平成30年版 消防白書

3.運航の安全性の向上に向けた消防庁の取組

相次ぐ消防防災ヘリコプターの墜落事故を受け、消防庁では事故の再発防止策の検討や安全管理意識の高い組織づくりに向けた調査研究等を行い、その成果を、消防防災ヘリコプターを運航する地方公共団体に助言してきている。

(1)「消防防災ヘリコプターによる山岳救助のあり方に関する検討会」(岐阜県及び埼玉県防災ヘリコプターの墜落事故を受けた対応)

平成21年の岐阜県防災ヘリコプター、平成22年の埼玉県防災ヘリコプターの墜落事故が続いたことを受け、平成22年から24年にかけて、消防庁において「消防防災ヘリコプターによる山岳救助のあり方に関する検討会」が設置され、山岳地帯でのホバリングによる救助活動、救助方法の選択、出動の決定、救助要請のあり方等について検討が行われた。検討会報告書において、「事故の要因となる物的、人的、環境的、組織的危険要因を一つ一つ排除することにより、事故の発生確率は低下して事故の防止に繋がる。何か一つを改善することで事故が直ちになくなるのではなく、小さな事故が発生したときには見逃すことなく、徹底した再発防止策の検討と改善を継続しなければならない。」との基本的な考えが示され、ボイスプロシージャー(発唱手順)において、死角部分の見張りに関する規定を整備し、確実に見張りを行うように努めること、山岳救助訓練について再点検を行うこと、機長は運航管理者の判断を尊重することなどにより冷静に状況を判断することなどが提言された。
消防庁は、消防組織法第37条の規定に基づく助言として、「消防防災ヘリコプターによる山岳救助のあり方に関する検討会報告書について」(平成24年5月29日付け消防広第17号消防庁国民保護・防災部広域応援室長通知)により、各運航団体に対して報告書提言に示す最優先事項及び計画的に実行すべき事項等について再確認することを要請した。

(2)「消防防災ヘリコプターの安全性向上・充実強化に関する検討会」(長野県消防防災ヘリコプターの墜落事故を受けた対応)

ア 検討会設置の背景

消防庁は、平成29年の長野県消防防災ヘリコプターの事故後直ちに、「消防防災ヘリコプターの安全確保の再徹底について」(平成29年3月8日付け消防広第67号消防庁国民保護・防災部広域応援室長通知)により、各運航団体に対して、安全管理体制の再点検、訓練時を含めた安全確保の徹底、地形、気象等の事前把握の徹底、運航時の留意事項について注意喚起を行い、その後、アンケート及びヒアリングによる状況調査を行った。
また、今後の事故防止に向けては、全ての運航団体の状況調査から把握された課題の解決、航空消防防災体制の充実策及び消防防災ヘリコプター操縦士の養成・確保策を、現時点における着手可能な再発防止策として位置付け、消防関係者及び有識者で構成する「消防防災ヘリコプターの安全性向上・充実強化に関する検討会」を平成29年8月に設置した。計4回の検討会を開催し、課題の解決に向けた取組について検討が行われ、平成30年3月に報告書(以下「平成29年度検討会報告書」という。)が取りまとめられた。

イ 検討会報告書の概要

平成29年度検討会報告書では、消防防災ヘリコプターの現状と課題を整理したうえで、運航団体が取り組むべき項目について提言がなされた。
(ア)消防防災ヘリコプターの現状と課題
運航体制・運航の安全性については、これまでの検討会での提言事項が徹底されていない面があること、更なる安全確保に向けてソフト、ハード両面で一層の取組みが必要なことが示された。
航空消防防災体制については、相互応援体制の強化、関係機関との協力関係を更に強化する必要が示され、ヘリコプター操縦士の養成・確保については、高齢化等により今後の操縦士確保に懸念があること、運航団体による操縦士の技能管理が重要との指摘がなされた。
(イ)運航団体に対する提言事項
運航団体に対する提言は、山岳救助時等の困難業務時のみならず通常運航時も含めた視点から、安全管理を見つめ直す時期が来ており、安全性の向上策、航空消防防災体制の充実強化、消防防災ヘリコプター操縦士の養成・確保について取りまとめられた。
a 安全性向上策
(a)ヘリコプター動態管理システムの常時活用及び高度化
運航種別にかかわらず常時起動、通信間隔の短縮により、地上からの監視体制を強化する必要がある。飛行時の機体状況の可視化は飛行後の運航面の振り返りにも活用でき安全性向上への効果も期待できる。
(b)ヒヤリ・ハット事例の共有化
過去のヒヤリ・ハット事例を蓄積し共有していくことは長期的な事故防止策につながり、安全管理意識の醸成にも効果が期待できる。共有の仕組みについては消防庁において検討する必要がある。
(c)CRM*2(クルー・リソース・マネジメント)の導入
航空隊内におけるチーム力向上のためにCRMを積極的に導入する必要がある。導入に向けた研修の手法等については継続的に研究を重ねていく必要がある。
(d)2人操縦体制の導入による運航の安全の確保
操縦かんを握る機長に生じる不測の事態への備えは何よりも優先されるものであり、計器類の操作補助によって機長の負担軽減が可能となる。操縦士の養成・確保とも合わせ、各運航団体が計画的に導入を進めていく必要がある。
(e)フライトレコーダー・ボイスレコーダーの搭載
フライトレコーダー・ボイスレコーダーは、事故の原因究明の迅速化、長期的な航空安全への貢献の観点から、機体更新時に合わせて搭載する必要がある。
(f)消防防災航空隊の組織、人員等
客観的な立場から航空隊を管理・監督する運航責任者と気象情報や活動に関わる情報を適宜機体側に伝える役割を果たす運航管理要員を常時航空隊基地に配置すること。
(g)ヘリコプターの運航に関する規程・要綱の整備徹底
全運航団体が、規程、要綱、マニュアル等の点検・見直しを行い、その整備・遵守を徹底すること。
(h)各操縦士の技能管理
操縦士の技能管理は、各運航団体が適切な出動可否判断を行うために重要であることから、運航形態にかかわらず、運航団体自らがこれを行う必要がある。
(i)死角部分の見張り
救助活動中における死角部分への見張り体制を徹底し、充分な見張り体制が確保できない場合は、安全管理に重きを置き、当該救助活動を中止する判断を行うなど、運航体制、地理的条件および機体特性に合わせた活動を実施する必要がある。
(j)シミュレーターの活用
実機では実施が困難な緊急操作の訓練が可能となり、操縦面の安全性向上を図ることができる。各運航団体におけるシミュレーターを活用した訓練を推進し、国の財政措置や配備のあり方について検討すること。
b 航空消防防災体制の充実強化
(a)相互応援体制の強化
各運航団体は、協定の締結による消防防災ヘリコプターの相互応援体制の充実を図っていくことが重要であり、消防庁から関係地方公共団体に対して相互応援体制の充実に向けた働き掛けを実施する必要がある。
(b)関係機関との連携強化
各運航団体は、協定や覚書等により関係機関との連携を強化・推進することが重要であり、消防庁は、関係省庁間で調整を行い、各運航団体と関係機関との連携強化ができるような環境を整備する必要がある。
(c)消防防災ヘリコプターのニーズを踏まえた充実策
各地域のニーズを考慮しつつ、消防防災ヘリコプターの相互応援体制の強化及び関係機関との連携強化による効果を見極めながら、人員確保、財政的な実現可能性と照らし合わせ、消防防災ヘリコプターの増配備について各地域の実情に応じた議論を進めていく必要がある。
c 消防防災ヘリコプター操縦士の養成・確保
(a)乗務要件・訓練プログラムの有効活用
運航団体は、技量ある操縦士の養成・確保と安全運航に向け、乗務要件・訓練プログラムを活用することが重要であり、訓練内容の設定や能力確認要領の一定の基準づくりについては、消防庁が主体となって検討していく必要がある。
(b)2人操縦体制による操縦士の養成
次を担う操縦士の養成は、運航団体と民間事業者がともに取り組むべき課題である。技量・経験を有する操縦士による2人操縦体制を各運航団体が中長期的な目標として定め、OJTによる2人操縦体制により若手操縦士の育成と安全運航を図っていく必要がある。
(c)操縦士の増加策・財政措置
必要に応じて操縦士を自主養成できるよう、各運航団体が操縦士希望者の選抜要領や養成計画を検討することが望ましく、自主養成や2人操縦体制の実施に伴い必要となる人材養成費への財政措置について消防庁において検討すること。

ウ 検討会報告書の周知

平成29年度検討会報告書の取りまとめ後、消防庁は、消防組織法第37条の規定に基づく助言として、「消防防災ヘリコプターの安全性向上・充実強化に関する検討会報告書について」(平成30年3月30日付け消防広第150号消防庁広域応援室長通知)により、各運航団体に対して報告書提言に早期に取り組み、消防防災ヘリコプターの安全運航の再徹底を要請した。

平成29年度 検討会の模様
平成29年度 検討会の模様

*2 飛行中に機長が副操縦士から問題点の指摘を受けた際の対応のルールなど、対人関係や協調性等を専門的技術として訓練で身につけさせ、航空隊の安全性・業務遂行能力を向上させること。

(3)群馬県防災ヘリコプター墜落事故を受けた対応

平成29年度検討会報告書の提言事項について各運航団体が取組を進めていたところ、平成30年8月10日に群馬県防災ヘリコプターの墜落事故が発生した。
事故原因は国土交通省運輸安全委員会が調査中であるが、消防防災ヘリコプターの安全運航を徹底するためには、平成29年度検討会報告書の提言項目を各運航団体が確実に実施していくことが基本であることから、消防庁は「消防防災ヘリコプターの安全確保の再徹底及び「消防防災ヘリコプターの安全性向上・充実強化に関する検討会報告書(平成30年3月)」等提言の取組の早期実施について」(平成30年8月13日付け消防広第259号消防庁国民保護・防災部広域応援室長通知)を発出し、安全管理体制の再点検、飛行時の安全確保の徹底、運航時の留意事項として、運航の可否について機長のみの判断に委ねず運航管理者等からの助言をもとに客観的に判断するよう努めること、飛行時にはヘリコプター動態管理システム等を活用して、運航状況を常時把握すること等を徹底するとともに、平成29年度検討会報告等の提言について早急に実施することを要請した。
その後、消防庁は全ての運航団体に対して改めてヒアリングを実施し、提言事項の実施状況や実施に当たっての課題の把握に努めるとともに、平成30年10月に公表された長野県消防防災ヘリコプターの事故調査報告書で明らかにされた事故原因への対応策と合わせて更なる対策を検討している。消防防災ヘリコプターの事故が続いていることを踏まえると、運航団体が実施すべき措置の更なる具体化及び他省庁との連携強化を進めるとともに、必要な財政措置等について検討するなど、従来以上に強力な働き掛けを行っていく。
国民の安心と安全を守るための消防防災ヘリコプターが、相次いで墜落事故を起こしていることを全ての関係者は極めて重く受け止め、今一度安全な運航体制の実現に全力で取り組む必要がある。

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