平成29年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、近年増大しつつあるコンビナート施設での災害や、南海トラフ等の大規模地震、大津波といった従来の想定を超える大規模災害に備えるため、以下に掲げる五つの課題について研究開発を行っている(第6-2表)。東日本大震災で発生した化学プラント施設での火災により、新たな消防用ロボットのニーズが高まったことから、平成26年度から災害対応のための消防ロボットの研究開発を実施するとともに、平成28年度から、今後発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震への対応を念頭に、消防防災の科学技術上の課題を解決するための研究開発に取り組んでいる。

第6-2表 消防研究センターにおける研究開発課題

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第6-2表 消防研究センターにおける研究開発課題

(1)消防ロボットシステムの研究開発

ア 背景・目的
平成23年3月に発生した東日本大震災において、千葉県市原市の石油コンビナートで大規模な爆発が発生した。平成24年9月には、兵庫県姫路市において化学プラント爆発火災事故が発生し、消防職員を含む36人が負傷し、消防職員1人が殉職した。このように、石油化学コンビナートにおける大規模・特殊な災害時には、消防隊員が災害現場で活動することは極めて危険であり、困難と言える。しかしながら、災害の拡大を抑制できなければ、危険な領域が拡大し、近隣地域へ影響を及ぼす。さらには、石油化学プラントは社会的基盤として重要な施設であるため、災害発生後の復旧の遅れにより、石油化学製品の供給が滞り、市民生活に影響を及ぼすこととなる。
大規模・特殊な災害に対して消防活動を行う手段としては、ロボットの利用が考えられる。これまでに研究開発されてきた消防ロボットは、遠隔操縦により稼働し、1台で完結しているタイプであった。遠隔操縦によってロボットを稼働させるには、操縦者とロボット間の通信距離に限度があり、大規模・特殊な災害においては安全な距離の確保が難しいという問題があった。加えて、災害状況の把握と対応を1台のロボットで対処することは困難である。
そこで消防庁では、このような災害においても、自律技術により安全な場所からロボットを稼働させることができ、複数のロボットが協調連携し、さらに、高い放射熱に耐えられる性能を備えた消防ロボットシステムの研究開発を進めている。

イ 平成28年度の主な研究開発成果
平成26年度から5年計画で進めている消防ロボットシステムの研究開発では、平成26年度に設計を行い、平成27年度には、設計した機構などを部分的に試作し、その性能を検証するとともに、設計を修正した。
平成28年度は、消防ロボットシステムを構成する各単体ロボットの試作を行った(第6-1図)。左から飛行型偵察・監視、走行型偵察・監視、放水砲及びホース延長の計4機のロボットである。遠隔操縦で対応可能な災害であれば、運用可能なレベルであり、既に高度なロボット制御技術である自律機能や連携機能も一部組み込まれている。基本的な自律機能としては、各ロボットともに地図上で経路や目的地を指定することにより、自律的に飛行ないし走行し移動できる。

第6-1図 試作した消防ロボットシステムの各単体ロボット

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第6-1図 試作した消防ロボットシステムの各単体ロボット

また、連携機能としては、放水砲ロボットとホース延長ロボットは、画像認識により連携して自動的に追従走行ができ、ホース延長ロボットは走行状況に応じて自動的にホースの繰り出し巻き取りができる。
飛行型偵察・監視ロボットは、長時間の活動用に研究開発したもので、充電時間の短縮も図っている。また、耐熱性を高めるために放射熱を反射する繊維で表面を覆っている。
走行型偵察・監視ロボットは、災害が発生したプラント内を他のロボットに先行して走行するため、災害により障害物が飛散している状況も考慮し、車輪とクローラ(履帯)との2つの走行機構を備え、切り替えて走行することが可能となっている。
放水砲ロボットは、国内で想定される最大規模の石油タンク火災に対して50m程度まで接近可能な耐放射熱性を備え、放水量が毎分4,000l、放水圧が1.0MPa、有効最大射程が80mの新規に開発設計したノズルが搭載されている。ホース延長ロボットは、耐放射熱性を高めた直径150mm、長さ50mのホースを6本、計300mのホースを積載し、延長することが可能である。放水砲ロボット及びホース延長ロボットの機構は、液状化した泥地などに強い農業用機械の機構や部品を採用し、四輪駆動としている。また、全てのロボットは電動であり、通常のカメラのほか、熱画像カメラ、可燃性ガス検知器、放射熱計などの計測器、自律制御や協調連携制御のためのGPS、慣性航法装置、レーザー距離計などのセンサーが搭載されている。
完成した試作機は平成29年4月に、消防大学校において実演公開した。実演公開では、自律飛行・走行による偵察、自律・連携走行による放水位置への部署を行うとともに、静岡市消防局の協力の下、ドラゴンハイパー・コマンドユニットのポンプ車からの送水により、放水の実演も行った(第6-2図)。

第6-2図 消防ロボットシステム試作機実演公開

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第6-2図 消防ロボットシステム試作機実演公開

さらに、平成29年度には、試作機を使用し、複数の消防本部(静岡市消防局、四日市市消防本部)において、管内の石油コンビナート等での性能検証試験も実施し、活動現場での運用を想定した試験評価を行った。ほかにも石油コンビナート事業者の協力を得て、石油コンビナートヤードでの試験を実施した。消防本部等における評価結果を踏まえ、自律や協調連携技術の完成度を高めた各ロボットの最終設計を行うとともに、ロボットに搭載されている各種センサー等から取得した情報を統合し、他のロボットの活動へ生かすための統合指令システムを研究開発する。最終的には、「自律」及び「協調連携」という高度なロボット技術を導入した実戦配備型の消防ロボットシステムを研究開発し、平成30年度に完成させる計画である。なお、実戦での運用を考慮し、消防ロボットシステム全体としては、8t車での搬送が可能とし、また、連続稼働時間を10時間としている。

(2)次世代救急車の研究開発

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等において、外国人来訪者に適切に対応するとともに、ビッグデータ、G空間情報等の最新技術を救急車や指令運用システムに活用し、現場到着時間・病院収容時間の延伸防止や救急車の交通事故防止を図るため、次の研究開発を行っている。なお、外国人来訪者への対応に関しては、救急隊用多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」として、特集8「救急体制の充実」に記載している。

ア 救急車運用最適化
(ア)背景・目的
近年、救急車の現場到着時間・病院収容時間が延伸している。この延伸防止のため、救急車の需要分析(通常時、災害時)、最適ルート分析、傷病者情報分析等により救急車の運用体制を最適化するソフトの開発を目的としている(第6-3図)。また、ITS(Intelligent Transport Systems: 高度道路交通システム)の技術などを用いて、走行時間短縮の技術開発を行っている。

第6-3図 運用最適化ソフトのイメージ

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第6-3図 運用最適化ソフトのイメージ

(イ)平成28年度の主な研究開発成果
救急車の通常時における需要分析を行い、最適運用案の検討を行った。また、走行時間短縮へ向けて、救急車周辺の一般車に無線により救急車の接近情報を伝え、一般車が適切に退避していただくこと等を目的とした車車間通信技術に関して、その効果の検討と消防職員へのニーズ調査を行った。

イ 乗員の安全防護
(ア)背景・目的
救急車の交通事故が例年発生しており、これを効果的に防ぐ手立てが必要である。また、万一の衝突時も傷病者等を安全に防護することが必要である。そこで、救急車の走行情報(車車間通信など)を用いた事故防止技術の開発、及び衝突時の安全防護に必要な構造・強度等の安全仕様を作成することを目的としている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
救急車の事故事例や、ヨーロッパにおける救急車の衝突安全基準の調査を行った。また、事故防止技術に関して、車車間通信技術を搭載した救急車等を用いて、消防職員を対象とした評価実験を行い、安全防護技術に関するニーズ調査を行った。

(3)災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

南海トラフ地震・首都直下地震や台風・ゲリラ豪雨等の災害時における、大規模延焼火災や土砂崩れ等への効果的な消防活動を行うため、次の四つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア サブテーマ「災害現場対応の消防車両」
(ア)背景・目的
地震や津波によるがれきにより消防車両のタイヤがパンクし、消防活動に支障があることが想定される。そこで、一般の消防車両用の耐パンク性タイヤの研究開発を行うことを目的としている。この研究成果は、災害現場対応の消防車両開発に活用する予定である。

道路上のがれき
道路上のがれき

(イ)平成28年度の主な研究開発成果
消防車両用の走破性タイヤ開発導入に向けて、タイヤメーカーへのヒアリングなど最新の走破性タイヤ調査や、消防車両への導入可能性について検討を行った。

イ サブテーマ「安全で迅速に土砂災害現場で救助活動をするための研究」
(ア)背景・目的
平成26年広島土砂災害、平成28年熊本地震等では、要救助者の位置推定、がれきの取除きに伴う二次崩落のおそれ等から、救助に時間を要した。そこで、ドローンなど上空からの画像情報を活用した要救助者の位置推定技術の開発や、救助現場での安全ながれき取除き手法の開発を目的としている。これにより、要救助者の位置の迅速な絞り込みや、救助活動に伴う二次災害の防止を行うことが可能になる。

土砂災害救助活動
土砂災害救助活動

(イ)平成28年度の主な研究開発成果
過去の二次崩落について事例を収集した。また、土砂災害の発生地において無人航空機を用いた空撮を行い、撮影準備から解析までの一連の作業に要する人、装備及び時間並びに得られた結果の精度について検証し、消防活動への活用方法について検討した(第6-4図)。

第6-4図 ドローンから撮影した画像を地図として使える解析を行い、地表の"荒さ"を評価して移動の障害が少ないルートを探索しようとする研究成果の例

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第6-4図

このほか、平成28年熊本地震による土砂災害の捜索救助活動現場において、活動場所について危険性の評価を行い、その管理方法について消防機関、警察機関及び自衛隊に技術的助言を行った。

平成28年熊本地震により引き起こされた土砂災害による行方不明者の捜索救助活動現場(写真上部中央)に対する二次災害の危険性を評価するため、崩れた崖の周辺の地形と地質を調査している様子

平成28年熊本地震により引き起こされた土砂災害による行方不明者の捜索救助活動現場(写真上部中央)に対する二次災害の危険性を評価するため、崩れた崖の周辺の地形と地質を調査している様子

ウ サブテーマ「大規模地震災害時の同時多発火災対策に関する研究」
(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震の事前の被害想定や発生時の活動計画策定に資するため、消防用大規模市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究を行っている。現状のシミュレーションでは火災の拡大に影響を与える土地の傾斜が考慮されておらず、傾斜地を多く有する地域では精度が低いため、これを解決するための改良を行っている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究に関しては、土地の傾斜を取り入れる手法について検討を行い、現在利用している延焼時間式と同等の結果を形態係数から得られる式を求めた。また、新たな市街地火災延焼シミュレーションモデルの検証に利用するために、幾つかの斜面地を含む市街地延焼火災の延焼速度の解析を行った。さらに、広範囲の延焼被害予測を高速に行えるシミュレーションモデルを構築するために、経過時間ごとの延焼状況を250mメッシュ単位で計算する機能を追加した。
これらに加え、従来から開発してきた市街地火災延焼シミュレーションプログラムについて、平成28年12月に発生した糸魚川市大規模火災に適用して精度の検証を行うとともに、複数の消防本部及び自治体に提供した(第6-5図)。

第6-5図 糸魚川市大規模火災における検証結果の画面表示

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第6-5図 糸魚川市大規模火災における検証結果の画面表示

エ サブテーマ「広域火災における火災旋風・飛火による被害の防止に向けた研究」
(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震では大規模火災の発生が危惧されているが、火災時の被害を格段に大きくする火災旋風・飛火には未解明な点が多い。大規模火災時の被害想定や消防活動計画策定に資するため、これらの現象を解明するための研究を行っている。火災旋風・飛火の出現を左右する火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究も行っている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
a 「火災旋風の発生メカニズムと発生条件に関する研究」では、木造密集地を模擬した小型の木造住宅19棟を用いた野外実験を平成27年度末に行い、平成28年度に火災周辺気流の解析を行った。その結果、火災風下地上部の風速は、同じ高さの風上から風横にかけての風速よりも大きく、火災からの上昇気流の傾きの増加に伴って増加する傾向があることが明らかになった。これは、上昇気流が傾くと、上昇気流中に形成する旋回気流が火災風下地上部に近づくためであるという可能性があることを観測結果より示した。
b 「飛火現象における火の粉の着火性に関する研究」では、火の粉発生装置による壁面を対象とした実験を行い、家屋周囲での火の粉の挙動に関して検討を行った。その結果、風速が10m/sになると火の粉が壁面前方に堆積することが不可能であり、そのため、可燃物等が周囲に存在しない場合には着火の可能性が低くなることが予測された。また、フェンスがある際の壁面に対する火の粉による着火性を確認した。大規模・中規模実験により、風速が火炎伝ぱ速度に影響を与えていることを示した。
c 「火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究」では、画像相関解析等の技術の文献調査を行い、PIV(Particle Image Velocimetry)を用いて2次元平面内の速度場計測を目的とした基礎実験を実施した。併せて、気流の可視化方法、画像処理で得られた速度情報と超音波風速計で得られた情報を同期させることで計測精度を向上させる方法の検討を進めた。

(4)危険物施設の安全性向上に関する研究開発

南海トラフ巨大地震、首都直下地震等の大地震が切迫している中で、東日本大震災の経験から、地震発生後の早期復旧・復興の実現において、石油タンクなどエネルギー産業施設の強靭化による被害の未然防止、火災等災害発生時の早期鎮圧と徹底した拡大抑止が極めて重要視されている。また、火災危険性に関して知見が少ない物質や一旦火災が発生すると消火が困難な物質が普及し、石油コンビナート地域等の危険物施設における火災・爆発事故の発生が後を絶たないなど化学物質に関する防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険物施設の安全性の向上を目指して、次の三つのサブテーマを設けて研究開発を行っている。

ア サブテーマ「石油タンクの入力地震動と地震被害予測の高精度化のための研究」
(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震の発生時には、石油コンビナート地域をはじめとする大型石油タンク立地地点も、極めて大きな短周期地震動及び長周期地震動に見舞われるおそれがあることが予測されており、これらの大きな揺れによる石油タンクへの影響が懸念される。
一方、東日本大震災等過去の地震時の事例から、石油タンクに対する実効性のある地震被害予防・軽減対策や、災害拡大防止のための地震時応急対応の基礎となる石油タンクの地震時の被害予測が、現状では十分な精度でできないことが明らかになった。
本研究では、石油タンク地震時被害予測の高精度化を目指して、石油タンク被害発生条件と相関の高い短周期地震動の性状を探求するとともに、石油コンビナート地域の長周期地震動特性のピンポイント把握のための実務的手法を開発し、長周期地震動の短距離空間較差をもたらす地下構造中の支配的要因を解明することを目的としている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
平成28年熊本地震により、大分の石油コンビナート地域の石油タンクの浮き屋根にスロッシングによるものと見られる被害が発生したことを受け、現地調査等により被害発生状況等を詳細に把握し、長周期地震動と被害発生状況の関係について検討を行った。

イ サブテーマ「泡消火技術の高度化に関する研究」
(ア)背景・目的
石油タンク火災や流出油火災時の消火対応としては、泡消火が最も有効であるが、その泡消火過程は、燃料の種類、泡の投入方法、泡消火薬剤の種類、泡性状が関与する極めて複合的な現象であるため、泡消火性能の定量的な評価は、極めて難しく、大規模石油タンク火災等に対する詳細な消火戦術や、より効率的な泡消火技術の開発まで至っていないのが現状である。また、国際的動向により、泡消火時の環境負荷低減も考慮しなければならず、早期火災鎮圧及び環境負荷が低いフッ素フリー泡消火薬剤における適切な使用方法等の課題が残されている。
本研究では、これまで検討を続けてきたフッ素含有及びフッ素フリー泡消火薬剤の泡性状に対する消火効率の検討に加え、石油タンク内の油種の違いや泡の投入方法、また石油タンク火災規模に対する、各消火効率の検討も併せて行い、フッ素フリー泡消火薬剤代替時の泡供給率を定量的に示すことを目的としている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
石油タンク内の油種(ノルマルヘプタン、ガソリン、灯油、軽油、A重油)の違いによる、フッ素含有及びフッ素フリー泡消火薬剤に対する消火性能の検討を行い、各種燃料の泡消火性能を定量的化するための検討を行った。最も消火効率の高い泡性状においても、燃料の種類によって泡消火性能は大きく異なることを明らかにした。

ウ サブテーマ「化学物質の火災危険性を適正に把握するための研究」
(ア)背景・目的
化学物質の火災を予防するためには、多岐に及ぶ化学物質の火災危険性を適正に把握し、火災予防・被害軽減対策を立案しておくことが重要である。しかしながら、消防法等を含む従来の火災危険性評価方法では、加熱分解、燃焼性、蓄熱発火及び混合等に対する危険性評価が困難で不十分な場合がある。
本研究では、化学物質及び化学反応について、現在把握できていない火災危険性を明らかにするために、適正な火災危険性評価方法を研究開発することを目的とする。熱量計等を用いて得られる温度及び圧力等を指標として、分解、混合及び蓄熱発火危険性を定量的に評価する方法を検討し、開発する。また、燃焼速度、燃焼熱及び発熱速度等を指標とした燃焼危険性を評価する方法を研究開発する。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
有機過酸化物等の分解危険性について、温度、熱の発生速度及び圧力を同時に測定する危険性評価方法を考案した。液体の有機過酸化物について、気相中における酸化による分解と液相中の熱分解が、火災危険性評価に影響を与えることがわかった。また、金属粉等の燃焼危険性について、試料内部の温度上昇と燃焼速度を指標として火災危険性を評価する装置を試作した。

(5)火災予防と火災による被害の軽減に係る研究開発

我が国における火災件数は年間4万件前後で推移し、死者数は年間約1,500人の被害となっている。火災による被害の軽減のためには、建物からの出火防止や出火建物からの逃げ遅れの対策、特に自力避難困難者の出火建物からの迅速な避難が重要である。これらのことを踏まえ、次の二つのサブテーマを設け、5年間の計画で研究開発を行っている。

ア サブテーマ「火災原因調査の能力向上に資する研究」
(ア)背景・目的
効果的に火災を予防するためには、消防機関が火災原因を調査し、その結果を予防対策に反映していくことが必要である。しかしながら、火災現場では経験的な調査要領に基づくことが多く、静電気着火や爆発、化学分析等のように専門的な知見や分析方法を必要とする分野では、消防機関が利用可能な技術マニュアルの整備がなされていない。このことから、有効な火災予防対策が行えるよう、a 着火性を有する静電気放電の特性の把握、b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成、c 煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定、d 火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルを作成することを目的とした火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行っている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
a 着火性を有する静電気放電の特性の把握
絶縁物からの放電により可燃性混合気が着火するかどうかについて検証するために、布などを想定したシート状の絶縁物からの放電エネルギーを計測するための測定系の検討を行った。絶縁物からの放電は、放電前後の絶縁物の表面電位を測定するだけではエネルギーの計算ができないことから、放電時の電流波形をとらえることで放電エネルギーを計算することが可能な測定系を試作した。絶縁物を強制的に帯電させるためのイオン発生器や球電極、高周波電流プローブ、デジタルオシロスコープなどを用い、放電時の電流波形を記録可能とした(第6-6図)。

第6-6図 放電エネルギーを計測するための計測装置(模式図)

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第6-6図 放電エネルギーを計測するための計測装置(模式図)

b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成
機器分析のために採取する現場試料について、分析機器のデータに影響を及ぼさない採取方法、また分析機器に導入するまでに変質・変化させない試料の保管方法に関して検討を行い、現場調査時に各調査員が実施できる指針としてマニュアルの作成、現場活動時に使用しやすい採取キットの作成を目的とする。さらに、分析機器で採取試料を検査する際に、どのような機器を用いれば何がわかるのか、機器のデータはどのように解釈するのかを一般に使用される数種類の機器ごとにデータとともに示し、過誤の無い結果を導くための理論的裏付けを示し、技術の向上を図ることを目的とする。
そのために、ガスクロマトグラフ分析において、灯油濃度の検出への影響、燃焼した灯油の成分組成変化について検討した。その結果、灯油の検出できる最低限度の濃度は0.01g/l程度であり、0.01~100g/lの濃度範囲で安定したピーク面積比を与えることがわかった。また、直接灯油をかけた雑巾より、その下の砂の方が高い強度で灯油を検出できた。さらに、同一灯油量の条件では、燃焼による灯油の変化は燃焼時間の影響が大きく、燃焼時間が長いほど、低沸点成分は揮発し、ピーク面積の最大値は大きく高沸点成分側にシフトした。
c 煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定
煤の壁面付着状況を調べるための実験装置(実験区画)を作成した。火災実験後に煤の壁面付着状況を撮影、観察できるように、一部の側壁は取り外し可能な交換壁(石膏ボード)とし、実験データ取得のためのガス温度計測のための熱電対や発熱速度計測のための重量計を設置した。
d 火災現場において、どのような爆発があったか判断するためのマニュアルの作成
消防機関が、化学工場で爆発があったらしいという通報を受けて出動し現場に到着した際に、施設が激しく壊れており大きな音がしたという証言があれば、爆発があったと判断できる。しかし、現場に到着したときには火災が見えず、施設の一部に破壊の跡が発見されたのみであった場合、破壊の原因は爆発かどうかの判断が容易にできないことがある。また、現場に到着したときには火災を発見したが、火災のみでは説明できない破壊の跡が施設の一部にあった場合、爆発を起点とする火災なのかどうか容易に判断できないことがある。このように、小規模な爆発が発生し、施設の一部のみが破壊されると、爆発があったかどうか容易に判断できないことがある。爆発があったかどうかを判断し、爆発があったとしたらどの程度の規模かを推定するためには、何を見たらよいか、どこを見たらよいかを示す消防機関向けのマニュアルを作成する。そのために、過去の事故事例を参考にして、小規模な爆発実験を行った。
低引火点の可燃性液体が建物内に漏えいして気化し、可燃性予混合気が形成されて着火し、火炎が伝ぱし、建物が壊れるという想定で、小規模なガス爆発の実験を行った。実験は横浜市消防局と共同で行った。金属製のアングルを組んで、直方体の枠をつくり、その6面を薄いプラスチックシートで覆うことにより、内容積約200lの角形密閉容器を作成した。容器内をヘキサンと空気から成る可燃性予混合気で満たし、電気火花で着火し、火炎が容器内を伝ぱする様子を観察した(第6-7図)。

第6-7図 火炎の伝ぱする様子

<1>電気火花で着火する。
<1>電気火花で着火する。
<2>火炎が伝ぱする。
<2>火炎が伝ぱする。
<3>内圧が上昇し、プラスチックシートが破れ始める。
<3>内圧が上昇し、プラスチックシートが破れ始める。
<4>プラスチックシートが破れ、火炎が外部に噴出する。
<4>プラスチックシートが破れ、火炎が外部に噴出する。

イ サブテーマ「火災時における自力避難困難者の安全確保に関する研究」
(ア)背景・目的
火災における人的被害を軽減するためには、火災が発生した建物からの迅速な避難が必要であり、特に、自力避難困難者が在館するグループホームなどの施設においては、建物個々の構造や設備、在館者の状態に応じ、きめ細かく避難対策を講じていくことが重要である。これら施設における自力避難困難者の安全確保のために、火災時避難計画の策定に資する避難方法の分析や避難介助行動、避難を補助する機器の開発を目的とした研究開発を行っている。
(イ)平成28年度の主な研究開発成果
グループホームや特別養護老人ホーム等、高齢者福祉施設10施設についての避難訓練の状況を調査し、その方法等から避難時間の短縮が図れると考えられる事項、効果的な避難活動が行えると思われる改善事項等を検討した。
居室から避難済みであることを示す表示を用いて、避難後の再確認に活用している施設が全体の2割あり、この表示を効果的に活用することで逃げ遅れの防止や介助者の確認作業の軽減を図れる可能性があった。そこで、従来行っていた複数の住宅用火災警報器を連動鳴動させる技術を適用し、火災報知器連動でランプが点灯するインジケーターの仕様等を開発した。
自力歩行が困難である入居者を布団にのせたまま引きずり移動により避難する手法を試みている施設がみられた。このことから、引きずりの摩擦係数、材質等を考慮した避難補助器具を開発するため、引きずりに要する力の大きさを計測する基礎的実験を行った。

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