令和2年版 消防白書

[震災対策の現況]

1.震災対策の概要

消防庁では、東海地震、南海トラフ地震、首都直下地震及び日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る特別措置法や「大規模地震防災・減災対策大綱」(第1-6-4表)等に基づき、震災対策に係る国と地方公共団体及び地方公共団体相互間の連絡、地域防災計画及び地震防災強化計画等に関する助言、防災訓練の実施、防災知識の普及啓発、震災対策に関する調査研究等を行っているほか、緊急消防援助隊の充実強化、地方公共団体における防災基盤の整備及び公共施設等の耐震化を推進している。

第1-6-4表 大規模地震対策の概要

第1-6-4表 大規模地震対策の概要

(1)南海トラフ地震対策

東海地震については、従前は、事前の予知の可能性があるとされていたことから、昭和53年(1978年)12月に施行された大規模地震対策特別措置法に基づき、東海地域を中心とする1都7県157市町村(令和2年4月1日現在)が「地震防災対策強化地域」として指定され、地震による被害の軽減を図るため、東海地震の予知情報が出された場合の地震防災体制の整備が進められてきた。
また、東海地震が発生するおそれがあると認められ、内閣総理大臣により警戒宣言が発せられた場合には、国、地方公共団体をはじめ各主体は事前に各種計画に定めた地震防災応急対策を実施することとされてきた。
しかし、中央防災会議の下に設置された「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ」の平成29年9月の報告において、「現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はなく、大規模地震対策特別措置法に基づく現行の地震防災応急対策は改める必要がある。一方で、現在の科学的知見を防災対応に活かしていくという視点は引き続き重要であり、異常な現象を評価し、どのような防災対応を行うことが適切か、本ワーキンググループの検討結果を踏まえて、地方公共団体や企業等と合意形成を行いつつ検討していくことが必要である。」とされた。
一方、南海トラフ*1沿いの地域では、ここを震源域として100年から150年間隔で大規模地震が繰り返し発生しており、近年では、昭和19年(1944年)に昭和東南海地震、昭和21年(1946年)に昭和南海地震が発生している。前回の地震から既に70年以上が経過していることから、東海地震のみならず南海トラフ沿いの地域全体で大規模地震の発生可能性が高まってきている(第1-6-1図)*2
南海トラフ地震により著しい被害が発生する可能性があるため、南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法に基づいて「南海トラフ地震防災対策推進地域」として1都2府26県707市町村(令和2年4月1日現在)が指定され、また、推進地域のうち、津波避難対策を特別に強化すべき地域を「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」として1都13県139市町村(令和2年4月1日現在)が指定され、地震防災対策の強化が図られている。
平成27年3月に、「南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画」が策定され、国が実施する応急対策に係る緊急輸送ルート、救助・救急、消火活動等に関する活動内容が具体的に定められた。
これを受け消防庁では、平成28年3月に「南海トラフ地震における緊急消防援助隊アクションプラン」を策定し、南海トラフ地震が発生した場合の緊急消防援助隊に係る消防庁、都道府県及び消防本部の対応や緊急消防援助隊の運用方針等を定めた。平成30年には中央防災会議防災対策実行会議の下に「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」が設置され、南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合の防災対応の在り方、防災対応を実行するに当たっての仕組み等について検討を行い、南海トラフの想定震源域及びその周辺でマグニチュード6.8程度以上の地震が発生した場合、又はプレート境界面で通常とは異なるゆっくりすべり等が発生した場合、気象庁において、その異常な現象に対する調査を開始し、大規模地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まったと評価された際には、「半割れケース」等の各ケースに応じた防災対応をとること等を内容とする報告書が取りまとめられた。
これを踏まえ、気象庁では、上記のように評価された際に「南海トラフ地震臨時情報」を発表することとし、また、令和元年5月に開催された中央防災会議において、同情報が発表された場合の対策等を盛り込んだ「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」の変更が行われた。これに基づき、地方公共団体等では、地域住民の避難行動の在り方等、防災対応の検討が引き続き進められている。

第1-6-1図 南海トラフ沿いで過去に発生した地震

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第1-6-1図 南海トラフ沿いで過去に発生した地震

・白鳳(天武)地震(648年)以降の地震を示している。
・図中で表した数字は、地震の発生間隔(年)を示す。
・震源域の地形の境界(都井岬、足摺岬、室戸岬、潮岬、大王崎、御前崎、富士川)で東西方向に区切っている。
・黒の縦棒は、南海と東海の地震が時間差(数年以内)をおいて発生したことを示す。
出典「南海トラフの地震活動の長期評価」(第二版)(地震調査研究推進本部)

(2)首都直下地震対策

首都地域は、人口や建築物が密集するとともに、我が国の経済・社会・行政等の諸中枢機能が高度に集積している地域であり、過去にもマグニチュード7クラスの地震や相模トラフ*3沿いのマグニチュード8クラスの大規模な地震が発生している*4(第1-6-2図)。こうした大規模な地震が発生した場合には、被害が甚大となり、かつ影響が広域に及ぶものとなるおそれがある。
このため、首都直下地震対策特別措置法に基づき、首都直下地震により著しい被害が生じるおそれがあるため緊急に地震防災対策を推進する必要がある区域を「首都直下地震緊急対策区域」として1都9県309市区町村(令和2年4月1日時点)が指定されている。
さらに、同法に基づき、首都中枢機能の維持及び滞在者等の安全確保を図るべき地区を「首都中枢機能維持基盤整備等地区」として千代田区、中央区、港区及び新宿区(令和2年4月1日時点)が指定されている。
平成27年3月には、同法に基づき策定された「緊急対策推進基本計画」について、今後10年間で達成すべき減災目標及び目標を達成するための施策の具体目標を設定する変更を行った。
また、平成28年3月には、「首都直下地震における具体的な応急対策活動に関する計画」が策定され、国が実施する応急対策に係る緊急輸送ルート、救助・救急、消火活動等に関する活動内容が具体的に定められた。
これを受け消防庁では、平成29年3月に「首都直下地震における緊急消防援助隊アクションプラン」を策定し、首都直下地震が発生した場合の緊急消防援助隊に係る消防庁、都道府県及び消防本部の対応や緊急消防援助隊の運用方針等を定めた。

第1-6-2図 この400年間における南関東の大きな地震

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第1-6-2図 この400年間における南関東の大きな地震

(3)日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震対策

日本海溝・千島海溝周辺では、過去に大津波を伴う地震が多数発生しており、東日本大震災もこの領域で発生している。日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策の推進に関する特別措置法に基づき、地震防災対策を推進する必要がある地域を「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進地域」として1道4県117市町村(令和2年4月1日現在)が指定され、対策の強化が図られている。
日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震については、中央防災会議防災対策実行会議の下に令和2年4月に設置された「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討ワーキンググループ」において、日本海溝・千島海溝で想定すべき最大クラスの地震・津波に対する被害想定、防災対策について検討されているところである。

(4)中部圏・近畿圏直下地震対策

中部圏・近畿圏の内陸には多くの活断層があり、次の東南海・南海地震の発生に向けて、中部圏及び近畿圏を含む広い範囲で地震活動が活発化する可能性が高い活動期に入ったと考えられるとの指摘もある。この地域の市街地は府県境界を越えて広域化しており、大規模な地震が発生した場合、甚大かつ広範な被害が発生する可能性がある。

(5)その他の対策

ア 防災基盤の整備と耐震化の推進

平成7年(1995年)1月に発生した阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて制定された地震防災対策特別措置法に基づき、全ての都道府県において「地震防災緊急事業五箇年計画」が作成され、同計画に基づき、避難地、避難路、消防用施設、緊急輸送道路の整備、社会福祉施設・公立小中学校等の耐震化、老朽住宅密集市街地対策等が実施されてきている。同計画は、第1次地震防災緊急事業五箇年計画(平成8年度(1996年度)~平成12年度(2000年度))から第5次地震防災緊急事業五箇年計画(平成28年度~令和2年度)と策定され、防災基盤の整備に向けた事業への積極的な取組が続けられている。
消防庁では、大規模地震発生時に、避難所や災害対策の拠点となる公共施設等について、地方単独事業として行われる耐震改修事業に対し、地方債と地方交付税による財政措置を講じている。特に、地方公共団体が緊急に防災・減災に取り組む事業に対しては、「緊急防災・減災事業債」(起債充当率100%、交付税措置率70%)による財政措置を講じている。

イ 消防力の充実強化

(ア)耐震性貯水槽の整備
大規模地震発生時には、地震動による配水管の破損、水道施設の機能喪失等により消火栓が使用不能となることが想定され、消火活動に大きな支障を生ずることが予測される。このため、消防庁では、地震が発生しても消防水利が適切に確保されるよう、国庫補助による耐震性貯水槽の整備を進めているところであり、令和2年4月1日現在、全国で、12万50基が整備されている。
(イ)震災対策のための消防用施設等の整備の強化
地震防災対策強化地域における防災施設等の整備や地震防災緊急事業五箇年計画に基づく防災施設等の整備については、国の財政上の特例措置が講じられている。また、地方単独事業についても地方債と地方交付税による財政措置を講ずることにより地方公共団体の財政負担の軽減が図られてきた。大規模地震発生後における防災活動が迅速かつ的確に行われ震災被害を最小限に抑えるためには、今後とも中・長期的な整備目標等に基づき、より一層の消防防災施設等の整備促進を図っていくことが必要である。

ウ 津波対策の推進

我が国においては、地震とそれに伴い発生する津波によって、過去に大きな被害が生じており、東日本大震災においても津波によって甚大な被害が発生した。
実効性のある津波避難対策を実施するためには、都道府県が津波浸水想定区域図を作成することが必要であり、また、それに基づき、市町村が避難対象地域の指定、緊急避難場所等の指定、避難指示(緊急)等の情報伝達、避難誘導等を定める必要がある。
消防庁では、地方公共団体における津波避難の取組を推進するため、都道府県が作成すべき「市町村における津波避難計画策定指針」や市町村が住民と一緒になって行う「地域ごとの津波避難計画策定マニュアル」を示す「津波避難対策推進マニュアル検討会報告書」を地方公共団体に通知する(平成25年3月)など、市町村における津波避難対策を促進している。
また、市町村における津波避難計画の策定状況の調査結果の公表と併せて、未策定団体において早期に計画を策定するよう要請したほか、市町村における津波避難対策の参考事例とするため、地域ごとの津波避難計画の作成事例等を収集し周知した(平成31年3月)。
さらに、地方公共団体が整備する津波避難タワーや、住民の避難経路となる避難路・避難階段の整備、浸水想定区域内からの公共施設等の移転などに係る地方単独事業に要する経費について緊急防災・減災事業債等と地方交付税による財政措置を講じている。

エ 地域防災計画(震災対策編)の作成・見直しへの取組

地震災害は地震動による建築物の損壊のみならず、津波、火災、山崩れ等による二次的災害も含んだ複合的な災害であり、被害も広範囲に及ぶという特性を有するものであるため、地域防災計画において、他の災害とは区分して「震災対策編」等として独立した総合的な計画を作成しておく必要がある。
また、地域防災計画の作成・見直しについては、被害想定に基づく防災体制の見直しや、近隣地方公共団体における計画との整合性に留意するとともに、職員参集・配備基準をはじめ各種応急体制の整備・充実、災害時における職員の役割や関係機関等との連絡体制等を明確にするなど、地域防災計画の実効性向上に努めることが重要である。

*1 南海トラフ:駿河湾から遠州灘、熊野灘、紀伊半島の南側の海域及び土佐湾を経て日向灘沖までのフィリピン海プレート及びユーラシアプレートが接する海底の溝状の地形を形成する区域
*2 地震調査研究推進本部の地震調査委員会によると、マグニチュード8~マグニチュード9クラスの南海トラフの地震が今後30年以内に発生する確率は、70~80%程度となっている。なお、マグニチュード9クラスの地震の発生頻度は、100~200年の間隔で繰り返し起きている大地震に比べ、一桁以上低いとされている。
*3 相模トラフ:房総半島沖から相模湾にかけて海底に横たわる細長い凹地
*4 地震調査研究推進本部の地震調査委員会によると、南関東でのマグニチュード7程度の地震が今後30年以内に発生する確率は、70%程度となっている。

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