平成21年版 消防白書

1 消防防災に関する研究

(1)主な研究紹介

地球環境や社会環境、さらには技術環境の変化が、これまでの経験だけでは対処しきれないような新しい火災や災害を増大させる状況にある。こうした状況にあって、消防防災に関する科学技術への期待は飛躍的に増大している。この期待に応えるために、消防研究センターでは災害の動向と安全のニーズの把握を心掛け、被害の軽減に資するために、以下に示す5項目の研究を行っている。

ア 過密都市空間における火災に対する安全確保

近年、地下街路と高層ビルが一体化した複雑な空間、都市部の複雑で長大な地下トンネル空間、設備・情報幹線の地中埋設化など、過密都市空間における新態様の大規模複合建造物が急増している。地下施設、超高層ビル、大規模市街地などにおける火災は、建物構造や収容可燃物が年々変化するなど極めて複雑な様相を呈し、従来からの知識や経験だけでは、円滑な避難と救助、火災の早期鎮圧による被害軽減及び消防隊の安全活動の確保を円滑かつ効果的に実施することが困難となると予測されている。
このため、複雑化した過密都市空間における火災の進展等を予測して効果的な消防活動を可能とすることは喫緊の課題である。本研究では、大規模で特殊な火災発生時に、消防隊員等が消防活動を迅速かつ安全に実施する上で必要な、火災の性状を予測できる支援ツール及びナノ技術を利用した新たな消防防火服の開発を目指す。
一方、近い将来の発生が予測されている首都直下地震では、延焼火災によるものだけでも6千人以上の死者が発生すると中央防災会議によって予測されており、大都市に存在する木造密集市街地の火災、特に、多くの人的・物的被害を発生させる火災旋風の発生について、現象の解明を進める必要がある。そこで、本研究では、火災旋風の発生メカニズムについても研究を行う。

研究内容及び20年度の主な成果

火災性状予測に不可欠な火災実験データベース構築のために、実際の火災室の熱環境と酸素濃度を再現することが可能な小型燃焼実験装置を製作し、高分子素材の燃焼生成ガスの発生量測定を実施した。さらに、人体に影響を与えるとされる10の燃焼生成ガス種について、同時に定性・定量分析が行える赤外分光装置を完成させた。

マウス操作により火災建物の部屋・扉等の空間的繋がり、消防隊による煙制御活動等の条件を簡易に入力し、時間的な火災性状の推移等の解析結果を動画表示する機能を持たせるため、二層ゾーンモデルと呼ばれる既開発の火災進展予測モデルの改良を行った。

消防防火服に求められる性能のニーズ調査をもとに、近い将来における消防防火服の開発ロードマップを策定した。また、「ナノテク防火服」の性能評価を可能とするためのサーマルマネキン装置の性能強化を行うとともに、生地の物性値から防火服の耐熱性能を予測することを可能とする耐熱性能評価シミュレーションプログラムを開発した。

横風で傾いた火炎からの上昇気流が形成する一対の渦が、横風中の火炎風下に発生する旋風の一形態であることを実験によって示した。また、高温、高輝度の炎、微風速という条件下において旋風を含めた気流の速度を測定する手法の確立を試みた。

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イ 化学物質の火災爆発防止と消火

現代社会で使用されている化学物質の数は膨大で、かつ、バイオマス燃料など新規に開発された化学物質も続々と登場している。この研究では、化学物質等の火災を予防するための危険性評価法、安全管理技術及び消火技術等の開発を目的として研究を行っている。
一般に、化学物質の危険性は、発熱の有無とその温度依存性に支配されている。そこで本研究では、高度な各種熱分析・熱量計技術を用いてこれらの情報を適正に把握し、化学物質の安全管理に重要な情報である「熱安定性」、「反応の激しさ」、「発火性」、「混合危険性」及び「発生するガスの毒性」を含めて総合的に把握する危険性評価法について研究開発する。
さらに、化学物質のタンク火災が発生した場合に備えて、泡の放射試験及び小規模な液面燃焼での泡消火試験から、定性的な泡放射特性と各種泡消火剤の消火性能を調べ、その結果を基にタンク全面火災に対するより効果的な消火方法について研究する。

研究内容及び20年度の主な成果

火災予防の観点から、消防法第五類危険物(自己反応性物質)の暴走反応前の化学種の変化を捕捉することは重要である。圧力追従式断熱型熱量計、密閉式圧力容器及び赤外分光光度計を用いて密閉式圧力容器中の熱分解の経時変化を測定する危険性評価手法を開発した。また、等温型高感度熱量計や暴走反応測定装置を用いて、混合反応の危険性評価手法について検討した。

大量廃棄物施設での発熱発火機構解明のため、国立環境研究所等と共同で山口県内及び千葉県内の不法投棄現場において、堆積物内部の温度測定等を行い、表面付近が比較的高温であることがわかった。また、リサイクル燃料の性状について、バイオディーゼルは、引火点が高く引火危険性が低いにもかかわらず酸化危険性が高く、一定の火災危険があることを示した。さらに、最近、中国の経済発展に伴って輸送、貯蔵中の金属スクラップに起因する火災が増加しているため、その対策を検討した。その結果、特に小型リチウム電池の火災危険性を明らかにするとともに、流動性の低い泡を付着させる消火戦術が有望であることを見出した。

保水性の異なる泡を顕微鏡で観察し、泡粒径とガソリン蒸気封鎖性能の関係を調べ、保水性が高く泡粒が揃っているほど封鎖性能が高くなることを示した。泡の発泡倍率と還元率を可変できる固定ノズルを用い、底面積が1m2のタンク模型を用いて泡消火実験を実施した。泡供給率と、燃料消費速度、放射熱低減率等の関係を調べた結果、泡供給率が限界供給率に近づくと保水性の高低による消火性能の差が顕在化することがわかった。大容量泡放水砲から放射される泡の飛翔挙動予測技術開発を目的として、水滴の分裂モデルを実規模放水実験データにより検証し、計算による放水挙動が実験とおおむね一致することを示した。火災による泡の消失過程を把握するため、パネルヒーターを用い泡の放射加熱実験を実施した。泡の種類により、加熱時の二次発泡の程度に大きな違いがあること等がわかった。

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ウ 石油タンクの地震防災と経年劣化対策

石油タンクに関連した災害として、平成15年の十勝沖地震により発生した鎮火まで44時間を要したナフサタンク全面火災や昭和53年(1978年)の宮城県沖地震により発生した油流出事故などがある。これらの災害の原因は、非常に強い長周期の地震動による揺れであったことや、経年劣化による影響を加味しつつ強い地震動に伴う石油タンクの被害を予測する手法が確立されていなかったことである。
本研究では、今後発生が予想される地震によって石油タンクが受ける揺れを想定し、石油タンクの経年劣化や設置個所の地盤条件等を考慮に入れて、その揺れに伴う被害を予測・評価可能なシステム(石油タンク損傷被害推定システム)を研究開発する。

研究内容及び20年度の主な成果

今後発生する可能性のある大地震において防油堤内火災が発生した場合を想定すると、対応に必要な消防力を算定するためには漏えい危険物の量を把握することが重要となる。これまでの推定式は推定誤差が約30%とあまり精度が良くなかったことから、推定精度の向上を目的に詳細な検討を行い、過去の地震における実際のタンクからの溢流量を誤差約10%で推定できる手法を開発した。

高精度化した溢流量算定式と石油コンビナート地域における地震観測データを用いて、地震時の石油タンクからの溢流量を推定するサブシステムを構築した。

強風時に石油タンクの浮き屋根が受ける強度的影響を明確にするため、実タンクに風向風速計、デッキの変形観測用ビデオカメラ及びデッキ上の発生ひずみ計測等の装置を設置し、無風時とやや風が強い場合について、浮き屋根挙動解明の端緒とするためのデータを収集した。

消防法令の技術基準で想定されている地震動を石油タンクが受けた場合に、内部浮き蓋上に危険物が溢流する量について、実験的検討を行った。

佐賀、広島、姫路の各気象官署の1倍強震計記録を収集・数値化した。

AE法により事業所等に設置されている配管の腐食損傷を評価する手法を開発することを目的として、配管を伝播するAE波の基本特性を実験的に調べ、AE発生源の位置推定の精度を検討した。平均推定誤差は3%未満であり、精度良く位置推定ができることがわかった。

エ 大規模自然災害時の消防防災活動

近い将来の発生が予測されている東海地震、東南海地震、南海地震、首都直下地震などでは、火災、地震動、斜面災害、津波などの災害が複合的に絡み合った激甚・広域災害となり、その対応は混乱を極めるおそれがある。例えば、平成7年(1995年)兵庫県南部地震では、多数の火災が発生し、長時間にわたり火災を鎮火することができなかった。その理由として、既存の消防隊員、消防団員や消防車などでは、その消防力が十分でなかったことと、消火に対する適切な情報収集及びその情報に基づいた予測や消防隊の運用などが行えなかったことなどが主な要因と考えられる。
このような大規模災害に対して、国民への情報伝達、被害情報の収集、避難誘導、消火活動及び人命救助等の消防防災活動を迅速かつ円滑に実施するためには、国及び地方公共団体の適切な連携に加えて、住民への情報伝達システムの高度化、緊急消防援助隊等の迅速な展開と災害対応の円滑化及び安全確保、地方公共団体の応急対応等を支援するためのシステムの研究開発が不可欠である。
本研究では、様々な大規模自然災害に対して、有効な消防防災活動を実現するために必要なシステムの研究開発を行っている。

研究内容及び20年度の主な成果

平成19年度に一部試作した、水害を対象とした適切な広報文の作成支援システムに対する、水害を経験した自治体担当者による評価に基づいた、浸水域算出精度の向上等のシステム改良を行った。

行政界を越えた広域での同時多発火災に対して延焼予測を迅速に行えるよう機能拡張した。さらに火災毎に算出した一定時間後の予測延焼棟数に基づいて、地区別に必要な広域応援部隊数を算出・表示する機能を開発した。

平成19年度に試作した緊急消防援助隊用災害情報共有システムに対して、過去のアンケート結果に基づき、道路閉塞情報を利用した経路探索機能などユーザインタフェイスの高度化を行うとともに、データ通信機能の高度化として衛星通信や携帯電話通信に対応させた。

平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震対応への技術支援において、斜面崩壊現場で現有の変形監視装置を使用したところ、測定範囲に不足があることが明らかとなった。そのため、長距離(300m程度を想定)での測定を可能とするために必要な精度と測定速度を両立させるための課題を抽出し、手法を検討した。

仙台市をモデル地区として、コールトリアージ(119番通報の内容による優先度を用いた取扱い)を実施する場合の救急隊の運用方法として、現場到着時間目標値の設定、コールトリアージ実施時の現場到着時間、部隊運用量などの検討を行った。また、コールトリアージを実施した場合の効果に関して検討を行った。

災害発生時に災害対策本部が行うべき応急対応項目とその着手時間を提示する応急対応支援システムに対して、着手時間の項目間での相対設定を可能にする機能を追加したほか、システム稼働中に着手時間を任意に入力できる機能を追加した。また、消防庁等での災害対応訓練において本システムを稼働させ有用性を確認した。

地震火災に対し、複数の高所見張り拠点からの報告に基づいて火点の位置を推定する際に、多数発生する偽の火点を簡便にスクリーニングする方法を検討し、火点の推定に必要な報告を最小限にするための方法と作業手順を考案した。また、震災時に被災地の限られた消防力によって延焼を制御することが不可能になる限界時間を提案し、その限界時間に対応できるよう、災害初期の情報収集や部隊投入判断が行われる必要性を示した。

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オ 特殊災害に対する安全確保

平成7年(1995年)の地下鉄サリン事件での救急隊員の被災や、平成11年(1999年)のJCO臨界事故における救急隊員の放射線被ばく、平成15年の三重県ごみ固形化燃料(RDF)発電所爆発事故における消防職員の殉職等、特殊災害において消防職員が被害を受けている。これらの特殊災害に対しては、これまでに消防職員が対応した経験がなく、危険性が未知であったため、その対応が十分でなかった。消防職員は、これら対応経験がない火災や災害に対しても、現場へ迅速に駆け付け、災害の拡大防止と火災の早期鎮圧に努めなければならない社会的責務を負っているため、今後このような特殊災害による被害を減らすためには、消防隊員自身の被災を防ぎ、効果的な消防活動を可能にする技術を開発することが必要である。
本研究では、特殊災害発生時において現場の状況を活動前に把握する手法や消火技術の確立、消防隊員の安全を確保し負担を軽減する技術の開発を行う。

研究内容及び20年度の主な成果

屋内型リサイクル資源化施設のような負圧管理された大空間で発生した火災を消火する場合、空間内に封じ込められた燃焼生成物(煙、有毒ガスなど)が降下し、消防隊にその影響を及ぼすことも考えられる。消火に伴う大空間内の変化を検討するために大空間で木材クリブを燃焼させ消火実験を行い、空間内の煙の流動と垂直方向の温度分布を計測するとともに、解析を行った。

複数の小型移動ロボットを連携させて現場へ資機材を搬送することを目的として、数値シミュレーションにより各ロボットの目標軌道の検討を行った。また、性能評価用検知・探査型災害対策ロボットとして試作したロボットを2消防本部に貸与して問題点を明らかにするなど、実配備に向けた検討を進めた。

(2)国際的な研究の協力と交流

市街地に木造家屋が多く、また、国土の約2/3が山地であるとともに雨量の多い我が国では、地震火災による延焼危険や豪雨時の土砂災害危険など、我が国固有の事情による災害危険が存在する。しかし、その一方、林野火災など世界的にみると類似の災害に遭遇している国々も多数存在する。このため、災害に対する研究をより効率的に進めるためには、各国が保有する災害の情報や研究の成果等を相互に共有していく必要がある。消防研究センターでは、火災研究所長国際会議などの国際会議や国際共同実験に参画して日本における研究成果の公表を行うとともに、外国人研究者の受け入れ等を通じて諸外国との国際協力を行っている。

消防本部における鑑識・鑑定に係る協力体制

火災の原因を究明したり、火災や消火活動中の放水などによって生じた被害の程度を明らかにしたりすることは、効果的な予防対策の確立、有効な消火・救助活動の実施に役立ちます。
消防研究センターでは、自ら原因調査を実施するだけでなく、消防本部からの依頼に基づいて、高度な機器や技能を必要とする化学分析や物理分析などに協力したり、火災原因を究明するための鑑識・鑑定を行ったりするなど、消防本部への技術的な支援を行っています。新たな物質や技術が関与する災害のメカニズムは、未知の部分が多く、様々な観点から分析する必要があります。このため、ガスクロマトグラフ質量分析計、蛍光X線分析装置、熱分析装置などの分析機器を整備しています。また、焼損した物を破壊せずに内部を観察できるX線透過装置、高性能のデジタルマイクロスコープ、電子顕微鏡などの高性能な観察機器も整備しています。
調査する物件を消防研究センターに持ち込むことが可能な場合、消防研究センターで鑑識・鑑定を行いますが、物件を移動できない場合には、技術支援のために職員を火災現場等に派遣することがあります。

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