平成26年版 消防白書

5.救急業務を取り巻く課題

(1) 救急需要増への対応

救急自動車による救急出動件数は年々増加し、平成25年中は過去最高の590万9,367件に達し、平成16年に初めて500万件を超えてからも一貫して増加傾向を続けている。救急自動車による出動件数は、10年前と比較して約22%増加しているが、救急隊数は約7%の増にとどまっており、救急搬送時間も延伸傾向にある。消防庁では、救急車の適正利用等のための広報活動を行う一方で、「ためらわず救急車を呼んでほしい症状」等を解説した「救急車利用マニュアル」(参照URL:http://www.fdma.go.jp/html/life/kyuukyuusya_manual/index.html)を作成し、全国の消防機関に配布するとともに消防庁ホームページにも掲載するなど、これまでも増加する救急需要への対応に努めてきたが、平成24年度に行った将来推計(第2-5-11図)によると、高齢化の進展等により救急需要は今後ますます増大する可能性が高いことが示されており、救急搬送時間の遅延を防ぐための更なる対策を検討する必要がある。

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このような状況を踏まえ、平成21年度の「救急業務高度化推進検討会」において、119番受信時におけるコールトリアージ・プロトコルに基づくPA連携(消防ポンプ車と救急車の出動連携)や事前病院選定等が救命率の向上を図るために有効であり、今後、事後検証を通じてプロトコルの一層の精度向上を図るとともに、医療体制との調整など地域の特性に応じた検討を進める必要があるとの結論を得た。これを受け、平成23年度から、家庭、電話相談、119番通報、救急現場の各段階における緊急度に応じた対応について、より詳細な検討を進めている(5(2)緊急度判定体系の構築参照)。

(2) 緊急度判定体系の構築

消防庁では平成17年度から、真に救急を必要とする傷病者に迅速に救急出動し、救急現場において的確に対応し、速やかに適切な医療機関へ搬送するという本来の救急業務を円滑に遂行し救命率の向上を図るため、「緊急度判定」の適切かつ効果的な導入方法について検討を進めてきた。平成23年度には「社会全体で共有する緊急度判定(トリアージ)体系のあり方検討会」を発足させ、「家庭自己判断プロトコル」「電話相談プロトコル」「119番通報プロトコル」「救急現場プロトコル」の4つについてVer.0を策定した。また、傷病者が最終的に医療機関でどの程度の緊急性があったと判断されるかの客観的な基準として「緊急度検証基準」を策定した。平成24年度には、策定した緊急度判定基準の妥当性を明らかにするため、実証検証事業としてVer.0を横浜市、堺市及び田辺市の3地域にて試験運用した。
この試験運用において収集されたデータをもとに、Ver. 0の精度向上に向けた課題の抽出を行い、平成25年度はこの試験運用の結果を受け、緊急度判定プロトコルVer. 1を策定した。
平成26年度は、「救急業務のあり方に関する検討会」において、「緊急度普及ワーキンググループ」を開催し、緊急度判定の理念や重要性についての理解を深め、社会全体で共有するための方策を検討することとしている。

(3) 電話による救急相談事業の推進

近年の救急出動件数の大幅な増加は、高齢化、核家族化の進行を背景とし、住民が救急要請すべきか自力受診すべきか迷った場合に119番通報するといったケースの増加が要因の一つであると考えられる。
こうした救急需要対策として、従来から一部の消防機関において実施されている受診可能な医療機関の情報提供や応急手当の指導等(救急相談)に加えて、医師や看護師等と連携した医学的に質の高い救急相談体制が求められている。
平成19年度に、東京都が「東京消防庁救急相談センター」を設置し、救急相談事業を開始していた中で、消防庁では、共通の短縮ダイヤル「#7119」により高度な救急相談窓口を設置する救急安心センターモデル事業を、平成21年度は愛知県、奈良県及び大阪市において、平成22年度には奈良県及び大阪府(大阪市のサービス提供範囲を大阪府全域に拡大)において実施した。
モデル事業実施地域においては、119番通報のうち緊急通報以外の通報件数の減少、救急医療機関への時間外受診者数の減少及び救急搬送件数における軽症者の割合の減少がみられた。また、救急相談の結果、緊急度が高いと判断された傷病者を救急搬送し、一命を取り留めた奏功事例が多数報告されている。
さらに消防庁では、平成23年度に救急安心センター事業の情報提供や普及啓発を図るため、札幌市において救急安心センター講演会を開催した。また、平成24年度の「緊急度判定体系実証検証事業」では、救急相談事業の実施が、緊急性の高い傷病者を選別し迅速な救急搬送に繋げる観点から、救急医療の入口における機能を十分に果たしうることが確認されるとともに、消防審議会答申においても、広域単位で実施する救急相談事業を国として支援していく必要があるとされた。
平成24年度の「緊急度判定体系実証検証事業」において救急安心センターの運用を開始した和歌山県田辺市は、実証検証事業の終了後も救急安心センターの運用を継続して実施している。平成25年10月からは札幌市が、平成26年4月からは北海道石狩市と新篠津村が、新たに救急安心センターの運用を開始した。
事業の導入を進めていく際には、消防機関や地域のメディカルコントロール協議会、衛生部局等、地域の救急医療に携わる関係者の理解と協力のもと、情報共有や連携体制を構築していくことが重要となる。消防庁としては、今後も、救急相談事業を実施する団体の取組を支援することとしている。

(4) 心肺機能停止傷病者の救命率等

消防庁では、平成17年1月から、救急搬送された心肺機能停止傷病者の救命率等の状況について、国際的に統一された「ウツタイン様式」に基づき調査を実施している。
平成25年中の救急搬送された心肺機能停止症例は12万3,987件であり、うち心原性(心臓に原因があるもの)は7万5,397件(A)であった。
(A)のうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された件数は2万5,469件(B)であり、その1ヵ月後生存率は11.9%、社会復帰率は7.9%となっている(第2-5-12図)。

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(B)のうち、一般市民による応急手当が行われた件数は51.1%にあたる1万3,015件(C)であり、その1ヵ月後生存率は14.8%で、応急手当が行われなかった場合の8.9%と比べて1.7倍高く、また、社会復帰率についても応急手当が行われた場合には10.7%であり、応急手当が行われなかった場合の5.0%と比べて2.1倍高くなっている(第2-5-9表)。

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(C)のうち、一般市民によりAEDを使用した除細動が実施された件数は907件であり、1ヵ月後生存率は50.2%、1ヵ月後社会復帰率は43.1%となっている(第2-5-13図)。

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一般市民による応急処置が行われた場合の1ヵ月後生存率及び1ヵ月後社会復帰率は、ともに年々増加傾向にあるが、一般市民による応急手当の実施は救命率及び社会復帰率の向上において重要であり、今後、一層の推進を図る必要がある。
消防庁では、「自動体外式除細動器(AED)の更なる有効活用に向けた取組の推進について(通知)」(平成26年7月7日付け消防庁救急企画室長通知)を発出し、各消防本部における、AEDの設置場所に関する情報の収集及び住民に対する情報提供の推進、AEDを設置している施設の従業員や周辺住民等に対する応急手当の普及促進、AEDの設置場所に関する情報の通信指令システムへの登録及び口頭指導における当該情報の活用の推進の3点について、更なる取組を促しているところである。

(5) 熱中症対策

平成19年8月、埼玉県熊谷市及び岐阜県多治見市において最高気温40.9℃が記録され、熱中症に対する社会的関心が高まったことを契機に、消防庁では、平成20年から全国の消防本部を調査対象とし、7月から9月までの夏期における熱中症による救急搬送状況の調査を開始した。平成22年からは調査期間を6月から9月までに拡大し、その結果を速報値として週ごとにホームページ上に公表するとともに、各月における集計・分析についても公表している。
平成26年6月~9月における全国の熱中症による救急搬送人員は4万48人であり、平成25年と比較すると約32%減少した。年齢区分別搬送人員数では、高齢者(65歳以上)が1万8,468人(46.1%)で最も多く、次いで成人(18歳以上65歳未満)が1万5,595人(38.9%)、少年が5,622人(14.1%)の順で高い。初診時における傷病程度別搬送人員数では、軽症が2万5,967人(64.8%)で最も多く、次いで、中等症が1万2,860人(32.1%)、重症が787人(2.0%)、死亡が55人(0.1%)であった(第2-5-10表)。

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平成26年の熱中症による救急搬送が昨年よりも少なかった要因としては、気温が上昇する時期が昨年より早かったものの、梅雨明けが沖縄・奄美地方を除いて平年並みとなる中で、8月には全国的に涼しい気候となり、9月以降もその傾向が続いたことが考えられる。
熱中症対策については、熱中症関係省庁連絡会議において、効率的かつ効果的な実施方策の検討及び情報交換を行っており、熱中症予防対策の更なる強化を図るため、平成25年度より新たに、熱中症による救急搬送者数や死亡者数の急増する7月を「熱中症予防強化月間」とした。消防庁では、熱中症対策リーフレットにより、全国の消防機関等を通じて広く市民等へ働きかけるとともに、ツイッターやホームページ上できめ細かな情報発信を行うほか、各地方公共団体に対し、地域の実情に応じて、あらゆる機会を通じた積極的な周知を促す等の対策を行っている(参照URL:http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList9_2.html)。
また、今後は、2020年に開催が決定した東京オリンピック・パラリンピックに向け、日本全国で増加することが予想される外国人来訪者や、開催地周辺を中心とした一般市民に向けた、熱中症予防啓発の強化が課題となると考えられる。

(6) 新型インフルエンザ等感染症対策

救急隊員は、常に各種病原体からの感染の危険性があり、また、救急隊員が感染した場合には、他の傷病者へ二次感染させるおそれがあることから、救急隊員の感染防止対策を確立することは、救急業務において極めて重要な課題である。
消防庁では、救急業務に関する消防職員の講習に救急用資器材の取扱いに関する科目を設置しているとともに、重症急性呼吸器症候群(SARS)等を含めた各種感染症の取扱いについて、感染防止用マスク、手袋、感染防止衣等を着用して傷病者の処置を行う共通の標準予防策等の徹底を、消防機関等に要請している。また、平成21年2月には「消防機関における新型インフルエンザ対策のための業務継続計画ガイドライン」を策定し、消防機関に業務継続計画の策定を促した。
さらに、平成24年4月27日には「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が成立し、病原性の高い新型インフルエンザや同様な危険性のある新感染症に対して、国民の生命・健康を保護し、国民生活・国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とした、新型インフルエンザ等の発生時における措置の法的根拠の整備が図られ、平成25年4月13日から施行された。また、同年6月7日には、同法第6条第4項の規定に基づき、「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」が閣議決定された。
政府行動計画の趣旨を踏まえ、各地方公共団体において、病原性の高い新型インフルエンザ等の発生に備え、業務継続計画等の策定・見直しや、医療機関、衛生主管部局との連携体制について改めて検討・整理しておく必要がある。
また、本年度に西アフリカを中心に流行が続いているエボラ出血熱の対策については、内閣総理大臣が主宰する関係閣僚会議を中心として、政府一丸となって取り組んでいるところである。
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)において、エボラ出血熱は一類感染症に指定されており、エボラ出血熱の患者(疑似症を含む。)として都道府県知事が入院を勧告した患者又は入院させた患者の特定感染症指定医療機関又は第一種感染症指定医療機関への移送は、都道府県知事(保健所設置市の場合は市長)が行う業務とされている。
しかし、救急業務として傷病者を搬送した後にその傷病者がエボラ出血熱に罹患していたと判明する可能性があり、その場合は救急隊員の健康管理や救急車の消毒等を徹底することが必要となる。
消防庁では、本年9月3日に消防本部に対し事務連絡を発出し、エボラ出血熱の発生状況について注意喚起するとともに、感染症患者を搬送した場合に必要となる対応について再確認を促した。さらに、厚生労働省から国内発生を想定した衛生主管部(局)における基本的な対応が示されたことを受け、消防機関における基本的な対応を通知し、救急要請時に発熱症状を訴えている者には、流行国(ギニア、リベリア、シエラレオネ)への渡航歴の有無を確認し、過去1ヶ月以内の渡航歴があることが判明した場合は、エボラ出血熱の感染が疑われることから、二次感染の防止のため、本人に自宅待機を要請するとともに、直ちに保健所に連絡し、対応を保健所へ引き継ぐこと等、消防機関における基本的な対応を定めた。また、関係閣僚会議の開催を受け、消防庁としても?国内で感染が確認された場合の消防機関の対応に備えることなどを目的として、本年10月29日に消防庁エボラ出血熱緊急対策連絡会議を設置した。
さらに、現時点では保健所等の移送体制が十分に整っていない地域もあることから、厚生労働省から消防庁に対して保健所等が行う移送について消防機関による協力の要請があったため、消防庁は厚生労働省と協議を行った上で、保健所等に対する消防機関の協力のあり方について、本年11月28日に通知で示した。

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