平成21年版 消防白書

4 救急業務高度化の推進

(1)救急隊員の教育訓練の推進

平成3年(1991年)に、我が国のプレホスピタル・ケア(救急現場及び搬送途上における応急処置)の充実を図るため、救急救命士制度が導入されるとともに、救急隊員の行う応急処置の範囲が拡大された。消防庁としては、都道府県等の消防学校における拡大された応急処置の内容を含んだ救急課程の円滑な実施や、救急振興財団等における救急救命士の着実な養成が行われるよう、諸施策を推進してきている。
そのほか、全国救急隊員シンポジウムや日本臨床救急医学会等の研修・研究機会を通じて、救急隊員の全国的な交流の促進や救急活動技能の向上も図られている。

(2)救急救命士の処置範囲の拡大

救急救命士の処置範囲については、(3)に述べるメディカルコントロール体制の整備を前提とした上で、次のように処置範囲が拡大されてきた。

〔1〕除細動

平成15年4月から、救急救命士は医師の包括的指示による除細動を実施すること(以下「包括的指示下での除細動」という。)が可能となり、順次各地域で包括的指示下での除細動が実施されたところであったが、翌平成16年7月には、「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用について」(厚生労働省医政局長通知)により、非医療従事者においても、自動体外式除細動器(以下「AED」という。)を使用することが可能となった。これを受け、消防庁では、AEDの使用に係る普及啓発を図ることを目的として、非医療従事者によるAEDの使用条件のあり方等について報告書を取りまとめており(「応急手当普及啓発推進検討会報告書」)、消防機関によるAEDを使用するための内容を組み入れた応急手当普及講習プログラム等の実施を促進している。

〔2〕気管挿管

気管挿管については、平成16年7月から、各地域において講習及び病院実習を修了した救急救命士により実施されている。この講習は、各都道府県の消防学校を中心に行われており、また、病院実習は、講習修了後に各地域の医療機関の協力を得て行われている。平成21年4月1日現在、気管挿管を行うことのできる救急救命士数は6,821人となっている。
今後も、関係者の理解と協力の下に、実習先医療機関の確保等に努めつつ、気管挿管を実施することができる救急救命士の養成をさらに促進していくこととしている。

〔3〕薬剤投与

薬剤投与については、平成18年4月から救急救命士によるアドレナリンの使用が認められることとなった。薬剤投与の実施に当たっては、高度な専門性を有する所要の講習及び病院実習を修了する必要があることから、消防庁としては、財団法人救急振興財団等における講習体制の確保及びメディカルコントロール協議会が選定する施設における実習体制の確保を推進しており、これを受けて、各機関において、順次講習及び実習が開始されている。平成21年4月1日現在、薬剤投与を行うことのできる救急救命士の数は8,677人となっている。また、薬剤投与の実施に伴い、一層重要性を増すメディカルコントロール体制の充実強化についても、推進しているところである。
また、平成21年3月には、アナフィラキシーショックにより生命が危険な状態にある傷病者が、あらかじめ自己注射が可能なアドレナリン(エピネフリン)製剤を処方されている者であった場合には、救急救命士が当該アドレナリン(エピネフリン)製剤による、アドレナリンの投与を行うことが可能となった。

(3)メディカルコントロール体制の充実

救急救命士を含む救急隊員が行う応急処置等の質を向上させ、救急救命士の処置範囲の拡大等救急業務の高度化を図るためには、今後ともメディカルコントロール体制を充実していく必要がある。
このメディカルコントロール体制とは、消防機関と医療機関との連携によって、〔1〕救急隊が現場からいつでも迅速に医師に指示、指導・助言を要請することができ、〔2〕実施した救急活動の医学的判断、処置の適切性について医師による事後検証が行われるとともに、その結果が再教育に活用され、〔3〕救急救命士の資格取得後の再教育として、医療機関において定期的に病院実習が行われる体制をいうものである。
消防機関と医療機関との協議の場である各都道府県単位及び各地域単位のメディカルコントロール協議会の設置は全て完了しており、事後検証等により、救急業務の質的向上に積極的に取り組んでいるところである。なお、消防庁においては、全国のメディカルコントロール協議会の質の底上げや全国的なメディカルコントロール体制の充実強化を目的として、平成19年5月より全国メディカルコントロール協議会連絡会を設置し、全国の関係者間での情報共有及び意見交換の促進を図っている。

(4)ウツタイン統計の活用

ウツタイン様式とは、心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(一ヶ月後の生存率等)を記録するための調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際会議において提唱され、世界的に推奨されているものである。
我が国では、平成17年1月から全国の消防本部で一斉に導入を開始しているが、全国統一的な導入は世界で初めてであり、先進的な取組みとなっている。消防庁としては、ウツタイン様式による調査結果をオンラインで集計・分析するためのシステムの運用も開始しているため、今後は、救急救命士が行う救急救命処置の効果等の検証や諸外国との比較が客観的データに基づき可能となることから、プレホスピタル・ケアの一層の充実に資することが期待されている。
なお、ウツタイン様式の運用に当たっては、予後の調査を含め消防機関と医療機関の連携体制の充実・強化を促進していくことが重要である。

(5)住民に対する応急手当の普及

救急自動車の要請から救急隊が現場に到着するまでに要する時間は、平成20年中の平均では7.7分である。この間に、バイスタンダーによる応急手当が適切に実施されれば、大きな救命効果が得られる。したがって、住民の間に応急手当の知識と技術が広く普及するよう、実技指導に積極的に取り組んでいくことが重要である。現在、特に心肺機能停止傷病者を救命する心肺蘇生法(CPR:Cardio Pulmonary Resuscitation)技術の習得を目的として、住民体験型の普及啓発活動が推進されている。
消防庁においては、「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」により、心肺蘇生法等の実技指導を中心とした住民に対する救命講習の実施や応急手当の指導者の養成、公衆の出入りする場所・事業所に勤務する管理者・従業員を対象にした応急手当の普及啓発及び、学校教育を対象とした応急手当の普及啓発活動を行っている。この結果、講習受講者数は年々着実に増加し、全国の消防本部における平成20年中の救命講習受講者数は161万9,119人、心肺機能停止傷病者への住民による応急手当の実施率は40.7%となっており、消防機関は応急手当普及啓発の担い手としての役割を果たしている。
消防機関においては、昭和57年(1982年)に制定された「救急の日」(9月9日)及びこの日を含む一週間の「救急医療週間」を中心に、応急手当講習会や救急フェア等を開催し、住民に対する応急手当の普及啓発活動に努めるとともに、応急手当指導員等の養成や応急手当普及啓発用資器材の整備を推進している。

心肺機能停止傷病者の救命率等の状況について

消防庁では平成17年1月から、救急搬送された心肺機能停止傷病者の救命率等の状況について、国際的に統一された「ウツタイン様式」に基づき調査を実施しています。
平成21年1月には、平成20年度の救急統計活用検討会で示されたデータクリーニングの基本方針を踏まえ、3カ年分のデータについて、より精度の高いデータを確保するための作業を行い、調査結果を公表しました。
平成20年中の救急搬送された心肺機能停止症例は11万3,827件であり、うち心原性(心臓に原因があるもの)のものは6万3,283件(A)でした。
(A)のうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された件数は2万769件(B)であり、その1ヶ月後生存率は10.4%、社会復帰率は6.2%でした。(図1)
(B)のうち、一般市民による応急手当が行われた件数は48.0%にあたる9,970件(C)であり、その1ヶ月後生存率は12.8%で応急手当が行われなかった場合の8.2%と比べて、1.6倍高く、また社会復帰率についても応急手当が行われた場合には8.6%であり、応急手当が行われなかった場合の4.0%と比べて2.2倍高くなっています。(表1)
(C)のうち、一般市民によりAED(自動体外式除細動器)を使用し、除細動が実施された件数は429件であり、1ヶ月後生存率は43.8%、1ヶ月後社会復帰率は38.2%となっています。(図2)
いずれの件数、1ヶ月後生存率及び1ヶ月後社会復帰率とも年々増加しています。一般市民による応急手当は救命率及び社会復帰率の向上において重要であり、今後、一層の推進を図る必要があります。

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