令和3年版 消防白書

5.救急業務を取り巻く課題

(1)救急車の適時・適切な利用の推進

令和2年中の救急自動車による救急出動件数は、593万3,277件であり、平成20年以来12年ぶりに対前年比で減少した。この減少の理由としては、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う衛生意識の向上、不要不急の外出自粛といった国民の行動変容などが考えられる。一方で、令和3年に行った将来推計(第2-5-8図)によると、高齢化の進展等により救急需要は今後増大する可能性が高いことが示されており、救急活動時間の延伸を防ぐとともに、これに伴う救命率の低下を防ぐための対策が必要である。
救急自動車による出動件数は、10年前と比較して約8.6%増加しているが、救急隊数は約7.6%の増加にとどまっており、消防庁では、救急車の適時・適切な利用の観点から、電話相談「救急安心センター事業(♯7119)」の全国展開を推進するとともに、全国版救急受診アプリ「Q助(きゅーすけ)」を提供している。
「Q助」は、病気やけがの際に、住民自らが行う緊急度判定を支援し、利用できる医療機関や受診手段の情報を提供するWEB版・スマートフォン版アプリであり、画面上に表示される選択肢から、傷病者に該当する症状を選択していくことで、緊急度に応じた対応が、緊急性をイメージした色とともに表示される仕組みとなっている。スマートフォン版は、最も緊急度の高い赤の場合には、そのまま119番通報ができる。また、自力で受診する場合には、医療機関の検索(厚生労働省の「医療情報ネット」にリンク)、受診手段の検索(一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会の「全国タクシーガイド」にリンク)が行えるようになっている(参照URL:https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate003.html)。
また、全救急出動件数のうち一定の割合を占める転院搬送については、「転院搬送における救急車の適正利用の推進について」(平成28年3月31日付け通知)を発出し、転院搬送ガイドラインの策定を促進しているところである。
さらに、適正利用には国民全体への「緊急度判定体系」の普及が欠かせないことから、消防庁ホームページに「救急お役立ちポータルサイト」を作成し、適正利用に係るツールや救急事故防止に役立つ様々な情報を提供している。この「緊急度判定体系」については、緊急性の高い傷病者への消防・救急・医療資源の適切な活用を推進するため、傷病者の症状に応じて緊急性を判断できる「緊急度判定プロトコルVer.3」を令和2年に策定し、公開している。

第2-5-8図 救急出動件数・救急搬送人員の推移とその将来推移(2000年~2030年)

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第2-5-8図 救急出動件数・救急搬送人員の推移とその将来推移(2000年~2030年)

(2)一般市民に対する応急手当の普及

令和2年中の救急搬送人員のうち、心肺機能停止傷病者は12万5,928人であり、うち心原性(心臓に原因があるもの)は7万9,376人(A)であった。
(A)のうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された傷病者は2万5,790人(B)であり、このうち1か月後生存率は12.2%、1か月後社会復帰率は7.5%となっている(第2-5-9図、資料2-5-14)。

第2-5-9図 心原性かつ一般市民による目撃のあった症例の1ヵ月後の生存率及び社会復帰率

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第2-5-9図 心原性かつ一般市民による目撃のあった症例の1ヵ月後の生存率及び社会復帰率

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

(B)のうち、一般市民により応急手当が行われた傷病者は1万4,974人(C)であり、このうち1か月後生存率は15.2%となっており、応急手当が行われなかった場合(8.2%)と比べて約1.9倍高い。また、1か月後社会復帰率についても応急手当が行われた場合には10.2%となっており、応急手当が行われなかった場合(3.8%)と比べて約2.7倍高くなっている(資料2-5-14)。
(C)のうち、一般市民により自動体外式除細動器(以下「AED」という。)を使用した除細動が実施された傷病者は1,092人であり、1か月後生存率は53.2%、1か月後社会復帰率は43.9%となっている(第2-5-10図)。

第2-5-10図 一般市民により除細動が実施された件数の推移

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第2-5-10図 一般市民により除細動が実施された件数の推移

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

一般市民による応急手当が行われた場合の1か月後生存率及び1か月後社会復帰率は高くなる傾向にあり、一般市民による応急手当の実施は生存率及び社会復帰率の向上において重要であることから、一層の推進を図る必要があり、住民の間に応急手当の知識と技術が広く普及するよう、今後とも取り組んでいくことが重要である。
現在、特に心肺機能停止状態に陥った傷病者を救命するために必要な心肺蘇生法とAEDの使用の技術習得を目的として、住民体験型の普及啓発活動が推進されている。
心肺蘇生法等の実技指導を中心とした住民に対する応急手当講習の実施や応急手当指導員等の養成、公衆の出入りする場所・事業所に勤務する管理者・従業員を対象にした応急手当の普及啓発及び学校教育の現場における応急手当の普及啓発活動については、消防庁が示す「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」に基づき、全国の消防本部において取り組まれている。令和2年中の応急手当講習受講者数は63万765人で、心肺機能停止傷病者への住民による応急手当の実施率は51.5%となるなど、消防機関は応急手当普及啓発の担い手としての主要な役割を果たしている。
また、より専門性を高めつつ受講機会の拡大等を図るため、主に小児・乳児・新生児を対象とした普通救命講習IIIや住民に対する応急手当の導入講習(救命入門コース)、一般市民向け応急手当WEB講習(e-ラーニング)を用いた分割型の救命講習を追加するなど、受講機会の拡大が図られている。
平成28年度からは、教員職にある者の応急手当普及員養成講習について、講習時間を短縮し実施することも可能としたり、他の地域で応急手当普及員講習等を修了した者の取扱いについて、取得地域以外で指導できない不利益がないように当該消防本部でも認定したものとみなしても差し支えないとしたりするなど、住民のニーズに合わせた取組も進めている。
なお、主に、一般市民が行う一次救命処置については、一般財団法人日本救急医療財団心肺蘇生法委員会が心肺蘇生法の内容の国際標準化を目的として5年に1度見直している「救急蘇生法の指針(市民用)」に基づく内容となっており、令和2年度には、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえた方針が追補として示されたほか、5年に1度の見直しに向けた検討が進められていることから、応急手当の普及啓発においても、それらの内容を適切に反映して行っていくこととしている。
また、「救急の日」(9月9日)及びこの日を含む一週間の「救急医療週間」を中心に、全国の消防機関では応急手当講習会や救急フェア等を開催し、住民に対する応急手当の普及啓発活動に努めるとともに、年間を通じて応急手当指導員の養成等を推進している。

(3)感染症への対策

令和2年度には、「令和2年度救急業務のあり方に関する検討会」において、最新の医学的知見及び新型コロナウイルス感染症患者への対応の経験を踏まえて検討し、「救急隊の感染防止対策マニュアル(Ver.2.0)」として取りまとめ、全国の消防本部に周知するとともに、消防機関における感染防止管理体制など、必要な感染防止の取組を進めるよう依頼した。さらに、令和3年度には、オンライン方式により「救急隊の感染防止対策研修会」を開催するとともに、各消防本部における研修等で活用できるよう、本研修会の動画を消防庁ホームページで公開した。
従前より、B型肝炎については、救急隊員に対する血中抗体検査及びワクチン接種に要する経費について普通交付税措置が講じられていたところであるが、令和2年度より、血中抗体検査については麻しん、風しん、水痘、流行性耳下腺炎及びB型肝炎の5種、ワクチン接種については麻しん、風しん、水痘、流行性耳下腺炎、破傷風及びB型肝炎の6種を普通交付税措置の対象とすることとした。これに伴い、「救急隊の感染防止対策の推進を目的とした血中抗体検査及びワクチン接種の実施について」(令和2年1月24日付け通知)を発出し、各種の血中抗体検査及びワクチン接種に可及的速やかに取り組むよう消防本部に促した。
また、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律において、エボラ出血熱の患者(疑似症を含む。)の移送については、都道府県知事(保健所設置市の場合は市長、特別区の場合は区長)が行う業務とされているが、保健所等の移送体制が十分に整っていない地域もあることから、消防庁は厚生労働省と協議を行った上で、保健所等が行う移送に対する消防機関の協力の在り方について通知している。
今般の新型コロナウイルス感染症への対応については特集2を参照されたい。

(4)熱中症への対応

消防庁は平成20年度から全国の消防本部に対し、夏期における熱中症による救急搬送人員の調査を実施している。
調査結果は、速報値として週ごとにホームページ上に公表するとともに、月ごとの集計結果についても確定値として公表している。
令和3年5月から9月までにおける全国の熱中症による救急搬送人員は4万7,877人となっており、このうち6月から9月の救急搬送人員は4万6,251人で、令和2年度調査(6月~9月)と比較すると約29%減少した。
年齢区分別にみると、高齢者(満65歳以上)が2万6,942人(56.3%)でもっとも多く、次いで成人(満18歳以上満65歳未満)が1万5,959人(33.3%)、少年(満7歳以上満18歳未満)が4,610人(9.6%)となっている。初診時における傷病程度別にみると、軽症(外来診療)が2万9,758人(62.2%)で最も多く、次いで中等症(入院診療)が1万6,463人(34.4%)、重症(長期入院)が1,143人(2.4%)、死亡が80人(0.2%)となっている(資料2-5-15)。
発生場所別にみると、住居が1万8,882人(39.4%)で最も多く、次いで道路が8,378人(17.5%)、道路工事現場、工場、作業所等の仕事場①が5,369人(11.2%)、公衆(屋外)が5,298人(11.1%)となっている(資料2-5-15)。
熱中症に関する取組としては、政府において、従来の熱中症関係省庁連絡会議を改め、熱中症対策を一層推し進めるため「熱中症対策推進会議」を開催し、より強力な体制を構築した上で、特に死亡者数の多い高齢者向けの熱中症対策や、地域や産業界との連携強化などの重点対策を体系的にまとめた「熱中症対策行動計画」を策定した。
また、令和2年度まで毎年7月に実施していた「熱中症予防強化月間」に代わり、令和3年度から、毎年4月~9月を実施期間として「熱中症予防強化キャンペーン」を実施し、時期に応じた適切な呼びかけを行い、住民の熱中症予防行動を促す取組を行っている。
消防庁では、熱中症予防のための予防啓発コンテンツとして、消防庁ホームページの熱中症情報サイトにおいて、予防啓発イラスト、予防広報メッセージ、熱中症対策リーフレット等を提供している。令和3年度は、全国消防イメージキャラクター「消太」を活用した熱中症予防啓発をテーマとする動画や、全国の消防本部から提供いただいた取組事例を基に、各消防本部における熱中症予防啓発についての事例集を取りまとめ、消防庁ホームページに公開し、全国の消防本部へこれらのコンテンツを積極的に活用するよう依頼した(参照URL:https://www.fdma.go.jp/disaster/heatstroke/post3.html#heatstroke04)。あわせて、東宝株式会社の協力を得て、映画「セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記」とタイアップした、熱中症を予防啓発するポスターを作成し、全国の消防本部等に配布した。

(5)外国人傷病者への救急対応

消防庁では、日本語に不慣れな外国人も緊急時に安心して救急車を利用できるよう「救急車利用ガイド」を作成し、全国での活用を促進しているほか、119番通報の段階から電話通訳センターを介して多言語でのやりとりが可能となる三者間同時通訳や、救急活動現場においてタブレット端末等を用いて傷病者との会話が可能となる多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」の導入を推進している。

ア 多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」

救急ボイストラは、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。)が開発した多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra®(ボイストラ)」をベースに、消防研究センターとNICTが、救急隊の現場活動において、傷病者との直接的なコミュニケーションを図るために開発した多言語音声翻訳アプリである。
対応言語は、日本語のほか、英語、中国語(繁・簡)、韓国語、タイ語、フランス語、スペイン語、インドネシア語、ベトナム語、ミャンマー語、ロシア語、マレー語、ドイツ語、ネパール語、ブラジルポルトガル語の15種類となっている。
平成29年4月から各消防本部への提供を開始し、全ての消防本部で導入されることを目標に取り組んでおり、令和3年6月1日現在、全国724消防本部のうち647消防本部(約89.4%)が使用を開始している。

イ 救急車利用ガイド

消防庁では、日本での救急車の利用方法等を外国人に周知するため、「救急車利用ガイド(英語版)」を作成し、消防庁ホームページに掲載している。
救急車利用ガイドには、①救急車の利用方法、119番通報時に通信指令員に伝えるべきこと、②すぐに119番通報すべき重大な病気やけが、③熱中症予防や応急手当のポイント、④救急車を利用する際のポイントなどが掲載されている。
平成29年3月からは、英語に加えて中国語(繁・簡)、韓国語、タイ語、フランス語、イタリア語に対応するとともに、令和3年3月には、新たに9言語(ベトナム語、タガログ語、ポルトガル語、ネパール語、インドネシア語、スペイン語、ビルマ語、クメール語、モンゴル語)を追加し、合計16言語への対応を可能とした。それぞれのガイドに日本語を併記しているため、日本人から外国人に説明を行う際にも活用が可能である。
消防庁では、都道府県及び消防本部に対し、各種広報媒体でのリンク掲載等によって住民や観光客に積極的に周知するよう依頼しているほか、外国人旅行者向け災害時情報提供アプリ「Safety tips」及び出入国在留管理庁監修の「生活・就労ガイドブック」に掲載し、幅広く周知を図っている。

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