平成23年版 消防白書

1 消防防災に関する研究

(1) 平成18年度から平成22年度までの研究

消防研究センターでは、平成18年度からの5年間を一つの研究期間として、第6-1表に掲げる五つの課題について研究開発を行ってきており、本研究期間は、平成23年3月末で終了したところである。ここでは、この5年間で得られた主たる研究開発成果を第6-1表に掲げた研究開発課題ごとに述べる。

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ア 過密都市空間における火災に対する安全確保

本研究開発では、(ア)「大規模複合建造物の火災」と(イ)「地震時の木造密集市街地の火災」の二つの課題に取り組んだ。

a 火災進展予測モデル(プログラム)の開発

近年の傾向として、地下街路と高層ビルが一体化した複雑な都市空間など、新たな態様の大規模複合建造物の出現と、その複雑化、大規模化がある。このような空間において火災が発生すると、その様相は極めて複雑なものとなり、過去の経験に基づく知見のみでは、円滑な避難誘導と救助活動、火災の早期鎮圧、消防隊員の安全確保等が困難となることも考えられる。
こうしたことから、火災がどのように拡大し、どのような対策が有効であるかを検討できるよう、大規模複合建造物における火災発生時の火災進展(煙の流れ方や温度変化等)をコンピュータでシミュレーションできる「火災進展予測モデル(プログラム)」(第6-1図)を開発した。

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開発に当たっては、必ずしもコンピュータ技術者ではない消防職員がこのプログラムのユーザとなることを考慮して、プログラムへの入力が視覚的に容易にでき、シミュレーション結果が分かりやすく示されるような利便性向上の工夫を施している。
このプログラムでは、シミュレーションを行おうとする建造物の消防用設備等の設置状況等をコンピュータ上で様々なものに設定することによって、その効果を比較することができる。また、消防本部等で警防活動の教育・図上訓練に用いることにより、より的確な消防戦術の立案に役立てることができる。
このプログラムは、既にいくつかの消防本部において試用されており、今後希望する消防本部にはプログラムを配布することとしている。
また、「火災進展予測モデル」の技術は、消防研究センターが実施した火災原因調査(大阪府個室ビデオ店火災、兵庫県カラオケ店火災等)にも活用されている。

b 火災実験データベースの構築と整備

可燃物の中には、燃えた時の熱や燃焼生成ガス(有毒ガス)の発生の仕方が必ずしも十分に把握されていないものがある。
このようなことから、火災進展予測結果の精度を高め、避難阻害要素の把握の確度を高めるために、各種高分子材料や発泡プラスチック断熱材等の可燃物の燃焼実験を行って、発熱速度や有毒ガス発生量など必要な実験データを取得した。また、そのデータ取得のために、酸素濃度や熱放射量等の環境を様々に変化させて燃焼実験を行うことのできる装置を開発した。集められた燃焼特性に関するデータは、「火災実験データベース」として構築されたデータベースに収め、消防研究センターのホームページで公開している(参照URL:http://firedb.fri.go.jp/)。
このほか、警防活動中の消防隊員の安全をなお一層確保できるよう、新素材を用いることにより、火傷をするおそれを小さくすることができる防火服「ナノテク防火服」の開発も行った。

大正12年(1923年)関東地震の際におびただしい数の死者が発生した原因の一つとして、木造密集市街地における「火災旋風」が挙げられているが、その発生メカニズムの解明は進んでいない。首都直下地震が発生すると市街地において延焼火災が起こるとされており(中央防災会議首都直下地震対策専門調査会による「首都直下地震対策専門調査会報告」(平成17年7月))、その際には「火災旋風」が危惧され、「火災旋風」の発生メカニズムの解明は、その危険性を評価する上で重要である。
こうしたことから本研究では、「火災旋風」の発生メカニズムの解明に取り組んだ。その結果、有風下における火炎からの上昇気流内に生じる空気の"渦の対"が風下に流れ出し、「火災旋風」に発展する可能性があるという新たな発見を、実験室規模の実験により見いだした。また、コンピュータシミュレーションから、ある条件下におけるこの"渦の対"の発生メカニズムも明らかにすることができた。

イ 化学物質の火災爆発防止と消火

本研究開発では、(ア)「化学物質等の火災・爆発の危険性の把握」、(イ)「廃棄物、リサイクル物及びその処理施設の火災安全」、(ウ)「化学物質の火災の消火」の三つの課題に取り組んだ。

本研究は、(1)火災危険性が必ずしも明らかでない新規化学物質が数多く登場してきていること、(2)化学物質の中には、突然、爆発に至るものなど、火災・爆発の予兆を把握しにくいものがあること、(3)近年発生している化学物質に関係する火災・爆発事故の中には、このような予兆の把握が困難な化学物質が関係しているものが少なからずあることなどから、各種化学物質が有する火災・爆発の危険性をより的確に把握・評価できるようにすることを目指して行った。
火災・爆発の予兆を把握しにくい物質として、事前の発熱を伴わずに突発的で急激な反応を起こす特性を有する「自己触媒型」と呼ばれる自己反応性物質の一群が挙げられる。本研究においていくつかの自己触媒型の物質に対して実験を行った結果、爆発に至る急激な温度上昇に先駆けて、もとからあった物質の濃度が減少し、代わりにその物質からの分解生成物の濃度が上昇するという現象が起きることが分かった。この現象に注意すれば、自己触媒型の物質の火災・爆発の予兆を早期に検知し、火災・爆発の予防に役立てることができる。
さらに本研究では、同様の考え方に基づき、自己反応性物質のうち「熱分解型」と呼ばれるもの(「自己触媒型」とは異なり、事前の温度上昇を伴い、徐々に発熱分解する物質)の熱分解反応の発生を早期に検知する方法も提案した。
このほか本研究では、金属粉と空気中の水分が接触した場合の火災等の危険性を評価するため、発熱速度等に関するデータを取得した。このデータは、金属粉が堆積し得る工場などにおいて、金属粉がどの程度堆積すると発火の危険が生じるかといった防火安全上の管理に役立てることができる。

近年、リサイクルの推進により新たな形態の再生資源燃料などのリサイクル物、廃棄物処理施設が続々と登場しており、このようなリサイクル物、廃棄物処理施設が関係する火災が目立って発生している。
こうしたことから、各種リサイクル物の火災・爆発の危険性は、(1)どのような方法によれば正確に評価できるか、(2)各種リサイクル物間で危険性にどのような違いがあるかを明らかにするため、再生資源燃料、バイオマス燃料、廃棄物固形燃料等のリサイクル物について、実験により、発熱開始温度、発熱量、水を添加した場合の発熱状況、発生し得る可燃性ガスを調べた。
その結果、再生資源燃料の火災に関する危険性を測る指標として、発熱開始温度、発熱量、可燃性ガス発生量を組み合わせたものが適当であることが分かった。この知見に基づき、各種再生資源燃料の火災危険性の程度を定量的に明らかにした。この研究結果は、再生資源燃料を取り扱う施設における安全管理に役立てることができる。
このほか、本研究では、各地の廃棄物処理施設で発生した火災の原因調査を行い、廃棄物に混入した鉛蓄電池やリチウム電池が火災の原因となり得ること等を明らかにした。また、木材チップ等の蓄熱発火の発生メカニズムや金属スクラップ火災の原因の究明にも取り組んだ。

a 石油タンク火災の泡消火技術の高度化

本研究では、どのような性状を有する泡が消火に効率的であるか明らかにするため、小規模な模型タンクにおける火災消火実験により、泡の性状(保水性と発泡倍率)と放射熱抑制効果の関係を調べた。その結果、保水性が良い泡ほど放射熱抑制効果が高いことが示された。
また、石油タンク火災の消火のために用いられる泡放水砲から放射された水・泡の放射軌跡や挙動等をコンピュータで計算できるプログラムの開発も行った。大容量泡放水砲の性能確認のための試験や訓練を、実際の水・泡放射により行おうとすると、莫大な費用がかかったり、風向風速等の諸条件が試験・訓練実施時のものに限定されたりする。
しかし、このようなプログラムがあれば、風向風速などの条件を様々なものに変えた場合に対して、より少ない費用で水・泡の放射軌跡や挙動等を予測することができる。また、このプログラムによる計算では、実際の放水実験から得られたデータに近い結果が得られることが確認された(第6-2図)。水・泡放射の飛距離を、従来用いられていた方法で計算すると、計算結果は実際の水・泡放射実験と合わず、計算結果が実験結果よりも短くなる傾向がある。その原因をこのプログラムによる解析で考察した結果、実際の水・泡放射では、水流の周囲に生じた渦の効果により、水流の周囲の空気抵抗が小さくなるのに対し、従来用いられていた方法では、このような渦の効果が考慮されていないためであることが分かった。こうした研究成果は、石油タンク火災のより的確な消火戦術の立案に役立つものである。

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さらに試みとして、燃焼空間への大量水噴霧が、石油タンク火災の泡消火効率にどの程度効果があるかという検討も行った。その結果、水噴霧により消泡速度が低減する効果が得られることが分かった。この結果は、原理的には、大量水噴霧が泡消火剤の消火効果を補完する手段となり得ることを意味している。

b 金属スクラップ堆積物火災の消火方法の研究

金属スクラップ堆積物における火災は、内部の火点が金属面で遮蔽され消火剤が火点まで届きにくいことなどから、消火しにくいとされている。金属スクラップ堆積物を模擬した模型における火災消火実験を行った結果、高発泡倍率の圧縮空気泡消火システム(CAFS)により、金属スクラップ堆積物火災を有効に鎮圧できることが分かった。CAFSの泡は消えにくく付着性が高いため、高い窒息効果が得られることによるものと考えられる。

ウ 石油タンクの地震防災と経年劣化対策

本研究開発では、主として、(ア)「地震時石油タンク損傷被害推定システム」の開発、(イ)「石油タンクの内部浮き蓋の浮き性能と強度」の検討の二つに取り組んだ。

過去の大地震の際、石油タンクにはしばしば強い揺れの影響で損傷が発生し、火災や大量の危険物流出の被害が起きている。実際に発生したものとして、地震動により、経年劣化が進んでいた石油タンクの本体にき裂が生じて大量の石油がタンクから流出した事例、石油タンクの浮き屋根が地震によって引き起こされた液面揺動の影響で損傷し、火災が発生した事例が挙げられる。
強い地震が発生すると、見回り等によりタンクの異常の有無について点検が行われるが、(1)夜間では異常を見落とすおそれがあること、浮き屋根の被害については、(2)石油タンクの上に登らないと確認できないこと、(3)浮き屋根の裏側、すなわち屋根とタンクの中の油が接するような外からは見えにくい場所で発生する場合が多いことなどから、見回りのみでは、石油タンクに生じた異常の発見が遅れ、災害の拡大を招くおそれもある。一方、地震発生後速やかにどこの石油タンクにどの程度の損傷が生じているか推定することができれば、迅速な応急対応への着手により、災害の拡大抑止に役立つ。こうしたことから、「地震時石油タンク損傷被害推定システム」を開発した。
本システムは、(a)石油コンビナート地域やその周辺で観測された地震動データを自動収集するとともに、揺れの情報を地図上に分かりやすく表示する「地震動情報サブシステム」と、(b)石油タンクの各部の被害を計算で推定する各種サブシステム群から構成される。(a)の「地震動情報サブシステム」により、各石油コンビナート地域の揺れを把握することができ、応急対応上注意すべき石油コンビナート地域を知ることができる。(b)のサブシステム群は、側板等石油タンク本体に発生する応力(タンクの部材に発生するひずみに関係する量で損傷が発生するおそれの目安となるもの)、タンク底部の浮き上がりによるき裂発生のおそれの有無、液面揺動に伴って浮き屋根に発生する応力、液面揺動に伴ってタンクの外に溢れ出る石油の量を推定する(第6-3図)ことが可能である。

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また、実際の揺れが到達する前に気象庁から伝達される緊急地震速報を利用することにより、石油タンクに発生するおそれのある液面揺動の高さをいち早く推定するシステムの開発も行った。
このほか、石油タンクの腐食が地震時のタンクの損傷に影響を及ぼす場合があることから、腐食が進んでいる箇所から発せられる微弱な音波をとらえることにより、タンクのどの部分で腐食が進んでいるかを推定するための手法の研究にも取り組んだ。

内部浮き蓋付きの石油タンクには、その構造上の特徴から、いったん内部浮き蓋が破損したり沈没したりすると、爆発の危険性が高まるため、内部浮き蓋の破損や沈没を防ぐことは、石油タンクの火災、爆発を防ぐ上で大変重要である。
近年、地震時あるいは通常時に内部浮き蓋が破損したり、沈下したりする事故が相次いで発生したことから、内部浮き蓋の技術基準の検討が開始され、こうした検討に科学技術的知見を提供することを目的として、内部浮き蓋の浮き性能と強度に関する実験を実施した。
実験では、実物に近い直径7.6mのタンク模型にアルミニウム製の内部浮き蓋を浮かべたものを振動台で揺動させ、様々な揺れの大きさに応じて、(1)液面揺動によってタンクの中から浮き蓋上に溢れ出る液量及びそれによる内部浮き蓋浮力の減少の仕方、(2)浮き蓋の各部に発生するひずみ量を調べた。
その結果、内部浮き蓋の各部に発生するひずみは、一定のレベルまでは、揺れが大きくなるとともに徐々に増加するが、そのレベルを超えてさらに大きくなると、急激にひずみが増えることなどの新たな知見が得られた。

エ 大規模自然災害時の消防防災活動

発生が懸念されている東海、東南海、南海、南関東地震などでは、火災、地震動、津波、斜面災害などの災害が複合的に絡み合った激甚な災害となることが予想される。このような大規模自然災害においては、消防機関、地方公共団体及び国が緊密に連携し、住民への警報等の伝達、被害情報の収集、避難誘導や、消火、捜索救助、救急等の現場における消防活動を迅速かつ円滑に実施することが、被害軽減のために不可欠な要件となる。
こうした迅速かつ円滑な消防活動の実現に向けて、本研究開発では、大規模自然災害時の消防防災活動を情報面から支援するために、(ア)「緊急消防援助隊の支援」、(イ)「消防隊の現場活動の支援」、(ウ)「自治体等における災害対策本部の支援」、(エ)「住民への防災情報伝達手段の改善」の四つの課題に取り組んだ。

a 広域応援部隊消防力最適配備支援システムの開発

地震時などに同時多発火災が発生した場合には、被災地域内の消防機関をはじめ、緊急消防援助隊等の広域応援消防部隊などの限られた消防防災資源を最大限効率的に運用することが求められる。こうしたことを実現するには、迅速に延焼予測を行い、消防力最適運用のための支援情報を創出し、それらの情報を広域応援消防部隊を含め関係機関が共有することが必要である。
このようなことから、被災地域に駆けつけた部隊が被災地域の消防隊と連携して消防活動を行うという複雑な場合においても利用できる「広域応援部隊消防力最適配備支援システム」の開発を進めてきた(第6-4図)。

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このシステムでは、火災の延焼拡大予測結果や広域応援消防部隊の到着に要する時間の推定結果などに基づいて、消火に必要な部隊数や最適な配備の仕方に関する情報を生み出すことができる。このシステムで用いられている延焼予測技術は、既に一部の消防本部で実際に利用されている。

b 緊急消防援助隊用災害情報共有システムの開発

平成16年(2004年)新潟県中越地震など、災害時における緊急消防援助隊の活動状況の調査結果によると、被災地に駆けつけた緊急消防援助隊については、(1)緊急消防援助隊と派遣消防本部等の後方支援機関の間、(2)緊急消防援助隊と被災地域の消防機関の間、(3)異なる地域から駆けつけた緊急消防援助隊同士、(4)一つの部隊内で、情報伝達・共有が必ずしも円滑に行うことができない場合があるという問題が浮き彫りとなっている。
このような調査結果を踏まえ、緊急消防援助隊の活動時の災害に関する情報伝達と共有をより円滑にすることを目的として、「緊急消防援助隊用災害情報共有システム」を開発した。
本システムは、「アドホックネットワーク技術*1」と呼ばれる情報通信技術を活用し情報の共有を図るもので、衛星回線を利用して得られる後方支援機関からの情報が、緊急消防援助隊間で容易に共有できるような仕組みになっている。緊急消防援助隊の隊員は、本システムの端末から地図上に示された災害情報等を入手でき、また独自に入手した災害情報を入力することもできる。さらに、「広域応援部隊消防力最適配備支援システム」による延焼予測結果もこの端末で閲覧することができるようになっている。

*1 アドホックネットワーク技術:通常の無線LANなどのような通信システムでは、端末が通信を行うために基地局などの通信基盤を必要とするが、「アドホックネットワーク技術」では、端末自身に通信中継能力を持たせることができ、基地局などの通信基盤を必要としない。そのため、各地から被災地に応急的に駆けつけた緊急消防援助隊が、独自のネットワークを構築して情報を共有するのに適している。

a 119番通報に対する救急業務の高度化

大規模自然災害時における救急要請の中には、極めて緊急度・重症度の高い心肺停止傷病者から、四肢の軽微な外傷のような緊急度・重症度の低いものまで様々ある。これら様々な事案がある中で、救命率の向上を図るためには、緊急度・重症度の高い傷病者に対して、より迅速・的確な対応を行うことが効果的と考えられる。
このような救急業務の高度化を実現する手段の一つとして、「コールトリアージ」(119番通報からの聞き取りで傷病者の緊急度・重症度を判断し、その結果に応じて適切な救急活動を行おうとする取組)の実施が考えられ、本研究では、コールトリアージの効果検証と推進に向けた研究開発を行った。
その結果、コールトリアージから得られる効果として、(1)心肺停止傷病者に対して、現場に駆けつけた救急隊が傷病者の状況を観察してから搬送する病院を選定する場合よりも、救急隊が駆けつける前に119番通報から聞き取った内容に基づいて病院を選定する場合の方が、現場活動時間を短くすることができ、傷病者の重症度が高いほどその短縮率が高くなる傾向にあること、(2)コールトリアージを全国的に実施すれば、傷病者の社会復帰率が3割程度改善されると予想されることなどが分かった。
効果的なコールトリアージの推進に向けての取組として、119番通報を受けた消防職員がより的確に傷病者の緊急度・重症度を判断するためには、傷病者の容態について何をどのように聴取すればよいかということを調べ、その結果を「緊急度判断マニュアル」に取りまとめた。
さらに、消防本部の通信指令台から119番通報者に画像等で応急手当の方法を助言することのできる「画像応急手当指導システム」や、救急隊からの医療機関に行った傷病者受入れ可否に関する問い合わせの結果を、スマートフォン等を用いて救急隊間で情報共有することで、傷病者を搬送する医療機関の選定を容易にする「病院紹介サポートシステム」の開発も行った。「病院紹介サポートシステム」の開発は、救急事案において傷病者の医療機関への受入れが困難となるケースが相次いで発生したことを受けて、仙台市消防局と共同で開始した取組である。このシステムは、同消防局で運用中である。

b 斜面崩壊現場の消防活動の安全性向上

斜面崩壊、地すべり等の土砂災害現場において救助活動にあたる消防隊員の安全を確保することを目的として、活動現場における斜面を監視し、二次的な崩壊の予兆をつかむ方法の開発に取り組んだ。本研究では、斜面が崩壊する前兆として発生する小さな表面形状の変化を、レーザースキャナという測定装置を利用し、離れたところからリアルタイムで捉えられるかどうかを検討した。その結果、50m程度の近い距離からであれば、斜面のどこで変化が発生し、その変化が続いているかどうかという二次的な斜面崩壊の発生する危険性の評価に役立つデータを入手できることが分かった。
また、高所見張による出火点の迅速な把握方法、火災発生時の消防隊の有効な投入方法、同時多発火災初期段階における有効な消防戦術に関する検討も行った。

大規模自然災害発生時においては、地方公共団体等の災害対策本部が行う応急対策の項目は非常に多い。さらに、対策実施の判断条件、優先順位、対応力の限界などが複雑に絡み合うことなどから、どのような対策を、いつ、どのように実施できるかを迅速かつ的確に判断することは極めて困難と考えられる。加えて、大規模自然災害は頻繁に発生するものではないため、災害対策本部で応急対応にあたる担当者全員が必ずしも経験豊富ではないということも考えられる。こうしたことから、災害対策本部を支援するための情報を提供するシステムの必要性は極めて高いといえる。そこで、災害対策本部が的確に意思決定をし、現在の応急対応状況を正確に把握できるようにするため、「災害対策本部における応急対応支援システム」の開発に取り組んだ。
本システムは、(1)簡易に地震被害を予測できるシステム、(2)応急対応に必要な物資等の需要量を推定するシステム、(3)災害対策本部として実施すべき業務内容を時系列で示し、業務の進捗を管理できるガントチャート(工程表の一種)を組み合わせたシステムである。本システムは実戦での活用もさることながら、災害対策本部の図上訓練で活用することにより、災害対策本部で業務にあたる職員の練度の向上に役立てることができる。本システムは既に一部の地方公共団体及び消防本部で利用されている。

現在、災害情報や避難情報を市町村役場などから住民向けに伝達する手段としては、屋外スピーカーや戸別受信機を通じて音声放送を行う同報系防災行政無線が広く用いられている。しかし、屋外スピーカーの放送では風雨音や雨戸等による遮音により聞こえづらいという問題が指摘されており、戸別受信機については、放送時に受信機から離れていると放送を聞き逃してしまうおそれがある。さらに、音声放送では難聴者に伝わらないなどの問題もある。また、調査の結果、洪水等大規模自然災害に見舞われた地域における住民からは、市町村役場等から発せられる災害情報や避難情報の中には、内容が分かりにくいものや誤解を招くおそれのものがあるという意見もあった。
このような意見等を踏まえ、災害情報や避難情報を誤解なく理解しやすい内容で住民に提供するための「警報伝達システム」の開発を行った。本システムは、分かりやすい広報文案を作成できる「防災情報文章作成システム」及び性能の優れた受信端末装置で構成される。
「防災情報文章作成システム」の開発に当たっては、アンケート調査等により、災害情報や避難情報としてどのような文章が分かりやすく、誤解を招くおそれが小さいものとなるかについての検討を行った。また、「警報伝達システム」の受信端末装置として視聴覚障害者等にも確実に情報が伝わるようにするため、音、振動、光等により警報を発することのできる装置の開発も行った。さらに、全国瞬時警報システムJ-ALERTから伝達される情報を警報伝達システムに受け渡す仕組みについても検討を行った。

オ 特殊災害に対する安全確保

過去に起きた「特殊災害」(ここでは、火災・爆発の危険性、毒性、放射性を有する物質が関係する事件・事故や大型産業施設などに見られる大規模空間における火災等をいう。)では、消防隊員が被災する事態が発生しており、平成7年(1995年)の東京都内における地下鉄サリン事件におけるサリン被害、平成11年(1999年)の茨城県内の核燃料加工施設における臨界事故の際の放射線被ばく、平成14年(2002年)の東京都内のごみ処理施設における火災の際の殉職、平成15年(2003年)の三重県内のゴミ固形化燃料施設における火災の際の殉職などが挙げられる。
「特殊災害」現場における消防隊員の安全確保を考える上での問題点は、(1)消防隊員の進入が可能かどうか判断できない場合があること、(2)建物内部などの災害現場では、進入・移動経路が複雑で分かりにくい場合が考えられること、さらに常に視界が良好であるとは限らないことや、事案によっては特殊な重い活動資機材を持って現場に進入しなければならない場合も考えられることなど、消防隊員にかかる負担がより大きくなることが想定されること、(3)消防隊員の被災につながるような危険性を十分把握できない場合があること等である。
本研究開発では、(1)と(2)の問題への取組として、(ア)「消防防災ロボットの活用の促進」に関する研究を、(3)の問題への取組として、(イ)「大規模空間での火災における消火活動の安全確保」に関する研究を行った。

本研究では、消防隊員の進入が可能かどうか判断できないような現場において、隊員に代わって偵察行動を行うことのできる「検知・探査型災害対策ロボット」(第6-5図)の開発と実用化に取り組んだ。

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このロボットには、可燃性ガス検知器、ガンマ線感知器、パン・チルトカメラ(上下左右に向きを操作できるカメラ)、赤外線カメラ等を搭載することができる。また、様々な災害現場で活動できるよう、完全防水、防塵、耐衝撃性、防爆性等の耐環境性能や、階段昇降機能、転倒時の復帰機能などの高い運動機能が備わっている。ここで開発した「検知・探査型災害対策ロボット」は、既に一部の消防本部で活用されている。
また、「特殊災害」現場で消防活動にあたる隊員にかかる負担の軽減に役立つようなロボットシステムのプロトタイプの開発も行った。このロボットシステムは、複数の小型ロボットが連携を取りながら、消防隊員の後に続いて重い特殊な資機材を隊員に代わって活動現場まで運んだり、要救助者を自律的に災害現場から運び出したりすることができる。
このほか、本研究開発では、狭い領域にも侵入できるロボットの開発に向けて、屈曲性のあるロボットの移動メカニズムに関する研究や、建設作業用アシストスーツを着用して救助機器を操作した場合に、どの程度消防隊員の肉体的負担を軽減できるかを評価するといった基礎的な研究にも取り組んだ。

大規模空間で火災が発生した場合、空間内に封じ込められた煙等の燃焼生成物が空間内部の拡散や混合に伴い下降することも考えられる。このようなことが起きると、消火活動を行っている消防隊員の安全が損なわれる危険が生じる。また、大規模空間における火災では、通常の区画火災に対して得られている熱や煙等の移動の仕方に関する知見やデータが通用しないと考えられるが、大規模空間について必ずしも十分なデータが得られているとはいえない。
本研究では、火災発生時及び消火時の大規模空間内の温度分布と時間変化などの実験データを、火源の規模などの条件をいくつか変えて取得した。その結果、(1)消火活動等により火炎が小さくなった場合でも、すぐに高い位置での温度が下がるわけではないこと、(2)排気設備が稼働している場合でも、燃焼する時間が長くなると、消防隊員がとどまることができる場所と時間が限定的になること等、大規模空間における火災時の消火活動の安全確保に役立つ知見が得られた。

(2) 平成23年度からの研究

消防研究センターでは、平成23年度からの5年間の研究計画として、平成22年度までの研究到達点、最近発生した災害や将来発生が懸念される災害及び不断に継続すべき研究課題等を踏まえたものを作成していた。しかし、東日本大震災で浮き彫りとなった消防防災の科学技術上の課題や、震災を受けてのエネルギー事情の変化など、新たに生じた状況変化に応じた研究開発を実施していくため、研究計画の見直しを行い、第6-2表に掲げる四つの研究課題への取組を始めたところである(詳細は、第I部第4章第8節参照)。

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関連リンク

はじめに
はじめに 我が国の消防は、昭和23年に消防組織法が施行され、市町村消防を原則とする自治体消防制度が誕生して以来、関係者の努力の積み重ねにより着実に発展し、国民の安心・安全確保に大きな役割を果たしてきました。 本年は、3月11日に発生した東日本大震災によって、死者・行方不明者併せて約2万人という甚大な...
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第2節 余震等 気象庁によると、東北地方太平洋沖地震の余震は、岩手県沖から茨城県沖にかけて、震源域に対応する長さ約500km、幅約200kmの範囲に密集して発生しているほか、震源域に近い海溝軸の東側、福島県及び茨城県の陸域の浅い場所で発生している(第1-2-1図)。  これまでに発生した余震は、最大...
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第2章 災害の概要 第1節 人的被害 東北地方太平洋沖地震及びその後の余震は、地震の揺れ及び津波により東北地方の沿岸部を中心として、広範囲に甚大な被害をもたらした。 被害の中でもとりわけ人的被害については、死者16,079名、行方不明者3,499名(11月11日時点)という、甚大な被害が発生した(...