2. 安全保障環境等を踏まえた国民保護施策の進展
平成16年の「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(以下、本特集において「国民保護法」という。)の施行以来、我が国において武力攻撃事態等*1及び緊急対処事態*2が認定され、法に基づく国民の保護のための措置(以下、本特集において「国民保護措置」という。)が実際に行われたことは未だ一度もない。
他方、前述のとおり我が国を取り巻く安全保障環境はその厳しさを増しており、令和4年12月には政府として安全保障戦略三文書の改定を行うなど、諸情勢を踏まえた国民保護の取組の推進が過去に例を見ないほど急務となっている。
(1)避難実施要領のパターンの作成促進
国民保護法において、住民の避難に関して国から避難措置の指示が出され、それを受けて都道府県知事から避難の指示が発出された場合、市町村長は避難実施要領を定め、住民を誘導する必要があるが、国民保護事案発生後の短時間のうちに避難実施要領を一から策定することは困難であることから、「国民の保護に関する基本指針」(平成17年3月25日閣議決定。以下、本特集において「基本指針」という。)では、市町村は複数の避難実施要領のパターン(以下、本特集において「パターン」という。)をあらかじめ作成しておくよう努めるものとされている。
パターンを1つ以上作成済みの市町村の割合は、令和4年4月1日時点で69%(1,207団体)にとどまっていたが、都道府県を単位としたパターンの作成に関する研修会の現地開催や、全国の市町村を対象としたweb研修会の実施など市町村のパターン作成支援の取組を進めた結果、作成済みの市町村の割合は令和5年10月1日時点では97%(1,684団体)と、大きな進捗がみられた。
他方、複数のパターンを作成している市町村の割合は、令和5年4月1日時点で64%(1,119団体)にとどまっており、一層の作成促進に取り組む必要がある。そのため、消防庁では複数パターンの作成促進を目的に、「避難実施要領のパターン作成の徹底について(通知)」(令和5年5月30日付け通知)を都道府県国民保護担当部局長に対して発出し、作成に向けた取組を依頼している。
こうした状況を踏まえ、令和5年度の研修会では、管内市町村にパターン未作成団体の多い都道府県を対象として開催することに加え、パターン内容の高度化や複数作成に向けた支援を希望する都道府県も対象としている。
特に、沖縄県では令和4年度末に、先島諸島5市町村(石垣市、宮古島市、多良間村、竹富町及び与那国町。以下、本特集において「先島市町村」という。)の住民等の県外避難について、内閣官房をはじめとする関係省庁(消防庁、国土交通省、海上保安庁、防衛省等)や、県・先島市町村・公共交通事業者(航空機・船舶)等の参加のもと、初めて武力攻撃予測事態を想定した図上訓練を実施し、避難手段や避難経路などの内容について検討が行われた。消防庁は、この訓練で得られた避難手段や避難経路等の考え方について、既に作成済みの先島市町村のパターンに反映してもらうなど、各市町村の住民避難の実効性向上に向けた取組を進めている。
加えて、沖縄県に所在する離島市町村のうち、先島市町村以外の市町村については、沖縄県国民保護計画上、沖縄本島への避難が想定されていることから、先島市町村における訓練を通じて得られた避難のノウハウを活用するなど、これらの市町村における沖縄本島への避難の実効性向上に向けた取組を県とともに検討していく。
また、昨今の国際情勢の緊迫化等に鑑み、原子力関連施設への武力攻撃への備えについても検討の必要性が高まっており、原発立地周辺市町村における取組として武力攻撃原子力災害に係るパターン作成の取組を早急に進める必要があることから、「防災基本計画(原子力災害対策編)の定めに基づき、避難に関する計画を策定することとされている市町村の避難実施要領のパターン作成に係る参考事例について」(令和5年5月8日付け事務連絡)を都道府県国民保護担当部局に対して発出し、パターン作成に当たっての考え方を示すとともに参考事例として実際の作成例を提供している。あわせて、内閣官房等関係省庁と連携の上、作成支援に係る研修会を開催し、関係市町村における取組の推進を図っている。
*1 武力攻撃事態等:武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態のこと。武力攻撃とは、我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。武力攻撃事態とは、武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいい、武力攻撃予測事態とは、武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。
*2 緊急対処事態:武力攻撃の手段に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(後日対処基本方針において武力攻撃事態であることの認定が行われることとなる事態を含む。)で、国家として緊急に対処することが必要なものをいう。
(2)避難施設の指定促進
国民保護法において、都道府県知事及び指定都市の長は、住民を避難させ、又は避難住民等の救援を行うため、公園、広場その他の公共施設や、学校、公民館、駐車場、地下街その他の公益的施設を、あらかじめ避難施設として指定しなければならないこととされている。
また、基本指針において、避難施設の指定に当たっては、ミサイル落下時の爆風等からの直接の被害を軽減するための一時的な避難に活用する観点から、コンクリート造り等の堅ろうな建築物や地下街、地下駅舎等の地下施設である緊急一時避難施設を指定するよう配慮することとされている。
政府としては、令和3年度からの5年間を緊急一時避難施設の更なる指定促進に係る集中取組期間としており、消防庁としても、関係省庁と連携して都道府県及び指定都市への働き掛け等を進めているところである。最近では我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していることを踏まえ、都道府県及び指定都市に対し、公共施設のみならず民間の事業者が管理主体である施設の指定に向けた取組の推進についても、「避難施設(地下駐車場)の指定の促進について(協力依頼)」(令和4年10月3日付け通知)などにより地下施設を中心に重点的な取組を依頼するとともに、施設を管理する事業者に対しても、国土交通省を通じ働き掛けを行うことにより、指定の円滑化を図っている。
これら避難施設については、国民保護に係る情報を分かりやすく説明することを目的として、国民保護制度に関する概要や弾道ミサイル落下時の行動等について掲載している内閣官房国民保護ポータルサイトにおいて、地図や地方公共団体ごとの一覧表により、緊急一時避難施設の場所、その施設類型(堅ろうな施設、地下施設)などを参照することが可能である。
令和5年度にあっては、地下施設等の避難施設の指定の一層の促進のため、指定に際して課題等を抱える都道府県及び指定都市に対し、指定に当たっての知見を蓄積した地方公共団体職員等を派遣してアドバイスを行う取組を新たに開始し、都道府県及び指定都市への支援に努めている。
(3)国民保護共同訓練の充実強化
国民保護法において、国や地方公共団体は国民保護措置に関する訓練を行うよう努めることとされており、消防庁は内閣官房とともに、都道府県や市町村との共同訓練を実施してきた(特集6-1図)。
特集6-1図 国民保護訓練の分類
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ア 国重点訓練
(ア)地域ブロック検討会
国と地方公共団体の間で最新の情勢認識を共有するとともに、国民保護関連の各種課題に対する検討や意見交換を実施する。
(イ)実動及び図上訓練
複数の都道府県が参加する大規模な訓練など、都道府県単独では実施困難かつ従来よりも高度な訓練を国の主導の下に実施し、国、都道府県、市町村及び関係機関相互の連携を強化するとともに、国民保護措置への理解の促進を図る。
イ 県主導訓練
主に都道府県が訓練内容等を企画・立案し、消防庁や内閣官房等が支援を行い、訓練を実施している。
また、北朝鮮から弾道ミサイル等が高い頻度で発射されていること等を踏まえ、令和4年9月から弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を再開している。訓練では、弾道ミサイルが我が国に飛来する可能性があると判明した場合にどのような行動をとるべきかについて、住民の理解を深めるため、近くの建物の中や地下への避難を実施している。
引き続き、全国各地の多くの地域で効果的な訓練が実施されるよう取り組んでいく。