1.救命処置

 私たちが、家庭や職場でできる手当のことを応急手当と言います。病院に行くまでに応急手当をすることで、けがや病気の悪化を防ぐことができます。けがや病気の中で、最も重篤で緊急を要するものは、心臓や呼吸が止まってしまった場合です。その際、その場に居合わせた人が行う応急手当のことを救命処置といいます。

 心臓や呼吸が止まってしまうと、人はどうなってしまうのでしょう。心臓や呼吸が止まった人への治療は、まさに1分1秒を争います。この図を見てもわかるように、心臓や呼吸が止まった人の命が助かる可能性は、時間の経過とともに低下していきますが、そばに居合わせた人が心肺蘇生や電気ショックを行うことで低下はゆるやかになります。すぐに119番通報を行っても、救急車が到着するまでには、令和3年中では全国平均で9.4分かかっています。もし、救急車が来るまで何もしなければ、助かる命も助けられません。そこで、そばに居合わせた人による救命処置が重要となるのです。

傷病者の命を救い、社会復帰に導くために必要となる一連の行いを「救命の連鎖」と言います。

 「救命の連鎖」は、[心停止の予防][心停止の早期認識と通報][一次救命処置][二次救命処置と心拍再開後の集中治療]の四つの輪で成り立っており、この四つの輪が途切れることなく、すばやく繋がることで救命効果が高まります。

「救命の連鎖」の最初の三つの輪は、現場に居合わせた住民である皆さんにより行われることが期待されます。住民である皆さんにより心肺蘇生やAEDを使用した電気ショックが行われれば、救急隊の到着を待つよりも早く処置をすることが可能になるため、生存率や社会復帰率が高まります。

 「救命の連鎖」の一つ目の輪は、「心停止の予防」です。

交通事故や水の事故、窒息など心停止の原因となる事故を予防したり、心筋梗塞や脳卒中などの心停止の原因となる病気の初期症状に気づいて、救急車の要請や医療機関の早期受診に繋げます。心臓や呼吸が止まってしまった場合の救命処置も大事ですが、何よりも突然死を未然に防ぐことが一番大切です。成人の突然死の主な原因は急性心筋梗塞や脳卒中などです。急性心筋梗塞や脳卒中の初期症状に気付き、少しでも早く救急車を要請しましょう。できるだけ早く専門的な病院で治療を受けることによって、命が助かる可能性が高くなり、また、後遺症を減らす可能性も高くなるからです。

子どもの突然死の主な原因には、けが、溺水、窒息などがありますが、その多くは日常生活の中で十分に注意することで予防できるものです。

 二つ目の輪は「心停止の早期認識と通報」です。

心停止を早く認識するためには、突然倒れた人や、反応のない人を見たら、ただちに心停止を疑うことが大切です。心停止の可能性があれば大声で応援を呼び、119番通報とAEDの手配を依頼し、AEDや救急隊が傷病者のもとに少しでも早く到着するように行動します。

また、救命処置のやり方がわからなかったり、やり方を忘れてしまった場合でも、119番通報の電話を通じて通信指令員から救命処置などの指導を受けることができます。その際、電話のスピーカー機能などを活用すれば、両手を自由にすることができるため、通信司令員からの口頭指導を受けながら胸骨圧迫などの処置を行うことができます。通信指令員が1つずつ質問していくので、119番通報を行う際は焦らずに、落ち着いて答えるようにしましょう。

 三つ⽬の輪は「一次救命処置」です。

1.安全を確認する。
誰かが倒れるところを目撃したり、倒れているところを発見した場合には、まず周囲の安全を確認して、自らの安全確保を優先します。車が通る道路などに人が倒れている場合や室内に煙がたち込めている場合などには、特に気を付けます。

2.反応を確認する。
傷病者の肩をやさしくたたきながら、「大丈夫ですか」または「わかりますか」と大きな声で呼びかけ、反応があるかないかをみます。

3.助けを呼ぶ。
反応がなければ、大きな声で「誰か来て!人が倒れています!」と助けを求めます。反応があるかないか判断に迷う場合、またはわからない場合も、反応がないものとして次の行動へ移ります。協力者が来たら、「あなたは119番へ通報してください」、「あなたはAEDを持ってきてください」と具体的に依頼します。

4.呼吸の確認。
傷病者が「普段どおりの呼吸」をしているかどうかを確認します。傷病者のそばに座り、10秒以内で傷病者の胸や腹部の上がり下がりを見て、普段どおりの呼吸をしているか判断します。

5.胸骨圧迫。
傷病者に普段どおりの呼吸がない場合、あるいはその判断に自信が持てない場合やわからない場合には、ただちに胸骨圧迫を開始します。たとえ心停止ではない傷病者に胸骨圧迫を行ったとしても、重大な障害が生じることはないとされていますので、ためらわずに胸骨圧迫を開始してください。

胸の真ん中に、片方の手の平の付け根を置きます。他方の手をその手の上に重ねます。両手の指を互いに組むと、より力が集中します。肘をまっすぐに伸ばして手の平の付け根の部分に体重をかけ、傷病者の胸が約5センチ沈み込むようにしっかり圧迫します。1分間に100~120回のテンポで、30回連続して圧迫します。圧迫と圧迫の間は、胸が元の高さにしっかり戻るまで十分に圧迫を解除します。

小児に対しては、胸の真ん中を両手または片手で、胸の厚さの約1/3が沈むくらい圧迫します。乳児に対しては、胸の真ん中で両乳頭を結ぶ線の少し足側を、指2本で、胸の厚さの約1/3が沈むくらい圧迫します。

6.人工呼吸
胸骨圧迫を30回連続して行ったら、次に、口対口人工呼吸により息を吹き込みます。

(1)気道確保
傷病者の喉の奥を広げて空気を肺に通しやすくします。片手を額に当て、もう一方の手の人差し指と中指の2本をあご先に当てて、頭を後ろにそらせ、あご先を上げます。

(2)人工呼吸
気道を確保したまま、額に当てた手の親指と人差し指で傷病者の鼻をつまみます。口を大きく開けて傷病者の口を覆い、空気が漏れないようにして、息を約1秒かけて吹き込みます。傷病者の胸が持ち上がるのを確認します。いったん口を離し、同じ要領でもう1回吹き込みます。
乳児の大きさでは、口対口人工呼吸を行うことが難しい場合があります。この場合は、乳児の口と鼻を同時に自分の口で覆う口対口鼻人工呼吸を行います。もし人工呼吸ができない場合には、胸骨圧迫のみの心肺蘇生を行います。

7.心肺蘇生の継続
このように、胸骨圧迫を30回連続して行った後に、人工呼吸を2回する「30:2」のサイクルを、救急隊に引き継ぐまで絶え間なく続けます。もし反応はないが普段どおりの呼吸をしている場合は、引き続き呼吸の変化などに注意して様子を見ながら救急隊の到着を待ちます。その際、傷病者を横向きに寝かせて、のどの奥の空気の通り道が狭まったり、吐物で詰まったりすることを予防します。このような姿勢を回復体位といいます。

 心筋梗塞などで不整脈を起こした場合、心臓は完全に止まってしまった状態ではなくブルブルと細かくふるえている状態になります。これを「心室細動」といい、この場合には、できるだけ早く心臓に電気ショックを与え、心臓のふるえを取り除く「除細動」がとても重要です。

AED 自動体外式除細動器とは、この電気ショックを行うための機器です。AEDが自動的に電気ショックが必要かどうかを判断し、音声メッセージで電気ショックを指示してくれますので、住民の皆さんも簡単で確実に操作することができます。最近では空港や駅、催し物ホール、デパートや公共施設など、いろいろな場所にAEDが備え付けられ、その場に居合わせた人にAEDを活用してもらうことで、今まで救急隊を待っていたのでは助からなかったかもしれない人々の救命に繋げることを目指す動きが広がっています。

心肺蘇生を行っている途中で、AEDが届いたらすぐにAEDを使う準備を始めます。AEDにはいくつかの種類がありますが、どの機種も基本的には同じ手順で使えるように設計されています。AEDは電源が入ると音声メッセージと点滅するランプで、あなたが実施すべきことを指示してくれますので、落ち着いてそれに従ってください。AEDの準備中も心肺蘇生を続けてください。

1.AEDの準備と装着。
AEDを傷病者の近くに置きます。AED本体のふたを開け、電源ボタンを押します。ふたを開けると自動的に電源が入る機種もあります。電源を入れたら、以降は音声メッセージと点滅するランプに従って操作します。 傷病者の衣服を取り除き、胸をはだけます。電極パッドの袋を開封し、電極パッドをシールからはがし、粘着面を傷病者の胸の肌にしっかりと貼り付けます。アクセサリーや下着の上などから貼らないように注意しましょう。

機種によっては電極パッドのケーブルをAED本体の差込口に入れるものがあります。

傷病者の体が濡れている場合、パッドを貼る位置とその周辺が濡れている場合は、乾いたタオルや布で体の水分を拭き取ってください。背中や床は濡れていても問題ありません。 ペースメーカーなどが埋め込まれている場合、胸の皮膚が盛り上がっています。その場合、盛り上がりを避けてパッドを貼ります。

女性に配慮したAEDの使用方法。
女性の胸を露出させることはためらいがちですが、パッドを正しく貼り付けることを優先します。その際にできる限り人目にさらさない配慮も大切です。

AEDによっては「小学生~大人用パッド」と「未就学児用パッド」の2種類のパッドが入っている場合があり、イラストを見れば区別できます。小学校にあがる前の子どもにAEDを使用するときは、「未就学児用パッド」や切り替えスイッチがついている場合は、「未就学児用モード」を使用してください。

ただし、全てのAEDに「未就学児用パッド」が入っているわけではありません。「未就学児用パッド」や「未就学児用モード」への切り替えスイッチがない場合は、2枚のパッド同士が接触しないよう注意しながら、「小学生~大人用パッド」を使用します。乳児など、体が小さい時は、胸と背中にパッドを貼り付けるなど工夫します。

小学生以上の傷病者には、「小学生~大人用パッド」を使用してください。小学生以上の傷病者には、「未就学児用パッド」を使用しないでください。

2.心電図の解析。
電極パッドを貼り付けると"体に触れないでください"などの音声メッセージが流れ自動的に心電図の解析が始まります。このとき、「みなさん、離れて!!」と注意を促し、誰も傷病者に触れていないことを確認します。

3.電気ショック。
AEDが電気ショックの必要があると判断すると"ショックが必要です"などの音声メッセージが流れ、自動的に充電が始まります。充電には数秒かかります。充電が完了すると、"ショックボタンを押してください"などの音声メッセージが出て、ショックボタンが点灯し、充電完了の連続音が出ます。充電が完了したら、「ショックを行います。みなさん、離れて!!」と注意を促し、誰も傷病者に触れていないことを確認し、ショックボタンを押します。

4.心肺蘇生の再開。
電気ショックが完了すると、"ただちに胸骨圧迫を開始してください"などの音声メッセージが流れますので、これに従って、ただちに胸骨圧迫を再開します。

5.AEDの手順と心肺蘇生の繰り返し。
心肺蘇生を再開して2分ほど経ったら、再び、AEDが自動的に心電図の解析を行います。音声メッセージに従って傷病者から手を離し、周りの人も、傷病者から離れます。 以後は、2心電図の解析、3電気ショック、4心肺蘇生の再開 の手順を、約2分間おきに救急隊員と交代するまで繰り返します。

四つ⽬の輪は「二次救命処置」です。
二次救命処置では、救急救命士や医師が、薬や器具などを使用して心臓の動きをとり戻すことを目指します。そして、心臓の動きをとり戻すことができたなら、専門家による集中治療により、傷病者の社会復帰を目指します。

気道異物の除去については、傷病者に反応がある場合には、まず咳を続けさせます。それでも異物が出てこない場合、背部叩打法や腹部突き上げ法を実施します。まずは背部叩打法を行い、背部叩打法で異物が除去できない場合、次に腹部突き上げ法を行います。

背部叩打法は、手のひらの付け根で肩甲骨の間を力強く、連続してたたきます。

腹部突き上げ法は、まず傷病者を後ろから抱えるように腕を回します。片手で握りこぶしを作り、その親指側を傷病者のへそより少し上に当てます。その手をもう一方の手で包むように握り、すばやく手前上方に向かって圧迫するように突き上げます。

妊娠中の女性には、腹部突き上げ法を行ってはいけません。

反応がなくなった場合は、心肺蘇生の手順を開始します。助けを呼ぶことや119番通報がまだ済んでいない場合には、ただちに助けを呼び、119番通報を実施し、AEDを手配します。

小児に対する気道異物の除去は、成人と同様です。

乳児に対する気道異物の除去については、乳児に反応がある場合には、背部叩打法と胸部突き上げ法を実施します。背部叩打法は、救助者の片腕の上に乳児をうつぶせにして乗せ、手のひらで乳児の顎を支えながら、頭部が低くなるような姿勢にします。もう一方の手で、背中を力強く数回連続して叩きます。

胸部突き上げ法は、救助者の片腕の上に乳児の背中を乗せ、手のひらで乳児の後頭部を支えながら、頭部が低くなるよう仰向けにし、もう一方の手の指2本で、胸骨の下半分、両乳頭を結ぶ線の少し足側を力強く連続して圧迫します。

なお、乳児に対しては、腹部突き上げ法を行ってはいけません。

反応がなくなった場合は、乳児に対する心肺蘇生の手順を開始します。助けを呼ぶことや119番通報がまだ済んでいない場合には、ただちに助けを呼び、119番通報を実施し、AEDを手配します。

最後に出血時の止血方法について学びましょう。出血時の止血方法としては、出血している部分を直接圧迫する「直接圧迫止血法」を行います。きれいなハンカチやガーゼなどを重ねて傷口に当て、その上を手で圧迫します。片手で圧迫しても止血しない場合は、両手で体重を乗せながら圧迫止血します。

けが人や急病人が発生した場合に、そばに居合わせた人が応急手当を速やかに行うことで救われる命があります。緊急時に、適切な応急手当が実施できるよう、応急手当に関する知識と技術を身につけましょう。

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