令和3年版 消防白書

4.救急業務高度化の推進

(1)救急業務に携わる職員の教育の推進

平成3年(1991年)に救急救命士法が施行され、現場に到着した救急隊員が傷病者を病院又は診療所に搬送するまでの間、医師の指示の下に一定の救急救命処置を行うことを業務とする救急救命士の資格制度が創設された。
救急救命士の資格は、消防職員の場合、救急業務に関する講習を修了し、5年又は2,000時間以上救急業務に従事したのち、6か月以上の救急救命士養成課程を修了し、国家試験に合格することにより取得することができる。資格取得後、消防機関に所属する救急救命士は、救急業務に従事するに当たり160時間以上の病院実習を受け、その後も2年ごとに128時間以上(うち、病院実習は48時間以上)の再教育を受けることとされている。
消防機関の救急救命士の養成については、その内容に高度かつ専門的なものが含まれていること、教育訓練の効率性を考慮する必要があること等から、救急救命士法の成立を受け、全国47都道府県の出資により平成3年に設立された一般財団法人救急振興財団において行われているほか、指定都市等の消防機関が所管する救急救命士養成所や、消防学校における救急救命士養成課程においても行われている。令和2年度には、一般財団法人救急振興財団の救急救命士養成所で685人、指定都市等における救急救命士養成所や消防学校における救急救命士養成課程で363人の消防職員が養成課程を修了し、国家試験を受験した。
また、健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法の公布・施行も受け、心臓病及び脳卒中に関する救急隊における観察・処置等について、関係学会から消防庁に対して最新の科学的知見に基づく提案がなされたことから、「令和元年度救急業務のあり方に関する検討会」において検討を行い、検討会において妥当と認められた事項について、「救急隊における観察・処置等について」(令和2年3月27日付け通知)を発出した。
また、救急救命士を含む救急隊員は、「救急業務に携わる職員の生涯教育の指針Ver.1」(平成26年3月)に基づき、新任救急隊員、現任救急隊員、救急隊長等の各役割に応じた教育を受けることとされている。こうした教育体制の構築のため、所属職員に対する教育・指導や、関係機関との教育体制に関する調整等の役割を担う指導的立場の救急救命士を「指導救命士」として位置づけており、令和3年4月1日現在、全国で2,407人の指導救命士が認定されている。
このほか、全国救急隊員シンポジウムや日本臨床救急医学会等の研修の機会を通じて、救急隊員の全国的な交流の促進や、救急活動に必要な知識・技能の向上が図られている。

(2)救急救命士の処置範囲の拡大

救急救命士が医師の具体的な指示を受けて行う救急救命処置(特定行為)は、平成3年(1991年)の制度創設当時は、半自動式除細動器による除細動、乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液、食道閉鎖式エアウェイ又はラリンゲアルマスクによる気道確保のみとされていたが、厚生労働省において順次拡大されてきた。
令和3年4月1日現在、救急救命士の資格を有する救急隊員のうち、拡大された処置範囲のうち気管挿管を実施できる者は1万5,655人(そのうちビデオ硬性挿管用喉頭鏡を使用できる者は6,850人)、薬剤投与(アドレナリン)を実施できる者は2万8,047人、心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液を実施できる者は2万6,413人、血糖測定及び低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与を実施できる者は2万6,409人となっている。

(3)メディカルコントロール体制の充実

救急業務におけるメディカルコントロール体制とは、医学的観点から救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を保障する仕組みをいう。具体的には、消防機関と医療機関との連携によって、①医学的根拠に基づく、地域の特性に応じた各種プロトコルを作成し、②救急隊が救急現場等から常時、迅速に医師に指示、指導・助言を要請することができ、③実施した救急活動について、医師により医学的・客観的な事後検証が行われるとともに、④その結果がフィードバックされること等を通じて、救急救命士を含む救急隊員の再教育等が行われる体制をいう。消防機関と医療機関等との協議の場であるメディカルコントロール協議会は、各都道府県単位及び各地域単位で設置されており、令和3年8月1日現在、全国に47の都道府県メディカルコントロール協議会及び251の地域メディカルコントロール協議会が設置されている。救急業務におけるメディカルコントロール体制の役割は、当該体制の基本であり土台である「救急救命士等の観察・処置を医学的観点から保障する役割」から、「傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準の策定を通じて地域の救急搬送・救急医療リソースの適切な運用を図る役割」へと拡大し、さらに「地域包括ケアにおける医療・介護の連携において、消防救急・救急医療として協働する役割」も視野に入れるなど、各地域の実情に即した多様なものへと発展している。
こうした中、「令和2年度救急業務のあり方に関する検討会」においてメディカルコントロール体制の現状の課題と解決策を検討し、検討結果をもとに関係機関が緊密に連携してメディカルコントロール体制の一層の充実強化に努めることや、客観的な評価指標を用いた体制の評価を行い、PDCAを通じた継続的な体制の構築・改善を図ること等について方針を示した。
さらに、昨今、メディカルコントロール協議会に求められる役割は多様化してきている。
高齢者の救急要請が増加する中、救急隊が傷病者の家族等から傷病者本人は心肺蘇生を望んでいないと伝えられ、心肺蘇生の中止を求められる事案が生じている。こういった背景を踏まえ、「平成30年度救急業務のあり方に関する検討会」の検討部会において、有識者から、救急現場等で、傷病者の家族等から、傷病者本人は心肺蘇生を望んでいないと伝えられる事案について、「本人の生き方・逝き方は尊重されていくもの」という基本認識が示された。そして、救急現場等は、千差万別な状況であることに加え、緊急の場面であり、多くの場合医師の臨場はなく、通常救急隊には事前に傷病者の意思は共有されていないなど時間的情報的な制約があるため、今後、事案の実態を明らかにしていくとともに、各地での検証を通じた、事案の集積による、救急隊の対応についての知見の蓄積が必要であると結論付けた。
これらの検討結果について、「「平成30年度救急業務のあり方に関する検討会傷病者の意思に沿った救急現場における心肺蘇生の実施に関する検討部会」報告書について」(令和元年11月8日付け通知)を各都道府県消防防災主管部長に対して発出した。この通知においては、今後、消防機関に求められることとして、①消防機関においても、地域における地域包括ケアシステム*3やACP(アドバンス・ケア・プランニング、愛称「人生会議」)*4に関する議論の場に、在宅医療や介護等の関係者とともに適切に参画し、意見交換等を積極的に行っていくよう努めること、②救急隊の対応を検討する際は、①に加え、メディカルコントロール協議会等において、在宅医療や介護に関わる関係者の参画も得るなど、地域における人生の最終段階における医療・ケアの取組の状況、在宅医療や高齢者施設での対応の状況等も勘案しながら十分に議論するよう努めること、③メディカルコントロール協議会において事後検証の対象とすることを検討すること等を周知した。

(4)救急蘇生統計(ウツタインデータ)の活用

我が国では、平成17年1月から全国の消防本部で一斉にウツタイン様式*5を導入している。消防庁では、ウツタイン様式による調査結果をオンラインで集計・分析するためのシステムも運用しており、平成17年から令和2年までの16年分のデータが蓄積されている。このデータの蓄積が適切かつ有効に活用されるよう、申請に基づき、関係学会等にデータを提供しており、救命率向上のための方策や体制の構築等に活用されている。

*3 地域包括ケアシステム:地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防(要介護状態若しくは要支援状態となることの予防又は要介護状態若しくは要支援状態の軽減若しくは悪化の防止をいう。)、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制のこと。
*4 ACP:人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセスのこと。
*5 ウツタイン様式:心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(1か月後の生存率等)を記録するための調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際会議において提唱され、世界的に推奨されているものである。

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