平成27年版 消防白書

3.進化する緊急消防援助隊

緊急消防援助隊は、平成27年に創設20周年を迎えたが、この20年で消防本部をはじめとする関係者の努力により、活動能力を大きく向上させ、着実に発展してきた。災害が多発する我が国で、その役割はますます重要なものとなっている。平成26年3月には、基本計画を平成26年度から平成30年度末までの第3期計画として改正し、これまでの緊急消防援助隊出動の経験の蓄積の上に、新しい課題を予想・設定し、その課題に対応するため、質・量の両面から更なる緊急消防援助隊の充実強化を図っている。

(1) 南海トラフ地震等に備えた大幅増隊

緊急消防援助隊は平成7年(1995年)9月に1,267隊で発足したが、その後、災害時の緊急消防援助隊活動の重要性がますます認識され、登録数が増加し、平成27年4月1日現在、全国742消防本部(全国750消防本部の99%)から4,984隊となっている。
東日本大震災を上回る被害が想定される南海トラフ地震等に備え、大規模かつ迅速な部隊投入のための体制整備が不可欠であることから、平成30年度末までの登録目標隊数を、おおむね6,000隊規模に増強することとしている(特集1-2表)。

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ア 消火・救助・救急体制の強化

災害時に迅速性が重要となる消火及び延焼防止活動、倒壊家屋及び津波浸水地域での救助活動、傷病者の救急搬送及び広域医療搬送活動等の体制を充実強化するため、消火・救助・救急の主要3小隊を合計1,100隊増強することとしている。

イ 指揮体制の強化

南海トラフ地震のような広域的な災害において、緊急消防援助隊の指揮支援隊が大幅に不足することから、指揮支援隊を20隊増強、都道府県大隊が複数の地域に分かれて活動することが想定されているため、都道府県大隊指揮隊を50隊増強することとしている。

ウ 後方支援体制の強化

東日本大震災の経験を踏まえ、長期に及ぶ活動を想定した後方支援体制の確立が不可欠であることから、後方支援の充実を図るため、後方支援小隊を160隊増強することとしている。

(2) 統合機動部隊の新設

東日本大震災においては、各都道府県の多くの消防本部から大規模な部隊出動がなされたが、集合時間に時間を要し、また、部隊全体での移動では給油や休息等にも時間を要したという事例も見られた。このような教訓を踏まえ、1(1)迅速な出動と展開で先述したとおり、緊急消防援助隊の初動対応をより迅速・的確にするため、統合機動部隊を新設した。本部隊は、大規模災害発生後、被災地に緊急・先遣的に出動し、特に緊急度の高い消火・救助・救急活動を展開するとともに、後続部隊の活動に資する情報収集・提供を行うことを任務とするものであり、各都道府県に1部隊、全国でおおむね50部隊を編成することとしている。

(3) 通信支援小隊の新設

東日本大震災の被災地域において、大規模かつ長期的な公衆通信の輻輳・途絶が見られ、緊急消防援助隊の情報収集・伝達や部隊運用に大きな影響をもたらしたところである。また、関係機関間での活用のための防災相互波*4が必ずしも十分に活用されておらず、関係機関のコミュニケーションに支障が生じた。このため、災害に強い通信機能を保有し、被災地での通信確保のための支援活動を行う通信支援小隊を新設し、全国に50隊配備することとしている。

*4 防災相互波(防災相互通信用無線):地震災害、コンビナート災害等の大規模災害に備え、災害現場において消防、警察、海上保安庁等の各防災関係機関の間で、被害情報等を迅速に交換し、防災活動を円滑に進めることを目的としたもので、国、地方公共団体、電力会社、鉄道会社等の防災関係機関で導入されている

(4) ドラゴンハイパー・コマンドユニットの新設

ア 創設の背景

平成15年十勝沖地震においては、出光興産(株)北海道製油所の原油・ナフサ貯蔵タンク火災が発生した。さらに、平成23年に発生した東日本大震災では、東北から関東の広域にわたり、我が国のエネルギー・産業基盤である石油コンビナート等特別防災区域で大規模火災が同時多発し、特に、仙台地区(JX日鉱日石エネルギー(株)仙台製油所:多賀城市、仙台市)や京葉臨海部(コスモ石油(株)千葉製油所ガスタンク:市原市)では、大規模な危険物火災・危険物流出事故が発生し、コンビナート区域を越えて被害が及んだことから、周辺住民に避難指示や避難勧告が出されただけでなく、石油等のサプライチェーンの途絶など、経済的にも大きな影響を与えた。このように、石油コンビナート・化学プラント等のエネルギー・産業基盤で爆発・火災が発生した場合、周辺地域に危険を及ぼすだけでなく、我が国の国民生活に長期にわたって深刻な影響を与える。
こうした経験を踏まえて、石油コンビナート・化学プラント等のエネルギー・産業基盤の被災に備え、緊急消防援助隊に新たに特殊災害の対応に特化した部隊として、「エネルギー・産業基盤災害即応部隊(ドラゴンハイパー・コマンドユニット)」を全国12地域で編成することとしている。
このことは、国土強靱化の観点から「日本再興戦略」改訂2015(平成27年6月30日閣議決定)の中短期工程表及び「国土強靱化基本計画」(平成26年6月3日閣議決定)にも位置付けられている。
平成26年度には、部隊編成の中核車両として「大型放水砲車*5」「大容量送水ポンプ車*6」を千葉県市原市消防局、三重県四日市市消防本部に配備し、全国で初めて「ドラゴンハイパー・コマンドユニット」が編成された。

*5 大型放水砲車:大口径の150ミリメートルホースを1キロメートル分積載しており、走行しながら車両後部からホース延長が可能であるとともに、ホース延長後は車両上部に搭載された大型放水砲と車載の大型消防ポンプ(A-1級)を活用することで、最大毎分8,000リットルの大容量放水が可能
*6 大容量送水ポンプ車: 海や河川等のあらゆる水利から取水が行える小型軽量水中ポンプ(A-1)を搭載しており、さらに車載の大型消防ポンプで加圧することで、遠距離(1キロメートル先)への大容量送水が可能

イ 部隊の編成

「ドラゴンハイパー・コマンドユニット」を構成する小隊は、基本計画に定める各隊(消火小隊、救助小隊等)に属し、石油コンビナート・化学プラント等のエネルギー・産業基盤における特殊災害発生時には、この中から必要な隊を抽出して再編成し、統一的な指揮の下、一体的な部隊運用を行うものである。
部隊は、エネルギー・産業基盤災害即応部隊指揮隊、特殊災害中隊、消火中隊を中心として編成するものとし、地域の実情に応じて、他の小隊(特殊装備小隊、後方支援小隊等)を加えるものとしている。具体的な編成については、各都道府県等が定める緊急消防援助隊に係る応援等実施計画等に位置付けられ、運用されることとなる。
また、高度かつ専門的な活動が求められる部隊であることから、特殊災害に対する消防活動の経験が豊富で、高度かつ専門的な知見を有する消防本部での編成を考慮することとしている(特集1-7図、特集1-8図)。

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(5) 緊急消防援助隊で活用が想定される消防ロボット等の研究開発

ア 目的・概要

今後発生が懸念されている南海トラフ地震・首都直下地震の被害想定地域には、我が国有数のエネルギー・産業基盤が集積し、石油コンビナートにおける大規模・特殊な災害時には、消防隊が現場に近づけない等の大きな課題がある。そこで、ドラゴンハイパー・コマンドユニットの資機材として、安全な場所への災害状況の画像伝送や放水等の消防活動を自律的に行える消防ロボットの研究開発を行う。
緊急消防援助隊で活用することを想定し、消防ロボットシステムを平成26年度から5年計画で開発を進めている。この消防ロボットシステムは、消防隊員による操作の必要がなく、簡単な判断及び操作指示をするだけで、半自律的に火災抑制、消火活動を行うことができる。消防ロボットシステムのイメージを特集1-9図に示す。空中や地上の偵察ロボットの情報を基に、放水ロボットの最適な放水位置を導出し、放水ロボット及びホース延長ロボットがそれぞれの作業を行う。このように、複数のロボットに機能を分散し、協調連携して活動を実施する。また、自律機能を実現するには画像認識や空間認識などの高度な先端技術を、消防活動という過酷な状況において機能できるように研究を行い、自律的な機能を取り入れることによって、大規模火災に近接し、高熱な領域での消防活動を可能とし、より効率的な消防活動を実現する。

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対応を想定している活動は延焼阻止などの冷却活動及び大規模火災の消火活動である。また、システムの一部のロボット、例えば偵察ロボットだけでも機能することも考慮し研究開発を進めている。
本研究開発では、平成26年度に設計を完了し、平成28年度には、各単体のロボットの一次試作を完成させる。試作したロボットに協調連携や自律化といった高度な機能を取り込み、平成30年度には実戦配備可能なロボットシステムを完成させる計画としている。
なお、この研究開発は政府施策として「『日本再興戦略』改訂2015」、「科学技術イノヘーション総合戦略2015」、「世界最先端IT国家創造宣言」、「『世界一安全な日本』創造戦略」に記載あるいは施策登録されている。

イ 平成26年度の主な研究開発成果

各ロボットの設計を行うために、基礎的な実験を行い、設計に反映した。また、自律走行の実現可能性を確認するために、プラント施設跡地を使用し電子地図作成基礎実験を行った(特集1-10図)。この実験結果から自律走行の実現が可能であると確認された。各ロボットに必要となる仕様を基に、ロボットに搭載する計測機器等の調査を行い、その候補を絞り込み設計に反映した。

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完了した設計を基に構成した各ロボットの概観を特集1-11図から特集1-14図に示す。なお、本研究開発の実施にあたり、実用ロボット技術に関する外部有識者及び消防本部で構成される外部評価会を設置し、研究開発を的確かつ効率的に遂行している。

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*7 飛行型偵察ロボット:NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の平成24年度実用化ベンチャー支援事業で開発した機体を基本として研究開発を進めた。

ウ 平成27年度の研究開発の状況

平成28年度の各単体ロボットの一次試作の完成を目指し、平成27年度は部分試作及び性能検証を進めている。例えば、飛行型偵察ロボットの強風下での飛行性能試験の検証、走行型偵察ロボットの走行機構の試作、放水砲ロボットの放水砲の機構検証及び耐熱機構の試作、ホース延長ロボットのホース展長機構の試作等を進めている。走行型偵察ロボットの耐熱防護機構の基礎実験、放水砲ロボットの放水機構の性能基礎実験等を行い、一次試作への基礎データを取得した。

(6) 大規模イベントの開催に向けた消防機関の対処能力の強化

2019年にはラグビーワールドカップ、2020年にはオリンピック・パラリンピック競技大会という国家的、歴史的な大規模イベントが我が国で開催されることとなった。
現在、国際社会では各地で多様な形態のテロが発生している。また、NBCテロ災害(核(Nuclear)、生物剤(Biological)、化学剤(Chemical)によるテロ災害。)等の特別な備えが必要となる事案が発生するおそれもある。こうした情勢の下、テロ災害等の緊急事態に際し、避難住民の誘導や救助・消火活動、傷病者の搬送等を担う消防機関(第1-15図)においても、大規模イベントの開催を見据えた体制整備を、早急かつ計画的に実施していく必要がある。

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ア 大規模イベント開催時の危機管理等における消防機関のあり方に関する研究

消防庁では、ラグビーワールドカップ2019や2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会という大規模イベントの開催に向け、緊急消防援助隊を含めた消防機関等が今後、取り組まなければならない課題について、様々な視点から分析し、整理することを目的とした「大規模イベント開催時の危機管理等における消防機関のあり方に関する研究」を実施し、平成27年3月に結果をとりまとめた。
本研究では、各分野における有識者や行政機関等の関係者から意見を聴取し、過去の実際の事例から課題や教訓を得るとともに、大規模イベント開催中にテロ災害等が発生した際のシミュレーションを実施し、実践的な課題の抽出及び対応策の検討を行った。

イ 緊急消防援助隊のNBC災害への対処能力の強化

消防庁は、緊急消防援助隊のNBC災害への対処能力の強化のため、これまでも消防組織法に基づく無償使用制度の活用により、大型除染システム搭載車等の車両や化学剤検知器、生物剤検知器等の資機材の配備等に取り組んできた。
しかしながら、昨今のテロを巡る厳しい情勢の変化や2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等の国家的に重要な大規模イベントの開催を控えていること等を踏まえれば、今後は、大規模又は特殊な災害に対応するための緊急消防援助隊のより一層の対処能力の強化が望まれるところである。
このため、消防庁では、前述した研究の結果等も踏まえ、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等のイベント会場等における消防の警戒に必要な広域応援体制の構築支援や、このために必要な車両や資機材等の配備、消防大学校における緊急消防援助隊教育の一環としてのNBC災害の専門部隊教育の充実強化等に取り組んでいくこととしている。

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