平成20年版 消防白書

4 救急業務高度化の推進

(1)救急隊員の教育訓練の推進

平成3年に、我が国のプレホスピタル・ケア(救急現場及び搬送途上における応急処置)の充実を図るため、救急救命士制度が導入されるとともに、救急隊員の行う応急処置範囲が拡大された。消防庁としては、都道府県等の消防学校における拡大された応急処置の内容を含んだ救急課程の円滑な実施や救急振興財団等における救急救命士の着実な養成が行われるよう、諸施策を推進してきている。
そのほか、全国救急隊員シンポジウムや日本臨床救急医学会等の研修・研究機会を通じて、救急隊員の全国的な交流の促進や救急活動技能の向上も図られている。

(2)救急救命士の処置範囲の拡大

救急救命士の処置範囲の拡大については、消防庁は厚生労働省と共同で「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」を開催し、平成14年12月及び平成15年12月に報告書をそれぞれ取りまとめた。これを受けて、(3)に述べるメディカルコントロール体制の整備を前提とした上で、次のように処置範囲が拡大されてきた。

〔1〕除細動

平成15年4月から、救急救命士は医師の包括的指示(具体的指示なし)による除細動を実施すること(以下「包括的指示下での除細動」という。)が可能となり、順次各地域で包括的指示下での除細動が実施されたところであったが、翌平成16年7月には、「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用について」(厚生労働省医政局長通知)により、非医療従事者においても、自動体外式除細動器(以下「AED」という。)を使用することが可能となった。これを受け、消防庁では、AEDの使用に係る普及啓発を図ることを目的として、非医療従事者によるAEDの使用条件のあり方等について報告書を取りまとめており(「応急手当普及啓発推進検討会報告書」)、消防機関によるAEDを使用するための内容を組み入れた応急手当普及講習プログラム等の実施を促進している。

〔2〕気管挿管

気管挿管については、平成16年7月から、各地域において講習及び病院実習を修了した救急救命士により実施されている。この講習は、各都道府県の消防学校を中心に行われており、また、病院実習は、講習修了後に各地域の医療機関の協力を得て行われている。平成20年4月1日現在、気管挿管を行うことのできる救急救命士数は5,476人となっている。
今後も、関係者の理解と協力の下に、実習先医療機関の確保等に努めつつ、気管挿管を実施することができる救急救命士の養成をさらに促進していくこととしている。

〔3〕薬剤投与

薬剤投与については、平成18年4月から救急救命士によるアドレナリンの使用が認められることとなった。薬剤投与の実施に当たっては、高度な専門性を有する所要の講習及び病院実習を修了する必要があることから、消防庁としては、財団法人救急振興財団等における講習体制の確保及びメディカルコントロール協議会が選定する施設における実習体制の確保を推進しており、これを受けて、各機関において、順次講習及び実習が開始されている。平成20年4月1日現在、薬剤投与を行うことのできる救急救命士の数は5,221人となっている。また、薬剤投与の実施に伴い、一層重要性を増すメディカルコントロール体制の充実強化についても、推進しているところである。

(3)メディカルコントロール体制の充実

救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を向上させ、救急救命士の処置範囲の拡大等救急業務の高度化を図るためには、今後ともメディカルコントロール体制を充実していく必要がある。
このメディカルコントロール体制とは、消防機関と医療機関との連携によって、〔1〕救急隊が現場からいつでも迅速に医師に指示、指導、助言が要請でき、〔2〕実施した救急活動の医学的判断、処置の適切性について医師による事後検証が行われ、その結果が再教育に活用され、〔3〕救急救命士の資格取得後の再教育として、医療機関において定期的に病院実習が行われる体制をいうものである。
消防機関と医療機関との協議の場である各都道府県単位及び各地域単位のメディカルコントロール協議会の設置は全て完了しており、事後検証等により、救急業務の質的向上に積極的に取り組んでいるところである。なお、消防庁においては、全国のメディカルコントロール協議会の質の底上げや全国的なメディカルコントロール体制の充実強化を目的として、平成19年5月より、全国メディカルコントロール協議会連絡会を設置し、全国の関係者間での情報共有及び意見交換の促進を図っている。

(4)ウツタイン統計の活用

ウツタイン様式とは、心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(1ヶ月後の生存率等)を記録するためのガイドラインであり、世界的に推奨されているものである。
我が国では、平成17年1月から全国の消防本部で一斉に導入を開始しているが、全国統一的な導入は世界で初めてであり、先進的な取組みとなっている。消防庁としては、ウツタイン様式による調査結果をオンラインで集計・分析するためのシステムの運用も開始しているため、今後は、救急救命士が行う救急救命処置の効果等の検証や諸外国との比較が客観的データに基づき可能となることから、プレホスピタル・ケアの一層の充実に資することが期待されている。
なお、ウツタイン様式の運用に当たっては、予後の調査を含め消防機関と医療機関の連携体制の充実・強化を促進していくことが重要である。

ウツタイン様式の活用による救急救命処置等の向上について

「ウツタイン様式」とは、心肺停止症例をその原因別(心臓に原因があるものかそれ以外か)に分類するとともに、心肺停止時点の目撃の有無、バイスタンダー(その場に居合わせた人)や救急隊員による心肺蘇生の有無やその開始時期、初期心電図の波形や除細動の有無などに応じて傷病者の経過を詳細に記録することにより、地域間・国際間での蘇生率等の統計比較を可能とする調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際蘇生会議において提唱されたものです。
消防庁では、平成17年1月より、救急救命処置等による救命効果の客観的・医学的な把握や評価、地域間・国際間の比較・検証をより正確に行うため、消防庁救急調査オンライン処理システムにて収集を実施しています。平成18年9月には、平成17年中のデータを基に様々な条件下での救急救命処置の生存率への効果を分析し、暫定的な結果を試行解析例としてとりまとめ、また、平成19年9月には、平成17年中のデータ及び平成18年中の速報データを基に、結果をとりまとめました。
しかし、平成19年度に発足した「ウツタイン統計活用検討会」において、データのクリーニング方法や公表のあり方について、さらに検討を進めるべきであるとの指摘がなされ、消防庁では、平成20年度に「救急統計活用検討会」及び「ウツタイン統計作業部会」を開催し、引き続き検討を実施しています。
平成20年度の検討の中で、より質の高いウツタイン統計データを確保するために、データのクリーニングについての基本方針が示されたことを受け、消防庁では、平成17年からの全てのウツタインデータを改めて見直し、全てのウツタイン統計データの再集計を行いました。
また、救急救命士が行う救急救命処置の効果等について、データに基づくより適切な客観的評価を行っていくために、1か月後の生存率だけではなく、新たに、社会復帰率等を集計し、より効率的で効果的な救急救命処置等を実現していくために必要となる適切な統計分析を推進しています。

h201064.gif

(5)住民に対する応急手当の普及

救急自動車の要請から救急隊が現場に到着するまでに要する時間は、平成19年中の平均では7.0分である。この間に、救急現場に居合わせたバイスタンダーによる応急手当が適切に実施されれば、大きな救命効果が得られる。したがって、住民の間に応急手当の知識と技術が広く普及するよう、実技指導に積極的に取り組んでいくことが重要である。現在、特に心肺機能停止傷病者を救命する心肺蘇生法(CPR)技術の習得を目的として、住民体験型の普及啓発活動が推進されている。
消防庁においては、「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」(平成5年3月制定)により、心肺蘇生法等の実技指導を中心とした住民に対する救命講習の実施や応急手当の指導者の養成、公衆の出入りする場所・事業所に勤務する管理者・従業員を対象にした応急手当の普及啓発及び、学校教育を対象とした応急手当の普及啓発活動を行っている。この結果、講習受講者数は年々着実に増加し、全国の消防本部における平成19年中の救命講習受講者数は157万2,328人、心肺機能停止傷病者への住民による応急手当の実施率は39.2%となっており、消防機関は応急手当普及啓発の担い手としての役割を果たしている。
なお、心肺蘇生法については、平成18年6月、財団法人日本救急医療財団の心肺蘇生法委員会より、新しい日本版救急蘇生ガイドラインが示されたことから、消防機関が行う住民に対する普及啓発活動についても、このガイドラインを踏まえた新しい内容により講習が実施されている。
消防機関においては、昭和57年に制定された「救急の日」(9月9日)及びこの日を含む1週間の「救急医療週間」を中心に、応急手当講習会や救急フェア等を開催し、住民に対する応急手当の普及啓発活動に努めるとともに、応急手当指導員等の養成や応急手当普及啓発用資器材の整備を推進している。

関連リンク

はじめに
はじめに 昭和23年3月7日に消防組織法が施行され、市町村消防を原則とする我が国の自治体消防制度が誕生してから、本年で60周年を迎えました。これを記念して、本年3月7日の消防記念日には、自治体消防制度60周年記念式典を開催し、我が国における消防の発展を回顧するとともに国民から消防に課せられた使命の重...
1 地域総合防災力の強化の必要性
特集 地域総合防災力の強化~消防と住民が連携した活動の重要性~ 1 地域総合防災力の強化の必要性 (1)切迫する大規模災害 我が国では平成20年度も、岩手・宮城内陸地震や相次ぐ水害など、全国各地で大規模な自然災害による被害が発生している。 集中豪雨が頻発していることや、東海地震、東南海・南海地震、首...
2 地域防災の中核的存在である消防団の充実強化
2 地域防災の中核的存在である消防団の充実強化 (1)消防団の役割~連携のつなぎ役~ 地域総合防災力の強化を考える上では、以下の点から消防団の役割が極めて重要となる。 第一に、消防団は「自らの地域は自らで守る」という精神に基づき、住民の自発的な参加により組織された住民に身近な存在であるという点である...
3 自主防災組織などの活動
3 自主防災組織などの活動 (1)自主防災組織 防災体制の強化については、公的な防災関係機関による体制整備が必要であることはいうまでもないが、地域住民が連帯し、地域ぐるみの防災体制を確立することも重要である。 特に、大規模災害時には、電話が不通となり、道路、橋りょう等は損壊し、電気、ガス、水道等のラ...