平成23年版 消防白書

5 救急業務を取り巻く課題

(1) 電話による救急相談事業の推進

近年の救急出動件数の大幅な増加は、高齢化、核家族化の進行を背景とし、住民が救急要請すべきか自力受診すべきか迷った場合に119番通報するといったケースの増加が要因の一つであると考えられる。
こうした救急需要対策として、従来から一部の消防機関において実施されている受診可能な医療機関の情報提供や応急手当の指導等(救急相談)に加えて、医師や看護師等と連携した医学的に質の高い救急相談体制が求められている。
消防庁では、共通の短縮ダイヤル「#7119」により高度な救急相談窓口を設置する救急安心センターモデル事業を、平成21年度は愛知県、奈良県及び大阪市の3地域において、平成22年度は大阪府全域において実施したところである。
モデル事業実施地域においては、119番通報のうち緊急通報以外の通報件数の減少、救急医療機関への時間外受診者数の減少、軽症者の救急搬送割合の低下がみられた。また、救急相談の結果、緊急度が高いと判断された傷病者を救急搬送し、一命を取り留めた奏功事例が多数報告されている。
さらに消防庁では、平成21年度から救急相談事業の全国展開に向けた課題を検討しており、平成23年度においては、救急安心センター講演会を開催し、救急安心センターについて広報するとともに、救急相談事業を実施する団体の取組を支援することとしている。

(2) 心肺機能停止傷病者の救命率等*14

*14 東日本大震災の影響により、釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

消防庁では、平成17年1月から、救急搬送された心肺機能停止傷病者の救命率等の状況について、国際的に統一された「ウツタイン様式」に基づき調査を実施している。
平成22年中の救急搬送された心肺機能停止症例は12万3,095件であり、うち心原性(心臓に原因があるもの)は6万8,293件(A)であった。
(A)のうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された件数は2万2,463件(B)であり、その1ヶ月後生存率は11.4%、社会復帰率は6.9%となっている(第2-4-9図)。

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(B)のうち、一般市民による応急手当が行われた件数は49.8%にあたる1万1,195件(C)であり、その1ヶ月後生存率は14.0%で、応急手当が行われなかった場合の8.8%と比べて1.6倍高く、また社会復帰率についても応急手当が行われた場合には9.5%であり、応急手当が行われなかった場合の4.2%と比べて2.3倍高くなっている。(第2-4-11表)

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(C)のうち、一般市民によりAED(自動体外式除細動器)を使用した除細動が実施された件数は667件であり、1ヶ月後生存率は45.1%、1ヶ月後社会復帰率は38.2%となっている(第2-4-10図)。

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一般市民による応急処置が行われた場合の1ヶ月後生存率及び1ヶ月後社会復帰率ともに年々増加傾向にあるが、一般市民による応急手当の実施は救命率及び社会復帰率の向上において重要であり、今後、一層の推進を図る必要がある。

(3) 熱中症対策

平成19年8月、埼玉県熊谷市及び岐阜県多治見市において40.9℃が記録され、熱中症に対する社会的関心が高まったことを契機に、消防庁では、平成20年から全国の消防本部を調査対象とし、7月から9月の夏期における熱中症による救急搬送状況の調査を開始した。平成22年からは調査期間を6月から9月に拡大し、その結果を速報値として週ごとにホームページ上に公表するとともに、各月における集計・分析についても公表しているところである。
熱中症は、気温や湿度が高い高温環境下で、体内の水分や塩分のバランスが崩れるなどして発症するが、平成23年は、東日本大震災の影響等による厳しい電力供給状況から、節電等による熱中症の増加も懸念された。このような状況から、消防庁では、6月に熱中症対策リーフレットを作成し、全国の消防機関等を通じ、広く市民等へ働きかける等の対策を行った(参照URL:http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList9_2.html)。
平成23年6月~9月における全国の熱中症による救急搬送人員は46,469人であり、記録的な猛暑となった平成22年と比較すると0.83倍であった。年齢区分別構成割合では、高齢者(65歳以上)が20,998人(45.2%)でもっとも高く、次いで成人(18歳以上65歳未満)が18,847人(40.6%)、少年が6,182人(13.3%)の順で高い。初診時における傷病程度別構成割合では、軽症が28,946人(62.3%)で最も高く、次いで、中等症が15,240人(32.8%)、重症が1,134人(2.4%)、死亡が73人(0.2%)であった。

(4) 救急救命士の養成

救急救命士は、平成3年の制度導入以降、着実に養成され、各地の救急現場において活躍しているところであるが、全国すべての救急隊に少なくとも救急救命士が1人配置できるよう、今後も引き続き救急救命士の養成を積極的に進めていく必要がある。
救急救命士の資格は、消防職員の場合、救急業務に関する講習を修了し、5年又は2,000時間以上救急業務に従事したのち、6か月以上の救急救命士養成課程を修了し、国家試験に合格することにより取得することができる。資格取得後、救急救命士が救急業務に従事するには、病院実習ガイドラインに従い160時間以上の病院実習を受けることとされている。
救急救命士は、現在、救急振興財団の救急救命士養成所で年間約800人、政令指定都市等における養成所で年間約400人が養成されているところである。一方で、平成18年度からは救急救命士の処置範囲が拡大(薬剤投与)したため、各養成機関での救急救命士の新規養成に加え、医療機関と連携しつつ、薬剤投与のための追加講習を行う等、円滑かつ着実に講習内容の更新が進められている。

(5) 救急用資器材等の整備

救急業務の高度化に伴い、高規格救急自動車、高度救命処置用資器材等の整備が重要な課題となっている。
近年、国庫補助金が廃止、縮減される中においても、これら高規格救急自動車、高度救命処置用資器材等に対する財政措置は不可欠であり、地方交付税措置など、必要な措置が講じられている。今後も引き続き、高規格救急自動車及び救急救命士の処置範囲の拡大に対応した高度救命処置用資器材の配備を促進する必要がある。

(6) インフルエンザ等感染症対策

救急隊員は、常に各種病原体からの感染の危険性があり、また、救急隊員が感染した場合には、他の傷病者へ二次感染させるおそれがあることから、救急隊員の感染防止対策を確立することは、救急業務において極めて重要な課題である。
消防庁では、救急業務に関する消防職員の講習に救急用器具・材料の取扱いの科目を設置しているとともに、重症急性呼吸器症候群(SARS)等を含めた各種感染症の取扱いについて、感染防止用マスク、手袋、感染防止衣等を着用し、傷病者の処置を行う共通の標準予防策等の徹底を消防機関等に要請しているところである。特に、発生が懸念されていた新型インフルエンザ対策として、救急隊員等搬送従事者用に感染防止用資器材の備蓄を進めるべく、平成20年度及び平成21年度において、新型インフルエンザ対策のための感染防止用資器材の配備を実施するとともに、「消防機関における新型インフルエンザ対策のための業務継続計画ガイドライン」を策定し、消防機関に業務継続計画の策定を促した。
こうした対策を講じる中で平成21年4月に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)を受けて、消防庁においては、消防庁新型インフルエンザ対策本部を設置し、各消防機関に対し、都道府県衛生主管部局等との連携を強化するとともに、新型インフルエンザ患者を救急搬送する可能性があることを想定した感染防止対策を要請したところである。
今後は、病原性の高い新型インフルエンザ(H5N1型)の発生や「新型インフルエンザ(A/H1N1)」のような、病原性が季節性インフルエンザと同程度の新型インフルエンザの発生に備え、業務継続計画の見直しや、医療機関、衛生主管部局との連携体制を改めて確認しておく必要がある。

(7) 救急需要増への対応

救急自動車による救急出動件数は年々増加し、平成22年中は過去最高の546万3,682件に達し、平成16年以降7年連続で500万件を超えている。救急自動車による出動件数は、10年前(平成12年)と比較して約31%増加しているが、救急隊数は約8%の増にとどまっており、救急搬送時間も遅延傾向にある。消防庁では、「ためらわず救急車を呼んでほしい症状」等を解説した「救急車利用マニュアル」(参照URL:http://www.fdma.go.jp/html/life/kyuukyuusya_manual/index.html)を作成し、全国の消防機関に配布するとともに消防庁ホームページにも掲載するなど、これまでも救急車の適正利用の普及啓発に努めてきたが、平成22年度に行った将来推計(第2-4-11図)によると、高齢化の進展等により救急需要は今後ますます増大する可能性が高いことが示されており、救急搬送時間の遅延を防ぐための更なる対策を検討する必要がある。

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このような状況を踏まえ、平成21年度の「救急業務高度化推進検討会」において、119番受信時におけるコールトリアージ・プロトコールに基づくPA連携(消防ポンプ車と救急車の出動連携)や事前病院選定等が救命率の向上を図るために有効であり、今後、事後検証を通じてプロトコールの一層の精度向上を図るとともに、医療体制との調整など地域の特性に応じた検討を進める必要があるとの結論を得た。これを受け、平成23年度においては、「社会全体で共有する緊急度判定(トリアージ)体系のあり方検討会」において、家庭、電話相談、119番通報、救急搬送、救急外来などの社会の各段階で共有できる緊急度・重症度に応じた対応についてより詳細な検討を進めている(5(8)参照)。

(8) 社会全体で共有する緊急度判定(トリアージ)体系の構築

消防庁では、平成23年度に「社会全体で共有する緊急度判定(トリアージ)体系のあり方検討会」を発足し、真に救急を必要とする傷病者に迅速に救急出動し、救急現場において的確に対応し、速やかに適切な医療機関へ搬送するという本来の救急業務を円滑に遂行し救命率の向上を図るため、傷病者の緊急度に応じた最適な救急対応策を選択できる仕組みづくりを構築するための検討を開始した。
社会全体で共有する緊急度判定(トリアージ)体系の構築においては、家庭、救急相談事業、119番通報受信時、救急現場、医療機関等の各段階における緊急度判定の基準の策定が必要であるが、現在、我が国において標準化された基準はない。また、災害時における緊急度判定(トリアージ)の概念は普及しつつあるが、平常時の救急業務における緊急度判定(トリアージ)について、国民のコンセンサスを十分得ているとは言い難い現状である。
このため、今後、緊急度判定の基準を共有することの有用性や効果を明らかにした上で、各段階において整合性のある緊急度判定基準を策定し、検証していくこととしている。

(9) 救急搬送におけるヘリコプターの活用

消防防災ヘリコプターを活用した救急業務については、平成10年(1998年)3月の消防法施行令一部改正により、消防法上の救急業務として明確に位置付けられた。さらに、消防庁は、平成12年2月にヘリコプターによる救急出動基準ガイドラインを示し、各都道府県はこれを基に出動基準を作成し、それぞれの地域の実情を踏まえた救急業務を行っている。
平成22年中における全国の消防防災ヘリコプターの救急活動実施状況は、救急出動件数3,938件(前年比6.1%増)、搬送人員2,975人(同2.6%減)であり、消防防災ヘリコプターによる救急出動件数は年々増加する傾向にある(第2-4-1表)。特に離島、山間部等からの救急患者の搬送や交通事故等による重症患者の救命救急センター等への救急搬送、さらには、大規模災害時における広域的な救急搬送等に大きな効果を発揮している。先般の東日本大震災では、津波により陸路が絶たれ、ヘリコプターによる救急活動の有効性があらためて認識されたところである。地域社会の安心・安全を確保する上で大きな期待が寄せられていることから、今後とも医療機関等との連携を強化しながら、消防防災ヘリコプターの機動力を活かした救急活動を推進することが求められている。

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また、平成21年3月の「消防防災ヘリコプターの効果的な活用に関する検討会」報告書(参照URL:http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/2103/210326-2_3.pdf)においては、消防防災ヘリコプターの救急活動への積極的な活用のための方策が取りまとめられ、医師搭乗体制の整備やドクターヘリとの連携の必要性が示されている。

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