2 火災原因調査及び災害・事故等への対応
(1)主な火災原因調査等及び災害・事故対応
消防研究センターは、消防防災の科学技術に関する専門的知見及び試験研究施設を活用し、消防庁長官による火災原因調査及び危険物流出等の事故原因調査を実施することとされており、大規模あるいは特殊な火災を中心に、全国各地において火災原因調査等を実施してきた。また、消防本部への技術支援として、火災原因解明等のための鑑識・鑑定を共同で実施している。
平成21年4月以降に実施した火災原因調査等は第6―1表のとおりである。また、平成21年度中の鑑識は85件、鑑定は8件である。
災害・事故への緊急対応としては、平成22年3月に、札幌市の認知症高齢者グループホームで火災が発生し、逃げ遅れにより入所者7名が死亡した火災において職員を派遣し、火災原因調査のための現地調査を行い消防本部の調査支援を実施した。また、平成22年1月の神奈川県横浜市の過塩素酸などを中心とした合成事業を行っている工場の爆発火災において専門家を派遣し、火災原因調査のための現地調査を行い消防本部の支援を行った。その他、平成22年5月に神奈川県横浜市で発生したガソリンタンクの内部浮き蓋破損事故において、安全確保のためにガソリンを移送する緊急事態対応に技術的助言を行った。このように消防研究センターでは、消防防災の施策にかかわる大規模な災害・事故について、専門家を派遣する等、被害調査と情報収集を行っている。
(2)火災原因調査の高度化に関する研究
近年の火災・爆発事故は、例えばグループホームのような新しい使用形態の施設での火災やごみをリサイクルして燃料を製造する施設での火災などが発生するなど、複雑・多様化している。そのため、それらの原因の解明のために必要な調査用資機材の高度化や科学技術の高度利用が求められている。
このような状況に的確に対応し、効果的な火災原因の解明を行うためには、火災の発生メカニズム、火災拡大の経過、建築物の構造などを解明するための手がかりとなる残留ガスや材料の変形の状況、飛散物の状況などを、現場調査において早期に収集し、高度な分析を行うことが不可欠である。このため、火災原因調査に役立つ科学技術についての調査研究を行いつつ、サンプル採取技術、計測・分析技術など多岐にわたる技術の高度化を行うことが必要である。
この調査・研究では、現場調査に必要な調査用資機材の性能・機能を明らかにするサンプルの採取・分析方法、火災前の状態の再現と火災現象の再現の方法、原因の推定又は特定を行う手法等についての調査研究、火災原因調査に必要な現象究明のための研究を行うこととしている。
平成21年度の研究内容と主な成果
1)火災原因調査に活用可能な科学技術等についての調査研究
フーリエ変換赤外分光光度計*5を用いることにより、火災現場で採取された樹脂・繊維・粉末等の性状を検証できることを確認した。また、この技術を用いて、横浜市で発生した工場爆発火災において壁面に付着した残渣物の分析を行った。
*5 フーリエ変換赤外分光光度計:測定対象物に赤外線を照射することで得られる電磁波をフーリエ変換することによりスペクトル情報を取得し、各種物質に固有なスペクトル情報と比較することで測定対象物に含まれる物質を特定することができる装置である。
また、油分を含む模擬残渣物について、油分の成分が時間経過とともにどのように失われるかを確認し、ガスクロマトグラフ質量分析計の検出限界について検証した。
2)火災原因調査に必要な現象究明のための研究
火災原因調査に関連して8件の火災事案に対し、現場から採取した製品や物質の分析や実験を実施した。分析としては、油類の成分の定性分析、液体の引火点測定、粉体の元素分析、堆積物の熱分析、爆発試験などである。
平成21年の神戸市の小麦粉工場火災の原因調査において、小麦粉粉体の粒度分布や導電率の測定、有炎火源による粉塵爆発の確認、環境温度を変化させての集じんフィルタの導電率測定等を実施し発火源の推定を行うとともに、断熱材であるサンドイッチパネルの発熱速度の測定や火炎曝露による実験で燃焼特性を確認した。
また、平成20年の大阪市個室ビデオ店火災の火災調査に関連して、数値計算による熱気流の拡散シミュレーションを実施し、さらに、その他の事例(平成16年のさいたま市物品販売店舗火災と平成18年の長崎市グループホーム火災)についても公表した。
(3)危険物に係る流出等の事故原因の調査技術の高度化に関する調査研究
近年、危険物施設での危険物流出等の事故や火災件数が増加傾向にあり、危険物施設の安全対策上問題となっている。事故が発生した原因を詳細に調査することにより、事故原因を取り除く対策や有効な予防対策を行うことが可能となる。そこで、社会的影響の大きい危険物流出等事故あるいは地震その他の特異な状況により発生した事故について、その事故原因を解明するための現地調査を実施するとともに、必要に応じて検証のための再現実験を行うこととしている。また、事故の原因と考えられる危険物施設損傷の発生メカニズムを分析する方法について検討を行うとともに、調査を実施する際に必要な資機材や分析技術等の危険物等流出事故原因の調査技術を高度化するための調査研究を行うこととしている。
平成21年度の研究内容と主な成果
福岡県で発生した屋外タンク貯蔵所からの危険物漏洩事故調査において、フレキシブルホースを含む配管系の熱膨張による内圧変化を定量的に評価する手法を提案し、当該手法を用いて分析を行った。その結果、圧力逃がし弁を取り外したことにより、温度上昇に伴って内圧が過大に上昇してポンプの破断が発生したことが分かった。
また、危険物流出等の事故原因調査に関連して5件の事案に対し、現場で採取した危険物施設の破損箇所などの分析や実験を実施した。分析の内容としては、材料や腐食生成物の成分の定性分析、貯蔵危険物の成分分析などである。
ナノテク防火服の開発について
消防隊員の安全な活動に寄与する防火服には、<1>消火活動時に火災から発生する炎・熱から身を守る遮熱性、<2>消火活動中の疲労や熱中症防止などの身体的負担を軽減させるための快適性、という主に二つの機能が求められます。しかし、現行の防火服は、遮熱性または快適性のどちらかに重点が置かれ、これらを高いレベルで両立する事は困難でした。
消防研究センターは、防火服が将来持つべき性能の検討及び防火服内における熱伝導の特徴に関する知見に基づいて、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)プロジェクト「ナノ構造ファイバーを適用した遮熱、耐熱、快適性に優れる先進消防服の開発」に技術的助言を行ってきました。開発した素材は「最外層」「中間層」「遮熱(最内)層」と呼ばれる3層構造から成る防火服のうち、一番肌に近く熱を遮蔽する遮熱層に使用される繊維です。これは、従来のアラミド繊維内に、民間企業及び大学が持つ高度な粒子表面処理技術と混練・製糸技術を用いて、ナノサイズの炭素系超微粒子を均一分散させ、熱伝導性を通常のアラミド繊維よりも大幅に高め、熱拡散(熱を高い部分から低い部分へ逃がす)機能を付与することで遮熱性能の向上を図ったものです。実際に従来の消防服との比較で、約40%の火傷*1抑制の改善率が得られました。これは繊維に付与した熱拡散機能により、火炎や熱に曝された際に、消防服内に侵入した熱が生地内で拡散された結果であると考えられます(下記写真・図参照〈開発担当した民間企業調べ〉)。この結果より、より遮熱性の高い防火服の製造が可能になり、また現在の防火服用裏地と同等の遮熱性能を要求した場合には生地を15%軽量化することが可能になりました。
*1 ここでは、2度火傷(傷害部位:基底層~真皮)、及び3度火傷(傷害部位:皮下組織)を指します。
試作した防火服の性能を消防研究センターにおいて試験した結果、サーマルマネキン装置による遮熱性能については世界で最も厳しい*2とされる北米の防火服性能を満たしている*3ことが、また快適性では世界最高レベルといわれる日本の防火服性能と同等である*4ことが確認されており、これまで困難であった遮熱性能と快適性の高いレベルでの両立を実現しています。今後は、開発企業の一層の努力で一日も早く製品化されることにより、消防隊員のより安全な活動が可能となります。
*2 1999年国際標準化機構から国際規格として定められたISO11613:1999「消防隊員用防護服-試験方法と性能要求」には北米型と欧州型の二つの規格が併記されています。北米型がより高い遮熱性を要求するのに対して、欧州型は遮熱性と快適性のバランスを重視しています。日本では、欧州型に準拠した(財)日本防炎協会防火服性能基準があります。
*3 ISO17492準拠の「Thermal Performance Property(TPP)」試験によるもの。
*4 ASTM F1868準拠の「総熱損失;Total Heat Loss(THL)」というヒートストレス緩和機能を評価する試験によるもの。