平成30年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、コンビナート施設での災害や、南海トラフ等の大規模地震、大津波といった大規模災害に備えるため、以下に掲げる五つの課題について研究開発を行っている(第6-2表)。東日本大震災や化学プラント施設での事故により、新たな消防用ロボットのニーズが高まったことから、平成26年度から災害対応のための消防ロボットシステムの研究開発を実施するとともに、平成28年度から、今後発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震への対応を念頭に、消防防災の科学技術上の課題を解決するための研究開発に取り組んでいる。

なお、平成28年12月に発生した糸魚川市大規模火災が、昭和51年(1976年)に発生した酒田大火以後、地震時を除いてはじめて延焼規模が3万m2を超える大規模な火災となったことを踏まえ、平成30年度から「火災延焼シミュレーションの高度化に関する研究開発」を開始したところである。

第6-2表 消防研究センターにおける研究開発課題

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(1)消防ロボットシステムの研究開発

ア 背景・目的

平成23年3月に発生した東日本大震災において、千葉県市原市の石油コンビナートで大規模な爆発が発生した。平成24年9月には、兵庫県姫路市において化学プラント爆発火災事故が発生し、消防隊員を含む36人が負傷し、消防隊員1人が殉職した。このような大規模・特殊な災害時には、消防隊員が災害現場で活動することは極めて危険であり、困難である。しかしながら、災害の拡大を抑制できなければ、危険な領域が拡大し、近隣地域へ影響を及ぼす。また、石油コンビナートや化学プラントは社会的基盤として重要な施設であるため、災害発生後の復旧の遅れにより、石油化学製品の供給が滞り、市民生活に影響を及ぼすこととなる。

大規模・特殊な災害に対して消防活動を行う手段としては、ロボットの利用が考えられる。これまでに研究開発されてきた消防ロボットは、遠隔操縦により稼働し、1台で完結しているタイプであった。遠隔操縦によってロボットを稼働させるには、操縦者とロボット間の通信距離に限度があり、大規模・特殊な災害においては安全な距離の確保が難しいという問題があった。加えて、災害状況の把握と対応を1台のロボットで対処することは困難である。

そこで消防庁では、このような災害においても、自律技術により安全な場所からロボットを稼働させることができ、複数のロボットが協調連携し、さらに、高い放射熱に耐えられる性能を備えた消防ロボットシステムの研究開発を進めている(第6-1図)。

第6-1図 開発する消防ロボットシステムのイメージ

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イ 平成29年度の主な研究開発成果

平成26年度から5年計画で実戦配備型消防ロボットシステムを研究開発し、平成31年度から2年間、消防本部に実証配備し、量産型としての仕様をまとめる計画である。これまで、平成26年度に設計を行い、平成27年度には、設計した機構等を部分的に試作し、平成28年度には各単体ロボットの試作機を開発した。

平成29年度は、消防ロボットシステムを構成する各単体ロボットの試作機を、約2か月間、静岡市消防局及び四日市市消防本部において各消防隊員が稼働させ、現場での運用を想定した試験評価を実施した。消防本部の施設内における試験評価に加え、管内の石油コンビナートにおける試験評価も実施した(第6-2図)。

第6-2図 石油コンビナートにおける試験評価

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消防本部における試験評価では、主に次の問題点等が明らかになり、実戦配備型の完成に向けて改良や機能の高度化等を進めている。ロボット単体を中心に試作を進めたため、隊員がロボットへの指示を入力する指令システムについて、使いやすさという観点から改良の要望があり、これらの要望を基に指令システムの改良研究を進めている。また、石油タンクに近接するために、坂道を通過する必要があり、坂道を経路上の障害物と誤認識し、通過できない状況があったため、自律走行技術の高度化による解決を進めている。このほかに、搬送車両への積載を考慮した各ロボットの小型化、また、通信ケーブルを光ファイバーケーブルへ変更すること等の改良を進め、平成30年度末には実戦配備可能型として完成させる計画である。実戦配備型の放水砲ロボット及びホース延長ロボットのイメージ図は第6-3図のとおりである。

第6-3図 実戦配備型放水砲ロボット及びホース延長ロボットの完成イメージ図

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なお、実戦での運用を考慮し、消防ロボットシステム全体としては、10t車での搬送を可能とし、また、連続稼働時間を10時間としている。

(2)次世代救急車の研究開発

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等において、外国人来訪者に適切に対応するとともに、ビッグデータ、G空間情報等の最新技術を救急車や指令運用システムに活用し、現場到着時間・病院収容時間の延伸防止や救急車の交通事故防止を図るため、次の三つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 外国人傷病者対応

外国人来訪者への対応に関しては、国立研究開発法人情報通信研究機構との共同研究により救急隊用多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」を研究開発し、平成29年4月から実用化した(第6-4図)。「救急ボイストラ」普及状況に関しては第2章第4節 救急体制に記載している。

第6-4図 救急ボイストラの画面(定型文表示)

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救急ボイストラの使用状況

イ 救急車運用最適化

(ア)背景・目的

近年、救急車の現場到着時間・病院収容時間が延伸している。この延伸防止のため、救急車の需要分析(通常時、災害時)、最適ルート分析、傷病者情報分析等により、救急車の運用体制を最適化するソフトの開発を目的としている。また、ITS(Intelligent Transport Systems: 高度道路交通システム)の技術等を用いて、走行時間短縮の技術開発を行っている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

救急車の運用体制を最適化するソフトは、「救急需要予測」と「救急隊の最適配置」の2つから構成される。このうち「救急需要予測」は、その基礎となる分析を実施し、予測が可能であることが判明したが、今後その予測方法の確立のために改良が必要である。また「救急隊の最適配置」は、最適配置方法の基礎となる手法を開発し、その効果の見通しを明らかにした。

走行時間短縮技術では、ITSの一つであるITS CONNECT*1の車載機を救急車に搭載し(第6-5図)、名古屋市、豊田市において走行時間短縮効果の実証実験を開始した。

第6-5図 ITS CONNECT搭載救急車

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ウ 乗員の安全防護

(ア)背景・目的

救急車の交通事故が例年発生しており、これを効果的に防ぐ手立てが必要である。また、万一の衝突時も傷病者等を安全に防護することが必要である。そこで、救急車の走行情報(車車間通信等)を用いた事故防止技術の開発、及び衝突時の安全防護に必要な構造・強度等の安全仕様を作成することを目的としている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

救急車の衝突実験(正面、側面)を実施し、衝突時の挙動を把握した。また、名古屋市、豊田市においてITS CONNECT車載機を救急車に搭載し、事故防止技術の実証実験を開始した。

*1 見通しが悪い交差点等において、車両同士や道路に設置された路側インフラ設備との無線通信によって得られる情報をドライバーに知らせることで、運転の支援につなげるシステム(出典:ITS CONNECT推進協議会 ホームページ)

(3)災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

南海トラフ地震・首都直下地震や台風・ゲリラ豪雨等の災害時における、大規模延焼火災や土砂崩れ等への効果的な消防活動を行うため、次の四つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 災害現場対応の消防車両

(ア)背景・目的

地震や津波によるがれきにより消防車両のタイヤがパンクし、消防活動に支障があることが想定される。そこで、一般の消防車両用の耐パンク性タイヤの研究開発を行うことを目的としている。この研究成果は、災害現場対応の消防車両開発に活用する予定である。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

消防車両に必要な耐パンク性能について整理するとともに、耐パンク性タイヤの一つの候補となるパンク防止剤を注入したタイヤについて、耐パンク性検証実験を実施し、その性能を把握した。

イ 安全で迅速に土砂災害現場で救助活動をするための研究

(ア)背景・目的

平成26年広島土砂災害、平成28年熊本地震等では、要救助者の位置推定、がれきの取り除きに伴う二次崩落のおそれ等から、救助に時間を要した。そこで、無人航空機(ドローン等)による上空からの画像情報を活用した要救助者の位置推定技術の開発や、救助現場での安全ながれき取り除き手法の開発を目的としている。これにより、要救助者の位置の迅速な絞り込みや、救助活動に伴う二次災害の防止を行うことが可能になる。

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土砂災害救助活動

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

過去の二次崩落について事例の収集分析を継続するとともに、生存救出の事例の収集を始め、生存者の救出のために必要な条件について検討している。また、土砂災害の発生地においてドローンを用いた空撮を行い、撮影準備から解析、消防活動への活用方法について検討を継続している(第6-6図)。

第6-6図 ドローンの空撮画像を用いて作成した数値標高モデル(左)と崩壊前後の標高差分図(右)

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(備考)標高差分図では土砂の浸食域、流送域、堆積域の分類も行っている。堆積域の層厚から崩壊土砂量を概算することができ、土砂を排除するために必要な人員・資機材等を見積もることができるようになると考えている。

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平成29年7月九州北部豪雨により発生した大分県日田市小野地区の大規模崩壊を対象としたドローンによる空撮写真

ウ 大規模地震災害時の同時多発火災対策に関する研究

(ア)背景・目的

南海トラフ地震や首都直下地震の事前の被害想定や発生時の活動計画策定に資するため、消防用大規模市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究を行っている。現状のシミュレーションでは、火災の拡大に影響を与える土地の傾斜が考慮されておらず、傾斜地を多く有する地域では精度が低いため、これを解決するための改良を行っている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究に関しては、土地の傾斜を取り入れるため現在利用している延焼時間式と同等の結果を形態係数から得られる式を平成28年度に導出しており、この式を市街地火災延焼シミュレーションで利用することを目的として、延焼経路作成ソフトウェアに対して各建物の外周線上の点における隣接建物壁面の形態係数を計算するためのパラメータ計算機能を追加した。また、広範囲の延焼被害予測を高速に行えるシミュレーションモデルを構築するために、ある1棟から出火した火災が一定時間内に延焼する範囲を、地域内のすべての建物に対して計算する機能や、地域内に被害想定等の出火件数に基づいて出火建物をランダムに設定して延焼計算を繰り返した結果からメッシュ単位に延焼棟数の平均値等を求める機能を開発した。

さらに、広域版地震被害想定システムに対して、延焼棟数の期待値を提示する機能を追加することを目的として、風向・風速の各条件に応じた延焼クラスタをメッシュごとに事前計算して延焼棟数の期待値を計算した場合に、どの程度の計算量が必要となるのか検討を行った。

これらに加え、「糸魚川市大規模火災を踏まえた今後の消防のあり方に関する検討会」の報告書を受け、消防研究センターホームページにおいて消防本部及び消防団を対象として従来から開発してきた市街地火災延焼シミュレーションプログラムを公開するとともに、問合せのあった複数の消防本部及び自治体に対して、計算に用いるための都市データを提供した(第6-7図)。

第6-7図 市街地火災延焼シミュレーションソフトウェアのダウンロードページ(消防本部、消防団を対象)

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エ 広域火災における火災旋風・飛火による被害の防止に向けた研究

(ア)背景・目的

南海トラフ地震や首都直下地震では大規模火災の発生が危惧されているが、火災時の被害を格段に大きくする火災旋風・飛火には未解明な点が多い。大規模火災時の被害想定や消防活動計画策定に資するため、これらの現象を解明するための研究を行っている。また、火災旋風・飛火の出現を左右する火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究も行っている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

a 「火災旋風の発生メカニズムと発生条件に関する研究」では、平成28年12月に発生した糸魚川市大規模火災の延焼状況についての分析を重点的に行った。これまで行ってきた実験研究で、火災域風下に発生する火災旋風の発生には、火災領域の形状・寸法が大きな影響を与えることが分かっているが、過去の市街地大火拡大の様子を記録した延焼動態図では、火災の最先端の位置である火災前線の形状しか分からず、火災領域の形状・寸法は分からなかった。本火災では、火災上空からの空撮映像・写真が入手できた時間帯について、火災領域の形状・寸法を把握することができた。また、飛火(火の粉による出火)の位置は、上空の煙の輪郭近傍に多いことが分かった(第6-8図)。これは、風で傾いた火災からの上昇気流内で、互いに逆方向に回転する渦のペアーによって火の粉が風と直交する方向(ここでは東西方向)に飛散し、煙もまた渦のペアーに追従するためである可能性がある。さらに、火災領域の北西部の延焼速度は、東向きの方が西向きよりも大きかったことが分かった。このことも、この渦のペアーが地上付近で起こす風の影響である可能性がある。これら以外にも、延焼についての複数のことが明らかになり、調査報告書としてまとめた(第6-9図)。

第6-8図 糸魚川市大規模火災での飛火の位置と上空の煙の輪郭

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(備考)▲は飛火の位置。時刻は飛火推定時刻。時刻の前の丸で囲んだ数字は飛火の順序。赤の線は延焼範囲。黒の太線は13時25分30秒前後の上空の煙の輪郭。この時刻以降の飛火は青の丸で囲んである。青の丸で囲んだ飛火は、煙の輪郭近傍に多いことが分かる。このことは、上昇気流内の渦のペアーによる影響と考えると辻褄が合う。ただし、火災域中央部は煙に覆われている時間が長かったため、中央部にもっと多くの飛火があった可能性はある。

第6-9図 糸魚川市大規模火災の火災前線図

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(備考)矢印は延焼方向。赤の時刻は火災前線の時刻。四角で囲んだ時刻は飛火推定時刻。時刻の前の丸で囲んだ数字は飛火の順番。黒の点線は延焼範囲。

b 「飛火現象における火の粉の着火性に関する研究」では、日本瓦屋根を対象とし、火の粉発生装置を用いた実験を行い、瓦屋根付近での火の粉の挙動を観察した。大規模・中規模両方の実験で、火の粉が瓦の下に潜り込む現象を確認した。着火は確認できなかったが、桟木(さんぎ)が焦げているのが確認された。潜り込んだ火の粉によって、屋根の桟木・野地板等から着火に至る可能性が確認できた。また、糸魚川市大規模火災で採取した火の粉の解析を行った。最大の火の粉は114gあったが、火災現場で採取した火の粉に関しては質量0.1g以下の小さなものが60%以上を占めていた。火の粉の投影面積と質量の間には正の相関関係が見られた。

c 「火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究」では、平成28年度に引き続き、画像相関解析等の技術の文献調査を行い、PIV(Particle Image Velocimetry)を用いて2次元平面内の速度場計測を目的とした基礎実験を実施した。また、平成29年度から新たに、可視画像と3次元超音波風速計の計測値に加え、熱画像を同期させて気流速度を計測する方法の開発の検討を進めた。

(4)危険物施設の安全性向上に関する研究開発

南海トラフ地震、首都直下地震等の大地震が切迫している中で、東日本大震災の経験から、地震発生後の早期復旧・復興の実現において、石油タンク等エネルギー産業施設の強靭化による被害の未然防止、火災等災害発生時の早期鎮圧と徹底した拡大抑止が極めて重要視されている。また、火災危険性に関して知見が少ない物質や、一旦火災が発生すると消火が困難な物質が普及し、石油コンビナート地域等の危険物施設における火災・爆発事故の発生が後を絶たない等、化学物質に関する防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険物施設の安全性の向上を目指して、次の三つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 石油タンクの入力地震動と地震被害予測の高精度化のための研究

(ア)背景・目的

南海トラフ地震や首都直下地震の発生時には、石油コンビナート地域をはじめとする大型石油タンクの立地地点も、極めて大きな短周期地震動及び長周期地震動に見舞われるおそれがあることが予測されており、これらの大きな揺れによる石油タンクへの影響が懸念される。

一方、東日本大震災等過去の地震時の事例から、石油タンクに対する実効性のある地震被害予防・軽減対策や、災害拡大防止のための地震時応急対応の基礎となる石油タンクの地震時の被害予測が、現状では十分な精度でできないことが明らかになった。

本研究では、石油タンク地震時被害予測の高精度化を目指して、石油タンク被害発生条件と相関の高い短周期地震動の性状を探求するとともに、石油コンビナート地域の長周期地震動特性のピンポイント把握のための実務的手法を開発し、長周期地震動の短距離空間較差をもたらす地下構造中の支配的要因を解明することを目的としている。

(イ)平成29年度までの主な研究開発成果

短周期地震動による石油タンクの被害発生条件を調べる上で重要なパラメータの一つである石油タンクのバルジング振動*2の固有周期を、硬質地盤上に立地する容量12万5,000kLの大型石油タンクにおける微動測定データから実測した。その結果、基本モード固有周期は、消防法令で定められている硬質地盤立地条件に対するバルジング固有周期の算定式による算定値とよく一致することがわかった。

また、石油コンビナート地域の長周期地震動特性ピンポイント把握のための実務的手法の開発に向けて、地震動のコンピューターシミュレーションにより、現実に近い複雑な地下構造における長周期地震動の性質について調べた。その結果、複雑な地下構造中のある地点における長周期地震動の振幅の深さ方向の変化のしかたは、地震波の入射条件や周期によっては、その地点直下の地下構造から比較的簡単な方法で計算されるものと概ね一致する場合があることが分かった。この性質をうまく利用すれば、地下構造モデルから、簡易な方法で、長周期地震動の増幅特性を粗くではあるかもしれないが、推定できる可能性が見いだされた。

イ 泡消火技術の高度化に関する研究

(ア)背景・目的

石油タンク火災や流出油火災時の消火対応としては、泡消火が最も有効であるが、その泡消火過程は、燃料の種類、泡の投入方法、泡消火薬剤の種類、泡性状が関与する複合的な現象であるため、泡消火性能の定量的な評価は、極めて難しく、大規模石油タンク火災等に対する詳細な消火戦術や、より効率的な泡消火技術の開発まで至っていないのが現状である。また、国際的動向により、泡消火時の環境負荷低減も考慮しなければならず、早期火災鎮圧及び環境負荷が低いフッ素フリー泡消火薬剤における適切な使用方法等の課題が残されている。

本研究では、これまで検討を続けてきたフッ素含有及びフッ素フリー泡消火薬剤の泡性状に対する消火効率の検討に加え、石油タンク内の油種の違いや泡の投入方法、また石油タンク火災規模に対する、各消火効率の検討も併せて行い、フッ素フリー泡消火薬剤代替時の泡供給率を定量的に示すことを目的としている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

泡供給率(単位面積、単位時間当たりの投入量)をパラメータとした時の、各燃料(ノルマルヘプタン、ガソリン、軽油、A重油)の泡消火実験を実施し、火災時の放射熱測定から、消火可能となる泡供給率の検討を行い、基準燃料(ノルマルヘプタン)に対する、各燃料の泡供給率の増減係数を具体的に明らかにした。

ウ 化学物質の火災危険性を適正に把握するための研究

(ア)背景・目的

化学物質の火災を予防するためには、多岐に及ぶ化学物質の火災危険性を適正に把握し、火災予防・被害軽減対策を立案しておくことが重要である。しかしながら、消防法等を含む従来の火災危険性評価方法では、加熱分解、燃焼性、蓄熱発火及び混合等に対する危険性評価が困難で不十分な場合がある。

本研究では、化学物質及び化学反応について、現在把握できていない火災危険性を明らかにするために、適正な火災危険性評価方法を研究開発することを目的とする。熱量計等を用いて得られる温度及び圧力等を指標として、分解、混合及び蓄熱発火危険性を定量的に評価する方法を検討し、燃焼速度、燃焼熱及び発熱速度等を指標とした燃焼危険性を評価する方法の研究開発を行っている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

a 熱量計等を用いて定量的に分解危険性を評価する方法の確立を目指し、有機過酸化物であるDTBP(ジ-tert-ブチルペルオキシド)のトルエン溶液を試料として、基礎データを得るための実験を行った。その結果、試料の発熱量を求める場合、気相における分解反応を考慮する必要性があることが判明し、DTBP体積に対する気相体積の比が20以下の測定条件で発熱量を評価するべきであることを提案した。

b 燃焼速度、燃焼熱および発熱速度等を指標とした燃焼危険性評価方法を得ることを目的とし、試作した燃焼速度測定装置を用いて有機過酸化物等の燃焼速度を測定した。燃焼速度、燃焼熱および発熱速度等を指標とした燃焼危険性評価方法を検討した。

*2 タンクの側板と内容液の連成振動

(5)火災予防と火災による被害の軽減に係る研究開発

我が国における火災件数は年間4万件前後で推移し、死者数は年間約1,500人の被害となっている。火災による被害の軽減のためには、出火原因の研究を踏まえた火災予防や出火建物からの迅速な避難が重要である。これらのことを踏まえ、次の二つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 火災原因調査の能力向上に資する研究

(ア)背景・目的

効果的に火災を予防するためには、消防機関が火災原因を調査し、その結果を予防対策に反映していくことが必要である。しかしながら、火災現場では経験的な調査要領に基づくことが多く、静電気着火や爆発、化学分析等のように専門的な知見や分析方法を必要とする分野では、消防機関が利用可能な技術マニュアルの整備がなされていない。このことから、有効な火災予防対策が行えるよう、a 着火性を有する静電気放電の特性の把握、b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成、c 煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定、d 火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルを作成することを目的とした火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行っている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

a 着火性を有する静電気放電の特性の把握

絶縁物からの放電により可燃性混合気が着火するかについて検証するために、布等を想定したシート状の絶縁物からの放電エネルギーを計測するための測定系の検討を行った。絶縁物からの放電は、放電前後の絶縁物の表面電位を測定するだけではエネルギーの計算ができないことから、放電時の電流波形をとらえることで放電エネルギーを計算することが可能な測定系を構築した。絶縁物を強制的に帯電させるためのイオン発生器や放電させるための球電極、高周波電流プローブ、デジタルオシロスコープ等を用い、放電時の電流波形を記録可能なものとした。

実際の火災において、静電気放電による着火が疑われる事案の原因調査を実施した。鉛蓄電池から発生した水素に着火した事案では、蓄電池室にある保守点検用のマンホールを開放する際に、フランジに挟んでいたゴムパッキンの剥離帯電が原因となり、静電気放電が起こり、水素混合気に着火した可能性が高いことを示した。

b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成

試料採取用キットの作成、鉱物油類が付着した試料の保存方法の検討を行った。試料採取用キットの作成については、キットを試作し、富山県内8本部、埼玉県内1本部、静岡県内1本部で試用を行い、各本部から、実際の使用に関しての意見を聴取し、内容物のサイズ、数量を変更した。鉱物油類が付着した試料の保存方法については、内部標準物質を選定し、ポリ袋が1重と2重の場合における鉱物油の残量の変化を定量的に調べる実験を行った。

c 煤の壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定

建物火災時の煙の動きと煤の壁面付着の関係性を見出すのに必要な廊下状区画の実験装置を改良し、流れてくる煙の光学的濃度・速度を測定するための煙濃度計・二方向管(微差圧計)を追加で設置した。煤を付着させる壁面を石こうボードとした本装置を用いて、0.33m角の角形火皿に燃料n-ヘプタン(500mL)を入れて火災実験を実施し、壁面への煤付着状況を観察した。実験条件と同様の計算条件にて火災シミュレーションを実施し、実験装置内のガス温度を比較検討することで、実験データが妥当であることを確認した。

d 火災現場において、どのような爆発があったか判断するためのマニュアルの作成

ガス爆発が発生した際に、現場にあったものにどのような痕跡が残るかを実験的に調べるため、実験用の密閉容器内をヘキサンと空気から成る可燃性予混合気で満たして電気火花で着火し、着火する位置と反対側に設置した4種類の試料が、伝ぱする火炎によってどのような影響を受けるかを観察した(第6-10図)。

第6-10図 火炎伝ぱの様子

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イ 火災時における自力避難困難者の安全確保に関する研究

(ア)背景・目的

火災における人的被害を軽減するためには、火災が発生した建物からの迅速な避難が必要であり、特に、自力避難困難者が在館するグループホーム等の施設においては、建物個々の構造や設備、在館者の状態に応じ、きめ細かく避難対策を講じていくことが重要である。これら施設における自力避難困難者の安全確保のために、火災時避難計画の策定に資する避難方法の分析や避難介助行動、避難を補助する機器の開発を目的とした研究開発を行っている。

(イ)平成29年度の主な研究開発成果

グループホーム、特別養護老人ホーム等、高齢者福祉施設の3施設についての避難訓練の状況を調査し、その方法等から避難時間の短縮が図れると考えられる事項、効果的な避難活動が行えると思われる改善事項等を検討した。さらに、平成28年度に引き続き各入居者の避難行動に対する能力を調査した。

自力歩行が困難である入居者を、布団にのせたまま引きずり移動により避難する手法を試みている施設がみられた。平成28年度に実施した、引きずりに要する力の大きさを計測する基礎的実験の結果を基に、接地面との摩擦を軽減すると思われる3種類のプラスチック板を布地に固定し、60kgのダミー人形を乗せた状態でどの程度の引きずり力が必要となるかの予備実験を行った。その結果、床材質とプラスチック材質の組み合わせの違いにより、引きずり力が異なることが認められた。

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引きずり力の測定用にダミー人形を乗せて試作した避難補助器具

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