令和3年版 消防白書

1.消防防災に関する研究

消防研究センターでは、コンビナート施設での災害や、南海トラフ地震等の大規模地震、大津波といった大規模災害に備えるとともに、火災や危険物の事故の防止、消防活動時の安全確保のため、令和2年度において、以下に掲げる8つの課題について研究開発を行った。(第6-1表)。

第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

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第6-1表 消防研究センターにおける研究開発課題

(1)消防ロボットシステム(スクラムフォース)の研究開発

ア 背景・目的

石油コンビナートにおいて大規模な爆発や火災が発生した場合、消防隊員が現場に接近して活動することは難しい。そこで消防庁では、このような災害が発生した場合に、ロボットが自ら判断し、自動的に行動する技術により安全な場所からロボットを稼働させることができ、複数のロボットが相互に協調連携し、さらに、高い放射熱*1に耐えられる性能を備えた「消防ロボットシステム」の研究開発を行った。

イ 令和2年度までの7年間の主な研究開発成果

(ア)研究開発した消防ロボットシステムの概要
消防ロボットシステムは飛行型偵察・監視ロボット(スカイ・アイ)、走行型偵察・監視ロボット(ランド・アイ)、放水砲ロボット(ウォーター・キャノン)、ホース延長*2ロボット(タフ・リーラー)、指令システム及び搬送車輌で構成され、「スクラムフォース」と命名された(第6-1図、第6-2図)。

第6-1図 消防ロボットシステム「スクラムフォース」

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第6-1図 消防ロボットシステム「スクラムフォース」

第6-2図 放水砲ロボットの放水

第6-2図 放水砲ロボットの放水

(イ)配備と改良、複数仕様の策定
完成した消防ロボットシステムを市原市消防局に配備し、消防本部の配備・運用における実用性の向上を図るため、現場目線の意見聴取を行った。その結果、隊員の要望に応じた指令システム操作画面の配置変更、エラー発生時の詳細な修正や復旧方法を提示する等の改良を実施し、より容易に操作の訓練を実施するために、指令システムのシミュレータ、飛行型偵察・監視ロボットの操縦シミュレータを開発整備した。また、研究開発開始後に実用化された新技術の有効性を検討し、準天頂衛星システム*3「みちびき」の技術を導入した。さらに、首都直下型地震への対応を見据え、東京湾岸地域の大規模石油コンビナートのロボットの自動走行用地図を作成し、稼働に必要となる構内地図・施設諸元情報を組み入れた。
研究開発した消防ロボットシステムは、国内で発生が想定される最大の火災に対応できる機能を備えているが、各消防本部の状況により、必要とされる機能が異なるため、①研究開発した消防ロボットシステムと同レベルのシステム、②研究開発した消防ロボットシステムのうち放水砲ロボット及びホース延長ロボットのみの構成としたシステム、③遠隔操縦による走行とした放水砲ロボット及びホース延長ロボットのみのシステムの3種類の仕様をとりまとめた。

(2)火災延焼シミュレーションの高度化に関する研究開発

平成28年12月糸魚川市大規模火災の教訓を踏まえると、全国の木造密集地域のどこでも市街地火災が発生する危険性があり、それに対する効果的な予防と消防活動を行う必要があることから、広域火災における火災旋風・飛火による被害の防止に向けた研究、火災延焼シミュレーションの研究開発など、市街地火災対策に関する研究開発を行っている。

ア 大規模地震災害時等の同時多発火災対応に関する研究

(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震の事前の被害想定や地震発生時の活動計画策定に資するため、消防用大規模市街地火災延焼シミュレーションの改良に関する研究を行っている。現状のシミュレーションでは、火災の拡大に影響を与える土地の傾斜が考慮されておらず、傾斜地を多く有する地域では精度が低いため、これを解決するための改良を行っている。

(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
a 「地域の詳細な火災リスク評価が可能なシミュレーションモデルの構築に関する研究」では、従来の消防研究センターの市街地火災延焼シミュレーションモデルに土地の高低差の要素を取り入れるための検討を行った。また、消防水利の表示機能の改良など、シミュレーションソフトウェアの機能向上を行った。さらに、日本全国の統一的なデータを作成することができるよう、緯度・経度を計算に用いるようソフトウェアを改修した。
そのほか、Web版市街地火災延焼シミュレーションシステムを新規に開発し、国土地理院がインターネット上に公開している電子地図を背景に表示することで地形や町並みを視覚的に把握できるようにすることにより、消防防災関係者自らが実火災に近い想定を行うことができるように改良した(第6-3図)

第6-3図 Web版市街地火災延焼シミュレーションシステムの計算結果例

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第6-3図 Web版市街地火災延焼シミュレーションシステムの計算結果例

上:陰影起伏図を背景地図に利用した場合
下:オルソ画像を背景地図に利用した場合

b 「広域の延焼被害予測を高速で実行可能なシミュレーションモデルの構築に関する研究」では、大規模地震の被害想定の分野でよく用いられている延焼クラスタ*4方式の考え方を広域版地震被害想定システムに適応させた高速な計算手法について検討した。また、従来の延焼クラスタ方式では、例えば2棟の建物がある状況で風上の建物から風下の建物へは延焼するものの風下の建物から風上の建物へは延焼しないなど延焼の方向性を考慮していなかったため、延焼の方向性を考慮して延焼被害を推定する手法とその手法を広域版地震被害想定システムに適応させた高速な計算手法について検討を行った。
c 従来から開発してきた市街地火災延焼シミュレーションプログラムについては、糸魚川市大規模火災を踏まえた今後の消防の在り方に関する検討会の報告書を踏まえ、消防研究センターホームページにおいて消防本部及び消防団を対象として公開し、問合せのあった消防本部等100機関に対してシミュレーションプログラム及び計算に用いる都市データの提供を行った(令和3年3月時点)。

イ 広域火災における火災旋風・飛火による被害の防止に向けた研究

(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震では大規模火災の発生が危惧されているが、火災時の被害を格段に大きくする火災旋風・飛火には未解明な点が多い。大規模火災時の被害想定や消防活動計画の策定に資するため、これらの現象を解明するための研究を行った。また、火災旋風・飛火の出現を左右する火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究も行った。この計測精度を向上させることで、上空からの被害状況把握等の火災現場での効率的な消防活動の支援にも寄与できると考えている。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
a 「火災旋風の発生メカニズムと発生条件に関する研究」では、有風下で火災域周辺に発生する「火炎を含まない火災旋風」についての風洞実験を行い、火災旋風の渦の強さやサイズが、風速、火源の発熱速度及び風に対する火源の向きの条件を変えた時にどのように変化するのかを調べた。細長いバーナー火源の長辺を風に直交する方向に配置した場合(直交配置)と、平行に配置した場合(平行配置)について実験した結果、直径が大きくかつ強い渦が発生するのは、直交配置の状況で風速が小さく発熱速度が大きい場合であることが分かった。また、直交配置の場合は、風速が減少するほど渦が強くなる傾向があるが、平行配置の場合は逆の傾向であることが分かった。
実験のほかにも、糸魚川市大規模火災の延焼の調査・分析では、風で傾いた火災上昇気流内の渦が起こす風が、市街地の延焼速度や飛火の位置に影響を与えた可能性があることを明らかにした。
b 「飛火現象における火の粉の着火性に関する研究」では、糸魚川市大規模火災の災害調査、火の粉発生装置を用いた火の粉による着火実験、予備注水による火の粉からの防御に関する実験を行った。
糸魚川市大規模火災で採取した火の粉の解析結果から質量0.1g以下の小さな火の粉が60%以上を占めており、主な着火場所は屋根であると言われている。
そこで日本瓦屋根を対象とした火の粉発生装置を用いた着火実験を行ったところ、小さな火の粉が瓦の下に潜り込む現象や桟木(さんぎ)の焦げが確認された。このように火の粉が潜り込むことによって、屋根の桟木・野地板等から着火する可能性があることを確認した。
さらに前述の着火実験中に瓦屋根上方向から予備注水を行った場合の効果を観察したところ、瓦の上に均一に予備注水をすると注水後短時間は屋根の下に潜り込む火の粉の数が減少する様子が見られた。

日本瓦の下から炎が見える様子(風速9m/s)
日本瓦の下から炎が見える様子(風速9m/s)

c 「火災周辺気流の速度場の計測精度向上に関する研究」では、画像解析技術を用いて火炎周辺の気流を可視化し、その速度場算出精度を高精度化するための技術の研究開発を行った。可視画像と熱画像から2次元平面内の気流の速度場を算出する手法、画像解析の結果と超音波風速計での計測値を組み合わせることで計測精度をさらに向上させる手法を開発し、実験室での既存の技術との比較による算出精度の検証や野焼き観測における野外での計測実験を実施し、開発手法の性能や特徴を整理した。

(3)災害時の消防力・消防活動能力向上に係る研究開発

南海トラフ地震・首都直下地震や台風・ゲリラ豪雨等の災害時における、大規模延焼火災や土砂崩れ等への効果的な消防活動を行うため、以下の研究テーマを設け、研究開発を行っている。

ア 高齢化、過疎化、災害を踏まえたモデル救急体制に関する研究-次世代救急車の研究開発

ビッグデータ、G空間情報等の最新技術を救急車や指令運用システムに活用し、現場到着所要時間・病院収容所要時間の延伸防止や救急車の交通事故防止を図る研究開発を行っている。
(ア)救急車運用最適化
a 背景・目的
近年、救急車の現場到着所要時間・病院収容所要時間が延伸している。この延伸防止のため、救急車の需要分析、傷病者情報分析等により、救急車の運用体制を最適化するプログラムの開発を行っている。また、ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)の技術を用いて、走行時間短縮の技術開発を行った。
b 令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
救急車運用体制の最適化では、季節・曜日・時間帯等により変化する救急需要を予測し、この救急需要予測に対して救急車が手薄で現場到着所要時間が遅くなると予測する地域に事前に救急車を移動配置させる手法の研究を行った(第6-4図)。また、この手法の現場到着所要時間の短縮効果を明らかにするため、名古屋市消防局において実際に救急隊を移動配置させる検証実験(第6-5図)を実施し、名古屋市消防局全体の平均現場到着所要時間が短縮する効果があることが明らかになった。
走行時間の短縮に関しては、救急車の接近を周辺車両に知らせるITS Connect技術*5の活用が、救急車の走行時間短縮に効果があることを平成30年度に示し、令和2年度から救急車にこの技術の実装が開始された。

第6-4図 運用最適化プログラムの画面例

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赤丸:出場中の救急車、青丸:待機中の救急車
救急車が手薄な画面中央へ①の救急車を移動配置

第6-4図 運用最適化プログラムの画面例

第6-5図 移動配置中の救急車(実証実験時)

第6-5図 移動配置中の救急車(実証実験時)

(イ)乗員の安全防護等
a 背景・目的
救急車の交通事故が例年発生しており、これを効果的に防ぐ手立てが必要である。そこで「(ア)救急車運用最適化」で示した救急車用のITS Connect技術の一部となる事故防止技術(右折時注意喚起、赤信号注意喚起)の研究開発を行っている。
また、地震や津波によるがれきにより消防車両のタイヤがパンクし、消防活動に支障があることが想定される。そこで、小型トラック用(主に救急車や指揮車用)のパンク対応タイヤの研究開発を行い、研究成果を災害現場対応の消防車両に活用する予定である。
b 令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
救急車用のITS Connect技術を用いた事故防止技術の研究は平成30年度に終了しており、令和2年度から救急車に実装されている。
パンク対応タイヤの試作品(第6-6図)を製作し、令和2年3月より消防本部の17台(救急車、指揮車)において耐久性を検証する実証実験を開始した。走行には影響しないがタイヤの一部のブロックが欠ける現象が発生したため、改良を行った試作品で実証実験を継続して実施中(令和3年1月~令和4年中)である。

第6-6図 パンク対応タイヤ

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第6-6図 パンク対応タイヤ

イ 安全で迅速に土砂災害現場で救助活動をするための研究

(ア)背景・目的
土砂災害の救助活動を安全かつ迅速に行うため、ドローン等による上空からの画像情報の活用方法及び安全ながれきの取除き手法を研究している。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
土砂災害現場でのドローンによる画像の取得から活動への利用に至る処理の流れと考え方について整理した。令和3年7月3日に発生した熱海市における土石流災害現場に適用した例を第6-7図に示す。
また、様々な形状に岩を積み上げ、位置によってそれぞれの岩の振動の特徴がどのように違うか調べた。ほかの岩を支えている条件と支えていない(除去ができる)条件とでは、振動の周波数や水平面内での振動の方向の偏りが異なることが観察された。
さらに、夜間でも情報を収集できるようにするため、高精度のレーザースキャナをドローンに搭載し、地形データを迅速に入手する技術の開発に着手した。時間と資源が限られた中で、活動方針の策定や安全管理に用いるため、高速で精度良く地形を計測する仕組みを開発し、精度の検証を行っているところである。
二次崩落の事例の分析、生存救出の事例の分析、土砂災害におけるドローン等の情報の活用方法の検討及び土砂の効率的な排除方法の検討から得られた成果及び知見を令和元年度「土砂災害における効果的な救助手法に関する高度化検討会」へ提供した。また、研究の成果を活用し、平成28年熊本地震、平成30年北海道胆振東部地震及び令和元年東日本台風の土砂災害現場ならびに令和3年7月3日の熱海市における土石流災害における捜索救助活動に対する技術支援を行った。

第6-7図 ドローン画像から推定した熱海市土石流災害における土砂の深さの分布図

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第6-7図 ドローン画像から推定した熱海市土石流災害における土砂の深さの分布図

(4)危険物施設の安全性向上に関する研究開発

南海トラフ地震、首都直下地震等の大地震が切迫している中で、東日本大震災の経験から、地震発生後の早期復旧・復興の実現において、石油タンク等エネルギー産業施設の強靭化による被害の未然防止、火災等災害発生時の早期鎮圧と徹底した拡大抑止は極めて重要である。また、火災危険性に関して知見が少ない物質や、一旦火災が発生すると消火が困難な物質が普及し、石油コンビナート地域等の危険物施設における火災・爆発事故の発生が後を絶たない等、化学物質に関する防火安全上の課題が生じていることを踏まえ、危険物施設の安全性の向上を目指して、次の3つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 石油タンクの入力地震動と地震被害予測の高精度化のための研究

(ア)背景・目的
南海トラフ地震や首都直下地震の発生時には、石油コンビナート地域をはじめとする大型石油タンクの立地地点も、非常に大きな地震動に見舞われるおそれがあること、また、南海トラフ地震については津波の到達が予測されており、これらによる石油タンクへの影響が懸念される。
本研究では、高精度な石油タンク地震時被害予測のため、(1)大型石油タンクにおける振動測定によるバルジング(タンク側板の振動)の固有周期算定式の精度の検証、(2)短周期地震動による石油タンクの応答・挙動の既往の解析手法の精度の検証、(3)「石油タンク地震・津波被害シミュレータ(全国版)」の開発、などに取り組んでいる。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
短周期地震動による石油タンクの被害発生条件を調べる上で重要なパラメータの一つである石油タンクのバルジングの固有周期を、実際のタンクでの微動測定(常に生じている微小な振動の測定)により実測した。その結果、消防法令で定められているバルジング固有周期の算定式の精度は高く、当該算定式が短周期地震動による石油タンクの被害の予測に有効であることが確認された。
また、平成30年北海道胆振東部地震の際の短周期地震動により苫小牧東部の石油備蓄基地の石油タンクが受けた影響を、消防法令上の基準で用いられている石油タンクの地震応答計算式で評価した。その結果、当該計算式が、短周期地震動による石油タンクの側板の変形被害の予測に有効であることが確認された。
さらに、全国に80ある石油コンビナート等特別防災区域の周辺の地形(海底地形を含む)等のデータベースを整備するなどして、「石油タンク地震・津波被害シミュレータ(全国版)」の試作版を開発した(第6-8図)。

第6-8図 「石油タンク地震・津波被害シミュレータ(全国版)」の出力イメージ

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第6-8図 「石油タンク地震・津波被害シミュレータ(全国版)」の出力イメージ

イ 泡消火技術の高度化に関する研究

(ア)背景・目的
石油タンク火災には泡消火薬剤を用いた消火が最も有効だと言われているが、効果的な泡消火手法の検討は、泡消火過程の複雑さゆえに、定量的な評価が難しく、さらに、近年フッ素化合物の国際的な規制動向に鑑み、消火効果の高いフッ素含有泡が規制されるなど、使用できる泡の変化に応じた適切な消火手法の検討が課題となっている。
本研究は、泡の種類(フッ素含有泡、フッ素フリー泡)、油種、投入方法、そして火災規模の違いにおける、各要素に対する消火性能の検討を行うことを目的とする。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
消火性能に大きく影響する泡の性状(膨張率、泡の保水性)を変化させた場合のフッ素含有泡及びフッ素フリー泡の消火性能を調べ、石油タンク火災等の消火に最も効果的な泡の性状及び消火限界泡供給率(消火するために最低限必要となる単位時間当たり及び単位面積当たりの泡の供給量)を示した。その結果を基に、燃料の種類(ヘプタン、ガソリン、重油、軽油)の違いによる泡の種類ごとの消火性能を解析し、消火限界泡供給率を示した。また、石油タンクへの泡投入箇所(1~4か所)を増やした場合、泡が油面を覆う速度や消火限界泡供給率から、泡の種類により消火性能が異なることを示した。さらに、泡の種類にかかわらず、大きな石油タンクほど消火限界泡供給率が高くなる(消火しにくい)ことを示した。

ウ 化学物質の火災危険性を適正に把握するための研究

(ア)背景・目的
化学物質に起因する火災を予防するためには、多岐にわたる化学物質の火災危険性を適正に把握し、火災予防・被害軽減対策を立案しておくことが重要である。しかしながら、従来の火災危険性評価方法では、必ずしもその危険性を適正に評価できない場合がある。
本研究では、化学物質について、現在把握できていない火災危険性を明らかにし、適正な火災危険性評価方法を確立するため、熱量計等を用いて得られる温度及び圧力等を指標として、分解、混合、燃焼及び蓄熱発火危険性を評価する方法の研究開発を行っている。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
①分解危険性、②混合危険性、③燃焼危険性、④蓄熱による自然発火の危険性に関して、従来には無かった熱量計等を用いた火災危険性評価方法を開発した。

(5)火災予防と火災による被害の軽減に係る研究開発

我が国における火災件数は年間4万件前後で推移し、火災による死者数は年間約1,500人の被害となっている。火災による被害の軽減のためには、出火原因の研究を踏まえた火災予防や出火建物からの迅速な避難が重要である。これらのことを踏まえ、次の2つのサブテーマを設け、研究開発を行っている。

ア 火災原因調査の能力向上に資する研究

(ア)背景・目的
効果的に火災を予防するためには、消防機関が火災原因を調査し、その結果を予防対策に反映していくことが必要である。しかしながら、火災現場では経験的な調査要領に基づくことが多く、静電気着火や爆発、化学分析等のように専門的な知見や分析方法を必要とする分野では、消防機関が利用可能な技術マニュアルの整備がなされていない。このことから、有効な火災予防対策が行えるよう、以下の(イ)a~dの課題に取り組み火災原因調査能力の向上に資する研究開発を行っている。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
a 着火性を有する静電気放電の特性の把握
絶縁物からの放電により可燃性混合気が着火するか検証するために、布等を想定したシート状の絶縁物からの放電エネルギーを計測するための測定系の構築を行い、放電時の電流波形をとらえることで放電エネルギーを計算した。その結果、絶縁性の生地からの放電では着火はほぼ起こらないことが分かった。
また、約500立方メートルの屋外タンク貯蔵所において、ガソリン成分が混入した灯油の受入れ開始後しばらくして爆発する事故があったことを踏まえ、静電気放電によりガソリンへ着火した可能性について検証した。その結果、灯油が配管内を流れることにより帯電した後にタンク内に溜まったことから、油面計の金属フロートから放電してガソリン成分に着火したことが判明した。
さらに、静電気火災の原因判定能力向上のために、静電気火災が疑われる火災現場における原因調査に有効なマニュアルを作成した。このマニュアルには、静電気に関連した用語の説明、現場での着眼点、現場での測定項目と測定方法、収去した物品の測定項目と測定方法、着火に至る可能性の検討方法についてまとめた。
b 火災現場での試料の採取・保管方法及びデータ解析手法に関する指針の作成
火災現場において効率的で間違いのない試料採取ができるように、複数の消防本部による火災現場での使用に基づく検証を行った上で最適な試料採取用キットを製作した。
鉱物油の熱による変化についての知見を得るための実験では、綿製品に灯油を含浸させて燃焼させることにより、綿製品から灯油が染み出す現象が確認でき、灯油が移行していく可能性があることがわかった。また、染み出した灯油は熱による変化をあまり受けない状態で検出できることが明らかになった。
さらに、鉱物油類付着試料について前処理の効果、保存条件の違いが及ぼす影響について実験し、マニュアルを作成した。
c すすの壁面付着状況の観察に基づく煙の動きの推定
建物火災時の煙の動きとすすの壁面付着の関係性を見いだすのに必要な実験装置を作成し、火災実験を実施した。実験条件と同様の計算条件にて計算機により火災シミュレーションを実施し、すすの壁面付着状況を実験と比較した結果、火源から上昇する煙やそれが天井に衝突する領域でのすす付着を実験と同様に火災シミュレーションでも捕らえられることを確認した。
また、建物の壁面温度が煙の温度よりも低い火災初期に壁面にすすが付着することがわかった。ただし、具体的な火災事例でも火災シミュレーションにより壁面へのすす付着が再現できるかを検証する課題が残っている。
d 火災現場における爆発発生の判断指針に関する技術マニュアルの作成
過去の事故事例を参考にして、小規模な爆発実験を行った。ガス爆発が発生した際に、現場にあったものにどのような痕跡が残るかを実験的に調べるため、密閉容器内を燃える割合で空気と可燃性の気体をあらかじめ混合した気体で満たし着火し、容器内に設置した可燃物が、伝ぱ火炎によってどう影響を受けるかを観察した。薄い紙は、火炎の通過後に、熱発火した。ポリプロピレン、ポリ塩化ビニルのシートは火炎から加熱され溶融した。テフロンシートは実験後にほぼそのまま残った。建物内で発生した爆発事故の事例の分析、爆発事故の調査に関する海外資料の分析も行った。それらを基にマニュアルを作成した。

イ 火災時における自力避難困難者の安全確保に関る研究

(ア)背景・目的
火災における人的被害を軽減するためには、火災が発生した建物からの迅速な避難が必要であり、特に、自力避難困難者が在館するグループホーム等の施設においては、建物個々の構造や設備、在館者の状態に応じ、きめ細かく避難対策を講じていくことが重要である。これら施設における自力避難困難者の安全確保のために、火災時避難計画の策定に資する避難方法の分析や避難介助行動、避難を補助する機器の開発を目的とした研究開発を行った。
(イ)令和2年度までの5年間の主な研究開発成果
老人保健施設、認知症対応グループホーム、サービス付き高齢者住宅等の計10施設についての避難訓練の状況を調査し、その方法等から避難時間の短縮が可能と考えられる事項、効果的な避難活動が行えると思われる改善事項等を検討、各在館者の避難行動に対する能力を調査した。
入居者に対する介助者の行為は、手を引く、車いすを押す等の避難活動時の身体介助のほかに、直接には介助不要な入居者であっても歩行時の見守り、一時避難場所に集合した際の見守り等、見守り介助が必要であると認められた。直接の身体介助であっても、見守り介助であっても、介助者のマンパワーを割くことは同じであり、介助者がいかに効率よく行動できるかということが、避難時間短縮に有効に作用するものと認められた。
避難補助器具の開発では、自力歩行が困難である在館者を、布団に乗せたまま引きずり避難させる手法を行っていた施設が複数見られたことを踏まえ、この作業を軽減する試みとして、布の床面側にフッ素樹脂板を固定した用具を試作した(以下「試作補助器具」という)。この試作補助器具に60kgのダミー人形を載せ、床カーペットの上で引きずり力を測定した。その結果、試作補助器具では、移動開始後に必要な力は、布団カバーを試作品に取り付け、実際の布団と近い状態を作った対照品の約1/2となり、介助者の負担軽減、移動時間の短縮に寄与していることが明らかになった。
避難介助行動の効率化を目指した研究では、施設職員の介助行動の実態を把握するために複数職員が避難介助を行っている高齢者福祉施設における避難訓練を調査すると、避難済み居室の明示を行っているところは調査10施設のうち2施設であり、他の8施設は複数職員が同じ部屋を重複して確認していた。この重複確認をなくすために、避難済み居室を明示する在不在表示装置を試作した。この装置は居室廊下に設置する子機9台と、事務室に設置する親機1台から構成される。在館者が在室している居室又は不在確認前の居室では子機は赤ランプが点灯し、不在を確認した場合は押しボタンの操作により緑ランプが点灯する。この情報は親機に無線で転送され、親機でも在不在を確認できる。この装置の外観を第6-9図に示す。
この試作した在不在表示装置を過去に訪問した3つの福祉施設に装置の機能と取扱い方法について説明し、意見を伺った。その結果、①複数ユニット(1ユニット9部屋対応)を同時に稼働させたい、②在不在の表示はランプの点灯と消灯だけでもよい、③居住者が間違えて押さないようなボタンの構造がよい、④ナースコールと連動、自動火災報知設備と連動といった機能を付加してほしい、といった意見が得られた。

第6-9図 在不在表示装置の外観

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第6-9図 在不在表示装置の外観

(6)地下タンクの健全性診断に係る研究開発

(ア)背景・目的
ガソリンスタンド等で用いられる鋼製一重殻地下タンクのうち老朽化の進んだものにあっては、腐食の防止を目的として、内面にガラス繊維強化プラスチック製ライニングを施工する事例が増加しているが、ライニングは長期間の使用により防食性能を損なうおそれがあるため、その経年劣化の状況(健全性)を点検により確認することが危険物流出事故防止のために重要である。しかし、現在行われているライニングの点検方法は主に目視等における定性的なものであり、健全性を詳細に把握することができない。こうしたことから、長期間使用された鋼製一重殻地下タンクの内面ライニング鋼板の健全性を詳細に把握するための定量的診断基準と評価手法の確立を目指して、ライニングと鋼板の劣化・腐食状況に関する各種非破壊計測により得た測定値と防食性能の観点から見た劣化・腐食状態との関係を明らかにする研究開発を令和元年度から行っている。
(イ)令和2年度までの2年間の主な研究開発成果
鋼製一重殻地下タンクの内面に施工されるものと同仕様のライニング試験片を作製し、これらの試験片を人為的に劣化させて、非破壊計測手法の一つである電気化学インピーダンス(電気の流れにくさ)測定を行った。その結果、電気化学インピーダンス測定により、ライニングの劣化を検出することができた。
鋼製一重殻地下タンクにおける内面ライニング鋼板サンプルを入手し、その長期使用に伴う特性の変化を詳しく調べた。その結果、長期間油と接触したライニングでは、硬さなどの物理的性質に変化が生じていることがわかった。このような経年変化は、ライニングの電気の流れにくさやその内部を音波が伝わる速さ(音速)などの数値の変化として検知できることを実証した。
鋼板の腐食量を推定するための一般的方法として、超音波板厚測定法があるが、腐食が進行すればするほど、精度よく板厚を計測することが難しくなる傾向がある。そこで、腐食が進んだ鋼板について、超音波板厚測定法により計測した板厚と実際の板厚との関係を調べることにより、実際の腐食量を精度よく推定するための計測手順の検討を行い、一定の方向性を見出した。

(7)火山噴火にともなう降灰が消防活動や危険物施設に与える影響評価

(ア)背景・目的
中央防災会議において、大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループが設けられ、降灰による交通分野やライフライン、建物・設備分野への影響が検討されている。
今後火山灰による被害が予測されているが、消防車両や石油タンクなど消防分野への影響は明らかになっていない。
降灰量が多い場所では一般の消防車両は運行が行えなくなり消防活動が困難となる。その一方、津波・大規模風水害対策車に搭載されている水陸両用バギーは悪路走行が可能な車両であるが、火山灰上での走行可否は分かっていない。また、石油タンクの浮き屋根の沈降、雨水の排水困難が予想されるが、降灰量と石油タンクの被害についてこれまで検討されていない。富士山噴火による首都圏への降灰を想定し、消火や救急搬送、石油コンビナート施設に与える影響を、降灰量予測に基づいたシミュレーションや実験により評価する。

火山灰上での水陸両用バギー走行実験
火山灰上での水陸両用バギー走行実験

(イ)令和2年度の主な研究開発成果
火山灰上で走行実験を行った結果、水陸両用バギーは、火山灰堆積場所において傾斜角20度までは走行可能で、降灰量が多い場所での消防活動が可能なことが明らかになった。
また、石油タンクについては、予測降灰量に基づいた浮き屋根の沈降量などをコンピューター解析により評価を行っている。

*1 放射熱:火炎から電磁波として放射されるエネルギー。大規模火災では熱の大部分が放射熱となる。ここでは、大規模な火災を想定しているため、放射熱に対する対策が必要になる。
*2 ホース延長:消防では移動しながらホースを敷設することを「ホース延長」と言う。
*3 準天頂衛星システム:都市部では建築物が、山間部では山がGPS衛星からの電波を遮蔽し、電波を受信できないことがあるが、真上に衛星があると電波の受信が可能となる。常に日本の真上付近に衛星があるように整備された衛星測位システムが準天頂衛星システム「みちびき」であり、平成30年11月から本格運用されている。また、電子基準点等のデータを活用し、高精度な測位を可能とする補強サービスの提供を行っている。
*4 延焼クラスタ:火災が発生した時、相互に延焼すると考えられる建物群のことである。延焼クラスタ方式の被害想定では、ある延焼クラスタ内の少なくとも1棟から火災が発生すると、その延焼クラスタに含まれる全ての建物が焼失するものとして計算が行われる。
*5 ITS Connect 技術:見通しが悪い交差点等において、車両同士や道路に設置された路側インフラ設備との無線通信によって得られる情報をドライバーに知らせることで、運転の支援につなげるシステム(出典:ITS CONNECT 推進協議会ホームページ)

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