平成21年版 消防白書

3 消防法の改正

(1)改正までの経緯

救急搬送における受入医療機関の選定が大変厳しい状況にあることを踏まえ、平成19年から平成20年にかけて「救急業務高度化推進検討会」に「消防機関と医療機関の連携に関する作業部会」を設け、円滑な救急搬送・受入医療体制を確保するための対策について検討が重ねられ、その結果平成21年3月に「平成20年度救急業務高度化推進検討会報告書」が取りまとめられ、円滑な救急搬送、受入体制を構築するための方策として、各都道府県において、救急搬送・受入れの実施に関する基準を策定すること及び救急搬送・受入れに関する協議組織を設置することについて早急に制度改正等を行う必要があるとの提言がなされた。
また、消防審議会においても、消防機関と医療機関の連携と、円滑な救急搬送・受入体制の構築のあり方について審議が行われ、平成21年2月に「消防機関と医療機関の連携のあり方に関する答申」が消防庁長官に対し提出された。
報告書及び答申を受け、消防庁は厚生労働省と連携して消防法の改正について検討を行った。消防法改正法案は平成21年3月3日に閣議決定され、4月17日に衆議院、4月24日に参議院において全会一致で可決され、平成21年5月1日に消防法の一部を改正する法律(平成21年法律第34号)が公布された。公布後、6ヶ月の周知・準備期間を経て、平成21年10月30日に施行されたところである。

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(2)消防機関と医療機関の連携に関する改正事項

現在発生している受入医療機関の選定困難事案の根本的な解消のためには、救急医療提供体制を整備し、医師不足や病床不足を改善するなど、受入側である医療機関の充実強化という中・長期的な課題を解決しなければならない。しかしながら、国民の安心・安全を守るために、受入医療機関の選定困難事案の早急な改善を図ることは急務であり、現在の医療体制下において可能な限り解消を図ることが求められている。
既存の医療資源を活用しつつ、受入医療機関の選定困難事案の解消を図るためには、搬送を担う消防機関と、受入れを行う医療機関の連携を強化することが必要となる。そこで、消防機関と医療機関が連携し、搬送及び受入れの実施に関するルールの策定や消防機関及び医療機関等が参加する協議組織の設置を内容とする改正が行われた。

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〔1〕 実施基準の策定

救急搬送は、医療機関が傷病者を受け入れて初めて任務が完了となるが、消防業務については市町村単位で実施している一方、医療行政については医療提供体制を定めている医療計画を都道府県が作成している。また、救急搬送を行う手段として消防防災ヘリやドクターヘリ等を活用することもあり、市町村の圏域を越えた救急搬送が頻繁に行われているという救急業務の実態を踏まえ、都道府県が消防機関による傷病者の搬送及び医療機関による傷病者の受入れの実施に関する基準(以下「実施基準」という。)を策定し、公表することとしている。

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実施基準の主な内容は、以下のとおりである。
(i)傷病者の状況に応じた適切な医療の提供が行われるように分類された医療機関のリスト
(ii)消防機関が(i)のリストの中から搬送先医療機関を選定するための基準
(iii)消防機関が医療機関に対し傷病者の状況を伝達するための基準
(iv)搬送先医療機関が速やかに決定しない場合において、傷病者を受け入れる医療機関を確保するために、消防機関と医療機関との間で合意を形成するための基準
実施基準においては、まず、傷病者の傷病の種類や重症度・緊急度等を分類し、その分類に基づいて受入先の候補となる医療機関のリストが作成される。具体的には、血圧、呼吸等のバイタルサインにより、生命に重大な危機を生じている場合の搬送先としての救命救急センターや、脳卒中や心筋梗塞などの疾患ごとに適切な処置が可能な救急医療機関について、救急隊が傷病者の搬送先を選定する際に参照できるような医療機関のリストを策定しておくこととなる。
次に、119番通報を受けて現場に出場した救急隊が、傷病者の傷病の程度や周囲の状況等を観察(確認)し、医療機関のリストと照らし合わせて受入先医療機関を選定するルールについて定めることとしている。例えば、脳卒中が疑われる場合の傷病者の徴候など、疑いの有無を判断するための基準が策定される。
上記の照合の結果に基づいて救急隊が医療機関に受入要請を行う際に、どのような事項をどのような順番で医療機関に伝達するかの基準を定めておくことで、消防機関と医療機関の間の情報伝達を円滑かつ的確に行うようにしている。
このような実施基準に基づいて搬送を実施しようとしても受入医療機関が速やかに決まらない場合には、傷病者を受け入れる医療機関を確保するために、消防機関と医療機関の間でルールを定めておくこととなっている。例えば、3回以上照会しても受入先医療機関が決まらない場合や、30分以上現場に滞在して受入先を探しても受入医療機関が決まらない場合など、どのような場合に通常とは異なるルールを用いるかについてや、受入医療機関の選定困難事案が発生した場合に受入先となる病院の選定を医療機関間の受入れの調整を担うコーディネーターに委ねたり、地域の基幹病院が地域内で傷病者の受入調整を行うとともに、自院での受入れに努めるなどの方策を、消防機関と医療機関の間で協議し、定めるものとしている。
実施基準では、これら以外にも、都道府県が救急搬送及び受入れに当たり必要な事項を定めることができることとなっている。例えば、傷病者の重症度・緊急度に応じてヘリコプターによる搬送を行う際の基準や、災害発生時において傷病者を応急救護所に搬送する際の基準を定めておくことなどが考えられる。

実施基準については、都道府県の実情に応じて、都道府県の全域を対象として一つを定めることも、医療計画における医療圏など医療提供体制を考慮した区域を単位として定めることもできるとしている。また、実施基準を策定する際には、傷病者の搬送及び受入れを担う消防機関と医療機関が参画する協議会の意見を聴くこととなっており、実務を担う消防機関及び医療機関が円滑に業務を実施できるような実施基準を作成するための手続きが設けられている。
国の役割としては、消防行政を所管する総務大臣及び医療行政を所管する厚生労働大臣が必要な情報の提供、助言その他の援助を行うものとしており、消防庁と厚生労働省が合同で「傷病者の搬送及び受入れの実施基準等に関する検討会」を開催して都道府県が実施基準を策定する際のガイドラインを策定し、改正法施行にあわせて、都道府県に情報提供を行ったところである。

実施基準の実効性を確保するために、消防機関は傷病者の搬送を行う際には実施基準を遵守することとされており、医療機関については傷病者を受け入れる際に実施基準を尊重するよう努めるものとされている。

〔2〕 実施基準に関する協議等を行うための協議会の設置

円滑な救急搬送・受入体制を構築することによって、受入医療機関の選定困難事案を解消するためには、搬送を行う消防機関と受入れを行う医療機関の連携が不可欠である。そのため、改正消防法において、消防機関と医療機関が同じテーブルについて、傷病者の搬送及び受入れに関する実施基準を策定、変更するための協議や、救急搬送及び受入れの実施に関する連絡調整を行うための協議会を設置することとしている。
当該協議会は都道府県が組織することとしており、以下に掲げる者を構成員とすることとしている。
(i)消防機関の職員
(ii)医療機関の管理者又はその指定する医師
(iii)診療に関する学識経験者の団体の推薦する者
(iv)都道府県の職員
(v)学識経験者その他の都道府県が必要と認める者
この協議会は、実施基準や傷病者の搬送・受入れの実施に関して、都道府県知事に意見を述べることができ、受入医療機関の選定困難事案を解消し、円滑な搬送及び受入れを実現するための環境整備を提言することが可能となっている。
現在、消防機関と医療機関が参画している組織として、メディカルコントロール協議会が全国に設置されているところである。メディカルコントロール協議会においては、救急救命士を含め救急隊員の救命処置の質の向上を目的とし、救急救命士の再教育、救急救命処置の事後検証等に関する協議等が行われているところであるが、今般都道府県が組織する協議会は、救急隊員による傷病者の搬送と医療機関の受入れについて協議を行うものであり、既存のメディカルコントロール協議会の枠組みを活用することにより、実効的な実施基準が作成できるものと考えられ、消防審議会答申においても同様の指摘がなされている。
消防庁としては、傷病者の円滑な搬送及び受入れの実施を実現するため、厚生労働省や関係機関と連携し、受入医療機関の選定困難事案の解消に取り組むとともに、消防機関と医療機関の一層の連携強化を図ることとしている。

(3)目的規定における救急業務の明確化

昭和38年(1963年)の消防法改正によって、初めて救急業務に関する規定が設けられた。当時、高度経済成長により道路交通網が発達し自動車が普及した反面、交通事故の続発等が深刻な社会問題となっており、事故に対処するための救急業務に対する市民のニーズを背景に、救急業務が法制化されたところである。
昭和39年(1964年)の救急出動を見ると、救急出場件数は26万1,747件であり、事故種別ごとの出場件数は、急病が10万8,960件(41,6%)、交通事故が8万427件(30.7%)であった。一方、平成20年中の救急出場件数は509万7,094件であり、事故種別ごとの出場件数は、急病が310万2,423件(60.9%)、一般負傷が69万7,914件(13.7%)、交通事故が55万6,480件(10.9%)となっている。救急業務の法制化当時と比較し、救急出場件数は大幅に増加しており、救急業務の重要性は増大している。また、社会情勢の変化にあわせ、急病の比率が高くなっている。
このような救急業務の重要性の高まり、災害や事故だけではなく、急病を理由とする出動件数の増加を踏まえ、今般の消防法改正において、消防法第1条の目的規定に「災害等による傷病者の搬送を適切に行い」という記述を加え、消防の目的に救急業務を明示する改正を行ったところであり、救急業務の位置づけが消防業務の中で明確化された。

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