平成24年版 消防白書

4.救急業務高度化の推進

(1) 救急隊員の教育訓練の推進

平成3年に、我が国のプレホスピタル・ケア(救急現場及び搬送途上における応急処置)の充実を図るため、救急救命士制度が導入されるとともに、救急隊員の行う応急処置の範囲が拡大された。消防庁としては、都道府県等の消防学校における拡大された応急処置の内容を含んだ救急課程の円滑な実施や、救急救命士の着実な養成が行われるよう、諸施策を推進してきている。なお、救急救命士の資格を取得するための教育訓練については、その内容に高度かつ専門的なものが含まれていること、救急医療関係の講師の確保を図る必要があること、教育訓練の効率性を考慮する必要があること等から、救急救命士法の成立を受け、消防機関の救急救命士の養成を目的として全国47都道府県の出資により財団法人救急振興財団が平成3年に設立され、救急救命士の養成が行われている。
そのほか、全国救急隊員シンポジウムや日本臨床救急医学会等の研修・研究機会を通じて、救急隊員の全国的な交流の促進や救急活動技能の向上も図られている。

(2) 救急救命士の処置範囲の拡大

救急救命士の処置範囲については、(3)に述べるメディカルコントロール体制の整備を前提とした上で、次の〔1〕から〔3〕に示すように、数次に渡り拡大されてきた。また、新たに〔1〕血糖測定と低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与、〔2〕重症喘息患者に対する吸入β刺激薬の使用及び〔3〕心肺機能停止前の静脈路確保と輸液の実施の3行為を救急救命処置に追加することについて、「救急救命士法施行規則の一部を改正する省令」(平成24年4月6日厚生労働省令第74号)により、平成25年3月31日までの間、処置が実施できるように改正され、公募によって採択された、救急救命士の教育体制及び医師の具体的な指示体制等のメディカルコントロール体制が十分に確保された全国129消防本部において、実証研究が行われている。

〔1〕 除細動

従来、医師の具体的指示の下に救急救命士が実施していた除細動については、平成15年4月から、医師の包括的指示により除細動を実施すること(以下「包括的指示下での除細動」という。)が可能となり、順次各地域で包括的指示下での除細動が実施されている。

〔2〕 気管挿管

気管挿管については、平成16年7月から、各地域において講習及び病院実習を修了した救急救命士により実施されている。この講習は、各都道府県の消防学校を中心に行われており、また、病院実習は、講習修了後に各地域の医療機関の協力を得て行われている。平成24年4月1日現在、気管挿管を実施することのできる救急救命士数は10,119人となっている。
また、平成23年8月からは、チューブ誘導機能を有する間接声門視認型硬性喉頭鏡(ビデオ喉頭鏡)についても、追加講習及び病院実習の受講など、一定の要件の下に使用可能となっている。今後も、地域メディカルコントロール協議会において、適切に判断し、運用や準備について検討されることが期待されている。
なお、上記のような病院実習については、関係者の理解と協力の下に、実習先医療機関の確保等に努めつつ、気管挿管を実施することのできる救急救命士の養成を更に促進していくこととしている。

〔3〕薬剤投与

薬剤投与については、平成18年4月から心肺機能停止傷病者に対し、救急救命士によるアドレナリンの使用が認められることとなった。薬剤投与の実施に当たっては、高度な専門性を有する所要の講習及び病院実習を修了する必要があることから、消防庁としては、救急振興財団等における講習体制の確保及びメディカルコントロール協議会が選定する施設における実習体制の確保を推進しており、これを受けて、各機関において、順次講習及び実習が開始された。平成24年4月1日現在、薬剤投与を実施することのできる救急救命士の数は17,056人となっている。また、薬剤投与の実施に伴い、一層重要性を増すメディカルコントロール体制の充実強化についても、推進している。
さらに、平成21年3月より、アナフィラキシーショックにより生命が危険な状態にある傷病者が、あらかじめ自己注射が可能なアドレナリン製剤を処方されている者であった場合には、救急救命士が当該アドレナリン製剤による、アドレナリンの投与を行うことが可能となった。

(3) メディカルコントロール体制の充実

救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を向上させ、救急救命士の処置範囲の拡大等救急業務の高度化を図るためには、今後もメディカルコントロール体制を一層充実強化していく必要がある。
メディカルコントロール体制とは、消防機関と医療機関との連携によって、〔1〕医学的根拠に基づく、地域の特性に応じた各種プロトコルを作成し、〔2〕救急隊が救急現場等から常時、迅速に医師に指示、指導・助言を要請することができ、〔3〕実施した救急活動の医学的判断や処置などの適切性について、医師により医学的・客観的に事後検証が行われるとともに、その結果がフィードバックされ再教育等に活用され、〔4〕救急救命士の資格取得後の再教育として、医療機関において定期的に病院実習が行われる体制をいうものである。
消防機関と医療機関との協議の場であるメディカルコントロール協議会は、各都道府県単位及び各地域単位で設置されており、平成24年9月1日現在において、各地域単位のメディカルコントロール協議会数は246である。各メディカルコントロール協議会においては、事後検証等により、救急業務の質的向上に積極的に取り組んでいる。なお、消防庁においては、全国のメディカルコントロール協議会の質の底上げ、メディカルコントロール体制の地域間格差の解消や充実強化を目的として、平成19年5月に設置された「全国メディカルコントロール協議会連絡会」を定期的に開催することにより、全国の関係者間での情報共有及び意見交換の促進を図っている。
また、平成21年に改正された消防法に基づく、実施基準に関する協議会(3(2)参照)について、メディカルコントロール協議会等の既存の協議会の活用も可能となっているなど、その役割は非常に重要なものとなっている。

(4) 救急蘇生統計(ウツタインデータ)の活用

我が国では、平成17年1月から全国の消防本部で一斉にウツタイン様式*10の導入を開始しているが、全国統一的な導入は世界初であり、先進的な取組となっている。消防庁としては、ウツタイン様式による調査結果をオンラインで集計・分析するためのシステムの運用も開始しており、今後は、救急救命士が行う救急救命処置の効果等の検証や諸外国との比較が客観的データに基づき可能となることから、プレホスピタル・ケアの一層の充実に資することが期待されている。
消防庁の有する救急蘇生統計(ウツタインデータ)については、適切かつ有効に活用されるよう、申請に基づき、関係学会等にデータの提供を行っている。
ウツタインデータに関しては、平成17年から平成21年の5年分を合計した1ヵ月後生存率及び1ヵ月後社会復帰率が取りまとまったことから、地域メディカルコントロール協議会ごとのデータを提供し、それぞれの地域における救命率向上のための方策や体制の構築等に活用することとしている。
また、ウツタイン様式の運用に当たっては、予後の調査を含め消防機関と医療機関の連携体制の充実強化を一層促進していくことが重要である。
なお、従来、ウツタイン様式については、「ウツタイン統計」及び「心肺機能停止傷病者の救命率等の状況」として公表していたが、救急搬送された心肺機能停止傷病者に関する統計であることをより分かりやすくするため、平成21年度から「救急蘇生統計」へと名称の変更を行っている。

*10 ウツタイン様式:心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(一ヵ月後の生存率等)を記録するための調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際会議において提唱され、世界的に推奨されているものである。

(5) 一般市民に対する応急手当の普及

救急出動要請から救急隊が現場に到着するまでに要する時間は、平成23年中の平均では8.2分であり、この間に、バイスタンダー*11による応急手当が適切に実施されれば、大きな救命効果が得られる。したがって、一般市民の間に応急手当の知識と技術が広く普及するよう、実技指導に積極的に取り組んでいくことが重要である。現在、特に心肺機能停止傷病者を救命する心肺蘇生法(CPR:Cardio Pulmonary Resuscitation)技術の習得を目的として、住民体験型の普及啓発活動が推進されている。特に平成16年7月には、「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用について」(厚生労働省医政局長通知)により、非医療従事者においても、自動体外式除細動器(以下「AED*12」という。)を使用することが可能となった。これを受け、消防庁では、AEDの使用に係る普及啓発を図ることを目的として、非医療従事者によるAEDの使用条件のあり方等について報告書を取りまとめており(「応急手当普及啓発推進検討会報告書」)、消防機関によるAEDを使用するための内容を組み入れた応急手当普及講習プログラム等の実施を促進している。

*11 バイスタンダー(bystander):救急現場に居合わせた人(発見者、同伴者等)のことで、適切な処置が出来る人員が到着するまでの間に、救命のための心肺蘇生法等の応急手当を行う人員のこと
*12 AED(Automated External Defibrillator:自動体外式除細動器):心室細動の際に機器が自動的に解析を行い、必要に応じて電気的なショック(除細動)を与え、心臓の働きを戻すことを試みる医療機器。薬事法上の「半自動除細動器」(広義のAED)には、非医療従事者向けAED(PAD:Public Access Defibrillator)及び医療従事者向けAED(半自動式AED)が含まれる。救急隊は医療従事者向けのAEDを使用する。

消防庁では、「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」により、心肺蘇生法等の実技指導を中心とした住民に対する救命講習の実施や応急手当指導者の養成、公衆の出入りする場所・事業所に勤務する管理者・従業員を対象にした応急手当の普及啓発及び学校教育の現場における応急手当の普及啓発活動を行っている。この結果、講習受講者数は増加傾向にあり、全国の消防本部における平成23年中の救命講習受講者数は142万5,550人で、心肺機能停止傷病者への住民による応急手当の実施率は43.0%に上昇するなど、消防機関は応急手当普及啓発の担い手としての主要な役割を果たしている。
また、より専門性を高めつつ受講機会の拡大等を図るため、主に小児・乳児・新生児を対象とした普通救命講習IIIや住民に対する応急手当の導入講習(「救命入門コース」)、eラーニングを用いた分割型の救命講習を新たに追加するなど国民のニーズに合わせた取組も進めている。
なお、心肺蘇生法については、平成23年6月から10月にかけて、財団法人日本救急医療財団の救急蘇生法委員会より、新しい日本版救急蘇生法のガイドラインが示されたことから、消防機関が行う住民に対する普及啓発活動についても、このガイドラインを踏まえた新しい内容となっている。
消防機関においては、昭和57年に制定された「救急の日」(9月9日)及びこの日を含む一週間の「救急医療週間」を中心に、応急手当講習会や救急フェア等を開催し、一般市民に対する応急手当の普及啓発活動に努めるとともに、応急手当指導員等の養成や応急手当普及啓発用資器材の整備を推進している。

(6) ICTを活用した救急業務

救急隊員が救急現場から医師に対して傷病者情報を伝達する際に、電話や無線など音声による情報に、ICTを活用してバイタルサイン情報や画像情報を付加すること(以下「画像伝送」という。)によって、より正確で具体的な情報伝達ができることがこれまでの実証研究等で示されている。画像伝送を救急業務に活用している消防本部数は増加しており、平成23年7月時点で、全国で24本部が画像伝送を救急業務に活用している。
また、ICTの活用により、各医療機関の応需状況をリアルタイムに把握するための取組など、実施基準に対応した医療情報システムの構築が進んでおり、平成24年度においては、全国的な消防と医療の連携による救命率の向上を目的として、実施基準に対応した医療情報システムの詳細や具体的奏功事例等の調査・分析を行い、ICTを活用した救急活動に関して検討することとしている。

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