6.東京オリンピック・パラリンピック競技大会における消防特別警戒
(1)東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催
2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会(以下「東京大会」という。)は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により1年延期となり、東京オリンピック競技大会は令和3年7月23日から8月8日まで、東京パラリンピック競技大会は令和3年8月24日から9月5日までの日程で開催され、開催都市である東京都を含む10都道県(自転車ロードレースの一部コースとなった山梨県を含む。)において競技が行われた。
東京大会については、世界中から注目を集める国際的規模のスポーツ大会であり、多数の要人の観戦も予想されることから、テロリストの標的となる可能性がある。実際に、過去に開催された同規模のスポーツ大会では、死傷者を伴うテロ事件が複数発生している。
このため、消防として東京大会の円滑な運営及び安全・安心の確保に資するため、テロ災害等に的確に対応するための体制構築を図ることとした。
(2)東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催までの取組
ア セキュリティ対策に関する国の方針
関係府省庁連絡会議の下で開催される「セキュリティ幹事会」(消防庁次長が構成員として参画)において、「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会に向けたセキュリティ基本戦略」が決定され、セキュリティ確保のために必要となる基本的な考え方、主な対策等について取りまとめられた。とりわけ、主な対策のうち、緊急事態対処という点については、テロ等が発生した場合に被害を最小化するための被害者の救助、搬送等の検討を進めるとともに、テロ災害等の対処に当たる関係機関の体制及び装備資機材の充実強化を図り、各種事案を想定した共同対処訓練を実施するなど、緊急事態対処能力の強化を図ることが掲げられた。
イ 消防庁の対応
消防庁では、東京大会に向けたNBC等のテロ災害への対応力強化を目的として、大型除染システム搭載車及び化学剤遠隔検知装置の整備や、国民保護事案における国と地方公共団体との共同訓練の実施、ターニケット導入に向けた消防職員用の教育カリキュラム等を策定するほか、外国人や障害者の方々への対応として、電話通訳センターを介した三者間同時通訳、Net119緊急通報システム及び多言語音声翻訳アプリ「救急ボイストラ」の積極的な導入促進、外国人のための「救急車利用ガイド」の普及、外国人や障害者の方々が利用する施設における避難誘導等の多言語対応に関する取組促進を図った。
また、平成29年11月には、消防庁次長を会長とし、競技会場を管轄する都道県、消防本部及び関係機関で構成する「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会消防対策協議会」を設置し、競技実施期間中における警戒体制や、警防計画及び予防計画の策定など、各種検討を行うための体制を構築した。
オリンピック競技大会は10都道県42会場、パラリンピック競技大会は4都県21会場において競技が行われるため、競技会場ごとに警戒本部及び警戒部隊を配置する必要があり、また、NBC等のテロ災害に対応するための装備資機材の整備や、当該災害が発生した場合における対応部隊の出場体制についても確保する必要があった。そこで、管轄消防本部のみの消防力では十分な警戒体制を構築することが困難な場合においては、他の消防本部と応援体制を構築するなどして対応することとした。
消防庁では、令和元年12月12日に「消防・救急体制整備費補助金(東京オリンピック競技大会及び東京パラリンピック競技大会)交付要綱」を制定し、NBC等のテロ災害に対応するための装備資機材の整備や、応援体制の構築に必要となる経費に対して補助金を交付し、関係消防本部に対して財政支援を行った。
こうした取組により、東京大会の開催までに、テロ災害等に的確に対応するための警戒体制を構築することができた。


ウ 防火安全対策
各競技会場における警戒体制を構築する一方で、競技会場を含む関連施設への防火安全対策としては、競技会場等を管轄する消防本部において、各競技会場における競技期間中の防火管理体制や消防訓練の実施状況、消防用設備や危険物施設の特例適用状況について事前調査が実施されたほか、競技会場周辺の旅館やホテル、駅などの競技大会開催に伴い不特定多数の方が利用する施設に対する事前の立入検査、防火指導及び消防法令違反の是正指導が実施された。
(3)消防特別警戒の実施状況
ア 消防庁の体制
令和3年3月25日、福島県でのオリンピック聖火リレーグランドスタートの実施に合わせて、セキュリティ調整センター*11が内閣官房に設置されたことに伴い、消防庁では、「消防庁連絡室」を設置し、消防・救急課長を長とする「第1次応急体制」を整備した。
イ 警戒状況
競技実施期間中においては、各競技会場に現地警戒本部が設置され、関係機関との連携体制が確立されたほか、選手、観客等が急病又は負傷した場合や、災害発生時における対応のため、各競技会場及びその付近に消防部隊が配置された。その部隊及び職員の総数は、オリンピック競技大会では延べ2,760隊、13,521人、パラリンピック競技大会では延べ652隊、3,361人となった。加えて、大規模なNBCテロ災害等が発生した場合に備え、競技会場管轄消防本部を中心に、必要な消防部隊を迅速に出動させるための体制を確保するなど、万全の体制で消防特別警戒を実施した。


また、消防庁としては、災害発生時、災害状況を早期に把握するとともに、迅速な初動対応につなげるため、各競技会場や東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会警備本部等に消防庁職員を派遣するなど、情報連絡体制の強化を図り、対応に当たった。競技会場等へ派遣した消防庁職員の総数は、オリンピック競技大会では延べ348人、パラリンピック競技大会では延べ118人となった。

競技実施期間中、開閉会式をはじめほとんどの競技が無観客での実施となったこともあり、テロ災害や多数の傷病者が発生するといった大きな事故等はなく、選手や競技大会関係者の救急搬送といった事案は一定程度発生したものの、各消防本部による迅速かつ適切な対応が実施され、結果、競技大会における消防の任務は完遂された。
*11 セキュリティ調整センター:東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部の下に置かれたセキュリティ幹事会の決定により、東京大会における政府のセキュリティ対策の中心として関係機関内の迅速・円滑な情報共有や活動調整を実施するため内閣官房に設置された組織。