令和元年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、コンビナート施設での災害や、南海トラフ地震等の大規模地震、大津波といった大規模災害に備えるため、以下に掲げる5つの課題について研究開発を行っている(第6-1表)。東日本大震災や化学プラント施設での事故により、新たな消防用ロボットのニーズが高まったことから、平成26年度から災害対応のための消防ロボットシステムの研究開発を実施するとともに、平成28年度から、今後発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震への対応を念頭に、消防防災の科学技術上の課題を解決するための研究開発に取り組んでいる。
また、平成28年12月に発生した糸魚川市大規模火災が、昭和51年(1976年)に発生した酒田大火以後、地震時を除いてはじめて延焼規模が3万m2を超える大規模な火災となったことを踏まえ、平成30年度から「火災延焼シミュレーションの高度化に関する研究開発」を実施している。
なお、令和元年度から「地下タンクの健全性診断に係る研究開発」を開始したところである。

第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

(1)消防ロボットシステムの研究開発

ア 背景・目的

平成23年3月に発生した東日本大震災において、千葉県市原市の石油コンビナートで大規模な爆発が発生した。平成24年9月には、兵庫県姫路市において化学プラント爆発火災事故が発生し、消防隊員を含む36人が負傷し、消防隊員1人が殉職した。このような大規模・特殊な災害時には、消防隊員が災害現場で活動することは極めて危険であり、困難である。しかしながら、災害の拡大を抑制できなければ、危険な領域が拡大し、近隣地域へ影響を及ぼす。また、石油コンビナートや化学プラントは社会的基盤として重要な施設であるため、災害発生後の復旧の遅れにより、石油化学製品の供給が滞り、市民生活に影響を及ぼすこととなる。
大規模・特殊な災害に対して消防活動を行う手段としては、ロボットの利用が考えられる。これまでに研究開発されてきた消防ロボットは、遠隔操縦により稼働し、1台で活動するものであった。遠隔操縦によってロボットを稼働させるには、操縦者とロボット間の通信距離に限度があり、大規模・特殊な災害においては安全な距離の確保が難しいという問題があった。加えて、災害状況の把握と対応を1台のロボットで対処することは困難である。
そこで消防庁では、このような災害においても、自律技術により安全な場所からロボットを稼働させることができ、複数のロボットが協調連携し、さらに、高い放射熱に耐えられる性能を備えた消防ロボットシステムの研究開発を進めている(第6-1図)。

第6-1図 開発する消防ロボットシステムのイメージ

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第6-1図 開発する消防ロボットシステムのイメージ

イ 平成30年度の主な研究開発成果

平成26年度から5年計画で実戦配備型消防ロボットシステムを研究開発し、令和元年度から2年間、消防本部に実証配備し、量産型としての仕様をまとめる計画である。これまで、平成26年度に設計を行い、平成27年度には、設計した機構等を部分的に試作し、平成28年度には各単体ロボットの試作機を開発した。
平成29年度には、約2か月間、静岡市消防局及び四日市市消防本部において試作機の試験評価を実施し、評価結果を基に実戦配備型の研究開発を開始した。
消防本部における試験評価では、隊員がロボットへの指示を入力する装置について、使いやすさという観点から改良の要望があり、これらの要望を基に改良研究を進め、ロボットシステム全体に対して統合的に指令を出し、各ロボットへ指令を伝達するとともに、各ロボットの動作状況等の状況を表示する指令システムを完成させた(第6-2図)。

第6-2図 搬送車両に設置した指令システム

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第6-2図 搬送車両に設置した指令システム

さらに、実戦での運用を考慮し、消防ロボットシステム全体を10t車での運搬を可能とする搬送車両を開発した。指令システムは搬送車両内に設置した。
また、石油タンクに近接するために、坂道を通過する必要があり、坂道を経路上の障害物と誤認識し、通過できない問題のほか、石油コンビナート特有の通路状況があったため、三次元データの組み込みなど、自律走行技術の高度化により解決した。
なお、連続稼働時間を10時間とし、稼働中に風向き風速が変化し、放水位置がずれる問題に対して、第6-3図のように熱画像解析により放水を認識し、自動的に修正する技術を開発し導入した。

第6-3図 熱画像解析による放水認識
熱画像解析(左図)より放水軌跡(水色曲線)を抽出(右図・赤色曲線)

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第6-3図 熱画像解析による放水認識

これらの研究開発によって、平成30年度末には実戦配備型を完成させ、実演公開を実施した。第6-4図が完成した実戦配備型である。
完成した実戦配備型消防ロボットシステムを市原市消防局に実証配備し、訓練など通じてさらなる最適化、新技術の導入の検討、より多くの石油コンビナートに対応できるよう、石油コンビナートの電子的データ地図の作成を進めている。

第6-4図 完成した実戦配備型消防ロボットシステム

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第6-4図 完成した実戦配備型消防ロボットシステム

(2)火災延焼シミュレーションの高度化に関する研究開発

平成28年12月糸魚川市大規模火災の発生を踏まえ、全国の木造密集地域のどこでも発生する危険性がある市街地火災に対する効果的な予防と消防活動を行うために、広域火災における火災旋風・飛火による被害の防止に向けた研究、火災延焼シミュレーションの研究開発など、市街地火災対策に関する研究開発を行っている。

ア 大規模地震災害時の同時多発火災対策に関する研究

(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震の事前の被害想定や発生時の活動計画策定に資するため、消防用大規模市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究を行っている。現状のシミュレーションでは、火災の拡大に影響を与える土地の傾斜が考慮されておらず、傾斜地を多く有する地域では精度が低いため、これを解決するための改良を行っている。
(イ)平成30年度の主な研究開発成果
市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究に関しては、平成28年度に導出した建物壁面の形態係数*1から延焼時間を求める式を利用するために、建物が建てられている敷地の境界や建物高さ、建物壁面の角度が遮蔽に与える影響を盛り込んだ形態係数を求める式を導出した。
また、市街地火災延焼シミュレーションソフトウェアを提供した消防本部から警防計画の検討のために水利情報の表示に関して要望が寄せられたことを踏まえ、地図上の消火栓や防火水槽の位置に口径や容量に応じたアイコンを表示する機能向上を行った(第6-5図)。

第6-5図 消防水利の読込と表示機能

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第6-5図 消防水利の読込と表示機能

さらに、広域版地震被害想定システムに対して、延焼棟数の期待値を提示する機能を追加することを目的として、風向・風速の各条件に応じた延焼クラスタをメッシュごとに事前に計算しておき、大規模地震災害発生時に延焼棟数の期待値を計算するツールを試作した。なお、従来から開発してきた市街地火災延焼シミュレーションプログラムについては、消防研究センターホームページにおいて消防本部及び消防団を対象とした公開を継続するとともに、問合せのあった複数の消防本部及び自治体に対して、計算に用いるための都市データを提供している。

イ 広域火災における火災旋風・飛火による被害の防止に向けた研究

(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震では大規模火災の発生が危惧されているが、火災時の被害を格段に大きくする火災旋風・飛火には未解明な点が多い。大規模火災時の被害想定や消防活動計画策定に資するため、これらの現象を解明するための研究を行っている。また、火災旋風・飛火の出現を左右する火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究も行っている。
(イ)平成30年度の主な研究開発成果
a 「火災旋風の発生メカニズムと発生条件に関する研究」では、火災前線を模擬した細長い火源に対して、その長辺に直交する方向から風をあて、その風速が、火源の風下に発生する「火炎を含まない火災旋風」の速度場に与える影響を調べた(第6-6図)。その結果、風が弱い方が明確な渦が対になって発生し、渦の強さを表す循環の絶対値が大きい傾向にあることが分かった。

第6-6図 火源の風下に発生する火災旋風及びその周辺の水平面内速度場の一例

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第6-6図 火源の風下に発生する火災旋風及びその周辺の水平面内速度場の一例

b 「飛火現象における火の粉の着火性に関する研究」では、日本瓦屋根を対象とし、火の粉発生装置を用いた実験を行い、瓦屋根付近での火の粉の挙動を観察した。瓦の下に枯葉(可燃物)を置いて風速6m/sと9m/sで実験を行った。枯葉が瓦の下に潜り込んだ火の粉によって着火し、瓦の下から炎が確認された。風速9m/sの方が風速6m/sより着火しやすいことが分かった。
c 「火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究」では、PIV(Particle Image Velocimetry)やTIV(Thermal Image Velocimetry)に関する技術を用いて、可視画像と熱画像から2次元平面内の気流を可視化し、速度場を算出する手法の開発を行った。この研究では、可視画像と熱画像による気流の速度計測に加え、超音波風速計の計測結果を組み合わせることで計測精度の向上を図っている。既存の方法を拡張し、室内燃焼観測において火炎周辺の気流を可視化し、速度場を算出する方法の開発を進めた。また、開発手法の計測精度を検証するために、室内実験によるデータの蓄積も行った(第6-7図)。
本研究は、火災現場での効率的な空中偵察や消火活動の支援にも寄与できると考えている。

第6-7図 開発手法の精度検証のための室内実験の様子

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第6-7図 開発手法の精度検証のための室内実験の様子

*1 形態係数:二つの面が存在するとき、一方の面から放射された電磁波がもう一方の平面にどの程度到達するのかを示す係数であり、0から1の値をとる。

(3)災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

南海トラフ地震・首都直下地震や台風・ゲリラ豪雨等の災害時における、大規模延焼火災や土砂崩れ等への効果的な消防活動を行うため、以下の研究テーマを設け、研究開発を行っている。

ア 高齢化、過疎化、災害を踏まえたモデル救急体制に関する研究
-次世代救急車の研究開発-

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等において、外国人来訪者に適切に対応するとともに、ビッグデータ、G空間情報等の最新技術を救急車や指令運用システムに活用し、現場到着所要時間・病院収容時間の延伸防止や救急車の交通事故防止を図るため、次の4つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。
(ア)外国人傷病者対応
外国人来訪者への対応に関しては、国立研究開発法人情報通信研究機構との共同研究により救急隊用多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」を研究開発し、平成29年4月から実用化した(第6-8図)。

第6-8図 救急ボイストラの画面(定型文表示)

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第6-8図 救急ボイストラの画面(定型文表示)

「救急ボイストラ」普及状況に関しては特集3 大規模イベント開催を見据えた外国人・障害者への対応に記載している。

救急ボイストラの使用状況
救急ボイストラの使用状況

(イ)救急車運用最適化
a 背景・目的
近年、救急車の現場到着所要時間・病院収容時間が延伸している。この延伸防止のため、救急車の需要分析、傷病者情報分析等により、救急車の運用体制を最適化するプログラム等の開発を行っている。また、ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)の技術等を用いて、走行時間短縮の技術開発を行っている。
b 平成30年度の主な研究開発成果
「救急需要予測」「救急隊の最適配置」に係るシミュレーションプログラムのプロタイプを作成した。また、「救急需要予測」に関しては、このプロトタイプを使い名古屋市消防局の指令台及び救急隊において実証実験を行った(第6-9図、第6-10図)。

第6-9図 プロトタイプ画面(救急需要予測)

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第6-9図 プロトタイプ画面(救急需要予測)

第6-10図 実証実験状況(名古屋市消防局の救急車)

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第6-10図 実証実験状況(名古屋市消防局の救急車)

さらに、ITS技術の一つであるドライバーから直接見えない周辺車両の情報を、車両同士や道路と車両が直接通信しドライバーに知らせ安全運転を支援するITS Connect技術*2の中の、「緊急車両存在通知」(第6-11図)に関して、その走行時間短縮効果に関する実証実験を名古屋市及び豊田市で行った。

第6-11図 ITS Connect(緊急車両存在通知)自動車内モニター表示

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第6-11図 ITS Connect(緊急車両存在通知)自動車内モニター表示

その結果、交差点や道路において自動車から直接救急車が見えなくても自動車が早めに停止したため、救急車がスムーズに走行できる状況となり(第6-12図)、救急車が走行する主要道の交差点間(計16区間)において、救急車の走行時間が平均7.7%短縮した。

第6-12図 ITS Connect実証実験状況(交差点)

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第6-12図 ITS Connect実証実験状況(交差点)

(ウ)乗員の安全防護
a 背景・目的
救急車の交通事故が例年発生しており、これを効果的に防ぐ手立てが必要である。また、万一の衝突時も傷病者等を安全に防護することが必要である。そこで、救急車用のITS Connect技術を用いた事故防止技術の開発、及び衝突時の安全防護に必要な構造・強度等の安全仕様を作成することを目的として研究開発を行っている。
b 平成30年度の主な研究開発成果
救急車用のITS Connect技術(「右折時注意喚起」、「赤信号注意喚起」、「信号待ち発信準備案内」、「緊急車両存在通知」)の有用性評価と救急車搭載の必要性に関して、VR(バーチャルリアリティ)を用いて、消防職員に対してアンケート調査を行った。その結果ITS Connectの有用性は87%が「大変役に立つ」、救急車搭載の必要性では91%が「必要」との回答であり、消防職員はITS Connectの有用性や必要性を高く評価していることが明らかになった。
また、衝突時の安全防護のために救急車に搭載するストレッチャーの衝突実験を実施し、衝突時の挙動を把握した。
(エ)災害現場対応の消防車両
a 背景・目的
地震や津波によるがれきにより消防車両のタイヤがパンクし、消防活動に支障があることが想定される。そこで、一般の消防車両用のパンク対応タイヤの研究開発を行うことを目的としている。この研究成果は、災害現場対応の消防車両開発に活用する予定である。
b 平成30年度の主な研究開発成果
パンク対応タイヤの一つの候補となるタイヤの側面部分を補強したタイヤについて、検証実験を実施し、その性能を把握した。

イ 安全で迅速に土砂災害現場で救助活動をするための研究

(ア)背景・目的
平成26年広島土砂災害、平成28年熊本地震等では、要救助者の位置推定、がれきの取り除きに伴う二次崩落のおそれ等から、救助に時間を要した。そこで、無人航空機(ドローン)等による上空からの画像情報を活用した要救助者の位置推定技術の開発や、救助現場での安全ながれき取り除き手法の開発を目的として研究を行っている。これにより、要救助者の位置の迅速な絞り込みや、救助活動に伴う二次災害の防止を行うことが可能になる。

土砂災害救助活動
土砂災害救助活動

(イ)平成30年度の主な研究開発成果
過去の二次崩落について事例の収集分析を継続するとともに、生存救出の事例の収集を始め、生存者の救出のために必要な条件について検討している。また、土砂災害の発生地においてドローンを用いた空撮を行い、撮影準備から解析、消防活動への活用方法について検討を継続している。
有人及び無人航空機を運用している9つの消防本部における画像活用状況についてヒアリングを行い、課題の整理を行った。また、平成30年度中に発生した土砂災害の現場における空撮画像等を解析し、消防活動への活用について検討した。第6−13図に、平成30年4月11日に発生した大分県耶馬溪町の山地崩壊について、ドローンにレーザー測定器を搭載して地表を測量した結果から捜索救助活動において警戒すべき場所及び事象を評価した結果を示す。この山地崩壊は、2つの地すべりブロック(1及び4)と、2つの崩壊(2及び3)に分類される。捜索救助活動は堆積部(6~10)で実施された。例えば、難航した主堆積部中央(7)における活動において警戒すべきは、崩壊地(2)と、地すべりブロック(4)である。具体的には、(2)の星印箇所には湧水が見られ、さらなる滑動への注意が必要であった。(4)は(1)により滑動してきた土砂が堆積しており落石の危険性がより高い地域と推測される。一方、地すべりブロック(1)の滑落崖は、地形的な観点から救助活動現場で影響を与える可能性は低いと考えられる。

第6-13図 大分県耶馬溪山地崩壊(平成30年4月11日)の状況。平成30年4月13日に計測されたオルソ写真(A)、ドローンレーザデータを基にした地形分類図(B)及び各地形分類の地形変化量(右表)。

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第6-13図 大分県耶馬溪山地崩壊(平成30年4月11日)の状況。平成30年4月13日に計測されたオルソ写真(A)、ドローンレーザデータを基にした地形分類図(B)及び各地形分類の地形変化量(右表)。

その他、岩石を積み上げ、その位置によって振動の振幅、振動方向及び周波数の違いについて調べた。また、ベルトコンベアを用いた土砂排除について、消防機関における訓練で検証し、手動による排除に対する効率性を調べた。

*2 ITS Connect技術:見通しが悪い交差点等において、車両同士や道路に設置された路側インフラ設備との無線通信によって得られる情報をドライバーに知らせることで、運転の支援につなげるシステム(出典:ITS CONNECT推進協議会 ホームページ)

(4)危険物施設の安全性向上に関する研究開発

南海トラフ地震、首都直下地震等の大地震が切迫している中で、東日本大震災の経験から、地震発生後の早期復旧・復興の実現において、石油タンク等エネルギー産業施設の強靭化による被害の未然防止、火災等災害発生時の早期鎮圧と徹底した拡大抑止が極めて重要視されている。また、火災危険性に関して知見が少ない物質や、一旦火災が発生すると消火が困難な物質が普及し、石油コンビナート地域等の危険物施設における火災・爆発事故の発生が後を絶たない等、化学物質に関する防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険物施設の安全性の向上を目指して、次の3つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 石油タンクの入力地震動と地震被害予測の高精度化のための研究

(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震の発生時には、石油コンビナート地域をはじめとする大型石油タンクの立地地点も、極めて大きな短周期地震動及び長周期地震動に見舞われるおそれがあることが予測されており、これらの大きな揺れによる石油タンクへの影響が懸念される。
一方、東日本大震災等過去の地震時の被害等の事例から、石油タンクに対する実効性のある地震被害予防・軽減対策や、災害拡大防止のための地震時応急対応の基礎となる石油タンクの地震時の被害予測が、現状では十分な精度でできないことが明らかになった。
本研究では、石油タンク地震時被害予測の高精度化を目指して、(1)大型石油タンクにおける振動測定によるバルジング(タンク側板の振動)の固有周期算定式の精度の検証、(2)既往の短周期地震動による石油タンクの応答・挙動の解析手法の精度の検証、(3)石油コンビナート地域の長周期地震動特性のピンポイント把握のための実務的手法の開発、(4)高経年化した石油タンクの鋼板の腐食による板厚の減少に関する基本的な統計的性質の把握に取り組んでいる。
(イ)平成30年度までの主な研究開発成果
短周期地震動による石油タンクの被害発生条件を調べる上で重要なパラメータの一つである石油タンクのバルジングの固有周期を、硬質地盤上に立地する容量12万5,000kLの大型石油タンクにおける微動測定により実測した。その結果、基本モード固有周期は、消防法令で定められている硬質地盤立地条件に対するバルジング固有周期の算定式による算定値とよく一致することがわかった。
平成30年北海道胆振東部地震の際の短周期地震動により苫小牧東部の石油備蓄基地の石油タンクが受けた影響を、既存の石油タンクの地震応答計算式で評価した結果、大型のタンクの側板が変形しなかったこと及び小型のタンクの側板が変形したことなどが当該計算式によって説明できることを確認した。
石油コンビナート地域の長周期地震動特性ピンポイント把握のための実務的手法の開発に向けて、地震動のコンピュータシミュレーションにより、現実に近い複雑な地下構造における長周期地震動の性質について調べた。その結果、複雑な地下構造中のある地点における長周期地震動の振幅の深さ方向の変化のしかたは、地震波の入射条件や周期によっては、その地点直下の地下構造から比較的簡単な方法で計算されるものと概ね一致する場合があることが分かった。この性質をうまく利用すれば、対象地点直下の1次元地下構造モデルから、長周期地震動の増幅特性を簡易な方法によりある程度の精度で推定できる可能性が見いだされた。

イ 泡消火技術の高度化に関する研究

(ア)背景・目的
石油タンク火災や流出油火災時の消火対応としては、泡消火が最も有効であるが、その泡消火過程は、燃料の種類、泡の投入方法、泡消火薬剤の種類、泡性状が関与する複合的な現象であるため、泡消火性能の定量的な評価は極めて難しく、大規模石油タンク火災等に対する詳細な消火戦術や、より効率的な泡消火技術の開発まで至っていないのが現状である。また、国際的動向により、泡消火時の環境負荷低減も考慮しなければならず、早期火災鎮圧及び環境負荷が低いフッ素フリー泡消火薬剤における適切な使用方法等が課題となっている。
本研究では、これまで検討を続けてきたフッ素含有及びフッ素フリー泡消火薬剤の泡性状に対する消火効率の検討に加え、石油タンク内の油種の違いや泡の投入方法、また、石油タンク火災規模に対する各消火効率の検討も併せて行い、フッ素フリー泡消火薬剤代替時の泡供給率を定量的に示すことを目的としている。
(イ)平成30年度の主な研究開発成果
平成30年度は、フルード相似則*3の条件で油面被覆速度を制御できる泡ノズルを開発し、泡消火の燃焼規模効果を検討するための実験条件を明らかにした。また、泡の投入方法の違いによる泡消火性能の検討のための、泡放出口の数を変えられるタンクや泡性状を変化できるノズルの設計に着手した。

ウ 化学物質の火災危険性を適正に把握するための研究

(ア)背景・目的
化学物質の火災を予防するためには、多岐に及ぶ化学物質の火災危険性を適正に把握し、火災予防・被害軽減対策を立案しておくことが重要である。しかしながら、消防法を含む従来の火災危険性評価方法では、加熱分解、燃焼性、蓄熱発火及び混合等に対する危険性評価が困難で不十分な場合がある。
本研究では、化学物質及び化学反応について、現在把握できていない火災危険性を明らかにし、適正な火災危険性評価方法を確立するため、熱量計等を用いて得られる温度及び圧力等を指標として、分解、混合、燃焼及び蓄熱発火危険性を定量的に評価する方法の研究開発を行っている。
(イ)平成30年度の主な研究開発成果
熱量計から得られた測定データを基に、燃焼危険性の評価指標である燃焼速度の推定法を提案した。
また、高感度熱量計を用いた蓄熱発火危険性評価方法によって、再生資源燃料を含む種々の有機物試料について火災危険性評価を行った。さらに、蓄熱発火による火災危険性と水分量の関係を調べ、水添加試料の場合に20重量%の含水率で火災危険性を評価することの妥当性を示した。

*3 フルード相似則:泡の消火過程を考えた場合、重力によって生じる慣性力の比(フルード数)が模型と実物で同じであるとする「フルード相似則」を使用。模型側の泡の被覆速度を、スケール比の1/2乗で変化させることで、実物と相似則の関係が得られる。

(5)火災予防と火災による被害の軽減に係る研究開発

我が国における火災件数は年間4万件前後で推移し、死者数は年間約1,500人の被害となっている。火災による被害の軽減のためには、出火原因の研究を踏まえた火災予防や出火建物からの迅速な避難が重要である。これらのことを踏まえ、次の2つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 火災原因調査の能力向上に資する研究

(ア)背景・目的
効果的に火災を予防するためには、消防機関が火災原因を調査し、その結果を予防対策に反映していくことが必要である。しかしながら、火災現場では経験的な調査要領に基づくことが多く、静電気着火や爆発、化学分析等のように専門的な知見や分析方法を必要とする分野では、消防機関が利用可能な技術マニュアルの整備がなされていない。このことから、有効な火災予防対策が行えるよう、a着火性を有する静電気放電の特性の把握、b火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成、c煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定、d火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルを作成することを目的とした火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行っている。
(イ)平成30年度の主な研究開発成果
a 着火性を有する静電気放電の特性の把握
絶縁物からの放電により可燃性混合気が着火するかについて検証するために、布等を想定したシート状の絶縁物からの放電エネルギーを計測するための測定系の検討を行った。絶縁物からの放電は、放電前後の絶縁物の表面電位を測定するだけではエネルギーの計算ができないことから、放電時の電流波形をとらえることで放電エネルギーを計算することが可能な測定系を構築した。絶縁物を強制的に帯電させるためのイオン発生器や放電させるための球電極、放電電流プローブ、デジタルオシロスコープ等を用い、放電時の電流波形を記録可能なものとし、作業着の生地からの放電電流を測定することができた(第6-14図)。

第6-14図 放電電流を測定する機器構成と絶縁性ゴム生地からの放電電流波形の例

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第6-14図 放電電流を測定する機器構成と絶縁性ゴム生地からの放電電流波形の例

(E-02は10のマイナス2乗を表す)

実際の火災において、静電気放電による着火が疑われる事案の原因調査を実施した。タンクローリーのポンプの試運転で、灯油をローリー内で循環させていた際に発生した火災について、液体が静電気をためやすいこと、流動帯電や衝突帯電が発生することを示した。トルエン主体の混合液を反応釜に投入している際に釜内で発火した火災について、混合液が静電気をためやすいこと、流動帯電が発生することを示した。
b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成
試料採取用キットの作成、鉱物油類が付着した試料の保存方法の検討を行った。また、試料を分析する際の前処理の方法については、動物油が混入した場合の鉱物油の検出等に関して、消防機関向けに必要な器具のリストアップを行い、実験によりリストアップした器具の効果を確認した。鉱物油類が付着した試料の保存方法については、保存温度、保存容器の違いが及ぼす影響について検討を行うための実験環境を整備し、データの取得を行った。
c 煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定
建物火災時の煙の動きと煤の壁面付着の関係性を見出すのに必要な廊下状区画の実験装置を用いて、0.33m角の角形火皿に燃料トルエン(500mL)を入れて火災実験を実施した。壁面を石こうボードとした場合と石こうボードに内装材を貼ったもの2種類の壁面の違いによる煤付着状況を観察し、それらの差異の詳細については検討しているところである。また、実験条件と同様の計算条件にて火災シミュレーションを実施し、壁面に付着した煤の分布形状を再現できることを確認した。
d 火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルの作成
平成30年12月に発生した札幌市建物爆発火災をふまえて爆発実験を行った。家庭等で使用されるスプレー缶の内容物を噴射することにより、密閉容器内を可燃性混合気で満たし電気火花で着火し、火炎伝ぱの様子を観察した。身近にあるパーツクリーナー、ヘアスプレー等であっても、特に狭い空間に噴射し、着火源があれば、ガス爆発することが確認された(第6-15図)。

第6-15図 火炎伝ぱの様子

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第6-15図 火炎伝ぱの様子

イ 火災時における自力避難困難者の安全確保に関する研究

(ア)背景・目的
火災における人的被害を軽減するためには、火災が発生した建物からの迅速な避難が必要であり、特に、自力避難困難者が在館するグループホーム等の施設においては、建物個々の構造や設備、在館者の状態に応じ、きめ細かく避難対策を講じていくことが重要である。これら施設における自力避難困難者の安全確保のために、火災時避難計画の策定に資する避難方法の分析や避難介助行動、避難を補助する機器の開発を目的とした研究開発を行っている。
(イ)平成30年度の主な研究開発成果
障害者支援施設、老人保健施設2施設、要介護者向け高齢者住宅の計4施設についての避難訓練の状況を調査し、その方法等から避難時間の短縮が図れると考えられる事項、効果的な避難活動が行えると思われる改善事項等を検討した。平成30年度は、それまでに調査の対象になかった障害者支援施設、要介助者向け高齢者住宅を加え、平成29年度に引き続き各入居者の避難行動に対する能力を調査した。
自力歩行が困難である入居者を、布団に乗せたまま引きずり移動により避難する手法を試みている施設がみられたことから、平成29年度に作成した、3種類のプラスチック板を布地に固定したものに、60kgのダミー人形を乗せた状態で引きずり移動させるにはどの程度の力が必要となるかの測定を行った。その結果、プラスチックを布に固定して作成した避難補助器具を用いると、布団等の綿素材をそのまま引きずるよりも、動いている状態で約2分の1の力で移動が可能であることが認められた。
また、調査対象とした福祉施設の1つをモデルとして、火災シミュレーションによって、火災時にスプリンクラー設備が作動し火源が"抑制"されている状況を再現するためのパラメータ設定を検討した。

ダミー人形を乗せて引きずり力を測定している様子
ダミー人形を乗せて引きずり力を測定している様子

(6)地下タンクの健全性診断に係る研究開発

近年、長期間使用された鋼製一重殻地下タンク(ガソリンスタンドなどで用いられている)における内面への防食ライニング施工が増加しており、経年に伴うライニングの健全性を確認することが重要である。しかし、現在行われている点検方法は目視等における定性的なものであることから、健全性を定量的に診断するために、ライニング及び鋼板の腐食劣化挙動を十分考慮した高度な健全性診断手法が必要とされている。
そこで、一定期間使用された鋼製一重殻地下タンクの内面ライニング鋼板の健全性に関する定量的な診断基準と評価手法の確立を目指し、ライニング鋼板の劣化・腐食についての各種非破壊計測手法を用いた定量的評価及び観察等を通じて、測定データと劣化・腐食状態との関係を明らかにする研究開発を令和元年度から行う。

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