平成26年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、平成23年度からの5年間を一つの研究期間として、第6-2表に掲げる四つの課題について研究開発を行っている。これらの研究内容には、東日本大震災で浮き彫りとなった消防防災の科学技術上の課題や、原子力発電所の事故の影響によるエネルギー事情の変化など、震災後の状況変化を見据えた課題も盛り込んでいる。ここでは、各研究課題の背景・目的と、平成25年度1年間に得られた主な研究開発成果について述べる。

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また、近年増大しつつあるコンビナート事故や、南海トラフ等の大規模地震、大津波といった従来の想定を超える大規模災害に備えるため、新たな消防用ロボットのニーズが高まってきており、平成26年度からの研究開始に向けて準備を開始した。

(1) 消防活動の安全確保のための研究開発

ア 背景・目的

本研究課題では、消防活動により一人でも多くの命を救うことができるよう、安全かつ効果的な消防活動を実現する上での技術的課題の解決を目指して、次の四つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。

平成9年(1997年)以降の消火活動中の消防職員の受傷等の状況をみると、平均して一年間に約2名が殉職し、約300名が負傷しており、消火活動には依然として高い危険が伴うことを示している。また、近年の省エネルギー指向の建物は、可燃性のプラスチック断熱材等を使用していること及び高い気密性を有していることから消火活動中に急激に火勢が拡大することがあり、このような建物の増加により、今後、消火活動における危険性は更に高まるおそれがある。このサブテーマでは、これまでの消防防護服に関する研究開発成果を踏まえて、消防隊員が消防ヘルメット等を含めた防護装備を着用した状況の下で、その防護装備全体に求められる安全性能を明らかにするとともに、より安全かつ効果的に消火活動を実施できるようにするための活動基準を考案することを目指している。

東日本大震災では、津波で浸水した地域に消防隊員が進入することが極めて困難であったことなどから、津波浸水域における消火・救助活動が難航した。このため、今後我が国に起こり得る大震災への備えとして、津波浸水域にも進入できる消防用車両等や津波浸水域における要救助者を速やかに発見する技術などが必要と考えられる。このサブテーマでは、〔1〕津波で浸水し、がれきが堆積しているような地域においても、消火・救助活動を安全かつ円滑に実施することを可能とする消防用車両等が有すべき機能・性能を具体的に示すこと、〔2〕要救助者を速やかに発見するため、無人ヘリコプター等により周囲の状況を把握する技術を開発することを目指している。

豪雨や地震を契機としたがけ崩れは、我が国では避けることのできない災害であり、万一の生き埋め者の発生に備えることは重要である。がけ崩れによる生き埋め者の救助活動では、更なるがけ崩れが起きて救助活動を行う者に二次災害が生じるおそれの有無に注意する必要がある。現在、がけ崩れの前兆があるかどうかを素早くかつ広い範囲にわたって監視する方法はない。このため、このサブテーマでは、無人ヘリコプター等を活用してがけの変形を素早く広範囲に監視するシステムの開発を目指している。

救急活動において使用中のAEDに不具合と疑われるような動作が生じる事例が相次いで発生している。平成21年度に行われた全国メディカルコントロール協議会連絡会の調査の結果によると、平成19年から21年までの3年間に328件の不具合が報告されており、その後も同様の事例が発生している。このサブテーマでは、救急活動を確実に行い、救える命を救えるようにするため、AEDの動作の不具合の要因を調査分析し、対応策の考案を目指している。

イ 平成25年度の主な研究開発成果

サブテーマ「消防ヘルメット等の装備及び個人防護技術の研究」では、消防ヘルメットや防火服の素材、形状、厚みなどの違いにより、火災による熱の伝わりやすさを予測するソフトウェアを開発した。
サブテーマ「津波浸水域における消防活動用車両等の研究」では、平成24年度に開発したプロトタイプ車両(第6-1図)をベースに実用化にむけて仕様検討を行い、浸水域での波対策、がれき集積領域でのパンク対策を講じた試作機作製を行った。また、偵察用の無人ヘリコプターの飛行実験(第6-2図、第6-3図)を行い、無線装置の信頼性向上や持ち運びや離着陸を容易にするための機体形状の変更などを行った。

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サブテーマ「がけ崩れでの活動における二次災害防止機器の研究」では、無人ヘリコプターの大きな振動下においても、がけの変形を監視できる実用的な計測精度を確保するための計測側のソフトウェアの開発を行った。

(2) 危険性物質と危険物施設の安全性向上に関する研究

ア 背景・目的

本研究課題では、東日本大震災において石油類等の危険物の貯蔵・取扱いを行う危険物施設が津波や地震動で多数被災したこと、我が国では今後もなお大地震の発生が危惧されていること、環境保護への取組が進められる中で、火災危険性がよくわからない物質やいったん火災が発生すると消火が困難な物質が普及するなど防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険性物質と危険物施設の安全性の向上を目指して、次の四つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。

東日本大震災では、数多くの石油タンクや配管が津波で押し流されたり、損傷したりする甚大な被害が発生した。このような石油タンク等危険物施設の大規模な津波被害は、我が国では初めてのことである。また、危険物の大量流出や火災には至らなかったものの、地震動の影響で石油タンクが損傷する被害も発生した。
地震・津波発生時の危険物施設の健全性の確保は、被害拡大の視点からのみならず、被災地における災害救助活動、避難生活に必要となる石油類等エネルギーの供給維持にも不可欠であることが、東日本大震災でも示された。石油タンク等危険物施設の津波・地震動被害の予防・軽減対策の確立は、南海トラフ地震や首都直下地震等の発生が危惧されている状況の中で、なお一層その重要性を増している。
このようなことから、サブテーマ「石油タンクの津波による損傷メカニズム及び発生防止策の研究」では、津波による石油タンクの被害発生メカニズムの解明、それに基づく被害予防・軽減対策の考案及び対策による効果の評価を目指している。また、サブテーマ「巨大地震による石油コンビナート地域における強震動予測及び石油タンク被害予測の研究」では、石油タンクの揺れによる被害を予防・軽減するためのより的確な対策案を立てられるよう、石油コンビナート地域等における強震動の予測をより精度よく、きめ細かに行えるようにすることを目指している。

環境保護に向けた取組がますます盛んになる中、資源再利用の取組の一環として、廃木材や再生資源燃料等の再生資源物質の利用が進められているが、これらの再生資源物質に関係する火災が発生するなど、防火安全上の課題も生じている。今後安全を確保しつつ再生資源物質の利用を促進する上で、このような火災を予防するための知見・方策を研究開発することが必要不可欠なものになってくると考えられる。
再生資源物質は、山積みの状態で貯蔵されている場合が多く、そこでの火災は蓄熱発火で発生するものが多い。東日本大震災の後には、震災で発生した山積みのがれきから火災が発生しており、これらの火災もまた蓄熱発火によるものと考えられる。再生資源物質が蓄熱発火する危険性をどの程度有しているかを適正に評価することは、火災予防上重要であるが、その評価手法は確立されていない。
また、山積み状態の再生資源物質の火災は、一般的に消火が困難であり、とくに金属スクラップの火災については、消火方法が確立されていない。
このようなことから、このサブテーマでは、再生資源物質の蓄熱発火の危険性の評価手法と火災になった場合の消火方法の開発を目指している。

世界的な環境保護に向けた取組として、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に基づいて、フッ素化合物のうちPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)と呼ばれる物質の使用禁止が取り決められ、我が国でも原則として製造・使用ができなくなった。PFOSは石油タンク等の火災の消火に用いられる泡消火薬剤に、消火性能を向上させるために添加されてきており、今後、泡消火薬剤を新たに配置したり、古くなった泡消火薬剤を新しいものに交換したりするような場合には、これまでのPFOSを含む泡消火薬剤が使用できなくなることが懸念される。一方、泡消火薬剤の消火性能については、法令で基準が定められており、泡消火薬剤にPFOSを使えなくなったことによる影響の評価と今後の対応策が必要になってくるものと考えられる。
このようなことから、このサブテーマでは、PFOSを含まない泡消火薬剤のより効果的な使用方法とその消火性能をより適切に評価する方法の考案を目指している。

イ 平成25年度の主な研究開発成果

サブテーマ「石油タンクの津波による損傷メカニズム及び発生防止策の研究」では、東日本大震災時の津波による石油タンクの移動被害(流されたり、元の場所からずれてしまったりする被害)を詳細に分析し、石油タンクの配管の被害率と津波最大浸水深の関係を求め、被害率曲線を作成した。この曲線によれば、最大浸水深2mでは被害率は約25%であるが、4mになると約80%に急増するなど、最大浸水深と配管被害率の定量化ができ、今後の被害軽減対策を考える際に有用なツールになるものと考えられる。
サブテーマ「再生資源物質の火災危険性評価方法及び消火技術の開発」では、液体の再生資源物質について、自然発火温度と微小発熱試験装置による発熱検知温度の間に良い相関関係があることがわかった。これによって簡便に自然発火温度の推定をすることが可能となる。また、試作した蓄熱発火試験装置を用いて再生資源物質(ごみ固形化燃料(RDF))について測定を行い、酸化発熱よりも分解ガスによる圧力上昇による危険性が高いことがわかった。
サブテーマ「フッ素化合物の使用禁止が泡消火薬剤の消火性能に与える影響評価と対応策に関する研究」では、大流量用の泡性状コントロールノズルを開発し、発泡倍率や保水性を調整した実験を行い、泡消火時の泡の厚みの変化挙動と火炎抑制効果に関する知見を得て、泡性状に関するデータベースを作成した。

(3) 大規模災害時の消防力強化のための情報技術の研究開発

ア 背景・目的

本研究課題では、消防職員が大地震や大雨による洪水などの未経験かつ未曾有の大規模災害に直面することとなった場合でも、適切な意思決定とそれに基づく迅速・的確な応急対応を可能とすることを目指して、被害推定シミュレーション等を活用した情報技術において、次の三つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。

東日本大震災における災害対応の初期段階では、広範囲にわたる被害と通信の途絶などによって、甚大な被害を受けた地域及び全体的な被害規模の把握ができず、緊急消防援助隊の活動に係る意思決定が容易でなかった。地震発生後に被害の様相がなかなか把握できない状況下では、被害の規模や分布を推定する仕組みが応急対応に係る意思決定を支援するものとなり得る。このような仕組みの一つとして、震源に関する情報に基づいて被害分布や被害量を推定するシステムを開発し、消防庁において実運用してきた。しかし、2011年東北地方太平洋沖地震のような巨大地震では、気象庁から地震直後に発表される震源に関する情報のみからでは、正確な推定ができなかった。そこでこのサブテーマでは、震度情報などを活用することにより、巨大地震に対しても確度の高い地震・津波被害推定結果が得られるようなシステムの開発を目指している。

大規模水害時においては、地方公共団体の災害対策本部が行う応急対策の項目は非常に多い。さらに、対策実施の判断条件、優先順位、対応力の限界などが複雑に絡み合うこと、災害の様相は時々刻々と変化し得るものであることなどから、どのような対策を、いつ、どのように実施するかを迅速かつ的確に判断することは極めて困難であり、場合によっては避難勧告発出に遅れが生じることも懸念される。加えて、大規模水害は頻繁に発生するものではないため、災害対策本部で応急対応にあたる担当者全員が必ずしも経験豊富ではないということも考えられる。こうしたことから、災害対策本部における水害時の応急対応を支援するための情報を提供するシステムの必要性は極めて高いといえる。
このようなことから、このサブテーマでは、〔1〕水害時に住民が適切に避難行動をとれるよう、河川水位等の防災・気象情報に基づいてわかりやすい防災広報文を作成し、緊迫感のある音声で広報する「避難広報支援システム」を研究開発すること、〔2〕災害時に災害対策本部が行うべき応急対策項目を時系列で管理することが可能な「応急対応支援システム」と「避難広報支援システム」とが連携し、避難勧告の発令等の意思決定を支援可能な「水害時の応急対応支援システム」を開発することを目指している。

首都直下地震など大都市等で大地震が発生した場合は、多数の火災がほぼ同時に発生することが危惧される。このような場合には、消防本部の指揮指令担当者には、限られた消防隊を被害が最小になるように火災現場へ出動させることが求められる。しかし、消防職員であっても、同時多発火災に対応した経験を有する者は少ないことから、判断・指示を的確に行うことは必ずしも容易ではないと考えられ、地震時の同時多発火災への消防の対応力を強化するためには、そのような火災を想定した図上訓練が重要である。そこで、本サブテーマでは、〔1〕東日本大震災における火災発生事例に基づく地震直後の火災発生件数の予測式の検討、〔2〕複数の出火点の延焼予測を高速で実行可能なシステムの開発、〔3〕同時多発火災対応のための効果的な消防戦術の検討を行い、これらの結果を活用して、同時多発火災対応訓練シミュレーターを開発することを目指している。

イ 平成25年度の主な研究開発成果

サブテーマ「広域版地震被害想定システムの研究開発」では、機能向上を図るための開発を実施するとともに、計測震度計の情報に基づいて被害推計が可能なシステムの試験運用によって(第6-4図)、従来の点震源の方式と比較して、システムの被害予測精度が向上することが確認された。

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サブテーマ「水害時の応急対応支援システムの開発」では、災害対策本部が行うべき応急対応項目を災害発生の前からの時間軸上で明らかにするために、平成25年の台風8号での水害で被害を受けた京都市において、119番通報等の災害情報による災害の発生状況の把握やそれを受けての避難勧告の発令、警戒態勢などの対応状況を調査した。また、災害事象や対応項目を時間軸上で整理可能な応急対応意志決定支援システムのWEB版の試作を行った。
サブテーマ「同時多発火災への対応を訓練するためのシミュレーターの開発」では、火災延焼シミュレーションの機能向上を図るための開発を実施するとともに、地域の防火力向上のために自主防災組織や消防団などで実施されている防災訓練において、開発中のソフトウェアを活用した(第6-5図)。

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(4) 多様化する火災に対する安全確保に関する研究

ア 背景・目的

本研究課題では、東日本大震災で発生したような地震・津波火災、社会環境の変化などにより多様化している火災、住宅用火災警報器、再燃火災などに関係する様々な防火安全上の技術的課題を解決することを目指して、次の五つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。

a 東日本大震災において発生した火災の発生原因や延焼要因の究明
東日本大震災では、市街地広域火災に拡大した火災や避難所に延焼した火災など、地震・津波火災として重大な問題を含むものが発生しているが、これらの火災の中には、実態がよくわからないものがある。また、津波で浸水した自動車から出火する事例が多数あったことが、目撃談やビデオ映像などからわかっているが、その出火メカニズムは明らかでない。このようなことから、このサブテーマでは、今後の地震・津波火災を防いだり、延焼・拡大を抑えたりするための技術的方策を見いだすため、東日本大震災において発生した火災の発生原因や延焼要因を究明することを目指している。
b 再生可能エネルギー関連設備・装置の火災危険性把握
環境指向の高まりとともに、太陽光など再生可能エネルギーを利用した家庭内発電装置やメガソーラーなどの発電所の数が増加している。このような再生可能エネルギー関連設備・装置は、東日本大震災における原子力発電所の事故の影響による電力不足や被災地復興のための需要などの要因から今後ますます増えていく可能性がある。しかしながら、太陽光発電装置が設置された住宅における火災の消火活動中に消防隊員が感電するという事案が報告されており、このような太陽光発電装置は消火活動中の危険要因となり得る。このサブテーマでは、太陽光発電装置などの再生可能エネルギー関連設備・装置の火災予防上の安全な使用方法と、そのような設備・装置が設置されている火災現場において、安全に消火活動を行えるようにするための方策を見いだすため、〔1〕設備・装置自体が有する火災危険性と、〔2〕設備・装置が火災に巻き込まれた時に発生する危険性を評価することを目指している。

近年、個室ビデオ店のような消防法令上想定されていなかった新しい業態や建物の使い方の出現、新しい素材や物質などの普及、高齢化の進展、一人暮らし世帯の増加などにより、火災の原因や現象、被害の生じ方も変化している。
このサブテーマでは、火災予防のための施策と啓発活動への反映や、実施すべき新たな研究課題の提起などを通じて、火災による人的・物的被害の軽減につなげられるよう、年々変化する火災の実態を分析し、その傾向・要因を把握することを目指している。

a 様々な可燃物の燃焼・消火に伴う生成物及び燃焼に伴う諸現象の把握
低反発素材、金属混合樹脂、建物内外の断熱材などの新しい材料・素材の中には、火災時の燃焼性状や燃焼中・消火中の有毒ガス等の危険性など、正確な火災感知・消火、安全な避難、効果的な消防活動にとって必要不可欠な情報が得られていないものがある。このサブテーマでは、こうした可燃物の燃焼・消火に伴う生成物及び燃焼に伴う諸現象を主として実験的に把握することを目指している。
b 火災に伴って発生する旋風の発生メカニズム・発生条件の解明
大規模市街地火災、林野火災などでは、「火災旋風」と呼ばれる竜巻状の渦が発生して、多くの被害が引き起こされることがあり、首都直下地震においてもその発生が危惧されている。これまでの研究により、火災域の風下に発生する旋風の発生メカニズムや構造が徐々に明らかになってきたが、依然不明な点が多い。そのためこのサブテーマでは、火災域の風下に発生する旋風の発生メカニズム・発生条件の解明に加えて、無風下で発生する火災旋風の発生条件の解明を目指している。
c コンピュータシミュレーションによる火災再現技術の研究開発
火災の調査や消防用設備の設置の効果の検討を行う目的で、火災実験が行われる場合があるが、そのような実験には大規模な設備が必要である。また、実験の準備・実施には多くの時間、費用が必要であることから、実験条件を変えたいくつものケースについて実験を行うことは困難である。このような火災実験の代わりとなり、かつより効率的な手段として、コンピュータシミュレーションによる火災再現技術が期待されており、その有効性も示されつつある。しかし、そのようなシミュレーションを行うには高価で高性能なコンピュータが必要であるため、消防本部等においては導入しにくい状況にある。このようなことから、このサブテーマでは、パソコンでも火災再現のコンピュータシミュレーションを実施可能にするような高速な計算手法の研究開発を目指している。

住宅用火災警報器や自動火災報知設備が設置されていない小規模店舗が多いアーケード街や市場では、ひとたび出火すると延焼拡大する事例がある。このような火災における安全で確実な避難を可能にする方法として、火災警報を火災が発生した建物の中にいる人のみではなく、その周辺の建物の中にいる人にも伝達することが考えられる。このようなことから、このサブテーマでは、小規模建物群において、住宅用火災警報器により近隣建物に警報を伝達し、共助体勢を構築する技術の開発を目指している。

火災がいったん鎮火した後に再び燃える再燃火災は、二次的な被害を生じるだけでなく、市民の消防に対する信頼を損なうおそれのある問題であるが、現状では、再燃火災を完全に防止する手法はない。鎮圧後の火災現場において、再燃火災の原因となる壁や天井裏などの構造内の残火を探し出すための手法は、今のところは、目で見て、手で触って温度を確認するなど、消防隊員の感覚や経験に依存している。そこでこのサブテーマでは、再燃火災防止のための技術として赤外線カメラを利用するなどして、消火後の火災現場の温度管理が行えるよう、温度場を定量的に監視・記録できる手法を開発することを目指している。

イ 平成25年度の主な研究開発成果

サブテーマ「東日本大震災における火災分析と防火対策」では、再生可能エネルギーのひとつである太陽光発電装置について、消防隊員の感電と燃焼時の発生ガスに着目し実験を行った。消防隊員が消火活動時に使用する手袋、靴、破壊器具について、感電の観点から抵抗の測定を行った結果、濡れた場合にはすべての手袋で感電の危険があることがわかった。太陽電池モジュールを構成する樹脂が加熱や燃焼で分解すると、フッ化水素、炭化水素、プロパナール、ベンゼン、トルエン、スチレンなど、有毒ガスを含む多様な分解ガスが発生することがわかった。
サブテーマ「火災の実態把握と課題抽出」では、社会情勢の変化に留意しつつ、課題の抽出を目的とした探索的分析を行った。
サブテーマ「火災の促進要因と燃焼性状の実験と数値計算による分析」では、サンドイッチパネル等の建物内装材に使用される素材及び収容可燃物に関する燃焼性状の把握を行い、高温の煙による天井への伝熱と平成24年度に実施した剥離条件とを組み合わせ、火災時におけるサンドイッチパネルの剥離予測モデルを作成した。また、燃焼条件を考慮した小規模実験による燃焼データの把握・蓄積を行うとともに、火災室以外の場所で亡くなる条件について一酸化炭素燃焼生成ガスの発生状況に基づき、より詳細な検討を行った。実大実験で発生する、多量のスス・水分などを除去するための装置開発及び実大火災実験による実証実験を行った。
「火災に伴って発生する旋風の発生メカニズム・発生条件の解明」では、火災域のすぐ風下に発生して、風に流されずにその場に定在するタイプの火災旋風の発生メカニズムを解明するために、1~2m規模の火炎を用いた室内実験を行った。その結果、このタイプの火災旋風は、風で傾いた火炎からの上昇気流内に形成される渦対の各渦の中に火炎が巻き込まれることによって発生している可能性が高いことが明らかになった。
「コンピュータシミュレーションによる火災再現技術の研究開発」では、火災調査の技術的支援としてコンピュータシミュレーションを発災建物に適用した。シミュレーション結果から廊下やパイプスペースを経由して拡散する一酸化炭素の建物内濃度分布の時間変化を再現し、実際の火災状況を説明できる情報の一つとしてコンピュータシミュレーションの活用が図れた。
サブテーマ「生活に密着した建物等での警報伝達手段に関する研究」では、北九州市内の木造市場の各店舗に無線連動式住宅用火災警報器を設置し、火災警報を近隣複数世帯間で共有する地域警報ネットワーク構築のモデル実験を行った。モデル実験開始後1年間で通信障害による非火災報が発生したが、中継器を増設することで対処できた。また、無線連動式住宅用火災警報器設置による共助意識の向上の分析に必要な、実験開始時の防災意識アンケートを実施した。
サブテーマ「熱画像を活用した再燃火災の発生防止に関する研究」では、再燃着火の危険性が高い、天井裏の木製部材の接合部(木組み)が長時間燃焼した想定での実験を行った。木組みを電熱器で下方から40分加熱し、熱画像カメラ、通常のビデオカメラ、通常のデジタルカメラで観察した(第6-6図)。加熱を継続している間は、時々、火炎をあげながら、木の焼けが進んだ(第6-7図)。加熱を終了した後は、火炎は見えなくなったが、熱画像カメラで観察すると、接合部のすきまに200℃を超える高温の部分があることを容易に見つけることができた(第6-8図)。

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(5) 災害対応のための消防ロボットの研究開発

ア 背景・目的

平成15年に発生した十勝沖地震では、石油タンクの上面全体が火に包まれる大規模な火災が発生し、東日本大震災においてガス貯蔵施設の火災・爆発が発生した。現在、南海トラフ地震や首都直下地震の発生が懸念される中、自然災害によって石油コンビナートや化学プラントといったエネルギー・産業基盤施設において大規模な火災が発生することも考えられる。自然災害ばかりでなく、石油コンビナートや化学プラントにおける火災・爆発事故も発生しており、ここ数年間は事故件数も増加傾向にある。
これらエネルギー・産業基盤施設の火災は市民生活の安心安全上大きな影響を与えるのみならず、市民の日常生活のエネルギー、物資の供給面においても支障をきたす。またさらに自然災害や事故後、地域の復興・復旧には、エネルギー・産業基盤が不可欠である。したがって、自然災害や事故に対して強靭な社会を実現するために、これらの火災を早期に抑制することが重要である。しかしながら、特殊な環境下の大規模火災において、消防隊員が大規模な火災に近接して活動することは非常に危険を伴い現実的には不可能である。また遠隔操作機器等での対応にも、通信条件の影響などもあり、有効な活動を行うための限界もある。
そこで、消防隊員による操作の必要がなく、簡単な判断及び操作指示をするだけで、半自律的に火災抑制、消火活動を行うことができる消防ロボットシステムを、平成26年度から5年計画で開発する。開発する消防ロボットシステムのイメージを第6-9図に示す。空中や地上の偵察ロボットが火災の状況を偵察伝送し、センターシステムで気象状況などを考慮した上で最適な消火戦術を導き、放水ロボットの放水位置を確定し、放水ロボット及びホース延長ロボットが放水作業を開始するというように、複数のロボットに機能を分散し、それぞれのロボットが協調連携し活動を成し遂げる。また、各ロボットには自律的な機能を取り入れる。自律機能を実現するには画像認識や空間認識などの高度な先端技術を研究し消防活動という過酷な状況において機能するように仕上げる必要もある。自律的な機能を取り入れることによって、消防隊員が進入できない、あるいは、遠隔操作機器では進入できない、大規模火災に近接し、高熱な領域での消防活動を可能とし、より効率的な消防活動を実現する。

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対応を想定している状況は以下のとおり。
(ア) 石油タンクの防油堤内火災や可燃性ガスホルダーの防液堤内火災の発生時において隣接する石油タンク等周辺施設への延焼を阻止するため、周辺施設を冷却する活動
(イ) 大型の浮き屋根石油タンク全面火災が発生した状況下において、火災燃焼中の石油タンク側板を冷却し石油タンクの倒壊を防ぐことができること
(ウ) 中型の浮き屋根石油タンク全面火災が発生した状況下において、火災を抑制できる(鎮圧まではできなくても、火炎の拡大をコントロールできる)こと
(エ) 上記(ア)~(ウ)の活動に伴う偵察・情報収集活動
開発する消防ロボットシステム1セットで対応できない場合は、複数セット用いることにより対応する。また、石油コンビナート火災以外の大規模火災にも対応可能とする汎用性、また、消防ロボットシステム全体ではなく一部のロボット、たとえば偵察ロボットだけでも機能することも考慮し開発を進めている。

イ 年次計画

平成26年度には設計を行い、平成28年度には消防ロボットシステムを構成する、偵察ロボットや放水ロボットなどの一次試作を完成させる。試作したロボットに協調連携や自律化といった高度な機能を取り込み、平成30年度には実戦配備可能なロボットシステムを完成させる。

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