令和2年版 消防白書

5.救急業務を取り巻く課題

(1)救急車の適正利用の推進

令和元年中の救急自動車による救急出動件数は、過去最多の663万9,767件に達し、増加傾向が続いている。令和2年に行った将来推計(第2-5-10図)によると、高齢化の進展等により救急需要は今後とも増大する可能性が高いことが示されており、救急活動時間の延伸を防ぐとともに、これに伴う救命率の低下を防ぐための対策が必要である。
救急自動車による出動件数は、10年前と比較して約29.6%増加しているが、救急隊数は約6.6%の増加にとどまっており、消防庁では、地域の限られた救急車が緊急性の高い症状の傷病者にできるだけ早く到着できるようにするため、電話相談「救急安心センター事業(♯7119)」の全国展開を推進しているところである。また、住民による緊急度判定を支援する全国版救急受診アプリ「Q助(きゅーすけ)」を作成し、平成29年5月から提供している。
「Q助」は、病気やけがの際に、住民自らが行う緊急度判定を支援し、利用できる医療機関や受診手段の情報を提供するWEB版・スマートフォン版アプリであり、画面上に表示される選択肢から、傷病者に該当する症状を選択していくことで、緊急度に応じた対応が、緊急性をイメージした色とともに表示される仕組みとなっている(第2-5-11図)。スマートフォン版は、最も緊急度の高い赤の場合には、そのまま119番通報ができる。また、自力で受診する場合には、医療機関の検索(厚生労働省の「医療情報ネット」にリンク)、受診手段の検索(一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会の「全国タクシーガイド」にリンク)が行えるようになっている(第2-5-12図)(参照URL:https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate003.html)。
また、全救急出動件数のうち一定の割合を占める転院搬送については、平成28年3月に、「転院搬送における救急車の適正利用の推進について」(平成28年3月31日付け消防救第34号消防庁次長、医政発0331第48号厚生労働省医政局長通知)を発出し、転院搬送ガイドラインの策定を促進しているところであるが、策定が進んでいない都道府県が散見されることから引き続きフォローアップを行っていく必要がある。
搬送困難事例(精神疾患関係)に対する効果的な関係機関との連携については、平成28年12月に「精神科救急における消防機関と関係他機関の連携について」(平成28年12月26日付け消防救第189号消防庁救急企画室長通知)を発出し、精神科救急医療体制との連携を促した。これを踏まえ、各都道府県において、精神科救急医療体制連絡調整委員会等への消防機関の参画や、実施基準の策定に精神科医の参画が進んでいる。
さらに、適正利用には国民全体への「緊急度判定体系」の普及が欠かせないことから、消防庁ホームページに「救急お役立ちポータルサイト」を作成し、適正利用に係るツールや救急事故防止に役立つ様々な情報を提供している。この「緊急度判定体系」については、「令和元年度救急業務のあり方に関する検討会」において、平成29年度・平成30年度の検討結果や準備を踏まえ、2モデル地域における緊急度判定の実施・検証及び結果の分析を行い、緊急度判定導入の効果や、導入に当たっての留意点等を明らかにした(第2-5-13図)。検討結果については、「119番通報時及び救急現場における緊急度判定の導入の推進について」(令和2年3月27日付け消防救第84号消防庁救急企画室長通知)として取りまとめ、全国の消防本部に対して、119番通報時及び救急現場における緊急度判定の導入の推進に努めるよう依頼した。

第2-5-10図 救急出動件数・救急搬送人員の推移とその将来推移(2000年~2030年)

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第2-5-10図 救急出動件数・救急搬送人員の推移とその将来推移(2000年~2030年)

(備考)令和元年中のデータにより作成しているため、新型コロナウイルス感染症による影響は考慮していない。

第2-5-11図 Q助画面

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第2-5-11図 Q助画面

第2-5-12図 Q助からのリンク

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第2-5-12図 Q助からのリンク

第2-5-13図 緊急度判定の導入PRペーパー(『令和元年度救急業務のあり方に関する検討会報告書』より)

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第2-5-13図 緊急度判定の導入PRペーパー(『令和元年度救急業務のあり方に関する検討会報告書』より)

(2)一般市民に対する応急手当の普及

消防庁では、平成17年1月から、救急搬送された心肺機能停止傷病者の救命率等の状況について、国際的に統一された「ウツタイン様式」に基づき調査を実施している。
令和元年中の救急搬送人員のうち、心肺機能停止傷病者は12万6,271人であり、うち心原性(心臓に原因があるもの)は7万8,884人(A)であった。
(A)のうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された傷病者は2万5,560人(B)であり、このうち1か月後生存率は13.9%、1か月後社会復帰率は9.0%となっている(第2-5-14図、第2-5-8表)。
(B)のうち、一般市民により応急手当が行われた傷病者は1万4,789人(C)であり、このうち1か月後生存率は17.3%となっており、応急手当が行われなかった場合(9.3%)と比べて約1.9倍高い。また、1か月後社会復帰率についても応急手当が行われた場合には12.3%となっており、応急手当が行われなかった場合(4.4%)と比べて約2.8倍高くなっている(第2-5-8表)。
(C)のうち、一般市民により自動体外式除細動器(以下「AED」という。)を使用した除細動が実施された傷病者は1,311人であり、1か月後生存率は53.6%、1か月後社会復帰率は46.0%となっている(第2-5-15図)。
一般市民による応急手当が行われた場合の1か月後生存率及び1か月後社会復帰率は高くなる傾向にあり、一般市民による応急手当の実施は生存率及び社会復帰率の向上において重要であることから、一層の推進を図る必要があり、住民の間に応急手当の知識と技術が広く普及するよう、今後とも取り組んでいくことが重要である。
現在、特に心肺機能停止状態に陥った傷病者を救命するために必要な心肺蘇生法とAEDの使用の技術習得を目的として、住民体験型の普及啓発活動が推進されている。特に平成16年7月には、「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用について」(平成16年7月1日付け医政発第0701001号厚生労働省医政局長通知)が発出され、非医療従事者についてもAEDを使用することが可能となり、15年以上経った現在では、一般市民がAEDを使用できることは認知されている。
消防庁では、「応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱」により、心肺蘇生法等の実技指導を中心とした住民に対する応急手当講習の実施や応急手当指導員等の養成、公衆の出入りする場所・事業所に勤務する管理者・従業員を対象にした応急手当の普及啓発及び学校教育の現場における応急手当の普及啓発活動を行っている。全国の消防本部における令和元年中の応急手当講習受講者数は195万8,678人で、心肺機能停止傷病者への住民による応急手当の実施率は50.7%となるなど、消防機関は応急手当普及啓発の担い手としての主要な役割を果たしている。
また、平成23年度から、より専門性を高めつつ受講機会の拡大等を図るため、主に小児・乳児・新生児を対象とした普通救命講習Ⅲや住民に対する応急手当の導入講習(救命入門コース)、一般市民向け応急手当WEB講習(e-ラーニング)を用いた分割型の救命講習を新たに追加した(第2-5-16図)。
なお、e-ラーニングは、平成29年3月からパソコン、タブレット、スマートフォン等で利用することが可能となり、好きな時間に応急手当の基礎知識を学ぶことができるなど、受講機会の拡大が図られている。
平成28年度からは、教員職にある者の応急手当普及員養成講習について、講習時間を短縮し実施することも可能としたり、他の地域で応急手当普及員講習等を修了した者の取扱いについて、取得地域以外で指導できない不利益がないように当該消防本部でも認定したものとみなしても差し支えないとしたりするなど、住民のニーズに合わせた取組も進めている。
主に、一般市民が行う一次救命処置については、一般財団法人日本救急医療財団心肺蘇生法委員会が心肺蘇生法の内容の国際標準化を目的として5年に1度見直している「救急蘇生法の指針2015(市民用)」に基づく内容となっている。
また、昭和57年(1982年)に制定された「救急の日」(9月9日)及びこの日を含む一週間の「救急医療週間」を中心に、全国の消防機関では応急手当講習会や救急フェア等を開催し、住民に対する応急手当の普及啓発活動に努めるとともに、年間を通じて応急手当指導員の養成等を推進している。

第2-5-14図 心原性かつ一般市民による目撃のあった症例の1か月後の生存率及び社会復帰率

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(各年中)

第2-5-14図 心原性かつ一般市民による目撃のあった症例の1か月後の生存率及び社会復帰率

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

第2-5-8表 一般市民による応急手当の実施の有無

(各年中)

第2-5-8表 一般市民による応急手当の実施の有無

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

第2-5-15図 一般市民により除細動が実施された件数の推移

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(各年中)

第2-5-15図 一般市民により除細動が実施された件数の推移

(備考)東日本大震災の影響により、平成22年及び平成23年の釜石大槌地区行政事務組合消防本部及び陸前高田市消防本部のデータは除いた数値により集計している。

第2-5-16図 一般市民向け応急手当WEB講習(e-ラーニング)

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第2-5-16図 一般市民向け応急手当WEB講習(e-ラーニング)

(3)感染症への対策

救急隊員は、常に各種病原体からの感染の危険性があり、また、救急隊員が感染した場合には、他の傷病者へ二次感染させるおそれがあることから、救急隊員の感染防止対策を確立することは、救急業務において極めて重要な課題である。
消防庁では、「消防学校の教育訓練の基準」において、救急隊員養成の講習項目として、参考とするものの中に救急用資器材操作法・保管管理・消毒についても定めている。
また、近年、国際的に様々な感染症の流行が発生している中、今後大規模な国際的イベントの開催を控えた我が国において、その対策は急務であるため、「平成30年度救急業務のあり方に関する検討会」において、最新の医学的知見を踏まえた「救急隊の感染防止対策マニュアル(Ver.1.0)」の作成及び消防機関における感染防止管理体制について検討を行い、取りまとめ、全国の消防本部に周知するとともに、令和元年度には、全国9か所で「感染防止対策全国ブロック研修会」を開催した。
従前より、B型肝炎については、救急隊員に対する血中抗体検査及びワクチン接種に要する経費について普通交付税措置が講じられていたところであるが、令和2年度より、血中抗体検査については麻しん、風しん、水痘、流行性耳下腺炎及びB型肝炎の5種、ワクチン接種については麻しん、風しん、水痘、流行性耳下腺炎、破傷風及びB型肝炎の6種を普通交付税措置の対象とすることとした。これに伴い、「救急隊の感染防止対策の推進を目的とした血中抗体検査及びワクチン接種の実施について」(令和2年1月24日付け消防救第14号消防庁救急企画室長通知)を発出し、各種の血中抗体検査及びワクチン接種に可及的速やかに取り組むよう消防本部に促した。
個別事例として、新型インフルエンザ対策としては、平成20年12月に「消防機関における新型インフルエンザ対策のための業務継続計画ガイドライン」を策定し、消防機関に業務継続計画の策定を促した。平成25年4月13日には、強い感染力を持つ新型インフルエンザや同様な危険性のある新感染症に関して、新型インフルエンザ等対策特別措置法が施行され、6月7日には、同法第6条第4項の規定に基づき、「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」が閣議決定された。消防庁では、新型インフルエンザ発生時に、この計画に基づき、適切に対応できるよう政府の訓練に参加している。
また、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律において、平成26年に西アフリカを中心に流行したエボラ出血熱が一類感染症に指定されており、流行時、救急要請時に発熱等を訴えている者には、流行国への渡航歴の有無を確認する等、消防機関における基本的な対応を定めた。同法において、エボラ出血熱の患者(疑似症を含む。)の移送については、都道府県知事(保健所設置市の場合は市長、特別区の場合は区長)が行う業務とされているが、保健所等の移送体制が十分に整っていない地域もあることから、消防庁は厚生労働省と協議を行った上で、保健所等が行う移送に対する消防機関の協力の在り方について、平成26年11月28日に通知した。このような中、令和元年7月に、世界保健機関(WHO)はコンゴ民主共和国におけるエボラ出血熱の発生について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当すると宣言していたが、令和2年6月に当該地域での流行について終息を宣言した。なお、消防庁は、世界保健機関(WHO)による終息宣言後もエボラ出血熱の国内発生を想定した消防機関における具体的な対応について変更がない旨を令和2年7月に周知した。
今般の新型コロナウイルス感染症への対応については特集2を参照されたい。

(4)熱中症への対応

平成19年8月、熊谷(埼玉県)及び多治見(岐阜県)において最高気温40.9℃が記録され、熱中症に対する社会的関心が高まったことを契機に、政府一丸となった熱中症予防対策の一環として、消防庁は平成20年度から全国の消防本部に対し熱中症による救急搬送人員の調査を実施している。
本調査は、熱中症の救急搬送人員が増加する時期に行っており、調査結果は、速報値として週ごとにホームページ上に公表するとともに、月ごとの集計結果についても確定値として公表している。
調査は、平成20年度及び21年度は7月から9月までの期間で実施し、平成22年度から26年度までは6月から、平成27年度以降は5月からと調査開始月を前倒しし、調査期間を延長して実施している。令和2年度においては、新型コロナウイルス感染症をめぐる現状等に鑑み、調査開始月を延期して6月からとした。
なお、調査項目については、平成29年度からは、年齢区分、傷病程度に加えて、発生場所を追加して調査を実施している。
令和2年6月から9月までにおける全国の熱中症による救急搬送人員は6万4,869人となっており、令和元年度の同時期と比較すると約3.0%減少したが、6月から9月までの救急搬送人員としては、調査開始以降、過去3番目に多い救急搬送人員となった。
年齢区分別にみると、高齢者(満65歳以上)が3万7,528人(57.9%)で最も多く、次いで成人(満18歳以上満65歳未満)が2万1,756人(33.5%)、少年(満7歳以上満18歳未満)が5,253人(8.1%)となっている。初診時における傷病程度別にみると、軽症(外来診療)が3万9,037人(60.2%)で最も多く、次いで中等症(入院診療)が2万3,662人(36.5%)、重症(長期入院)が1,783人(2.7%)、死亡が112人(0.2%)となっている(第2-5-9表)。
発生場所別にみると、住居が2万8,121人(43.4%)で最も多く、次いで道路が1万1,276人(17.4%)、道路工事現場、工場、作業所等の仕事場①が7,065人(10.9%)、公衆(屋外)が6,130人(9.4%)となっている(第2-5-9表)。
熱中症に関する取組としては、平成19年度から、熱中症対策に関係する省庁が緊密な連携を確保し、効率的かつ効果的な施策の検討及び情報交換を行うことを目的として、関係省庁で構成する「熱中症関係省庁連絡会議」が設置されている。
平成25年度からは、熱中症予防に関する普及啓発等の効果をより一層高いものにするため、熱中症による救急搬送人員や死亡者が急増する7月を「熱中症予防強化月間」と定めていたが、近年の酷暑を受けて対策をより一層推進するために、令和2年度は、平成30年度及び令和元年度に引き続き同月間を8月31日まで延長し、各関係省庁が熱中症に対する予防の呼び掛けを強化している。
消防庁では、熱中症予防のための予防啓発コンテンツとして、消防庁ホームページの熱中症情報サイトにおいて、予防啓発ビデオ、予防啓発イラスト、予防広報メッセージ、熱中症対策リーフレット等を提供している。令和2年度は、株式会社サンリオの「ハローキティ」と連携し熱中症予防啓発をテーマとした動画を消防庁ホームページに掲載し、全国の消防機関へ、このコンテンツを積極的に活用するよう依頼した(第2-5-17図)(参照URL:https://www.fdma.go.jp/disaster/heatstroke/post3.html#heatstroke04)。

第2-5-9表 熱中症による救急搬送状況の年別推移

第2-5-9表 熱中症による救急搬送状況の年別推移

(備考)
1 平成27年~令和元年は5月~9月、令和2年は6月~9月の搬送人員。
2 年齢区分は次によっている。
(1)新生児 生後28日未満の者
(2)乳幼児 生後28日以上満7歳未満の者
(3)少年 満7歳以上満18歳未満の者
(4)成人 満18歳以上満65歳未満の者
(5)高齢者 満65歳以上の者
3 初診時における傷病程度は次によっている。
(1)死亡 初診時において死亡が確認されたもの
(2)重症(長期入院) 傷病程度が3週間以上の入院加療を必要とするもの
(3)中等症(入院診療) 傷病程度が重症又は軽症以外のもの
(4)軽症(外来診療) 傷病程度が入院加療を必要としないもの
(5)その他 医師の診断がないもの及び傷病程度が判明しないもの、並びにその他の場所へ搬送したもの
※なお、傷病程度は入院加療の必要程度を基準に区分しているため、軽症の中には早期に病院での治療が必要だったものや通院による治療が必要だったものも含まれる。
4 発生場所は次によっている。
(1)住居 敷地内全ての場所を含む
(2)仕事場① 道路工事現場、工場、作業所等
(3)仕事場② 田畑、森林、海、川等(農・畜・水産作業を行っている場合のみ)
(4)教育機関 幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、専門学校、大学等
(5)公衆(屋内) 不特定者が出入りする場所の屋内部分(劇場、コンサート会場、飲食店、百貨店、病院、公衆浴場、駅(地下ホーム)等)
(6)公衆(屋外) 不特定者が出入りする場所の屋外部分(競技場、各対象物の屋外駐車場、野外コンサート会場、駅(屋外ホーム)等)
(7)道路 一般道路、歩道、有料道路、高速道路等
(8)その他 上記に該当しない項目

第2-5-17図 「ハローキティ」とのコラボ動画(イメージ)

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第2-5-17図 「ハローキティ」とのコラボ動画(イメージ)

(5)外国人傷病者への救急対応

我が国の在留外国人数が約300万人となる(令和元年12月末現在)など、救急業務における多言語対応がより一層必要となっており、救急車の利用方法や熱中症の予防・対処法などの外国人への情報発信をはじめ、実際の救急現場での外国人に対する円滑なコミュニケーションが求められている。
消防庁では、日本語に不慣れな外国人も緊急時に安心して救急車を利用できるよう「救急車利用ガイド」を作成し、全国での活用を促進しているほか、119番通報の段階から電話通訳センターを介して多言語でのやりとりが可能となる三者間同時通訳や、救急活動現場においてタブレット端末等を用いて傷病者との会話が可能となる多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」の導入を推進している。
また、「令和元年度救急業務のあり方に関する検討会」において、救急現場での外国人傷病者対応における課題の整理及び対応策について議論が行われた。検討会の議論を踏まえ、消防庁では、消防機関における外国人傷病者への円滑な対応を推進するため、「外国人傷病者に円滑に対応するための消防機関における取組の推進について」(令和2年3月27日付け消防救第82号消防庁救急企画室長通知)を発出し、電話通訳センターを介した三者間同時通訳や多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」などのコミュニケーションツール(以下「ツール」という。)は、多言語への円滑な対応を目的として、導入を促進しているが、当該ツールには長所や短所があることから、状況に応じた使い分けを考慮する必要があること等の留意点のほか、外国人傷病者対応において有用と考えられる対策について示した(第2-5-18図)。「三者間同時通訳」の詳細に関しては第2章第1節P.154に記載している。

第2-5-18図 コミュニケーションツールにおける留意点

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第2-5-18図 コミュニケーションツールにおける留意点

ア 多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」

救急ボイストラは、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。)が開発した多言語音声翻訳アプリ「VoiceTraR(ボイストラ)」をベースに、消防研究センターとNICTが、救急隊の現場活動において、傷病者との直接的なコミュニケーションを図るために開発した多言語音声翻訳アプリである。
救急ボイストラは、通常の音声翻訳機能に加えて、救急現場で使用頻度が高い会話内容を「定型文」として登録しており、外国語による音声と画面の文字による円滑なコミュニケーションを図ることが可能である。また、話した言葉を文字として表示する機能等があるため、聴覚障害者などとのコミュニケーションにも活用している(第2-5-19図)。
対応言語は、日本語のほか、英語、中国語(繁・簡)、韓国語、タイ語、フランス語、スペイン語、インドネシア語、ベトナム語、ミャンマー語、ロシア語、マレー語、ドイツ語、ネパール語、ブラジルポルトガル語の15種類となっている。
平成29年4月から各消防本部への提供を開始し、全ての消防本部で導入されることを目標に取り組んでいる。令和2年6月1日現在、全国726消防本部のうち567消防本部(約78.1%)が使用を開始している。

第2-5-19図 救急ボイストラ画面

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第2-5-19図 救急ボイストラ画面

イ 救急車利用ガイド

消防庁は、平成28年3月、日本での救急車の利用方法等を外国人に周知するため、「救急車利用ガイド(英語版)」を作成し、消防庁ホームページに掲載した(第2-5-20図)。
救急車利用ガイドには、①救急車の利用方法、119番通報時に通信指令員に伝えるべきこと、②すぐに119番通報すべき重大な病気やけが、③熱中症予防や応急手当のポイント、④救急車を利用する際のポイントなどが掲載されている。
平成29年3月からは、英語に加えて中国語(繁・簡)、韓国語、タイ語、フランス語、イタリア語に対応した。それぞれのガイドに日本語を併記しているため、日本人から外国人に説明を行う際にも活用が可能である。
消防庁では、都道府県及び消防本部に対し、各種広報媒体でのリンク掲載等によって住民や観光客に積極的に周知するよう依頼しているほか、外国人旅行者向け災害時情報提供アプリ「Safety tips」及び出入国在留管理庁監修の「生活・就労ガイドブック」に掲載し、幅広く周知を図っている。

第2-5-20図 救急車利用ガイド

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第2-5-20図 救急車利用ガイド

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