(熊本県防災消防航空隊提供)
消防防災ヘリコプターによる
上空からの情報収集活動
(熊本県防災消防航空隊提供)

*1 被災市区町村応援職員確保システム:大規模災害時に全国の地方公共団体の人的資源を最大限に活用して被災市区町村を支援するための全国一元的な応援職員の派遣の仕組みであり、その運用に当たっては、本システムにおける関係機関である、地方公共団体、地方三団体(全国知事会、全国市長会、全国町村会)、指定都市市長会、内閣府及び消防庁と総務省とが協力して実施することとしている。
*2 総括支援チーム:被災市区町村が行う災害マネジメントを総括的に支援するために、地方公共団体が災害マネジメント総括支援員(地方公共団体が応援職員として派遣する者として、総務省が管理する名簿に登録されている者)及び災害マネジメント支援員(災害マネジメント総括支援員の補佐を行うために、地方公共団体が応援職員として派遣する者として、総務省が管理する名簿に登録されている者)等で編成し、被災市区町村に派遣するチーム
*3 緊急消防援助隊:第2章第8節2を参照
*4 消防庁長官による出動の求め:消防組織法第44条第1項、第2項又は第4項の規定に基づき、消防庁長官から災害発生市町村の属する都道府県以外の都道府県知事又は当該都道府県内の市町村長に対し緊急消防援助隊の出動のための必要な措置を求めること。
*5 ヘリサットシステム:第2章第10節2を参照
*6 出動隊の総数:出動した隊数・隊員数の実総数
*7 延べ活動数:日毎の活動した隊数・隊員数を活動期間中累計した数

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